005_0050 【短編】一学生から見た総合生活支援部Ⅵ 「消火器といえば、部長さん」
「二回表から、ナトセさんの投球が光りましたね~」
「せっかく《魔法》使えるなら、魔球試すしかないじゃんって、色々やってみたし」
「どうやっても分身魔球は分身しませんでしたね。ハイパースピンブラックホールボールも不可能でした。大回転魔球とか、エビ投げハイジャンプ魔球は、よくボークを取られませんでしたよね」
「どっちもデッドボールになったからね!」
ナージャと南十星がケラケラ笑って盛り上がっているが、一回表裏の話だけで充分だ。一般人の感性しか持ちえないまり子は、取材に必要な最低限の情報だけを得ることにした。省かれた追加メンバーのゴーレムくんたちの活躍は、少しだけ気になるところであるが。
「試合そのものはどうなったんですか……?」
「コールド勝ちというか、野球部のコーチが試合放棄しました。試合前に言質は取っていたので、グラウンドはサッカー部との共用に戻りました」
まぁそうなるだろう。コゼットの言葉にまり子は素直に頷くことができる。否、それしかできない。誰もこんなデタラメな連中と、健全に勝負したいとは思わないだろう。デッドボールで本当に死亡しなかったのか不思議なくらいなのに。
「部長が操るゴーレムくんたちも大活躍でありました」
流したはずなのに、なにも言わずとも、野依崎が情報を追加してくれた。
「ロケットパンチというか、ワイヤーパンチ発射しただけですけど」
「それでベースにタッチし、フライ球を対空迎撃したりと、運動性能を補ったであります」
人間基準で考えると、ゴーレムくんもデタラメだった。ルールブックは腕が伸びるプレイヤーまで考慮していない。
「堤先輩は、普通に野球してましたね?」
「あのな……? 俺になに期待してんだよ? なとせがムチャクチャな球を投げやがるから、キャッチャーやるのも涙目だったんだぞ? バッターとしては、《魔法》使えないんだから、凡打しか打てるわけないだろ」
「?」
樹里と十路の会話に、まり子は眉を動かす。
「堤先輩は、どうして《魔法》が使えないんですか?」
「俺の《杖》は色々と制限が多いんだ。グラウンドに持ち込んで、そのまま野球できるようなものじゃない」
「というか、そもそも堤先輩の……《魔法使いの杖》ですか? どんな形をしてるんですか?」
他の部員たちは、それを使っている場面も撮影されているため、おおよそ知れている。一般学生では無理だが、学生会役員など、教職員用ネットワークを参照できる人間と伝手を持つ報道部は、もっと詳しく知っている。
樹里が振り回す、コネクタのような頭を持つ長杖 《NEWS》。
コゼットが持つ、精緻な装飾杖 《ヘルメス・トリスメギストス》と本型デバイス《パノポリスのゾシモス》。
南十星が操る、二本一組のトンファー《比翼》と《連理》。
ナージャが隠し持つ、異形の携帯通信機器《П6》。
これらは学校の備品として登録されているため、名前程度ならば調べることができた。
野依崎の装備は資料に登録されていないが、先ほど宙を浮いていたので、セーラーワンピースの下になにかがあることは、まり子にも予想できた。
だが十路の装備は、わからない。彼が《魔法》を使っているところは撮影もされているのだが、発生源は判然としない。
なんと答えるのかと注目していると、彼は迷うように眉根を寄せて首筋をなでてから、ボソッと当人も自信なさげな声を出す。
「……………………消火器?」
「はい?」
まり子に理解できるはずもない。良い子は真似をしてはいけない改造を施した消火器で、数々の窮地を脱してきたなど。とりあえず当人の意識的にも苦肉の策で制式装備ではない上に、なにより《魔法使いの杖》ではない。
「消火器といえば、部長さん」
唐突にナージャが割り込んでくる。それに十路が安堵したように表情を動かしたのを見た。
「消火器といえば堤さんの代名詞で、わたくしではありませんけど?」
やはり十路=消火器らしい。コゼットもそう思っているらしい。まり子にとっては意味不明の結びつきだが、誰も説明することなく、部員と部長は話題を変える。
「そーじゃなくてですね。ほら、新型消火器試作の件、どうなったんです? この間まで部室で作ってたじゃないですか」
「音波消火システムことですか? 一昨日完成して、引き渡しましたけど」
「大丈夫です? あの原理、逆に燃焼加速器にもなりますよね?」
「大丈夫でしょう。ちゃんとした企業からの正式な依頼ですから、変な目的で使うとも考えにくいです。なによりも、エンジンの高効率化にも応用できますし、もし違う目的に使うとしたら、そちらでしょう」
それはそれで、なんだかモノになりそうな話の予感がした。
だからまり子は、期待の目で見たが、誰も反応はしない。気づいていないのでも、気づいて無視しているのではない。『次なに話せばいいの?』と言わんばかりの視線を向けて、アクションを待っている。
「えと、さっきの、企業から依頼されたとか、そのお話を聞きたいなぁ、と……」
「禁止されてるわけではありませんけど、広めたくない話なのですが」
「え~……」
要請しても、真顔のコゼットに突っぱねられた。『目の前で話していたの』にと、まり子は不満を表に出してしまう。
すると意外にも、野依崎からフォローが入る。
「別に構わないのではないでありますか? それらは理事長を通じての依頼でありますから、広報したからといって、自分たちに直接の影響はないであります」
意外にも、だ。部外者のまり子でもそう思った。事前情報だけでも、長期間不登校しており、無断で学校を休むことなど珍しくない。生活態度もお世辞にもいいとは言えない。学級崩壊を引き起こすような児童ではないが、成績は優秀というか優秀すぎて教師が持て余す、ついでに普通の児童の中では浮きまくっている、一般論とはベクトルの違う問題児だ。
我が道を行く姿しか思い浮かばない。
「……その辺りの判断は、フォーさんに任せます。部員内での話なら、わたくしよりも、会計である貴女の管轄ですし」
結局、部長判断で方針が翻った。
広めることで外部からの依頼が増え、顧問の仕事も増える可能性は、考慮しないらしい。
というか、この部は小学生が会計を務めているのか。大丈夫なのか。
小国の国家予算規模を平然と動かすトレーダーであることを知らないまま、おこづかい帳で部費を管理している場面を想像しながら、まり子は野依崎の話を待った。
「…………?」
しかし彼女は話さない。注目されている理由すら、理解できていない様子だった。
「フォーちーん。クチ挟むんなら、最後までちゃんと説明しよーぜぃ?」
「面倒であります」
南十星の言葉でようやく理解したようだが、素っ気なく口を完全に閉ざしてしまった。
テンポが独特すぎて、会話にならない。困ったまり子は視線を移動させると、苦笑したコゼットが、『少し回りくどい話になります』と前置きした。
「わたくしたち支援部の運営費は、学校から支給される通常の部費とは異なり、国・地方自治体・企業から支払われています。これは寄付などではなく、契約です」
つまり義務を背負っている。
だから民間緊急即応部隊として働く。国と地方自治体から出ている資金の見返りは、これによるところが大きい。
「そして企業への見返りは、ふたつあります。ひとつは、社会実験で得たデータの提供。《魔法》が出現して三〇年、世の中は変化し、これから先にどうなっていくのか、より一層見通せなくなっています。だからこの結果は、企業だけでなく、方々から求められています」
「……? 社会実験の内容が、いまひとつピンと来てないですけど……なんでそういう情報を、企業が欲しがるんでしょうか?」
「あくまでも一例ですよ?」
まり子の返事に、王女の笑みが深まる。
「例えば、誰もが《魔法》を使える社会になったら、どうなると思います?」
「え?」
思いがけない言葉に、まり子が驚きで固まることがわかっていたかのように。
「実際にそうなるか。なったとしても何年後のことか。それはまだわかりません。ですが、一般家庭で買える対話型ロボットも、完全自動運転の自動車も、そもそもスマートフォンだって、子供の頃にはなかったものが、現実に存在し始めています。同じようなことが《魔法》には起こらないとは限りません。そういう社会を作るには、あるいは作った時になにが起こるか。それを知るため、企業は支援部が提出するデータを欲しているのです」
記録はICレコーダーとビデオに任せて、まり子は過去を思い出した。
オルガノン症候群の検査を受けた記憶は、曖昧ではあるが、ある。小学校低学年の時、健康診断か集団予防接種の折に、見慣れない車のベッドに寝かされた。今ならCT撮影装置を搭載した移動検査室だとわかるが、知らない当時は不安を覚えた。
だが、それ以上に期待もした。自分が《魔法使い》と呼ばれる存在かもしれないから、それがわかる検査だと説明を受けたから。
結果、幼いまり子だけでなく、同じ学年からも、誰からも《魔法使い》はいなかった。落胆はしたが、『やっぱり』という思いが強く、そのうち忘れてしまっていた。
その頃の気持ちを、思い出した。それほどまでにコゼットの言葉は、衝撃的だった。
「ただ、こちらは長期的で、将来役に立つかわからない情報です。ですから具体的かつ短期的な結果を求められることが多いですね」
コゼットの話が変わったことで、まり子も意識を切り替えた。そんな世の中が来るのは、不確定な未来でしかない。そんなことよりも現在のこと。取材を疎かにしいたら、局長からの雷が落ちる。
コゼットは説明する前に、足元に置いていたアタッシェケースから、ケースに入れたものを取り出して、テーブルに置いた。
彼女たちが人前ではあまり開け閉めしない、空間制御コンテナ――見た目よりも大きな物を収納できる《魔法》の箱が駆動し、小規模ながら《魔法》が行使されたのに、まり子の位置からは見えなかったから反応しなかった。別の角度から撮影しているカメラはその様を捉えていたので、取材後、局長からの雷が落ちる要素が増えた。
「これ、なにに見えますか?」
ケースの中で緩衝材に埋もれていたのは、掌サイズの金属板だった。
「なにって…………ただの金属の板としか思えませんけど?」
「えぇ。細かい組成はお教えできませんが、ただの金属の板です」
怪訝な回答にコゼットも同意する。なにが言いたいのか、なぜ金属板を出したのか、まり子には理解できない。
「ただしこれは、現状では《魔法使い》以外、作ることができません。この量を作るには、人類が気軽に宇宙を行き来できるようになるまでは無理でしょう」
「え……」
本来ならば存在しない。そう聞かされれば、ただの金属板に途方もない価値があるのは予想できた。
「これ、おいくらくらい……?」
「同じ量の金やプラチナでも比べ物にならない、とだけ申し上げます」
まり子は絶句した。貴金属のグラム単価など知らなくても理解できる。『宇宙開発として換算した無重力合金の費用で、スクラップとしての買取価格は一〇〇円くらいですけど』という追加説明は耳を素通りした。
「ご存知だとは思いますが、改めて簡単に申しますと、《魔法》とはオーバーテクノロジーを仮想的に再現することです。今はまだSF小説の中にしかないような物の効果も、《魔法》でなら再現可能です」
話を締めくくりに、コゼットはケースの合金を指し示す。
「なのでわたくしの場合、企業からこのような、研究開発用の試作品や新素材の制作を依頼されるのです」
「『わたくしの場合』……?」
「はい。《魔法使い》が持つ特性が、個人個人で異なりますから」
まり子はコゼットの顔から、視線を動かす。他の部員はどうなのかという意味を込めて。
「ソフト開発会社から協力を求められたことが、数度あるであります。システムエンジニア八人分の仕事を二日で片付けたら、ドン引きされたであります」
野依崎の不本意顔による説明に、まり子は『そりゃドン引きされるだろう』と思った。
「あたしは、スポーツ用品とかセキリュティ用品の、テスターになったことがあるかな。靴が壊れる速さで走ったり、素手で防弾ガラスをブチ抜いたら、ドン引かれた」
南十星の真顔による説明に、まり子は『そりゃドン引きされるだろう』と思った。
「わたしもセキュリティ関連で、アドバイザー的なことを何度かやりましたね。怪盗ばりに五〇人体制の警備を出し抜いてみせたら、ドン引かれましたけど」
ナージャが微笑を浮かべての説明に、まり子は『そりゃドン引きされるだろう』と思った。
しばらく待ってみたが、回答はそこまで。
「……木次さんと堤先輩は、どんなことをやったんですか?」
だからまり子は名前を挙げて促してみたが、十路は首筋をなでながら、芳しくない顔と答えをする。
「俺は企業関連の部活は、あんまりないんだ。そういうのに出向くのを送迎したり、作った物をバイク便するとか、間接的に関わる程度だ」
銃火器や爆発物の扱い方、隠密処理、野戦築城、各種強襲戦術など、彼の特性はヘビー過ぎて発揮できない。実戦的な徒手格闘程度ならまだしも、そちらはナージャや南十星で間に合っている。
他にもあるとすればサバイバルのインストラクターくらいだろうが、個人相手ならまだしも、企業相手にレクチャーする内容ではない。大阪のインスタントラーメン会社の研修さながら、企業主体で無人島生活でもやらない限り。
樹里はというと、人好きのする顔を曇らせて、誰とはなしに問う。
「私へのそういう依頼って……話して大丈夫なんですか?」
「明かさないのがベストだな。国府田と報道部が納得するかは別問題だろうが」
顔を見合わせた十路が、まり子へと振り向いて確認してくる。『いやそれでは困ります』と返事をするまでもなかった。
「木次の場合は裏社会要素が強い。ヘタに広めたら、俺たちの事情に巻き込まれて、身が危なくなるかもしれないからな?」
「…………冗談――」
「でもフリでもない」
まり子の言葉は早々に潰された。普段から冗談が苦手というかヘタクソな彼が、表情も変えずに淡々と言うのだから、嘘の成分を汲み取れるはずもない。
《魔法使い》は半ば、裏社会に生きる人間だと知っているから、どうしたものか、迷う。
「聞いた場合に起こる『かも』なリスクと、聞かなかった場合に起こる確実なリスク、比べてるんでしょうね。報道部の部長さん、本物のマスコミ関係者ばりに取材に厳しいって聞いたことありますし」
ナージャが推測したとおり、まり子の心で天秤が揺れ動いていた。このやり取りはビデオで撮影されているから、後で確認されれば絶対にツッコまれる。都合よく撮影したデータを改ざんしても、話が飛んでいるのだから誤魔化せない。
「んじゃさ、まりポンは聞かず、レコーダーにだけハナシ吹き込んで、使う使わないのセキニン押しつけちゃえば?」
「それです!」
先輩をナメてるとしか思えない『まりポン』には触れることなく、名案とばかりに南十星の言葉に顔を輝かせた。




