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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の部活動
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005_0040 【短編】一学生から見た総合生活支援部Ⅴ 「キャッチャー交代! 受けたら死ぬ!?」


 修交館学院の敷地は広いとはいえ、当然面積に限りはある。

 だから放課後、部活動が広いグラウンドを使うのにも、さまざまな制約が生まれる。


「サッカー部と日替わりで、グラウンドを使用することになってる……と聞きましたが、このところ野球部が独占しているということで、サッカー部から折衝の依頼が我々総合生活支援部に来ました」


 だからその日、野球部の代表と話し合いをするため、グラウンドに(おもむ)いた。

 当事者間でこじれたとしても、本来ならば第三者となる別の部活動の出る幕ではない。顧問同士で話し合ったり、学生会など自治組織に話を預けるのが普通だろう。

 これは先に、そちらの方面で解決を図ろうしたもののこじれ、支援部に回ってきた話だった。


「外部のコーチだとお聞きしましたが、その辺りのことはご存知ないのでしょうか?」


 他校から見れば、総合学校である修交館学院の部活動は、かなりムチャクチャだろう。小学生から大学生まで同じ部に所属している場合もあれば、年齢制限がある部活もある。留学生が多いため、日本人らしい一体感はあるとは言えない。正確な意味で『課外活動』という雰囲気であり、大会で成績を残そうとガツガツした気迫はない。実際どの部活動も、個人ではまだしも団体としては、大した成績は残していない。


「俺はここの野球部を強くするために雇われたんだ」


 そんなヌルい活動は、彼のお気に召さないものだったのだろう。パンチパーマ、濃いサングラス、竹刀所持という、前時代的というか筋の違う人に見られそうな外見からは、誰が見ても『鬼コーチ』という印象を抱く。


「そもそもお前は誰だ?」

「総合生活支援部。学内のなんでも屋みたいな者です。その代表、大学部二回生コゼット・ドゥ=シャロンジェです」

「余所の女が口を出すんじゃない。すっこんでろ」

「ア゛ァン……? ンだとコラ……?」


 プリンセス・モード全開な彼女が愛想よく言って尚、初対面でここまで聞く耳を持たない人間も珍しい。低い声だけでなく(きびす)を返して練習に戻ろうとする拒絶に、コゼットの顔が引きつった。


「部長……! 顔、顔……! 地が……!」

「おっと」


 反射的にメンチ切ろうとしたが、同行した樹里の慌てた忠告に猫を被り直した。とりあえず三匹くらい、凶暴なサーバルキャット・温和なスコティッシュフォールド・高貴なシャムネコの順で。

 話が通じる相手ではないことは理解した。そうであったなら、支援部に依頼が来る前に、問題は解決しているだろう。


 コゼットはそれとなく、野球部員たちの練習風景を見回した。

 部員たちに疲れが見えた。今までダラダラと活動していたところに、熱心な監督が就任してテコ入れしたので、不満が溜まっているだろう。話を漏れ聞いたのか、それとも支援部の出現でおおよそ事態を予想できるのか、『楽になるのではないか』と期待めいた色が見えなくもない。


 支援部に求められているのは、サッカー部が日替わりでグラウンドを使用できる権限までだ。野球部が練習する日、その方法までは口を出すつもりはない。どのような経緯で学外からコーチを入れることになったのか不明だが、野球部が強くなりたいから人間を雇い、練習の仕方を変えようと、部外者が批難する資格はない。

 だからこそ、最悪、目の前に立つコーチが罷免させられようと、知ったことではないと、コゼットは投げ遣りに考えた。


「では、野球部とわたくしたちで試合して、その勝敗で決めますか?」


 どうであれ周囲を省みず、自分に絶対の自信を持つこの男は、一度ヘシ折らなければ話にならない。


「そちらが勝てば、ご随意に。わたくしたち支援部が勝てば、これまで通りサッカー部と場所を共有していただきます。その日の練習は休むなり、どこか別の場所で借りるなりなさってください」

「ほぅ……自信あるみたいだな?」

「女の多い部ですし、野球経験者もいないはずですから、ハンディはいただきますけど。でしたら負けるはずありません」

「なにが欲しい?」

「わたくしたちが普段使っている物品の持ち込みです。あとは野球のルールブックに(のっと)っていただいて結構です」

「いいだろう」


 外部コーチは躊躇なかった。わずらわしい話をさっさと切り上げたかったのかもしれないが、野球部員たちのほうに歩き去っていく。

 その背中に、聞こえるか聞こえないか怪しい音量で、コゼットは投げかけた。


「そういえば……ご存知なのですか? わたくしたち支援部は、全員《魔法使い(ソーサラー)》と呼ばれる人種ですけど」

「部長……学外の人だからって、わざとボカしましたね」


 樹里が呆れているのは無視した。言質は取る目的は成し遂げられたから、コゼットは満足してスマートフォンを取り出した。



 △▼△▼△▼△▼



 五分後、支援部員全員がグラウンドに集結した。


「つまり九月九日生まれのアストロな人たちがやってた、ルール無用の超人野球を再現するんですね!」

「《魔法》使っていいの!? やろうやろう! オモロそうじゃん!」


 日本人より日本のサブカルチャーに詳しいロシア人(ナージャ)と、考えずにノリで物事を決めるアホの子(なとせ)は、非常に乗り気だった。古い超人スポ魂マンガを完全再現すると死者が出るので、ブレーキが必要なほどに。

 そんなわけで早々に事情説明と打ち合わせを終え、スターティングメンバーが発表された。


 一番:堤南十星(投手)

 二番:ナージャ・クニッペル(一塁手)

 三番:木次樹里(遊撃手)

 四番:堤十路(捕手)

 五番:ゴーレムくん(二塁手)

 六番:ゴーレムくん(三塁手)

 七番:ゴーレムくん(中堅手)

 八番:ゴーレムくん(左翼手)

 九番:ゴーレムくん(右翼手)


 監督:コゼット・ドゥ=シャロンジェ

 スコアボード係:野依崎雫


「「ちょっと待てぇ!?」」


 無駄に流麗な字で書かれたそれには、敵味方双方からツッコミの声が上がった。

 きっと野球部サイドが聞きたいのは、『ゴーレムくん』についてだろう。元々の問題はサッカー部との折衝なのだから、そこはサッカー部員が入るのが筋だろう。


「なんですか、このスタメン表」


 しかし作ったコゼットに対して、十路が代表して問い詰めたのは、違う内容だった。《魔法使い(ソーサラー)》と普通の人間を混ぜて、チームが機能しないことは理解していたから。


「ちゃんと意見どおりに打順とポジション決めたでしょう!?」

「そこじゃなくて、なんで人数足りてないのに、監督とスコアボード係がいるんですか」

「いえ、だって……わたくしが動くより、スクラップでゴーレム作って任せたほうがいいかなー、と」

「自分の運動性、しかもチームプレイの球技に期待するなであります」


 戦闘時は後衛担当であまり運動神経に自信はない、紅茶と読書とチェスを愛するインドア王女大学生と、パソコンいじってばかりの社交性ゼロ半ヒキコモリ小学生は、そう主張して引っ込んでしまった。


「ゴーレムの運動性能に多大な不安があるんですが。特に走りに」

「材料がゴミ捨て場の粗大ゴミですからね……計算上、最高時速六.八キロ?」

「遅っ。二足歩行なら、せめてASIMOに勝ってくださいよ。あれ確か九キロで走れたでしょ?」

「二足歩行じゃないのに時速二キロしか出せないPapperには勝ってますわよ」


 ともあれ、総合生活支援部の面々はグラウンドに散った。最初の野球部員がバッターボックスに立った頃には、グローブを装着した全身鎧兵士が守備についているのは、もう誰もツッコまなかった。


 マウンドに立つピッチャーのほうが問題だっただろうから。腰のベルトにトンファーを提げた女子中学生の全身が、光る回路図のようなもので覆われていた。

 修交館学院の学生でも、滅多に直接見ることはできない、《魔法》の行使だ。


「なんだ……?」


 《魔法》を見たのは初めてであろう。外部コーチがサングラスの下で顔を歪めるが、制止をかけるより早く、南十星は改造ジャンパースカートから足を見せながら、第一球を振りかぶり。


「ふんっ!」


 大暴投した。いや、それだけならまだいい。南十星がまとう《魔法回路(EC-Circuit)》が熱力学推進を行い、人智を超えるスピードで振るわれる腕から放たれたボールは、衝撃波を発して常人の動体視力を超えた。

 バッターの遥か頭上を通過した剛速球は、フェンスをものともせず貫通し、青空へと消えていった。誰もが唖然として見送るというか見失った中、十路(キャッチャー)だけが別の、必死のリアクションを行った。


「なとせぇ!? いま何キロ出しやがった!?」

「キロっていうか、マッハ一.五」

「キャッチャー交代! 受けたら死ぬ!?」

「いやぁ~、めんごめんご。次はだいじょぶだから」


 野依崎から投げられた、新たなボールを受け取る南十星に、反省の色は全く見られなかった。『ゼンゼン全力じゃないんだけどなぁ……あんま速すぎるとヨーリョクが生まれるん?』などと呟いてマウンドを(なら)していた。

 バッターは、ようやく状況を理解した。わずか一八.四四メートル先から人間兵器が発射する砲弾を打ち返すという、死刑同然の行為だと遅れて自覚し、下半身が生まれたての小鹿化した。


「なんだ今のは!? それはアリか!?」


 野球部コーチが意義を唱えるが、南十星がキョトン顔で返した。


「単なるジョシチューガクセーの投げる球を、コーコーキュージがバカスカ打って悦に入りたいなら、《魔法》なしにすっけど?」

「く……」


 その気があったのか不明だが、『弱いものいじめ楽しい?』と言外に訊かれ、コーチは言葉を詰まらせた。

 南十星の運動能力は同世代平均を上回るが、それだけだ。《魔法》がなければ、少々肩が強いだけの、ただの女子中学生でしかない。

 そんな相手に勝ったと誇れるほど、プライドは捨てることはできなかったらしい。


「だいじょーぶだって。さっきの一発で加減わかったし、ピッチングマシーンくらいに押さえっから」


 ならば《魔法》の使用は継続だと、南十星はバッターボックスに向き直った。

 第一球が砲撃(アレ)だったにも関わらず、バッターは足を震わせながらも、逃げることなく構えていた。根が生えた状態になり逃げられなかっただけかもしれないが、それはさておき。

 十路もちょっと涙目になりながら、いつでも飛び退けるよう、体をはみ出させてミットを構えた。


「せいっ」


 第二球は人間離れしていなかった。《魔法》は筋力のコントロールだけに務めた、常識的な球速だった。

 速いとはいえ知れている、ストライクゾーンど真ん中のストレート。その程度は幾度となく練習していると、バッターは条件反射のようにバットを振り、金属バットの快音と共に打ち返した。

 高々と上った白球は、ホームランかという期待を抱かせる勢いを持っていた。


「おーらーい」


 しかし守備の華と称される遊撃手(ショート)の樹里は、学生服に、左手にグローブ、右手に長杖という、野球に相応しくない恰好で追う。


「はいっ」


 そして飛んだ。ジャンプではなくフライした。長杖を脇に構えて電磁加速し、棒高跳びでも到達できない高さまで上り、最高到達点でボールをキャッチした。


「パンツ見えてるぞ」


 そんな十路の言葉は届くはずもなく、己で気づきもしない。樹里は電磁加速を逆に作用させ、段階的に落下速度を削って着地した。

 野球部側ベンチでは唖然とする中、当然のように、野依崎の手によりアウトがカウントされた。



 △▼△▼△▼△▼



 結局、全て樹里が縦横無尽にキャッチして〇点に押さえ、一回の裏、支援部の攻撃。


「うん! やっぱ《魔法》ないと無理!」


 第一球の制止を気にしてか、《魔法》を使わずバッターボックスに入った南十星は、爽やかにアウトを取られて戻ってきた。

 脳内センサーが起動していれば、銃弾すらトンファーで弾き返す生物なのだが。運動神経や格闘センスと、球技センスは異なるものらしい。


「ま、次のバッターなら、問題ねーでしょう?」

「はいはーい。ちょっくら点取ってきまーす」


 監督(コゼット)の言葉は軽く受け流し、学生服のまま借りたヘルメットだけをかぶり、ナージャは意気揚々とバットを振り回しながらボックスに入った。

 春先の溶けかけた雪ダルマような彼女に、キャッチャーミットを構える野球部員は、戸惑うように視線を投げかけた。ポヤポヤした緩い雰囲気もさることながら、そもそもバットの握り方がおかしい。左手でグリップエンドを覆っていた。

 速球が目の前を通過すれば、黄色い悲鳴を上げてへたり込む様でも予想したか。軍事訓練経験もある元非合法諜報員(イリーガル)で、畳水練ではない本物の剣士で、あとついでに笑顔でクラスメイトの男子生徒に地獄突きを叩き込む猛者であることは、外見から判断できない。


「てや」


 彼女は第一球からバットを振るった。ピッチャーが投げたスライダーを、全く緊張感のない掛け声と共に、軽く上から叩きつけた。スポーツ用具の使い方ではなく、剣の使い方だった。

 ボールは目の前で強くバウンドして、高く上へ飛んだ。バットを思い切り振っているので、セーフティーバントと呼んでいいのかはなはだ疑問だが、とにかくキャッチャーはマスクを跳ね上げフライ球の真下にもぐりこんだ。


 本来ならば滞空時間の間に、バッターは一塁に全力疾走する場面だろう。しかしナージャは動かず、スカートのポケットに手を突っ込んで、携帯電子機器を操作した。


「え?」


 すると女性にしては長身の姿がブレた。白い《魔法回路(EC-Circuit)》と黒い《魔法回路(EC-Circuit)》、順に覆われた人影が、すさまじい勢いで塁を回る。認識はできても、身近な速度では近い数字を出す物体が想像できないほどの高速だった。


「はい。ランニングホームラーン」


 あっという間に一周して戻ってきた。その後で、ポテンとボールが再び地面に落下した。


「それ、アリか……?」


 正に『開いた口がふさがらない』な風情な、野球部コーチの言葉に、ナージャはキョトン顔を向ける。


「ほえ? わたし、普通に走っただけですけど? 他の皆さんから見れば、四〇倍速に見えたでしょうけど」


 野球のルールに、『周囲の環境を操作して、時間の流れが違う空間を作り出してはならない』という規定はない。あるはずがない。


 三番、樹里。

 プロ野球の公認野球規則によると、『バットはなめらかな円い棒であり、太さはその最も太い部分の直径が二.六インチ(六.六センチ)以下、長さは四二インチ(一〇六.七センチ)以下であることが必要である。バットは一本の木材で作られるべきである』とある。

 つまり金属製で二メートルもある長杖を、バッターボックスに持って入るのは、ルール違反に当たる。

 そこはこの試合においては、事前に容認されている部分だが、彼女がスイングを確かめるたび、頭上で金属棒が通り過ぎるのは、キャッチャーの心臓に大変よろしくない。当たれば死にそう。ヘルメットかぶっていても頭蓋骨陥没骨折・脳挫傷の憂い目を見そう。

 それでも彼女は短く持ち、構えを取る。すればピッチャーも投げるということで、キャッチャーは泣きそうな気持ちになりながら、できる限り膝で後ろに下がって、身を低くしてミットを構えた。


「《疾雷》実行」


 その選択は、彼にとって正解だった。その術式(プログラム)で電磁加速を行う時は直線的なのだが、円弧に《魔法回路(EC-Circuit)》に置き、スイングのスピードを加速させた。その際に頭上から発せられた暴力的な風切り音は、当たればボールではなく頭部がカッ飛ぶ予感しかしなかった。這いつくばるような姿勢だったため、ミニスカートの中身がちょっとだけ覗けてしまったのだが、彼にそれを楽しむ余裕はなかった。


 長杖の平たいコネクタ部分で弾き返されたボールは、高々と青空に上った。高度だけでなく、飛距離も充分。誰が見てもわかる大ホームランだった。

 樹里は素直に一塁に向かう前、子犬のように小首を傾げて少しだけ考え、野球部コーチに問うた。


「《魔法》でバットスピードを加速させるの、ダメですか?」

「…………」


 返事はなかった。異論がないのならいいのだろうと、樹里は小走りに塁を回った。


 そして四番、十路が続く。


「………………………………」

「キャッチャー? 恐怖だか期待だかわからん目を向けてるけど、俺は普通に打つからな? 他の連中みたいな超人野球を期待するなよ?」


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