005_0010 【短編】一学生から見た総合生活支援部Ⅱ 「殺ス」
そして放課後。高等部校舎の廊下で。
「――ってことなんですけど」
教室で、話題の人物当人・木次樹里に相談しても、あまり色よい返事はなかった。
まり子も即答が返って来るとは思っていなかった。問題の部活動が小学生から大学生までいて、樹里にはなんの役職もないことも知っているのだから。
だから彼女はまり子を引き連れて移動し、廊下で偶さか出合った人物に相談していた。
「はぁ……」
覇気のない息を漏らし、首筋をボリボリかく様は、まるで野良犬だった。
その男子生徒も、一応まり子は承知している。取材対象の一人であり、渡された資料に名前も顔写真もあるのだから。
修交館学院高等部三年生・堤十路。総合生活支援部に所属する《魔法使い》のひとり。
「取材なぁ……どーしたもんか……」
怠惰そうにストローで野菜ジュースをズビズビすする姿に、戦闘種族な雰囲気は欠片もない。誰がどう見ても、放課後の男子高校生以上の感想を抱きようがない。
そんなまり子の感想は他所に、戦闘種族(仮)たちは語り合う。
「いつもみたいにNGじゃないんですか?」
「んー……こないだ木次の部屋に行った時に、支援部も色々あって有名になってきたし、どうにかしなきゃいけないって話あったからなぁ……」
「そんなお話ししました?」
「木次は俺のメシ作ってくれてた頃だと思うから、聞こえなかったかも」
「あぁ~……」
二人の会話に、まり子は内心首を傾げる。
(え、木次さんとこの先輩……付き合ってるの?)
異性が部屋を行き来し、食事をご馳走する。そんな行為を行うなら、そんな関係としか思えない。
同じ部活動に所属しているともなれば、不思議ないかもしれない。高校生なのだ。この春から高校生になったのだ。まり子も小学校から進学し、新しい制服に袖を通した時、高揚感と共に新たな学生生活に期待を胸膨らませた。その中には彼氏ができるかもという想いもあった。中学時代のクラスメイトには、中学生に付き合っている人もいたが、まり子自身も親しい友人には無縁だった。
「なにするつもりなんでしょう?」
「知らんけど、任せておくと、変なことになりそうな気がするからなぁ……」
「確かに……」
『理事長』『つばめ先生』などという名詞を省き、お互いため息をつき合うのだから。二人の会話に甘酸っぱい雰囲気などないのだが。
しかし空気は何気ない。部活仲間であればこの程度、普通の範疇かもしれないが、異性の先輩を家に入れるというのは、相当の関係でないと考えられない。
だからまり子は、見上げるほどではないが、一応は高い位置にある十路の顔を見た。
(…………うん。人の好みはそれぞれだしね)
ブサイクと呼べるほどでもないが、カッコいいとも言えない。やはり無気力オーラ全開が如何ともしがたい。
「モノになるかは報道部内の問題として、俺たちが取材受けるのは仕方ないか……」
まり子のそんな男性判断を知るはずもなく、ふたりの支援部員たちの話は相成ったか。
「じゃぁ、くにふださん――」
まり子の意識は、樹里からの呼びかけに引き戻される。若干の恨みを伴って。
「国府田です……」
「ごめんなさい……」
普通は読めない苗字の上に、クラスメイトとはいえあまり親しくない間柄なら、この反応も仕方ないかもしれない。だが『キツギならともかくキスキなんて読めるか』という難読系苗字の持ち主に間違えられたら、釈然としないものがある。『出席番号順に名前呼ばれていれば覚えるだろ。自分は正しく読めるのに』というわずかばかりの不満が、まり子の口から出てしまった。
「廊下で話していても仕方ないし、ひとまず部室に行くぞ。取材受けるかどうか、他の連中とも話聞かないと判断できない」
一年生たちのやり取りに構うことなく、学生カバンを肩に乗せて、十路が先に立って歩き始めた。
△▼△▼△▼△▼
そうして三人で、ひな壇造成されている階段を上ぼり、敷地隅の建物が見えた。
ガレージとしてはそこそこ大きいだろうが、建造物としては小さなもの。敷地内ではあるが、他の学院施設から離れたプレハブ小屋が、総合生活支援部の部室だと知ってはいるが、ここまで来たのはまり子は初めてだった。
「支援部の部室って、なんでこんなところにあるんですか?」
まだ取材と呼べるほど気張っていないが、浮かんだ疑問をまり子は素直に、支援部員たちどちらへでもなく訊いた。すると樹里と十路、双方から返事がある。
「や。私が知ってる範囲じゃ、昔からあった倉庫をリフォームしただけですから、元々どういう意図でこんな場所に建ってたかまでは……」
「そもそも他の部活と一緒に、部活棟に部室を作るわけにもいかんだろ」
「バイクありますしね……」
「それ以前に、ウチの部、普段遊んでるとか思われてるし」
「まぁ……依頼がない時、マンガ読んだりゲームしたりアニメ見たりしてますしね……」
かなり緩いらしい。《魔法使い》という通称からも、人間兵器という実態からも想像できない、ふたりの会話を聞いて、まり子は思う。
「コルァ待ちやがれぇぇ!!」
突然、ガレージから怒号が飛び出してきた。
同時にオートバイも飛び出してきた。
「お疲れでーす」
ハンドルを握るのは、高等部女子の学生服を着て、カーディガンを重ね着している、白金髪の外国人だ。
学内では顔が広いため、割と有名人だ。まり子は直接の面識を持っていないが、報道部には知己を得ている部員がいる。
高等部三年生、ナージャ・クニッペル。料理研究部員だったのだが、なぜか総合生活支援部に転部したという、異色の部活においても異色の経緯を持つ、ロシアからの留学生だ。その辺りの真相解明も取材内容に含まれて渡されている。
「そしてばいならー」
リアシートに座るのは、大胆にスリットの入った、改造ジャンパースカートを着た、小柄な少女だった。
支援部の部活動以外でも、運動系部活動なら、さまざまな場面で突入してくることで有名な少女だった。
中等部二年生、堤南十星。同じ性が示すとおり、十路の妹らしい。そこらに複雑な事情があるらしいという話は出回っているが、具体的な話はよくわからないので、これまた真相解明を取材内容に含まれて渡されている。
そんなふたりを乗せたバイクは、まり子たち三人にすれ違い、去っていく。
【どうして私まで……】
まり子には、もうひとり分の声が、しかもオートバイから聞こえたような気がしたが、すぐに気にならなくなった。
ガレージからオートバイを追って、また新たな人物が飛び出してきたから。
淡色系ブラウスに濃色系フレアスカートを合わせた、波打つ金髪をなびかせる女子大生だ。学内で最も有名であろう学生が登場した。
支援部部長、大学部理工学科二回生、コゼット・ドゥ=シャロンジェ。
「シバくぞコルァァァァッl」
王女という肩書きを裏切る罵声と、目を釣り上げた表情、なによりもドジョウ髭と頬ウズマキと額に『肉』という定番のラクガキ顔で登場したため、まり子は固まった。
そんな部外者に構うことはなく、彼女は走りながら豪奢な杖を投げ出した。それは地面に落ちることなく、青白い幾何学模様を作成して宙に浮く。その細い鉄棒に横座りし、飛行してオートバイを追った。
続くのは、初等部女子指定のセーラーワンピースを来た少女だった。彼女は最初から、四肢から光る幾何学模様を形成し、宙を泳ぐように飛び出した。
赤茶けた髪の下、まだ子供子供している少女の顔にも、ラクガキがあった。鼻の下にはいわゆるネコ口、両頬には三本のネコ髭、トラ縞のつもりか額にもラクガキされている。
「殺ス」
すれ違いざま、たった一言だけ低い声で洩らした言葉は、ハッキリとまり子の耳にも届いた。
彼女たちの姿は瞬く間に遠ざかる。一応は理性が働いているのか、四人と一台は敷地を隔てる段差を乗り越えて、森へと突入する。
姿が見えなくなるとほぼ同時に、連続する小規模の爆音と共に、折れ飛んだ木の太い枝が、飛び立つ鳥たちと一緒に次々と空を舞う。人間のものと思えない悲鳴も聞こえてきたのは、生息域を破壊された野生動物たちのものだろう。
やがて、ひときわ巨大な爆発音と共に、小規模のキノコ雲が形成された。
それでも戦闘というか暴虐がまだ継続中らしく、爆音は鳴り続ける。唖然とするまり子と共に、その光景を眺めていた《魔法使い》ふたりが、やがて顔を見合わせる。
「……木次。どうする?」
「ややややや! 『どうする?』じゃないですよ先輩! 早く止めないと!」
「なら木次に任せる」
「え゛!?」
「だってアイツら、バイク持ち出したし。俺が生身で割り込んだら死ねる」




