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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の体験入部/十路編
339/640

000_1330 そして彼は――Ⅳ ~世界をリードするカーケア用品メーカー「オートグリム」~


 サイレンを鳴らす京都府警のパトカーは、桂川橋梁近隣だけでなく、他の地域も走り回っていた。東海道本線上で、列車から切り離されたコンテナの破片を捜索していた。

 一連の事件を起こした、フリング社Sセクションの工作員たちを逮捕するために。


 しかし、彼らの前に現れたのは、パトカーに乗った警察官ではなかった。

 レールを塞ぐ、コンテナの天井だった鉄板。沿線には人家があるとはいえ、線路が常に照らされているわけではない。

 闇の中から、辛うじて光が届く場所に、黒い人影が浮き出た。


「オ前……」


 通称どおりというべきか、拘束されていたワイヤーから抜け出た『ニンジャ』は、『蟲毒』を助けたところで、振り返った。

 黒いライダースーツに身を包み、黒いフルフェイスヘルメットを被った、全身黒ずくめの男が現れた。


「アンタ……なんでここに?」


 『蟲毒』たちは結局、列車に仕掛けられた爆弾の有無を確かめていない。(ゆえ)にまだ、敵意までは行かない、疑念までのレベルだった。

 しかし男にとっては、それで充分だったらしい。


『ご苦労だったね』


 変換された声と共に右手を突き出し、《魔法回路(EC-Circuit)》が発生した。その場にいた者たち一人ひとりを取り囲むように。

 なにか致命的なことが起こる。そんな危険を感じ取ろうと、咄嗟に動けたのは拘束から逃れた『ニンジャ』と『蟲毒』だけ。しかもそのふたりも電撃と銃剣刺突を受けて、素早い行動は不可能だった。


 《魔法》だ。ただし黒ずくめの男は、突き出した手に《魔法回路(EC-Circuit)》を発生させているが、《魔法使いの杖(アビスツール)》を持っていない。


「アンタ……なんだよ……?」


 ようやくにして『蟲毒』は、目前の男が異常の存在であると理解した言葉を紡いだ。

 そして始末されることも、きっと理解した。


 しかし彼女たちの身には、それ以上はなにも起こらなかった。

 横合いから響いた、爆発音と区別がつかない銃声と同時に、男が向きを変えて手を振るった。

 それで手が四散した。発生した《魔法回路(EC-Circuit)》が消滅した。

 

「ジュリちゃんをさらった連中、助ける義理はないんだけどな……ここで片付けられれば楽かと思ったのに」


 硝煙を上げる巨大な銃を降ろして、レディーススーツの長久手つばめが、徒歩で現れた。

 彼女が手にしていたのは、Thunder .50BMG。単発とはいえ、大口径狙撃ライフルや重機関砲で使う弾丸を放つ、正気を疑うというかネタとしか思えない()()だった。実際イベントに出品されたプロトタイプしか作られおらず、トリプルアクションLCC社から販売された事実はない。

 ガンマニアなら浪漫を感じそうな一撃必殺の変態銃を投げ捨て、つばめはジャケットの内側からS&W M&Pシールド自動拳銃を手にして、声をかけた。


「久しぶり、(コン)


 拳銃は向けない。ただし《魔法使い(ソーサラー)》相手に無意味だからで、敵意のなさや親しさを示したわけではない。

 それが証拠に、男の側でも、変換された声に不機嫌さが乗った。植物の微速度撮影映像のように再生されていたから、右手と吹き飛ばされたのとは関係なく。


(イェン)。なぜマーメイを取り戻そうとしない?』

「現実的じゃないからだよ」


 『第一声がそれ?』と苦笑を浮かべつつも、つばめは素直に答えた。


「《アラライラオ》がどんなものか、実感したでしょ? あれをどうにかしようと思ったら、相当に骨だよ?」

『《ガイストイムグラス》でも手に余るわけだ……』

「っていうかさ、(コン)に批難される(いわ)れないと思うけど。《ズューセブライ》と《ケーニッヒドロッセルバルト》、そのままにしてて」


 素直に答えたのは、次のことを言いたかったからに違いあるまい。このことも行動理由のひとつだと。


「ハッキリ言っておくよ。XEANE(ジーン)トータルシステム最高責任者(CEO)(スー)金烏(ジンウー)


 《魔法使いの杖(アビスツール)》の中枢部品、電池といった、《魔法》に必須の電子機器を世に送る大企業の双璧。男の正体が、その一社の元締めであると、彼らには言わずもがなの明言を行い、つばめは宣言した。


「アンタのやってることは、やってはいけないこと。だからわたしは邪魔をする」

『今更だろう?』

「ゲイブルズ・ベトロニクスのことだけならね。でも、修交館学院は、総合生活支援部は、そうじゃない」


 これまでは防衛だった。

 これからは攻撃。その日の事件がその証明と。


「結果としてアンタは、世界を牛耳(ぎゅうじ)るほどのシステムを作った。その(ふるい)にかけられて、こぼれ落ちた子供たちがいる」

『致し方ない』

「ま、そうだね。質も数もクリアしてるなら、どうしても生まれるロスを必要以上に気にしてたら、なにもできなくなる」


 システム化とは、規格化であり、平均化とも言える。多くの物事や一連の働きを秩序立てて最適に動かすためには、一番起こりうる状況を平時として設定する。問題が起きても対処できるのは、想定した範囲内だからに過ぎない。

 想定外が起こると、システムは拒絶反応を示す。エラーを吐き出し停止するか、原因を強制排除する。

 工場での製造・品質管理はそういうものだ。不良品の割合が一定レベルを超えなければ、問題ないものとして運用される。(まれ)に規格外品が生まれるのは仕方がないから、後の検査で取り除けばいいと。

 しかし人間にこのシステムは、完全には適用できない。テストすればひとつの物差しで計ることはできるが、不合格だからといって、その人間そのものの価値がない証明にはならない。

 逆に、ある物差しで合格しても、価値を生まない存在として判ずることもある。 

 人間には様々な(しがらみ)がある。複数の物差しで計られる。しかも社会というシステムは、思い思いの意思を持つ個人の集合体だ。

 《魔法使い》という名の、自然発生する人間兵器にも言える。


 例えば、特異性が悪と判断される社会システムの中で生まれ、隠匿されて育ったら?

 《魔法使い(ソーサラー)》が嫌われる国の、《魔法使い(ソーサラー)》の王女は、そうして育った。


 例えば、国という社会システムのふたつ、その狭間に生まれた者がいたら?

 異なる国籍の両親の愛娘として生まれ、名前をふたつ持つ《魔法使い(ソーサラー)》は、そうして育った。


 例えば、想定外の特異性を持つ、既存社会システムでは持て余す個体が生まれたら?

 世界唯一かもしれない、時間を操る《魔法》を持つ《魔法使い(ソーサラー)》は、だから自由になった。


 例えば、社会システムの一部が暴走し、想定外の存在を作ったら?

 人造の《魔法使い(ソーサラー)》は加減して暴走したため、(おおやけ)にされることもなく、だから自由になった。


 検査でオルガノン症候群発症者と判断されると、普通の子供とは異なる教育を(ほどこ)されて、そのまま生活の保障と引き換えに、特異な能力を生かして国の機関で働くことになる。

 そんな人間兵器の生産工程が正常稼動と見れば、『彼女たち』は製造ラインからあぶれて、国という、社会という、軍という、システムに組み込まれなかった、管理もできず使い物にもできない、想定外の規格外品だ。

 個の性能には欠陥はなくても、周囲はそう判断する。(ともな)う感情が、侮蔑か畏怖かはさておいて。


 だからつばめは、無邪気な悪魔の笑顔で宣言できる。


「ひっくり返してあげるよ。アンタが作り上げた世界(システム)で、ないがしろにされることになった、『出来損ない』たちの力で」


 対して男は、ヘルメットの奥で(わら)った。


『…………面白い』


 心底楽しそうに、喉の奥から笑い声を洩らした。

 そして見た目には前触れなく、再生の終わった手を、つばめへと突き出した。


 彼女は動かなかった。反応できなかったのか、反応しなかったのかは不明だが、ともかく洗礼をその身に受けた。

 だから瞬間的に全身に霜が降りた。既存科学では、人間が一瞬で凍りつくなど、ありえない。だが男は《魔法》でそれを現実した。

 服や髪の黒は透けて見えるが、つばめが白い氷の彫像と化したことに、Sセクションの工作員たちが息を呑んだ。


『やってみればいい。長久手つばめ。わたしが作ったシステムがそんなに容易いものか、試してみろ』


 戦争(ウォー)ゲームの始まりに、男は笑顔を返した。凍りついたつばめに、言葉が届くはずがない。フルフェイスヘルメット越しでは、表情はわかるはずもない。

 けれども彼は、間違いなく、獰猛な笑みを向けた。

 そして彼女に無造作に近づき、《魔法回路(EC-Circuit)》が浮かぶ手で触れた。

 氷結乾燥粉砕(プロメッション)した。本当に氷の彫像だったかのように、女性だったものが粉々に砕け散った。まだ夏の訪れには早い夜の空気でも、しばらくすれば溶けるだろう。解凍されても、きっと人間の死体だとは、誰も思わない有様になった。


『さて……』


 男は首を巡らす。シールド越しの視界に捉えられたであろう、動けないSセクションの工作員は、次は自分の番かと恐怖に震えた。


『おや……?』


 その中に『ニンジャ』と『蟲毒』の姿が、いつの間にかなくなっていた。つばめと相対している間に逃亡したらしい。

 

『まぁ、いいか……』


 男は腕を上げると、天空に《魔法回路(EC-Circuit)》が形成された。

 腕が振り下ろされると同時に、雷が落ちた。樹里が多様する《雷霆(らいてい)》と同じ、レーザー(L)誘起(I)プラズマ(P)チャネル(C)が放たれた。

 既存科学では基礎実験しか成功していない、次世代軍事兵器の威力など、生身の人間が耐えられるものではない。Sセクションの工作員たちは、悲鳴も上げられず感電した。

 直接死を確認することなく、男はパトカーのサイレンがその場に到着するより前に、闇へと消えた。


 こうして一連の、深夜の死闘は、終了した。


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