000_1310 そして彼は――Ⅱ ~ドイツ装甲師団オートバイ狙撃兵大隊~
「…………?」
電磁波を感じた十路は、首を巡らせた。
今日日、電磁波が飛びかうことなど、珍しくもない。携帯電話はさしたるものではなくても、工事現場やトラック無線などでは、瞬間的にはかなり強い電磁波が放出される。
距離が離れていれば、連続でなければ、《魔法》によるものなのか、判断できない。
「堤さん?」
樹里が不思議そうに問うが、相手にしなかった。返事をする意識を割くのも惜しんだ。
なんら根拠はない。だが直感が囁くため、脳内センサーを含めた六感覚を研ぎ澄ませた。
△▼△▼△▼△▼
(私が狙ってるの、気づいた……?)
土手に生える雑草に紛れるように、橇のような二脚架で重量を支える怪物ライフルを、悠亜は伏せ撃ちで構えた。
《魔法使いの杖》である、ラティm/39対戦車銃カスタム。正確な名は、『ヨハネの黙示録』に登場する、四騎士のひとり。人々を死に至らしめる役目を持つ、青き第四の存在――《ペイルライダー》。
(……? 普通気づいたなら、伏せるなり逃げるなり、リアクションするわよね?)
装填されている弾丸は、20×138mmB弾の弱装弾だ。反動を低下させ、命中精度を上げるために、発射薬を減らしている。
威力が下がるが、この口径で人間を撃つのであれば、大差ない。
青い《死霊馬》に跨り、《青褪めた騎士》を構える、《首なし騎士》と呼ばれた女は、銃と心臓とを結ぶ線を描くため、スコープ越しの映像に注視した。
△▼△▼△▼△▼
「…………」
電磁波を感じたのは一度だけ。それ以外の異変は感知できなかった。
なのに不気味さは去らない。気のせいとして忘れればそれまでのような、心をささくれ立たせる違和感が、むしろ強くなっていった。
十路は、誰かに狙われている気がしてならなかった。
(木次をさらった、黒ずくめの《魔法使い》か?)
殺意の指向性が、樹里なのか、十路なのか、はたまた両方なのかまでは推測できなかった。
だから彼は、すぐ動けるよう、棒立ちしたまま命令した。
「木次……離れて隠れてろ」
「ふぇ?」
「早く」
状況を理解できずとも、振り向きもせず緊張感をむき出しにする十路に、樹里は余計なことを言わずに素直に従った。
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(樹里ちゃんを逃がすため、囮になった……?)
取り付けられているスコープに、暗視機能はない。射撃距離を調整する機能も、照準線も刻まれていない、本当にただの望遠鏡でしかない。
悠亜の目に映る映像は、ほぼ闇でしかない。しかし脳が処理し、一キロ離れた青年を正確に『視て』いた。
土手を降りる少女に構うことなく、青年は手にした銃を構える。
その構えは、撃つためのものではなかった。
十路は捧げ銃のように、銃を体の真正面で立てている。右手は既に引金にかけられているので、敬礼とは明らかに異なっていた。
(ふぅん……余裕があれば、樹里ちゃんを任せてもいいかどうか、もうちょっと様子見しても、よかったかもね)
そんな構えを取る十路の意図がわからず、わずかな間だけ迷ったが、彼女の行動に変化はなかった。
少なくとも彼は、攻撃を予想していても、悠亜を察知していないと見たから。
(だけど、もう駄目)
ゼロインなど必要ない。悠亜の脳は正確に、銃弾の飛行経路と命中点を描いている。
クッションパッドに肩を当て、チークパッドに頬を寄せた姿勢を変えず、引金に指を添えた。
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樹里が見通しの利かない場所に下りても、違和感は去らなかった。
(狙いは、俺……か? どこだ……? 電波が飛んできたのは、あっちからだけど……)
相手は高い出力の《魔法》を使っていないから、電磁波を感知できない。土手に伏せられ雑草に紛れ込まれては、温度探知ではわからない。距離を隔てているため、暗視では見つけられない。
だから十路は小銃を天に向け、正面に立てた。人差し指を引金にかけ、けれども銃把は握らず手を添えて。左手は銃身に軽く支えるだけ。
なによりも、電磁波を感じた方向へ向かない。そんな無防備な姿勢で待つ。
悪手だとわかっているが、対抗するためには、これしかないと考えた。相手を感知したら即座に攻撃できるよう、想定しうる状況を何パターンも生体コンピュータにシミュレーションさせ、術式をセットした。
片や、明確な殺意を持って動いた。片や、不確定な予感で動いた。本来一方的な謀殺であるはずなのに、静かな決闘の図式が作られた。
西部劇のガンマンのように。居合いで挑む武士のように。十路はその時を待った。
△▼△▼△▼△▼
相手が警戒している。
狙撃する状況としては、あまりよくない。無防備なところを仕留めるのが、誰が考えても一番いい。
しかし悠亜の存在を、明確に察知していないと見た。それならば、哨戒中の兵士を倒すのと、状況は大差ない。しかも目標はひとりなのだから、狙撃で存在がバレた後のことを考えなくてもいい。だから撃たない選択は、思い浮かばなかった。
それを知らないが、列車破壊時、十路が樹里に指示したのと同じように、悠亜は呼吸を整えた。
狙いをつけて、限界以上に息を吸う。これ以上空気が肺に入らないないところまで吸ったら、一度息を止めて脱力する。そして無理のない状態になるまで、余分な息をゆっくり吐き出したところ、もう一度息を止める。わずかな時間、体のブレが停止した。
(ごめんね、《騎士》くん。あなたに恨みはないけど――)
狙いは完璧。銃をわずかたりとも動かすことなく。
(――死んで)
悠亜は引金を静かに絞った。
△▼△▼△▼△▼
「!」
川だけでなく、橋梁が存在した場所も挟んだ、反対側の土手に、見間違えようのない発射閃光が生まれた。
刹那、十路の体も動いた。
発生した発射閃光の速度は、マッハ八八万。対戦車ライフル弾の初速は、マッハ二オーバー。
超音速の速度差など、常人ならば同時としか認識できない。しかし《魔法使い》ならば明確に認識できる、弾丸到達まで一秒近い差がある、絶対的な速度差だった。
気のせいではなかった、狙撃手の存在を見極めた十路の肉体は、生体コンピュータに制御された運動神経により、勝手に動いた。
上半身はやや前傾に。掲げた小銃を肩付けにしながら、右足を下げて姿勢を作りながら、狙撃地点へと振り向いた。
同時に《磁気浮上システム》を実行した。わずかな時間では大した効果は生まれないが、それで充分だった。小さな一歩分、磁力で立ったまま真横に移動した。
生体コンピュータに肉体制御を任せることで、反射神経の問題をクリアできても、人間の動きが音速を超えることはない。だから《魔法》を併用し、最速最小の回避を行った。心臓を狙った巨大な弾丸が、脇を締めた右腕ギリギリを通り抜け、衝撃波でネクタイが踊った。
そのまま見知らぬ敵にカウンターアタックを食らわせるため、十路は《八九式小銃》で射撃した。
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「な――」
先読みできない狙撃を避けるという、《魔法使い》といえど離れ業と言える回避に、悠亜は驚愕し、反射的に上体を起こしてしまった。肉眼ではなくスコープ越しのまま確認していれば、結果は変わったかもしれないが、語ることが無意味な過去の話だ。
「――っ!」
有効射程距離外から飛来した銃弾が土手の土を跳ね上げる。対戦車ライフルの傍らをすり抜けて、悠亜の体にも突き刺さった。うつ伏せに近かったのに、体は跳ね上げられ、数メートル跳ね飛ばされ、背中から地面に落下させられた。
前を開いたジャケットの下は、ほとんどが素肌だった。チューブトップで胸元を隠している他は、腹も臍も肩もむき出しにしていた。
左鎖骨付近と右の脇腹に、白い肌とコントラストを成すように、赤黒い銃創が穿たれた。それだけならば小さい負傷に見えるかもしれないが、地面に接した背中には、貫通した弾丸が大きな射出孔を作っていた。
普通ならば、致命傷だ。
しかし血を吐きながら、悠亜は戦意を衰えさせなかった。
認めざるをえない。侮っていた。
「やるわね……! 《赤ずきん》……!」
さすがは『彼女』の愛弟子だと。
悠亜はこれが第三関門――テストであることを忘れた。改めた評価は、彼を特別な妹の側に置くことを認めるものへではなく、巻き込んだ哀れな犠牲者から『敵』へと脅威設定を変えてしまった。
「だけど、甘い……!」
だから体に銃を生やした。
女性的ななだらかな腹に《魔法回路》の発光が生まれ、《ペイルライダー》よりは小型とはいえ、遜色のない長大なライフル銃が出でた。
その名はIWS2000。オーストリアの銃器メーカー・ステアー社が開発し、量産化されることはなかったはずの、ブルパップ式対物ライフルが出現した。
悠亜は銃身を掴み、弾倉が装填されている長大な得物を、腹から引き出す。
そして仰向けになったまま構えた。銃を横に倒してスコープを覗き込み、抱くようにして銃身を支えて足で狙いをつけ、耳の後ろに来る引金を引く、異形の発射姿勢を取る。
「ナメんじゃないわよ!」
二丁目の銃は、《ペイルライダー》よりも破壊力が大きいことも忘れた。適切な射撃姿勢ではないため、反動で怪我する危険も忘れた。
悠亜はそのまま発砲した。
△▼△▼△▼△▼
手ごたえを感じた。銃撃で『手ごたえ』というのも変な話だが、幾度も人を撃った経験で得た予感があった。
しかし十路は、空になった弾倉を捨て、ポーチのものと交換した。その間も攻撃用の《魔法回路》を形成し、ひとりでカバーできる体制を作っていた。
十路に油断はないつもりだった。《魔法》を込めた弾丸を当てた予感はあっても、仕留めたとまでは思えなかった。だから再装填した。
しかし反撃が予想外すぎた。想定が甘すぎた。
時間が短すぎた。実は命中しておらず、ボルトアクションライフルを使っていたと思うほどの間で再攻撃してきた。
相手は地面と並行、仰向けで撃つという、ほとんど見えない射撃姿勢だった。
そして弾速が違った。IWS2000対物ライフルが量産化中止となった理由の専用弾丸・15.2mm装弾筒付翼安定徹甲弾は正常に機能し、マッハ五弱で飛来した。
ダーツのような弾体は、再装填で胸前に置かれていた、小銃の機関部に命中した。複雑に組み合わさった金属部品を変形させ、押し潰し、粉砕し、へし折った。
だから確かに威力は減衰した。しかし使われたのは、特殊な弾丸と機構から、小型の戦車砲と呼べる、前代未聞の火器だった。
「――――!?」
遮蔽物にならなかった。充分すぎる殺傷能力を保つ弾体の破片と、ユゴニオ弾性限界を超えた《魔法使いの杖》の破片が、十路の肉体を破壊した。
痛みすら感じることがなかった。命中の勢いで吹き飛ばされ、土手に仰向けで倒れた十路には、一瞬の間になにが起こったか、わからなかった。
「…………?」
だが懸命に首を動かし、己の胸に空いた穴を見た。出血量は少ないが、それは心臓が存在しないから。白い骨が覗く、挽き肉になった縁から、千切れた臓器がはみ出ていた。
(あ……死……)
衝撃と圧力で揺さぶられた脳で、最期を辛うじて理解し、十路は意識を失った。




