000_1200 魔犬、起動Ⅴ ~ボートプラザコーポレーション「オートバイ/ATB積載トレーラー」~
それで事態が終わったわけではない。
『ライダーブレイクするなんて……おニューの制服がダメになるかと思いました……』
「俺たちは『スタイリッシュ八つ裂き轢き逃げ』って呼んでたけど」
『や、私が言いたいのは、技名じゃなくてですね……ってゆーか、名前長いです』
「滅多に使う手段じゃないからな」
合わせて術式《Aerodynamics caul(空力学風防)》を実行していたので、体当たりで蹂躙したにも関わらず、虫の破片や体液は風でいなされて、体には全く触れなかった。
代わりというわけではないが、十路は服を汗で汚す羽目になっていた。無線越しの樹里のセリフに平坦なボケをカマし、緊張感を誤魔化しながら作業していた。
【で。あなたはなにしてるんでしょうか?】
英語を使っていたイクセスは、機械らしい怜悧な印象だった。しかし耳慣れた言語に変わると人間味に溢れ、《使い魔》としては逆に不自然にも思える若い女性の声となった。年齢の印象はずいぶんと十路たちに近づいた。
【目が覚めたと思ったら、貨物列車の上。なんの説明もなく《魔法》を使う羽目になった意味不明な状況を、多少なりとも説明してもらえません? 私はまだ生後一〇分ですけど、これが相当な異常事態というのは、理解できるのですけど?】
なんというか、小うるさかった。この時の十路は、『後にしろ』と若干イラっとした。
「俺たちが列車に乗ってる理由は、話が長くなるから端折るぞ」
だがもっともな話であり、イクセスの協力も必要であるため、作業の手を止めることなく情報提供した。
「上り方面に走るこの列車には、爆弾が仕掛けられている。全部調べたわけじゃないが、一両につき四セット。取り外そうとしたり、停車ないし減速したら、爆発する仕組みになっていると予想。もっと少ないかもしれないが、推定爆薬量は一〇トン」
【そんな列車に敵対勢力の人員が乗っている理由は、どうせロクなものではないでしょうから、助けるんですか?】
「……この状況を見て、その言葉が出てくるお前が、ちょっとすごいと思った」
十路は、フリング社Sセクションの工作員たちを、縛り上げたのだから。しかもただロープで拘束するだけでは済まず、トラップを作るために空間制御コンテナに入れていた滑車とワイヤーを使い、コンテナに穴を開けて通し、ワイヤーを溶接していた。つまり工作員たちは、コンテナの中で宙吊り状態になっている。
そんな場面を直に見ていれば、状況を聞いても常人の慣性では、『助ける』という発想には繋がらないだろう。
しかも機械がともなれば、尚更に。『察しのよさ』が並の人間以上なのだから、どれほど高性能な《使い魔》なのか、もはや呆れてくる。
【敵対勢力を制圧したのに、なぜ列車を停止させないのか、理解できませんでしたが……そういうことでしたか】
樹里の姿は、ひとりと一台がいる最後尾にはない。機関車の運転席に座っていた工作員も拘束したため、代わりにブレーキの面倒を見させている。
女子高生が列車を運転したことがあるはずもないので、最初はプチパニックになっていたが。カーブも少ない平野部を、速度をキープして走っていればいいだけなので、じきに無線越しに軽口を寄越す程度に落ち着いた。
「爆弾は解除できない。というか、今この瞬間、市街地のど真ん中で爆発しても不思議はない。こんな状況をどうにかできる策はあるか?」
【安全に、という前提であれば、不可能と断言します。あとはいかに被害を軽微にするかという問題です】
「人命優先」
【警察や鉄道会社との連携は?】
「あまり期待できない」
実際のところ、時間はかかったが、事態を確認した外部との連絡は取れたと、樹里の報告があった。彼女はその対応も兼ねて、運転席に座っていた。
だが、普通の人間は対処できないことに変わりない。鉄道のポイントを切り替えて、人家の少ない場所へ走らせるのが関の山だ。その途中で爆発しないことを祈りながら。
だからレール上に物をばらまくことへの対応以外、彼らに頼むことはなかった。あるとすれば、事が終わってからのこと。
事態そのものは、《魔法使い》たちにしか対処できなかった。
「どうだ? 方法はあるか?」
【…………あることは、ありますけど】
イクセスの回答が歯切れ悪い。それまでの流暢さとは正反対の返事を怪訝に思い、作業を終えた十路が顔を上げると、イクセスに睨まれた気がした。カメラに目力などないだろうに、語気の強さがそう錯覚させた。
脳内センサーにノイズが走る。《使い魔》が通信妨害を始め、樹里との通信に使っていた周波数帯がかき乱された。
【あなたは、何者ですか?】
「は?」
樹里には聞かせない選択を行った処置だった。
【この方法は、私の製造理由に関わります。易々と開示できる情報ではありません】
察しはついたが、それでも十路の口が衝いた。
「お前の製造理由は?」
【ジュリ・キスキの保護、サポート……そして監視】
《使い魔》ならば、当然ともいえる理由だ。しかし無免許の女子高生相手ならば、不可解となってしまうが。製造者と仲介者の思惑の違いから来ているのだが、知らなければ理解不能だろう。
イクセスが多少言いよどんだのは、ただの監視では終わるはずがないからだろうと、十路は推測した。必要となれば、自爆してでも主たる《魔法使い》を抹殺する。それが《使い魔》に課せられた役目だから。
しかも相手が《ヘミテオス》という、正体不明の存在となれば。
「お前こそなんだ?」
しかし通信妨害するほどの話かと、十路は疑問を思う。普通の女子高生を慮ってとも考えれば、別段不思議ではないかもしれないが、知らずに聞いて察する内容でもなかった。
「コミュニケーション能力が異常なくらいに高く思えるが、まぁそれはいい。さっきお前が自分で言ってた《シェリダー》ってのはなんだ?」
だから、ここにこそ、樹里に聞かせられない理由があるのではないか。イクセスが、《バーゲスト》が、異常な《使い魔》である理由と共に。
Ver.20XX-0001-"S"。朝に《バーゲスト》の概要を参照した時、そう記されていた。『S』はスーパーかスペシャルの略だろうと勝手に推測し、なにも疑問を覚えなかった。
しかし彼女は口頭で『Sheriruth』と自己紹介した。日常会話で使うようなものではない、聞いたことのなかった単語だ。
【それが普通の《使い魔》には存在しない、私だけに与えられた権限であり、現状況の打開策――《セグメント・ルキフグス》です】
またも日常生活では聞かない、知らない単語が出てきた。『Segment』は断片・部分・区分という意味でしかないが、十路の知識では『ルキフグス』がなにか、わからなかった。
脳内でインターネットに接続し検索すると、出てきた。正確にはルキフゲ・ロフォカレ。地獄の宰相たる、上級六大悪魔の一体と。
悪魔の名前を冠する機能がなんなのかは、全く推測がつかない。イクセスもそれ以上は明かさなかった。
【トージ・ツツミ。私に入力されているデータに、あなたの情報は詳細がありません。私は法的な扱いでは、修交館学院・総合生活支援部の備品となっていますが、関係者ですか?】
「違う。陸上自衛隊の人間だ」
【私はジュリ・キスキの人生に、深く関わらないとならないようですが……システム上では主のひとりであったとしても、あなたはどうやら違うようですね?】
十路は秘密を共有するに値しない、と。
この時の感情があるため、イクセスは、入部しても彼を主だとは思っていない。部活に際しては目的を共にする以上、指示には素直に従うが、反発した言動が多い。
【あまりにも情報不足で、今後の展開が推測不可能ですが……あなたが私の、ジュリ・キスキの不利益になるならば……どんな手段を使ってでも破壊します】
秘密をバラすならば、容赦はしない。
本来ならば非常時以外にはありえない、《使い魔》が主に向けるものではない殺意を放ってきた。
「これ以上のトラブルは、俺の側からお断りだ。今日一日だけで、ロクなことがねぇよ……」
対し十路は、やる気なさげに首筋をなでただけ。
しばらく一方的なにらみ合いが続いた。イクセスがぶつける殺意を、十路は軽くいなしただけだが。
【……現状況は他に手段がないようですし、一時的にでもあなたを信用し、《セグメント・ルキフグス》を使用します】
やがてイクセスは、渋々ながら語気を弱め、通信妨害も止めた。しかし具体的な方法の説明はなく、逆に質問をしてきた。
【それはいいとして。人命優先ということでしたが、コンテナに敵性勢力の人員を詰め込んで、どうするつもりですか?】
「こうする。お前は前の車輌に移動しとけ」
十路は肩にかけてた、銃剣をつけたままの小銃を構え、中身を放棄して空にしたコンテナの中に、最後尾の扉から入り、閉める。
宙吊りになっているとはいっても、手首部分からの話で、強制的に立たされている作業着姿の男たちが、一斉に恐怖で顔を歪めた。ちなみに『蟲毒』は感電で気絶したまま。頭巾を外した『ニンジャ』は、応急処置は樹里が行ったものの、顔色悪かった。
照明がないのだから、可視光線以外で『視る』十路しか見えない光景だった。
「死にはしないだろうから、安心しろ」
聞く側は死神の宣告にしか思えないだろうセリフを吐き、十路は《高周波カッター》を付与した銃剣を、コンテナに突き刺した。耳障りな音を立てて直方体の辺に沿って、最後尾面の壁と、側面と天井と切断する。高さを加味して天井面そのものも、ある程度のところで切断しておく。
「怪我の保障まではできないけどな」
次に小銃を一回転させ、先頭側の面、扉や接合部を一気に破断した。
すると、前の車輌に積まれたコンテナの陰になるとはいえ、突風が吹き込んだ。風圧で扉が開閉できなくなる程度の影響はあるだろうが、本来それでコンテナがどうこうなることはないだろう。しかし天井と壁が接する辺を切断したため、算数の授業で六面体を展開させるように、風を受けて天井面が持ち上がる。吊り下げられた人間の重量よりも、広い面積で受ける風圧が上回ったため、架線をかすめて一八〇度回転して裏返った。
そして台車からはみ出て、外側だった面がレールに接地する。同時に盛大に火花が散り、破滅的な擦過音が響く。その上に乗るというか括りつけられている工作員たちから、批難の悲鳴が上がった気がしなくもないが、風に流されて届かない。
「じゃぁな」
最後には無常にも、台車最後尾に近づいた十路が一閃する。大いに変形しながらも繋がっていた、コンテナの床と壁との辺を切断すると、工作員を乗せた板は減速しながら、あっという間に見えなくなった。
【…………】
「なんだ?」
小銃を肩にかけて、前車輌のコンテナをよじ登ると、移動していたイクセスから、無言の批難を受けた気がした。
【いえ……敵とはいえ、ちょっとムゴい降ろし方だと思っただけです】
「一番安全だろ? 土手の斜面をダンボールで滑るようなもんだし」
風に煽られたり、なにかに引っかかり、ひっくり返る可能性もなきにしもあらずだが、強制的に這いつくばって乗せられている。しかも直線を走っている時に切り離したのだから、きっと安定したまま減速するだろう。
落ちれば固い地面だから、ボートで引っ張られるタイプのマリンスポーツとは段違いだろうが、スリルに関しては完全に無視した。十路は『ケガしても警察に確保されれば、病院担ぎ込まれるだろうし、大丈夫だろ?』くらいしか考えてなかった。同時に『水葬みたいだったな。海に落ちる棺を見送るの、ちょうどあんな感じだったし』と思ったが、あえて忘れることにした。
【そのたとえは、私には理解できませんが……まぁいいです】
まだなにか言いたげだったが、イクセスも言葉を引っ込めた。
(結局、あの《魔法使い》は、電車から捨てられてそのままか……)
ドン引きされようと気にも留めず、別のことを考えながら、十路はその背に跨った。




