000_0800 少女の価値Ⅰ ~寝台特急「日本海モトとレール」~
陽が完全が落ちた神戸港沿いの倉庫には、緊急車輌を示す赤色ランプをつけた自動車と、その乗員が押し寄せていた。
人気のない場所とはいえ、市街地であれだけ派手に戦ったのだから、市民からの通報がないわけがなかった。
堤十路はというと、その騒動から離れて、白い大型オートバイに体重を預けて、腕を組んで佇んでいた。
訓練から離れて現場に出ても、軍人の仕事など、ほとんどが待機だ。実際に戦う時間など、全体から見ればごくわずかでしかない。
だからなにもしない時間の過ごし方を、十路は身につけている。露出した肌には、ガーゼや被覆材といった応急処置の痕跡を見せて、瞑想するよう静かに目を閉じ、ただし聴覚だけは働かせていた。
「ほら」
足音が近づいたので、瞼を開くと、ちょうど腕時計が飛んできた。
危なげなく片手でキャッチして調べると、アナログ表示の時刻だけでなく、デジタル表示の時刻、気圧・高度・電子コンパスも問題なく表示される。
強電磁波を受けたため、電子部品がショートして使い物にならなくなったはず。なのに時計を預かった彼女は、事もなげに修理して返してきた。
「……《付与術士》?」
「一応そう呼ばれてますわ」
十路の主語が抜けた疑問に、コゼット・ドゥ=シャロンジェはなんでもなさそうに、憂鬱顔で肯定した。
《魔法使いの杖》をはじめとする、《魔法》に関わる物品に精通した《魔法使い》の通称。常人の技術者でも可能な作業でも、原子・分子レベルの操作が可能な《魔法使い》が行うと、精度も期間も段違いの超高品質品に仕上がる、ベテラン職人と理工学者と精密工作機械を足したような技術者だ。《魔法使い》を抱える組織であれば当然、現状の科学力では作成不可能な素材までも作るため、一般企業でも喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
彼女が使った、標準レベルを上回るどころか逸脱した、物質操作による攻撃にもある程度は納得できた。それが直接関係するのは、彼女が持つ生体コンピュータの性能と術式の内容なのだが。
同時に《治癒術士》の他にも『字持ち』がいる総合生活支援部を、改めて不気味に思った。《魔法使い》そのものが貴重な人材だというのに、更に稀少な字持ちが二人もいるなど、小規模組織では絶対にありえない。
そんな十路の思考を気に留めるはずもなく、コゼットは装飾杖をアタッシェケースに格納しながら問うた。
「アッサリ警察に身分バラしてましたけど、構いませんでしたの?」
「表向きだけだしな。こうなりゃ知らぬ存ぜぬを通すわけにもいかないだろうけど、面倒は嫌いだ」
通報を受けて到着した警官には、支援部部長としてコゼットが対応したが、十路も身分照会を求められ、自衛隊育成校訓練生であることは名乗った。
その時に持っていた身分証明書は、免許証くらいしかなかったため、防衛庁や陸上自衛隊だけでなく、警察公安部への問い合わせを示唆してみた。
すると十路への干渉がなくなった。
「あれ多分、貴方がマトモな自衛官じゃないってバレてますわよ? バラしたほうが、面倒になるんじゃねーです?」
「上層部の話し合いになるだけで、俺は関係ない」
現場レベルの警察官では対応できない、高度な政治的問題という判断から。次いで常人の理解を超えた、《魔法使い》という超危険人物だから、手を引いたのだと推測した。
自衛隊上層部からは、十路が煙たがれている一因は、ここにもある。義妹の件だけではなかった。
彼の立場ならば本来、警察に事情聴取されている時点で駄目なのだ。到着する前に行方をくらましていなければならない。
片鱗でも正体を知れてしまうと、トラブルが生まれるのはわかりきっている。だから気をつけて秘密を守ろうとするが、それを超えてやってきたトラブルについては、隠匿が面倒くさくなるのだ。その時でも壊れた機関銃や武装は空間制御コンテナに片付けたが、薬莢や弾痕はそのままだ。『敵性勢力の攻撃』と嘘をついたが、口径から不信感を抱かれただろう。人気がない場所と時間だったからよかったようなものだが、もしも巻き添えで犠牲者が出ていれば、状況証拠だけでも逮捕の理由になりえたはず。
ここまでくれば、自暴自棄と言い換えるべきか。
(あぁ……あの理事長が言ってたのは、こういうことか)
死の宣告を思い出し、ようやく理解できた。言葉の浸透だけでなく、経験と合致した。
ただでさえ《魔法使い》というだけで、様々な感情を引き連れてくる。興味や侮蔑、畏怖に恐怖。
その結果、敵を生むことが多い。
警察関係者とコゼットの話し合いを離れて見ていても、それは感じ取れた。
とはいえ彼女の美貌と社交性、あと有事の際には警察・消防・自衛隊に協力する総合生活支援部の本領により、かなり薄められているように思えた。話し合いそのものはスムーズに終わったことから、協力体制そのものには問題はないのだろう。
コゼットはそうして、普通の社会に生きているのだと察することができた。可能な限り『化け物』であることを感じさせず、常人の中に溶け込むことで。
きっと賢いのであろう、十路にはできない生き方だ。
この自暴自棄さは、味方からも消極的な敵意を生む。後始末に奔走する者からすれば、こんなトラブルメーカーはお断りしたいに違いない。
コゼットのように積極的に味方を作る姿勢でいなければ、致命的な結果を生むことにもなりうる。
更には自覚はあまりなかったが、荒かった。無鉄砲な戦い方をするという意味ではなく、悪い意味で甘かった。
可能な限り面倒ごとを避けようとしても、向こうからやって来る。ひとり殺せば済むはずでも、それでは済まない。被害を最小限度にしようと思っても、戦場に立てば、向かい来る者は皆殺しにしなければならない。
それは必要性という言葉で片付けることができる。しかし十路の感覚では過剰殺戮だ。
だが、自身で行った選択だ。
その事件でも同じような、聞く者によって判断が分かれることをやった。
日本国内の任務で機関銃まで出したのは、やり過ぎか。それとも身元不明で敵対行動をしてきた《魔法使い》がいる状況では、仕方ないと見るか。
十路は単に、隠匿など欠片も考えなかっただけ。
(俺は、なにをしたいんだ……?)
戦いたくなければ、逃げればいい。
殺したければ、喜々として敵を殲滅すればよかった。
なのに、十路は行っていたのは、言い訳でしかなかった。
義妹を同じような生き様から遠ざけたくて。任務だからと。敵が銃を向けるから仕方ないからと。
引金を引いて、誰かの命を刈り取ってきた。
そして諦めを通り過ぎ、思考を放棄していた。
《魔法使い》は暗部に生きる者だからと。史上最強の生体万能戦略兵器だからと。他に生き様はないからと。
信念などどこにもない。その意味だけで語れば、テロリストにも劣る大量殺戮者でしかなかった。
ともあれ、その時に考えるような内容ではなかった。事態は全く片付いていなかったのだから。
「それで、王女殿下」
だから十路は小さくため息をついて切り替えて、コゼットに話しかけたのだが、彼女は盛大に顔をしかめた。警察の責任者と話している時は、終始穏やかな『王女サマの微笑』だったというのに。
「ア゛ー、地をモロ出しした後ですから、そういう呼び方やめてくださいな。どっかでペラペラしゃべりやがるなら、物理的に黙らせますけど」
「別に広める気ないけど……普段、どんなキャラ作ってんだよ?」
興味があって訊いたわけではない。十路はなんとなく話の流れで訊いてみただけだ。
しかしコゼットは割と本気になって、プリンセス・モードのスイッチを切り替えた。
「うふふっ。初めてお目にかかります。コゼット・ドゥ=シャロンジェと申します。お会いできまして光栄です」
さながらシラユリかスズランかカスミソウか。過度に自己主張しないものの、惹きつける魅力を持つ清楚な花がバックに咲いたような印象変化だった。初対面でこの彼女に会えば、誰もが好印象を抱くだろう。
「気っ色の悪いキャラ作ってんなぁ……」
地を知った後の十路は、ただでさえ悪い目つきを悪化させ、白けただけだが。
「ア゛? はっ倒すぞコラ? 訊くから作って見せたっつーのに」
さながらオニユリかトリカブトかドクゼリか。背負った花がなんだか禍々しく染まった。
「まぁ、それはどうでもいい。で。アンタ」
「……王女扱いすんなとは言いましたけど、かといって『アンタ』はどうかと思いますわよ?」
「文句多いなぁ……」
「貴方がおかしんだっつーの! ちったぁマトモな社交性がありませんの!?」
非公式・非合法特殊隊員になにを求めているのか。返事は全部『レンジャー』だった育ちだというのに。
「も、この人嫌い……疲れる……」
「呼び方はこの際どうでもいい」
そんなことを考えつつ、第二者だけでなく第三者が聞いても『お前が言うことじゃねぇ』と言いたくなるセリフで軌道修正し、肩を落としたコゼットに構うことなく十路は用件を切り出した。
「俺は一応任務中で、木次樹里の身柄を確保しないとならないんだが、足取りが追えなくなった」
「あぁ……その話ですのね」
コゼットも気を取り直した。呼び方とは比べ物にならない重大さだと。
「支援部でなにか掴んでないのか?」
「いいえ。理事長から話を聞いて、ここへ来ただけですからね。しかも貴方と交戦したことで、フリング社の工作員ふたりを、逃してしまいましたわ……ったく、理事長と誰かさんのせいで」
またコゼットが険しい視線を向けてきた。『根に持つ女だな』などと考えながら、十路は無視をした。殺されかけて『根に持つな』というほうが無理だろうが。
謝罪の一言もないことを、どう思ったか。ともかくリアクションを諦めて、投げ出すようにコゼットから確認した。
「こういう事態、貴方のほうが詳しいんじゃねーですの?」
「判断材料がないから、根拠が怪しい経験則になるが……日本国内に留まるとは思えない。どこの誰が《魔法使い》の身柄を欲しがってるかわからないが、少しでも早く国外に脱出したいだろう」
「どこの誰がって、フリング社が欲しがったから、こんなことになってんじゃありませんの?」
「違うな。連中は所詮、物流会社――運び屋でしかない」
十路の弁に、金髪を指に巻きながら吟味する時間を置いて、コゼットは納得の息を吐いた。
「……あー、そういうことですのね。貿易商として『仕入れ』まで手を伸ばしたとしても、それは『代金引換』で運ぶ『配達先』が決まってるから。いつ『出荷』されるかわからない《魔法使い》を長期間手元に置くなんて、リスキーすぎることはしない?」
「あぁ。誰かのオーダーに応じて、『仕入れ』からそのまま『配達先』に直送するよう計画立てて、今回の事件を引き起こしたって考えたほうが自然だ」
非合法でなくても、配送スピードは物流会社の命題だ。人員や設備から現実には不可能だが、ベルトコンベアのように荷物を滞らせることなく、配送先に順送りできるのが理想であろう。
『配送品』が人間ならば、もっと求められる。一時保管などすれば、それだけ追跡や犯行発覚のリスクが高まる。可能な限り短時間で、止まることなく運ぼうとしたはず。
それがわかったからこそ、十路は口元を歪めた。
「だから、もう日本を脱出していても不思議ない。誘拐されてから、相当時間が経過してる……」
「神戸から、直に国外へ?」
「それはないな」
コゼットの言は安直すぎるから、十路はほとんど即答できた。
実際に樹里を拉致している段階でトラブルが起きたのだし、その想定はしていただろう。そうでなければフリング社Sセクションという裏稼業は、世界中の諜報機関が突き止め、物理的・社会的に活動阻止されていなければおかしい。
神戸空港は地方管理空港で、直行国際便はない。同じ大阪湾内に設備の整った、関西国際空港があるが、近すぎる。
神戸港は国際戦略港湾で、海外からの船も出入りしているが、どうしても足は遅い。
追っ手を考慮すれば、どちらもデメリットが大きいと思えてしまう。
「ヘリで直行していないなら、陸路で神戸を離れてから国外脱出、って考えるのが自然だな。北陸か、九州か、関東か……そこまではわからないが」
「陸路……」
軽くうつむいて拳で唇を叩き、考え込んだと思いきや、わずかな時間で再びコゼットは顔を上げた。
「無関係じゃないですけど、話を変えますわよ? あのエセ忍者とサイボーグ虫女が、ここで罠張ってた目的、なんだと推測します?」
「そりゃ、俺の足止め――」
答えかけてから、十路は言葉を滞らせた。
樹里の空間制御コンテナを餌に、十路はおびき出された。裏社会での有名度、装備の特殊性から考えて、Sセクション工作員の中核を担うであろう、『ニンジャ』と『蟲毒』が待ち構えていた。
彼らは捨て駒にされたという想定もできるが、そうではなく、十路を倒して配送する人員と合流するつもりだったならば。
「まさか……時間稼ぎ?」
言葉としては些細な違いだが、今の状況では決定的に異なる単語に言い直した。
「えぇ。もしかすれば、ですけど。木次さんはまだ、神戸市内にいるんじゃありません?」
言葉だけは自信なさそうに、けれどもコゼットはやや強い語調で同意を言い添えた。
「わたくしは日中、警視庁の要請を受けて、東京に行ってましたの。貨物列車の爆破予告が届いたということで、日本全国の貨物運行ダイヤを一時的に凍結させて、調査がされましたの。だから爆発物処理班と連携して、東京貨物ターミナル駅と隅田川駅に発着する貨物列車を調査しましたわ」
街中とはいえ任務中だったからだが、十路が全く知らなかった事件だった。旅客ではなく貨物ということで、影響が表沙汰になりにくかったのかもしれない。
だがそれを置いても、事態が変だとは理解できた。
「全国規模とはいえ、神戸の調査は放置して東京に派遣? 真っ先に神戸市内の調査に借り出されそうな気がするんだが、アンタらの管轄どうなってんだ?」
「その辺の経緯はしらねーですわ。お偉いさん方の間で、なんかあったんじゃねーです?」
通常の方法よりも、《魔法》で調べたほうが、断然早いだろう。神戸の貨物と、東京の貨物、どちらの調査に迅速さが求められるか考えれば、万一の被害や量から東京となるだろう。
彼女が派遣される理由は、ないことはない。
だが、もしもコゼットが神戸に、修交館学院にいたら。
果たして樹里の誘拐は、成功しただろうか。
(あの理事長……やっぱりわざと――?)
十路の脳裏に、そんな考えがふと過ぎった。
「具体的な種類はなかったそうですけど、予告された爆薬の量は、一〇トン」
「イタズラだろ? 日本国内で大規模爆風爆弾兵器でも列車輸送してんのか?」
「ありえねーっつーのは、わたくしも同感ですわ……安い黒色火薬でもシャレにならねー値段になりますし、テロ起こすにはあまりにもコストパフォーマンス悪いですし」
核兵器を除く、史上最大・最強の爆弾を超える爆薬量など、あまりにも現実味がなかった。
「ただ、盛大なフカシで、一〇〇〇分の一の量だったとしても、警察としちゃぁ無視できねーでしょう。まぁ結局、昼まで調べて爆発物は存在しませんでしたので、運行は再開。その時点で名目上、民間人であるわたくしはお役目御免。ですけど警視庁をはじめ各道府県警では、まだ警戒態勢だと思いますわ」
「爆破予告がイタズラって判断されたわけじゃないのか?」
「明確に日時指定があったわけじゃない、ってのが一番の理由でしょうね。警察が調べた後に仕掛けられる可能性も、ゼロじゃねーですし。あと、ある意味では貨物列車は、旅客列車以上に不審物を持ち込みやすいからでしょうね」
「予告状を送った犯人を捕まえない限り安心できない、嫌なパターンか……」
新情報を吟味するまでもないため、十路は寄りかかっていたオートバイに跨った。
「近場の貨物駅は?」
もしも的中していたなら、この場で話している余裕などなかった。それに他に候補もなかった。言葉では否定はしたものの、神戸港や関西国際空港の線も完全否定はできないが、独立強襲機甲隊員・堤十路では、権限としても物理的にも調査のしようがなかった事情もある。
加えて、警察とも消防とも、総合生活支援部とも関係がない。
だから独自判断で動ける。戦闘の後始末は、神戸の住人たちに押し付けてしまえばいいと判断した。
「わたくしも行きますから、一分だけお待ちなさいな」
しかしコゼットが早口に『待った』をかけ、足早に警察責任者の元に向かった。




