000_0720 それが罠であろうともⅥ ~重戦車工房/ミリワークス 武装神姫改造パーツシリーズ「アリ型MMSアリスアドネ」~
距離を取るだけなので、本格的に逃走するつもりはなかった。倉庫から少し離れたところで、十路は靴底を削って足を止めた。
否、止まらざるをえなかった。行く手が赤黒く染まり、蠢いていたから。
「外来生物を持ち込むんじゃねぇよ!?」
『校外実習』と称した海外任務経験が何度もある十路は、詳細を確認せずともおおよそ推測できた。
グンタイアリやサスライアリといった、地下に巣を作らない蟻の群れだった。病気を媒介する蚊や虻よりは危険度は下がるとはいえ、巣という安全地帯を必要としない種の蟻は獰猛で、ジャングルでは危険視される生物だ。一匹でも噛まれれば激痛にさいなまれ、動けなければ大型動物でも食い殺される。
日本本土にはいない種の上、潮風にさらされる岸壁に大量にいるのは不自然だ。HI-MEMSではなかったが、『蟲毒』が作った包囲網に違いあるまい。
そんな真似が可能なのは、フェロモンだ。元よりHI-MEMSは、融合させた機械からフェロモンを噴霧し、人間の思い通りに虫を操作する技術だ。『蟲毒』は臭気物質の扱いにも長けているに違いない。
「――つっ!?」
だから衝撃を背に受けた。しかし銃撃とは違う鈍痛だった。ちょうど近接戦闘訓練で、エアガンのBB弾やペイント弾を受けたような痛みだった。
十路が体ごと振り返ると、まだ遠い『蟲毒』が、オモチャの拳銃とも見まがうものを向けていた。かなり距離があるのに、実銃よりも射程が短い武器で当てたのだから、使い慣れている。
警報フェロモンを封入したカプセルを目標にぶつけ、毒を持つ虫に襲わせるのが、『蟲毒』が得意とする暗殺手段に違いない。事実、日常生活では聞かない規模の羽音が聞こえ、蜂の霞が港の一角に出現した。
(だったら――!)
偶然にも位置取りは完璧だった。『蟲毒』のみならず、倉庫内の『ニンジャ』と正体不明の《魔法使い》までもが、ほぼ一直線に並んでいる形だ。 十路は自身の空間制御コンテナを置き、不必要に力を入れて地面に押さえつけ、脳内で操作する。
通常時の、物の出し入れのように、真っ二つになるのではない。側面が開き、センサーとアクチュエーターで構成された、無人銃架が出現した。
そこに無改造で搭載されていたのは、六二式機関銃だった。『言うこと機関銃』『無い方がマシンガン』などと蔑称された、作動不良の多いことで有名な国産欠陥銃だ。十路は使い捨てるつもりで、特に実際に使った隊員から評判が悪かった廃棄品を一挺所持していた。
「王八蛋!? (バカ野郎!?)」
脳内で引金を引くと、ベルト給弾される弾丸が続けざまに発砲され、コンクリートをも粉砕する。『蟲毒』は慌てて建物の陰に隠れて、射線から逃れた。
十路は構わず、制圧射撃としてだけでなく、倉庫へも銃撃を叩き込んだ。
部品脱落は起こらない。弾詰まりも起こしていない。順調に連射している。頭の中ではもちろん、無人銃架の機械部品も、引金を引いていないにも関わらず。
欠陥銃を所有していた狙い通り、弾切れまで自然激発で連射する状態になったのを確認してから、無人銃架の固定を解除して、ボックスに入った弾丸ごと機関銃を切り捨てる。
「おわっ!? 怖ぇっ!?」
途端に機関銃が暴れた。明後日の方向に発砲しながら、発射反動で跳ね回る。
十路自身が撃たれる前に、同時に蜂を呼び寄せるフェロモンを消すために、岸壁から海へ飛び込んだ。
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《魔法使いの杖》と機能接続した《魔法使い》は、既存のセンサーとは比較にならない探知能力を持つ。
とはいえ距離も多少はある上、屋内から判断できる屋外の様子は、大雑把な情報でしかない。
そんな状態では、いくら《魔法使い》といえど、わずか一〇〇メートルほど先から、音速の二倍半で飛来してくる銃弾を的確に察知できない。できた時にはもう命中している。
「ふんぎゃぁっ!?」
だから突然倉庫に大穴を開け、白煙を突っ切って反対側の壁にも穴を空けた銃弾に悲鳴を上げる。なんだかネコっぽくても可愛げの欠片もないが、『彼女』は社交性を発揮しなければそんなものだ。いや仮面を被っていても事態が事態だろうが。
連射されて次々と穴を穿つ銃弾は、狙いが全く定まっていない。壁どころか天井や床までも破壊していった。
なので『彼女』は《魔法》で塹壕を掘った。主力軍用ライフル銃よりも一回り口径が大きい銃弾の威力は、生半可ではない。床のコンクリートを操作して壁を作ったところで、貫通されてしまうのがオチであるため、穴を掘って下に逃れた。
「先に逃げ出した貴方のお仲間、正気ですの!? これ無差別攻撃じゃねーですのよ!」
「仲間、違ウ!」
連射の轟音に負けじと怒鳴ると、短くとも片言と察せられる日本語で、『ニンジャ』が怒鳴り返した。
空中で。彼は塹壕に飛び込むと同時に、直刀を振り下ろしてきた。今度は迎撃が間に合わず、装飾杖の柄で受け止めざるをえなかった。
「くっ!」
男の腕力に加え、落下の勢いが乗った一撃は、女の細腕では耐えるのが精一杯だった。勢い余って斬られるのには耐えたが、鍔迫り合いのような形になってしまった。
アクロバティックな体技など使えない、泥仕合のような状況で、『ニンジャ』は刃を滑らせ切っ先を突きこもうとした。
普通ならかわせないだろうが、《魔法使い》なのだから、一撃を耐えればそれで充分だった。
「どきやがれボケェ!」
「べっ!?」
突き込まれるより早く、三次元物質操作によるマニピュレータ作成・操作術式《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》を二度実行した。塹壕の壁から生えてきた、人間の腕と大差ない鉄拳ならぬ石拳のフックとアッパーを食らい、『ニンジャ』の体は再度吹っ飛ぶ。
「後始末が大変になるから、あんま荒らしたくねーんですけど……」
彼の体が落ちたのは、パレットに積み上げられた荷の上だった。幸いにして銃撃されていないが、いつまぐれ当たりがあるかは、神のみぞ知るといった状況だ。
『彼女』は新たに巨大な石の腕を作り出した。彼を乗せたままパレットを掌に載せて、振りかぶらせる。
「危ねーですわねぇっ!」
そして倉庫の壁に向かって全力投球させた。銃撃の元凶と、再度襲ってきた『ニンジャ』、双方を沈黙させる意味を持たせて、パイ投げの要領で。




