000_0600 それが罠であろうともⅢ ~稲葉製作所 イナバ物置バイク保管庫「FXN」シリーズ~
コンテナは空輸に向いていなかったらしい。当然であろうが。台車に乗せて運ぶ以上のことを考えていない簡易的な容器は、ワイヤーで吊り下げて運ぶには、圧倒的に頑丈さが足りない。
(体感だから正確な速度はわからないけど、運ばれた時間からすると、まだ兵庫県内なのは間違いないよね?)
なので樹里はそう推測していた。小型のコンテナに詰め込まれていたため、視覚情報も電磁的情報も遮断され、判断材料が圧倒的に不足していたが、大した移動距離でないのは間違いなかった。
樹里がいるのは、そこそこの広さを持つ小部屋――というより、雰囲気からすると、貨物船が運ぶような、二〇フィートサイズのドライコンテナと思われる場所に入れられていた。
着陸したヘリからコンテナごとが降ろされると、詰め込まれた樹里はそのまま台車かなにかで運ばれてから出された。気絶したふりをしながら薄目を明けて確認すると、『Hring』とロゴの入った作業着を着た男たちは、脱力した樹里をコンテナから取り出し、改めて拘束して出て行った。
(あーもう……逃げ出したい……)
ひとりになったが、監視カメラでもあるのか、電子機器の駆動らしき弱い電磁波を感じるため、動けない。狭い運搬用コンテナから出されたとはいえ、後ろ手で手錠をかけられたため、窮屈なことに変わりなかった。
しかも冷凍コンテナではないとはいえ、空気は冷えていた。加えて樹里はランニングシャツ・ハーフパンツの体操着姿だ。耐えられないほどではないが、肌寒い。
ついでに風通しなどないため、埃臭い。常人でも同じだろうが、感覚が鋭敏な樹里にとっては一層、劣悪な環境だった。
しかし。
(でも逃げられないぃ……ケータイも《NEWS》も空間制御コンテナも持っていかれちゃったし……)
まだ運ばれる途中であり、誘拐犯たちの目的地に着いていないのは簡単に予想がつく。束縛を引き千切り、コンテナの扉を破壊することが可能だとしても、抜け出すのは先のこと。
(せめてクッション欲しいなぁ……)
こんな場所で、あと何時間耐えなければならないのか。樹里はそれを思って、ため息ではなく鼻息をもらした。口はガムテープで塞がれていたので。
『――ハァ? 本気で言ってるのかい?』
そこでコンテナ越しに、やや濁った女性の声が聞こえてきたため、樹里は耳を澄ました。
『追っ手の面倒まで、あたしらにさせる気かい? こちとら単なる運び屋だよ? モシュシ攫うってだけでヒヤヒヤしてるのに……』
周波数を合致させるまでもなく、ハスキー未満で特徴的な声のため、すぐにわかった。声の持ち主は、樹里を捕まえた片割れの女性――『蟲毒』だった。
鋭敏聴覚を持つ樹里でも、壁越しでは話し相手の声は聞こえなかった。言葉の後に沈黙が宿ることから、電話かなにかで話しているのだと推測した。
『出発までの時間、守りきるのも運び屋の仕事かもしれないけどねねぇ? でも、明らかにカタギじゃない坊やの相手までさせようってのは、筋が違うんじゃないかい? まさか、坊やもモシュシュかい? 話が違いすぎるよ』
先ほどから出ている『魔術師』が、《魔法使い》のことだというのは会話内容から見当がついた。
そして十路は毒を注入された様子だった、追っ手になれるだけの体調であることに、ひそかに安堵した。
『ゲーリー、行くよ!』
どうやら話は終わったらしい。壁越しでも聞こえる一際大きな声を上げて、女性の声はそれきり聞こえなくなった。
(堤さん……つばめ先生からどういう風に聞いてるか、知りませんけど……私、ひとりでどうとでもなりますよ?)
十路が別の場所におびき出されようとしているなど、『蟲毒』の声だけでは知りようがなかった。
だから樹里は、外で騒動が起きた時が逃げ時だと、漠然と考えた。重要度がわからなかったので、誘拐犯たちの本拠地や目的は、二の次にして。毒で行動不能になった先入観があったため、彼の救援を真っ先に思った。
(でも……来るなら早くして欲しいです)
そして肌寒く硬いコンテナの中で当分、寝転がっていなければならないことに、ウンザリと鼻息をもらした。
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同じ頃、新神戸駅に、下り方面の新幹線が到着した。
休日ならば利用客がビジネスマンより、土産を思える荷物を持った家族連れや旅行者が多いだろう。
だからグリーン車から最後に降車した、スーツを着た一団は。たった五人だけだが目立った。
四人のうち二人は、ひと目で鍛えているとわかる体躯の男たちだった。しかも地味な紺色スーツとは対照的な赤いネクタイを締めて、襟元にはバッジを着けている。典型的な警視庁警備部警護課所属警察官――つまり要人警護を行うセキュリティポリスだった。
その二人に前後を挟まれて歩く、老年の域に足を踏み入れてる男性も、やはり常人とは違う。精力的で、見ているだけでも威厳が伝わる。かといって反射的に視線を背けるような、粗暴さが見て取れるわけではない。逆に視線を向ける者もいる。物々しさを感じてのことか。もしかしたら、テレビで見た顔かもしれないと思ったから。
最後尾を歩く女性は、ひと際格が違った。守られている男性に付き添う、線の細い男とは決定的に違い、なにも知らなければむしろ彼女が列の中央にいないことを、不審に思うだろう。
女性としては背は高いが、目を見張るほどの上背があるわけでもない。しかし背筋を伸ばして颯爽と歩く様は、実測よりも高い印象を受ける。地味な色合いのレディススーツで隠れているが、それでも浮き出るボディラインは、きっと同性が理想とするもの。
なにより醸し出す空気が違う。外国人でも地毛では珍しい、優美な曲線を描く黄金髪を揺らして進む彼女を、すれ違う者が半ば無意識に振り返った。
彼女は構うことなくローヒールを履く足を動かし、前を行く四人に付いて行く。
一行は新神戸駅二階のロータリーに出た。そこにはタクシーからは離れて、三台の自動車が待ち、側には乗り込むであろう人員たちも待機していた。
うち二台分はいい。SP同様、鍛えられた背広を着た男たちだ。女性警察官もいるとはいえ、やはりこういった仕事は、どうしても体力面から男のものになってしまう。
風変わりなのは、最後尾の一台に付き添う二人だった。制服を着て、装備の吊られた革帯を締めているが、制服警官ではない。その証拠に『警務 MP』と刺繍された腕章を着けていた。
ほとんどは迷彩服を着た人員を思い浮かべるであろうから、一般人は見たことがないであろう。陸上自衛隊内の警察官とでも呼ぶべき存在、警務隊員だった。
新幹線から降りた一団は、先頭車両に乗り込む。ただし運転手は警視庁――つまり東京から来た者ではなく、待機していた地元の者――兵庫県警警備部の警察官に任せるようで、ひとりは二台目の車輌へと足を向ける。
「殿下もこちらにどうぞ」
先頭車両のドアを開けて、護衛対象を後部座席に案内した男が、動かない女性に呼びかけた。
しかし女性は、右手に持っていたアタッシェケースを左に持ち替えて、シェードの薄いサングラスを外して苦笑いを浮かべた。
「そういうのはよしてください。それにわたくしは所詮、押しかけですから、ここまでくれば皆様の予定どおりに進められるのが、よろしいかと思います」
「しかし……」
流暢な日本語を紡ぐ鈴の音と、サファイアのような涼やかな瞳に、SPは困惑を返した。
当然だろう。自嘲気味に自称したが、立場や肩書きを考えると、彼女も護衛対象と考えるべきだ。
彼が迷いながらも次の言葉をかけるより前に、乗り込もうとしていた護衛対象の男が振り返った。
「後ろの車に乗るつもりかな?」
「いいえ。同行はここまでで、タクシーで帰るつもりです。おかげ様で、それくらいは自由にできる報酬を、頂いておりますので」
肩書きに似合わぬ気さくさを発揮する男に、女性は波打つ金髪のように柔らかく拒否した。遠まわしで伝わるかわからない、一応の感謝も込めて。
「少なくとも今のわたくしは、一介の学生でしかありません」
本人確認ができる程度の事前情報は送られていたようだが、きっと急遽だろう。合流しようとすると、護衛に停められたり詮索されたりと、色々とゴタゴタがあった。
「わたくしは警視庁の依頼を受けて、爆破予告があった列車が本当に存在するのか、調査するために東京に。大臣とはその帰りに『たまたま席を共にした』だけです。これ以上一緒にいるのは、お互いのためにならないでしょう」
そもそも彼女は護衛として同行したのではない。過分なほどの戦闘能力は、アタッシェケースの中に入っていたが、そういう訓練を受けていない。もちろん緊急事態が起これば対応するつもりだったが、防壁としてではなく、迎撃・報復システムとしてだ。
おおよそは彼女の説明どおりであり、合流したのは連絡員としての役割が強い。
「そうか。残念だ」
「わたくしが言えることではありませんが……予定外の人員を乗せて、警視庁の皆様を困らせるのは、どうかと思いますよ?」
「彼らには感謝するが……やはり若くて美人な女性がいるといないでは、空気が違うからね」
「これからお会いするのも、一応は若くて美人な女性でしょう?」
「そうなんだが……その、彼女は、ちょっと、ねぇ?」
「言いよどむお気持ちは、お察しします……」
はるばる東京からやって来た理由と、少々複雑な経緯で往復して神戸まで戻ってきた理由。二人は同じ人物を思い浮かべ、同じ半笑いを向け合った。
「ならば仕方ない。楽しかったよ。機会があれば、君たちとはゆっくりと話したいものだ」
「女所帯の上に、わたくし以外は未成年者の学生ですから、夜の席はお断りいたしますよ?」
社交辞令か判断のつかない言葉は、女性はクスクスと笑いながら応じた。アジア人と比較したヨーロッパ人の早熟を考慮すれば、ティーンエイジャーと言っても通用する見た目だが、場慣れと余裕を感じさせる。
それ以上はなく、車に乗り込んだ男たちは発進させ、女性は深々と頭を下げて見送った。
「さぁて……」
車列が完全に見えなくなってから、女性はタクシー乗り場を見やる。しかし夕方の時間、同じ目的を持つ者たちが列を作っていた。
金髪をひと房、指に巻きながら、行動を少しだけ考えた。新神戸駅は山中に独立して建っているため、公共交通機関で移動しようと思えば、南下して中心地・三宮まで出なければならない。なのに彼女の行き先は、北東に当たる。
だから彼女は上着からスマートフォンを取り出し、耳につけた。
「ア゛ー、いま神戸に戻りましたわ。野口防衛大臣は、警察と自衛隊にお任しましたわ」
あまり待たされることなく電話に出た相手に、一方的に話しかける。
「名目上、わたくしはただの大学生だっつーのに……なーんであんな仕事を任されるのか、はなはだ疑問なんですけどねぇ?」
終わったことを今更言っても仕方ないと、彼女自身も理解している。しかし言わなければ気が済まない。先ほどまでの優美な声とは異なり、苛立ちで濁った声になってしまっているが、人のいないロータリーの端なので構わない。
「ったく……支援部の活動って、兵庫県内だけじゃありませんでしたの? なんもなかったからよかったようなものの、わざわざ東京まで出張って、くたびれただけでしたわよ……誠意が感じられない労いの言葉よりも、形ある迎えが欲しいですわね……ハ? 来れないって、体育祭はとっくに終わってるでしょう? 今夜大臣に会うにしても、時間はあるでしょう?」
やや釣り目がちな瞳を、かなり明るさが衰えた夕日で細めると、険が薄れる。するとパーツが黄金比で配置された、完璧な美貌が作られた。
「……ハ? 木次さんが誘拐された?」
しかしスピーカー越しに伝えられた言葉に、『彼女』の美貌は訝しさで歪んだ。




