000_0230 始まりは有無を言わさずⅣ ~Harley Davidson XRTT「Lucifer's Hammer Ⅱ」~
オートバイを駐車して連れて来られたのは、通用口にほど近い建物の一室だった。
入り口が開け放たれた部屋が、役所のカウンター内のようになっていたので、校舎ではないことはすぐにわかった。また廊下で急がしそうにすれ違うのは、服装もバラバラの大人たちばかりだったので、職員の管理棟だろうと見当つけた。
樹里は大人たちに任せることなく、十路を引き連れて、廊下の奥まった扉を遠慮なく叩き、入室した。『理事長室』のプレートが掲げられているにも関わらず。
「私も話を聞いたほうがいいんでしょうか?」
「いんや、大丈夫。ジュリちゃんも体育祭の用意があるだろうし、早く行きなよ」
十路を応接セットに座らせて、手馴れた様子で紅茶とコーヒーを用意した樹里は、部屋の主と短く会話して。
「じゃ、失礼します」
毛足の長い絨毯で足音を立てず、一礼して出て行った。呆気ないものだった。
別に初対面の少女に思うところはない。ただ、部屋の主とフランクな様子だったので、やはり疑問に思っただけだ。少女は明らかに学生で、対して女性の立場を考えれば、そんな親しげな言葉を交わす関係ではなかろうと。
「さて」
樹里を見送って、レディーススーツの女性が振り返った。
「改めてはじめまして。学校法人修交館学院理事長、長久手つばめです」
「陸上自衛隊富士育成校訓練生、堤十路です」
偽称せずとも別の肩書きも持っているのだが、そちらは存在しないはずの、非公式な名前だ。当たり障りのない肩書きを、十路はソファから立ち上がって名乗った。
樹里からこの学院は、幼稚園から大学院までを擁する、今どき珍しい巨大な総合学校である説明は受けた。外からも都市計画されたような施設群を見た。
部屋を見た際に予感はしたが、改めて名乗られて、そんな学院の代表がこんな若い女性なのかと驚いた。どこかタヌキめいた、ショートヘアに収まる顔はかなり童顔で、せいぜい就職活動中の女子大生くらいにしか思えない。十路には普通のスーツとリクルートスーツの違いが、よく理解できないので。
「開発実験団所属、独立強襲機甲隊員。堤トージ三等陸曹。今回の任務、どこまで聞いてる?」
だが、存在しないはずの肩書きをスラスラと口にしたことから、目の前の女性を甘く考えると痛い目を見るのは予想できた。
そして十路の正体を知るこの女性は、現地協力者であり、現場の司令官役であろうことも。
ついでに、遅刻ギリギリになって無免許の女子高生をオートバイに乗せて寄越した、非常識人であることも。
「詳細はなにも。全ては現地で聞け、としか」
「あー……ノっちゃん、全部わたしに押し付けたな? たびたび面倒ゴト押し付けてるけど、こんなことで意趣返ししなくても……」
「……一応聞きますが、その『ノっちゃん』というのは?」
「野口……名前は武三だったっけ? いつもあだ名で呼んでるから忘れた」
嫌な予感がどんどん募った。つばめの口から出てきた人物名は、十路直属の上司であり、防衛大臣だ。一般市民とは関わりのない政治家をあだ名で呼ぶ、この女性はなんだというのか。
「俺が派遣された理由って、なんですか……?」
だから十路は警戒しながらも、早々に話を進めることにした。
「ジュリちゃん――キミをここに連れてきた女のコ、どう思った? 正直なところを聞かせてほしいんだけど」
なのにつばめは取り合わない。少なくとも十路には、そうとしか思えなかった。
「名前呼ばれたら誰でも尻尾振ってついていく子犬」
仕方ないので正直な印象を答えると、つばめが吹き出した。ティーカップを口に運ぶ前だったのが幸いだった。
「ワンコねぇ……確かに。あのコを言い表してるなぁ」
「詮索じゃなくてただの質問として訊きますけど、何者ですか? あれで《魔法使い》? 正直、常識疑いますよ?」
「現役自衛隊員のキミからしてみれば、そう見えるかもしれないけど……ってことは、ウチの学校にある部活動について、話を聞いてないの?」
「噂程度は軽く耳にしたことがありますが、関わることがなかった上に、与太話だと思っていたので、実在すら今日知ったところです」
「うわ……まぁ、広告出してるわけじゃないし、今はその程度の知名度でいいのか……」
民間の《魔法使い》については、興味がない。知りたいのは自分の任務内容だ。
十路がそんなことを考えていたら、やや悄然と肩を落としていたつばめが、顔を上げた。
「キミを派遣してもらった理由だけど、ジュリちゃんを守ってほしいんだ」
「……?」
話が理解できない。だが知りたかった本題であるため、口を挟むことなく目でつばめに先を促した。
「フリングって会社、知ってる?」
「運送会社の、フリングホルニ物流ですか?」
特に考えるまでもなく、十路の頭から記憶が引き出される。生体コンピュータが駆動しているわけではなく、普通に覚えていた。
正確にはHringhorni Inventory Control in Supply Chains Logistics。日本では略称がそのまま社名になっている。
グループ全体では、海運と、それに伴う保険代理業務、貿易や販売にも広く関わる、ヨーロッパに本社を置く大手企業。複合企業と呼ぶべきなのだが、日本の財閥系企業と比べても小さいため、十路は『運送会社』という言い方をした。
「じゃぁ、黒い噂も知ってる?」
「武器商人やってるって話ですか? 本業を隠れ蓑にして、中古の兵器を紛争地域に密売する専門部署があるって。証拠が見つかったって話は聞いたことありませんけど」
「ここでスッと情報出てくるところがさすがだね」
「まぁ、人並以上に『校外実習』してますから」
そんなこと思っていそうにない感心をするつばめに、やはり大したことではないと謙遜もせずと十路は返した。
彼の公的な社会的身分は、自衛隊の《魔法使い》特別育成学校の学生だ。しかし非公式に、既に何度も『校外実習』という名目で、非合法的な任務を行っている。
なのでかなり限定的で、一般的ではない視点であるが、世界情勢や経済活動については、詳しくなってしまう。
「なら話は早い。その武器密売部門……Sセクションって通称だけど。そこがジュリちゃんの誘拐を企ててる。詳しい情報までは仕入れていないけど、今日は学校に部外者も入りやすいから、警戒しないとならないの」
「中途半端に具体的ですね……?」
聞いて十路が感じたのは、胡散臭さだった。
長久手つばめが得体の知れない女性だとは思ったが、世界各国の捜査機関が調べているであろう情報を、確定としてポンと出されても、にわかには信じがたい。
「あのですね、長久手理事長? 仮にその情報が本当だとして」
「仮もなにも、本当だけど」
「ならそれでいいです。本当だとして、なぜ俺の派遣になるんですか?」
「キミが適任だと思ったから、防衛大臣に紹介してもらったんだけど」
ただでさえため息をつきたくなる内容なのに、加えて、決定的に向いていない任務だと判断したため、十路は人差し指を突き出して説明した。本来ならば明かす情報ではなかろうが、相手が自分の正体を知っているなら構わないだろうと判断して。
「俺の専門は壊すことです。ボディガードには向いていません」
彼の兵種は、独立強襲機甲隊員という。専守防衛を謳う日本の自衛隊には存在してはならない、先制的自衛権という言葉で飾られた、先制攻撃を行う非合法戦力だ。加えて活動時はひとりで、非戦闘員を守りながら戦闘など経験したことがない。以前の任務で戦闘地帯の邦人を確保するために戦ったが、『ここは俺が食い止める』と死亡フラグを立てて逃がし、あまつさえ接近した戦力を殲滅するという、攻撃的防御だった。
あらゆる想定をして尚、想定外の事態に対応しなければならないのは同じだが、ボディガードやセキュリティ・サービスと違う。十路はあくまで矛であり、いつ来るかわからない危険から、身を挺してでも守る盾にはなれない。
「しかも護衛対象が《魔法使い》ですよね?」
更に、樹里が充分な交戦能力を持ってるだろう、という考えもあった。《治癒術士》とはいえ、医療技術を修得するより、破壊技術のほうが簡単なのだ。自衛の意味でも、《魔法使い》ならばある程度は身につけているのが当然だ。
ただしこれには、つばめから明確な反論があった。
「トージくんから見て、あのコ、戦えると思う?」
「無理だと思います。あの様子からすると、自分が狙われてるってこと、知らせてませんよね?」
言葉は不確定だが確定として、十路も即答した。《魔法使いの杖》を構えた状態で相対したならともかく、奇襲されたら多分パニックに陥ってなにもできないと、簡単に予想できる。
「部活っていうなら、他にも《魔法使い》がいますよね? そっちは戦力として数えられないんですか?」
「期待できない、かな? ハラ据わってるコがいるんだけど、今日はいないし」
つばめの回答は、十路ひとりで片付けなければならない案件と理解した。
とはいえ、いざという時に力にならないなら、存在価値に疑いたくなる。
「曲がりなりにも《魔法使い》で、しかも民間の《魔法使い》部隊なんてものに所属してて、なんであんな『普通』なんですか?」
「あー。支援部のことも少し話したほうがいいか」
紅茶をひと口すすって、子供のように唇を舐めてから、つばめはその説明を始めた。どういう繋がりかはわからずともも、自衛官、それも非公式の『殺し屋』を使おうというのに、緊張感は欠片もなかった。
「まず、総合生活支援部は、防衛省と警察庁、消防庁に正式認可されている、超法規的な社会実験チームだよ。集まっているのは、色々な理由で国の管理から外れて、そういう組織とは無関係の《魔法使い》」
「国が管理してない……?」
「プライベートなことだから、その理由までは教えないよ?」
その時点で十路からすれば、頭を抱えたくなる内容だった。つばめへではなく、どちらかというと国や省庁に対してだが。
樹里から多少聞いて、民間の組織になぜ《魔法使い》がいるのか、確かに疑問ではあった。
ただ、日本にいる全ての《魔法使い》を把握しているわけではないし、育成校も富士だけではない。別のところから派遣されているのだろう、くらいの認識でしかなかった。
それが、国が管理していない人材で。
しかも《魔法使いの杖》を所有している。
「正気ですか?」
彼自身に鑑みて、国家機関に所属していれば安全という保証はないが、それでも反射的に危機感を抱いてしまった。
「それって今回みたいに、狙われますよね? 誘拐か、殺人かはわかりませんけど。で、しかもあの娘は《治癒術士》ですよね? 尚更身柄が狙われますよ?」
「あれ? 知ってるんだ?」
国家機関に所属していないということは、義務と同時に後ろ盾もないということだ。しかも既に装備まで持っている。
究極の人間兵器を手に入れたい組織からすると、喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
国の管理からはずれていても、日本に住んで、日本の政府機関に認可されている。それを日本に所属する《魔法使い》だと見なし、抹殺される可能性だってある。
十路たち政府機関所属の《魔法使い》でも、どちらの危険もあるのだが、彼女たちはその比ではない。
もしそんな事態になれば、曲りなりにも国民を守る義務を持つ陸上自衛隊員の十路は、少女を守るために戦わなければならないかもしれない。今回つばめの口から出てきた依頼のように。
あるいは逆に、秘密を守り、敵の手に落とさせないため、少女を殺すかもしれない。
「総合生活支援部の目的は、国家に管理されてない《魔法使い》が、普通の学生生活を送ること」
「前言撤回します。アンタ正気じゃないです」
「疑問形じゃなくなった!?」
樹里が『普通』であることにも納得してしまった。
矛盾している。受け身な分、『平和のために戦争を仕掛ける』などという悪しき正義でないだけマシかもしれないが、歓迎できる内容ではない。無関係で無力な誰かを巻き込むことは、充分に考えられるのだから。
「《魔法使い》が普通の生活? なにをもって『普通』って言ってるか知りませんけど、そんなの無理に決まっているじゃないですか」
なによりも、《魔法使い》が、特殊すぎる人間だ。特殊な電子機器を持った時という前提があれど、考えるだけで人を殺せる存在を人間だと扱う者が、果たしてどれほどいるだろうか。
十路もそういう目で幾度となく見られた。大体、『独立強襲機甲隊員』という兵種が、全てを物語っている。『隊員』というのは自衛隊の一員という意味でしかなく、強襲機甲隊という部隊が存在するわけでもない。普通の隊員・部隊と一緒に運用することは、生体万能戦略兵器《魔法使い》の特性を消してしまうことであり、管理上も区別したほうが問題が起きないから、防衛大臣直轄という扱いになっている。
過度に恐れるか、過度に敵意を持つか。そうでなければ距離を開く。それが一般人に対する《魔法使い》の反応だと、十路は思っている。
「しかも社会的な問題か、検査の技術的な問題か、当人の問題かはさておいても、国家に管理されてないなんて《魔法使い》は、いわば『出来損ない』でしょう? 民間に野放しにして問題なんて起きないわけないでしょう」
「当たり前じゃない。ここまでこぎつけるのも大変だったし、部活が発足しても問題だらけだよ」
微笑したまま答えるつばめに、次の言葉に十路は詰まった。
若さに似合わず、この女性はやり手であり、大人であり、老獪であるらしい。
臭いものには蓋をして、見て見ぬふりをするのが並の人間だ。ダイヤの原石が落ちているなどと気づきもせず。気づいてもヘドロに手を入れるのに尻込みする。
大事なのは問題を起こさないのではなく、問題が起こった時にどう対応するか。そんな懐の深さは、言葉では理解できても実践できる者はなかなかいない。
「ま。今はあまり時間がないから、興味があるなら部活のことは、また詳しく教えてあげるけど――」
「興味というか、現状確認したいだけですけど」
話を本題に戻そうとするつばめに、一言だけは返したが、十路も反論はなかった。
彼としては、受けるつもりだった。任務なので初めから拒否権など存在しないのだから、護衛方法の具体策を詰めるため、背中を丸めて膝に肘を置いた姿勢で、
しかし余計な言葉をつばめは発した。
「《女帝》――衣川羽須美の愛弟子なら、あの子に関わるべきだよ。《騎士》クン」
直後、十路は腕を振り上げて伸ばした。小さなテーブルを挟んでいただけなので、踏み込んで体を伸ばすまでもなかった。
「その呼び方、嫌いなんで、やめてもらえません?」
つばめに意趣返しと脅しのつもりで、苛立ちを普段そのままの怠惰さで隠し、ブーツから抜いたセラミックナイフを首に突きつけた。金属ナイフに慣れると異質の軽さであるため、格闘戦には使えないが、頚動脈を切り裂く程度ならば関係ない。
「わたしが思ってた以上の逆鱗なんだね」
しかし、相手が何倍も上手だった。つばめは首にナイフを突きつけられても、悠然とした態度を崩さない。あまつさえ小さく笑い、ティーカップを傾けた。
自殺願望があるのではない。十路が切っ先を突きこまないと確信している。なにもかも見透かしているような、イタズラ好きの悪魔の笑みで、確信した。
この手の輩には、なにを言っても無駄だ。少なくとも交渉を得手としない十路では、太刀打ちできない相手だ。
「それで。護衛、やめる?」
「任務だからやりますよ。どうするんですか?」
言葉と一緒に野良犬のため息を漏らし、大人しくナイフを鞘に収めた。
するとつばめは席を立ち、デスクの足元を探った。
「まずは、これに着替えて」
そして靴の入った紙箱と、ビニールに包まれた服を取り出した。




