000_0100 未だ残る傷跡Ⅰ ~アイシング~
この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。
しかし秘術ではない。
誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。
そして古よりのものではない。
たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。
なによりもオカルトではない。
その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。
《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。
《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。
《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。
《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。
それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。
その在り方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは異なる。
政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。
企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。
軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。
国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。
故に二一世紀の《魔法使い》とされる彼らは、『邪術師』と呼ばれる。
しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。
民間主導による《魔法使い》の社会的影響実証実験チーム。学校内でのなんでも屋を行うことで、一般社会の中に特殊な人材である彼らを溶け込ませ、その影響を調査する。
そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。
《魔法使い》は特殊な生まれ故に、普通の生活など送ることは叶わない。そんな彼らが、普通の生活を送るための交換条件として用意された場。
それがこの、総合生活支援部の正体だった。
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文字にすれば『ブギィィ』だろうか。獣の鳴き声が、陽が高くなり始めた六甲山系に響き渡る。
【今日もいるみたいですね……】
「ほっときゃいーんですわよ。いつものことですし」
「ここにいたくなければ、さっさと逃げればいいだけですしね」
修交館学院の最奥、人の寄り付かない僻地に建つ倉庫を改造したガレージハウスに集まる面々は、イノシシの鳴き声を気にもしない。
文字にしがたい別の悲鳴も聞こえたが、それも気にしない。
修交館学院の年間スケジュールは、前後期の二学期制を採用している。これは大学部だけでなく、学院全体でそうなっている。
なので秋休みが存在する。九月末から十月頭にかけてなので、他の長期休暇に比べれば短いものであるが。
学期の区切りという理由が最大であるが、留学生の多いこの学校の場合、その意味が他校と比べてやや大きい。世界的には秋を入学月するのが一般的で、春入学はごく少数の国でしか行われていないのだから。
とはいえ、戸惑うのは入学したてのごく一部の学生のみ。多くにとっては連休と大差ない。
《魔法使い》たちの部活動・総合生活支援部の部員たちも無関係なので、部室にはなごやかな空気が流れていた。
「平和なのはいいですけど、ヒマですねー」
くわえた細いスナック菓子をピコピコ上下させながら、ナージャ・クニッペルはだらけた態度で顎を乗せ、半開きの唇からため息を漏らす。
かつてロシア対外情報局に所属した非合法諜報員の風情も、不壊の鎧に身を包み、超音速で街を駆け回り、最鋭の剣で建造物すら斬断した《暗殺者》の風情も、欠片もない。今日も膝丈プリーツスカートに、ブラウスの上からピンクのカーディガンといういつもの恰好。白金髪と紫瞳という色彩を除外すれば、ごく普通の外国人留学生で通用する。
「いまの状況、ヒマじゃーいけねーはずなんですけどねー……」
コゼット・ドゥ=シャロンジェも、『肘置き』に体重を預けて、中途半端にガラの悪い日本語で憂鬱そうに返事する。
西欧小国公女の仮面をつけないのは、この部室での常だが、彼女が持つ《付与術式》という通称とも似つかわしくない。鋼の兵士や土の巨人、電波の妖精を操り戦う《魔法使い》という風情はない。ワンピースにデニムジャンパーを重ね着し、波を打つ金髪を指先に巻いている今の彼女は、ダルそうな外国人女子大生でしかない。
「平和ではないであります。実際、依頼メールはひっきりなしでありますよ」
野依崎雫(一応本名)は、座り心地を確かめるように動きながら、覇気のない言葉と共にタブレットを指差す。
遺伝子工学的に製造された、人工の《魔法使い》――コードネーム《妖精の女王》。出自だけではなく性能面から見ても、秘密兵器と呼ぶに相応しい能力を持つ《魔法使い》だ。赤毛の短髪頭をネコミミ帽子で隠し、紺色の長袖ワンピースセーラーを着ていれば、ハーフっぽいボンヤリした女子小学生にしか見えない。
「しゃーないじゃん。ヒマな理由はぶちょーが一番知ってっしょ?」
堤南十星も座り心地を確かめるように腰を動かし、あちこちの方言が混じったような奇妙な日本語を返す。
トンファー型の《魔法使いの杖》を携えているから、《格闘家》と呼ばれるのはまぁいい。実態は自分の足を凍りつかせながら数百メートルの跳躍をし、自分の拳が焼きただれるのも構わず殴り、自分の体が千切れようと戦い続けるハイパークレイジーな《狂戦士》だ。側頭部で束ねた髪を揺らし、能天気な声を上げる様は、ただの女子中学生でしかない。
先日、神戸市において、《魔法》という名の次世代軍事学兵器を用いたテロ事件に際し、事前に察知し様々な方法で人々を守った《魔法使い》たちは、休日の今日も着替えて部室に集まり、だらけていた。
戦闘で人的被害は驚異的なレベルに抑えられたが、建物被害までは考慮できなかった。まだ時間がさして経っていないから仕方ないとはいえ、復興は最低限しか進んでいない。
それが彼女らが見ている、テレビチューナーを接続したタブレットに映っている。一週間の出来事をまとめた休日の報道番組は、特番のようにひとつの出事件を放送していた。
『――ご覧のように神戸市は、今も多数の建物が倒壊したままです』
ヘリから空撮された神戸市の様子を、カメラマンがレポートしている。ズームされた映像で、街に刻まれた傷跡は、深いことを知ることができる。
特にひどいのは、中心部の、海に面した地域だ。建物が倒壊し、寸断された道路も多い。消防隊員や自衛隊員が、重機や機材で瓦礫を除去している姿が小さく見える。
『映像に映っているのは、山陽新幹線の高架です。復旧工事が今も急ピッチで進んでいます』
鉄道の高架が一〇メートルほど崩落している。もちろん一箇所だけではない。もとより山陽新幹線だけでなく、映っていないJR東海道本線も寸断されている。神戸市北部を横断する中国自動車道・山陽自動車道は無事であり、空路や海路もあるのだから、物流や人の移動が完全に途切れているわけではない。しかし交通の大動脈がせき止められ、日本全体に影響を及ぼした大事件であることは間違いない。
『営業を開始する店舗も現れていますが……これはホームセンターです。ブルーシートや掃除用品などを求める人が多く詰め掛けている様子です』
映像は大型ホームセンターを上から映す。まだ開店前なのだが、駐車場には多くの車が停められ、行列を作っている。大量に販売される商品は、店員が店の前に設置している。
死活問題となる食料品関連の店舗は、もっと早くから営業している。並んでいるのはレポーターが挙げた商品や、ミネラルウォーターなどの大量消費する品だろう。
そしてレポーターからも出てきた。
『市民を守った《魔法使い》ですが、復興の力にはなってくれないようです』
「ディスりやがって……《魔法使いの杖》が整備できねーんですから、《魔法》は防衛戦で打ち止めだっつーの」
そんな否定意見に、コゼットが舌打ちしてこぼす。
街が大変な状態なのに、彼女たちが部室でグダついているのは、ちゃんと理由があるのだ。
『さて……神戸市の現状をご覧になっていただきましたが、皆さん、いかがでしたか?』
映像はテレビスタジオに切り替わる。司会者を中央に置き、円弧を描くテーブルの両翼に着く人々が、口々に語る。
『いやぁ……ひどいもんですね。しかもこれが地震ではなく人間が起こしたことというのですから、尚のこと』
『これが《魔法使い》の力、ですから』
『ハハッ。どうせなら、ついでに街を直してよ、って思っちゃいますね』
政治家、軍事評論家、NPO代表、フリージャーナリスト、芸人。そんな肩書きを持つ大人たちが言葉を交わしている。
再び映像が切り交わる。出演者の表情を捉える小窓と共に、夜の都市が映し出される。
都市部の隙間にある公園に設えられた舞台で繰り広げられる、設備だけは本格的な演劇。昼間のように明るく照らされた場には、中世の恰好をした者たちが立っている。
『ここからですね』
しばらくすると、『敵』が現れた。彼女たちは装束を脱ぎ捨て、『部活動』を宣言し、散会した。
またも映像が切り替わる。演劇を映していたテレビクルーが、あるいは一般市民が捉えた、市内各所で行われた戦闘の様子だった。
『《魔法》って今回初めて見ましたけど、ほんとすごいですね』
建物の屋上に飛び移った金髪の女性が、建物自体を巨大な腕に変形させ、海から飛んできた砲弾を掴み取って爆発させる。
『いやぁ……これ、どうなってるんでしょう?』
白金髪の女性が黒い刃で車を切り、その姿を漆黒に染めると、超高速で街を駆け抜ける。
『まるでゲームか映画ですよ……』
幼さを残すジャンパースカートの少女が血を流しながら、数百メートルの距離を跳び蹴りで詰めて、『敵』を蹴り飛ばす。
『これが個人の力というのですから……』
青白い光の翅を広げ、空を飛ぶ、奇妙な衣装を着た赤髪の少女が、飛来してくるミサイルを切り裂く。
『いや、ありえないでしょ、ハハッ』
オートバイを駆る制服姿の青年が、建物の壁を駆け抜けて、《棺桶》を破壊する。
あの夜、総合生活支援部は世界に名乗りを上げた。
それより以前に、街で活動する様子が撮影されていて、出回っていた。しかし部員の名前を明かし、人前に堂々と出てきたのは、これが初めてとなる。
《魔法使い》という存在を示す情報も出ていた。しかし機密情報として扱われ、一般人が目にしても問題ないと判断された範囲のものだ。それがありのまま、兵器として使える能力そのままが世間に晒された。
『これが今回、神戸で撮影された、《魔法使い》と呼ばれる人々なのですが……皆さん、いかが思われましたか?』
『存在そのものは以前から周知されていますが、これほどハッキリした映像は初めてですからね……私も知った気になっていましたが、改めて見て驚きました』
『いや、凄いっすね。も、ほんと映画のヒーローですね』
『これが人間業とは……こんなことが個人でできるなんて、危険でしょう』
『天変地異を人間が起こしているわけですからね』
『もしかすれば今年、アメリカ大陸に上陸する台風が、急速に勢力を増しているのも、彼らのせいかもしれませんね』
『いや、それは関連がないでしょう?』
『ありえないとは言えませんよ。バタフライ理論というやつですよ』
好き勝手言ってくれる。
それが支援部員たちの総意だ。言葉には出さずとも、顔と発する呆れの空気がそう語っている。
《魔法使い》は、人間だ。遺伝子は全く同じで、明確な違いは、先天的な脳機能異常発達症状を患っていることだけ。
その一方で、《魔法使い》は兵器だ。特殊な電子機器《魔法使いの杖》を持つだけで、既存兵器の全てを凌駕する、史上最強の生体万能戦略兵器として扱われる。
《魔法使い》は、おとぎ話に描かれる『魔法使い』とは異なる。誰かの願いを叶える存在ではなく、現実には存在するだけで様々な面倒が起こる社会の異物だ。これまではおおっぴらに《魔法》を見せていなかったため、研究都市・神戸に建つ修交館学院の中では、比較的穏当だったのだが、これからはそうもいかないだろう。
休みが明けて後期になれば、学校生活にどんな、どこまで変化があるか、予測つかない。天候不順まで支援部員たちのせいにされるのは、たまったものではないが。
【で。開店休業状態なのに、なぜあなたたちは部室に集まっているのか、という話ですが】
微妙な空気を断ち切るように、壁際に置かれた大型オートバイが、怜悧な印象の女性の声で疑問を呈する。
《使い魔》《バーゲスト》は、先の戦闘で半壊し、修理もできずにそのままになっている。搭載されているコミュニケーションシステム・イクセスは、他の事情と相まって大変不機嫌だったのだが、今日は感情レベルが平均的な範囲で収まっている。
「部会やるって、理事長に呼び出されたんですわよ」
【マンション内で連絡すれば、わざわざ移動する必要なかったんじゃないですか? 学校で生活しているフォーは別途連絡が必要でしょうけど】
「さぁ? ついでに用事があったから、わたくしは構やーしねーですけど」
コゼットが返事したように、学院理事長にして顧問たる長久手つばめの連絡を受けて、彼女たちは部室に集まっていた。『午前中』というかなりアバウトな時間指定だったため、まだ全員集まっておらず、いつ部会が開始されるのかは不明だが。
「……なぁ」
それよりもまず解決しなければならない疑問を、堤十路は他の部員たちに問うた。結構我慢していたのだが、いい加減限界なので、普段でもあまりよくない目つきが二割増で悪くなり、声も尖っている。
「なんでこの体勢?」
「ア゛ァン?」
十路の頭に肘を置き、のしかかるコゼットが、紅茶の香りを含んだ不思議そうな声をあげる。『不思議そうな声』であって、文句に対してドスを効かせているわけではない。部員以外の人間が聞いたら、確実に誤解するだろうが。
肘置きにされるのも不快だが、加えて身じろぎされると後頭部に柔らかいものが触れるのも困る。胸を押し付けていることに遅れて気づき、離れるということを何度か繰り返している。だから意図しているとは思えないが、最初から肘置きにするなと十路は言いたい。
「タブレットの大きさなんて、しれてんだから」
「仕方ないであります」
右太ももに座る南十星がシャンプーの。左太ももに座る野依崎が日向の。年少組が香りを振りまいて説明する。
経緯に間違いはない。だが一番最初に番組を見ていた十路としては、なぜ五人で一〇インチの小さな画面を体と顔を寄せて覗き込まないとならないのか、文句のひとつも言いたくなる。あとヒョコヒョコ揺れる短いワンサイドアップが、視界内で地味にウザい。
「そういうロリっ娘ども。硬い」
「『硬い』ってなにさ。あんま言われたくないけど、『重い』ならまだわかるけど」
「なとせは筋肉質だから」
やはり男よりは脂肪分がつき、見た目の線はむしろ細いのだが、毎日トレーニングを行っているので、南十星の体はかなり鍛えられている。力のかけ方の問題だろうが、大の男でも腕相撲で勝ち、寸頸のような秘技と呼べる技術まで修得しているのだから、体も相当に出来上がっている。気のせいかもしれないが、尻の感触まで硬い。
家族として、兄として、ほどほどにして欲しいと十路は願うのだが。ただでさえ幼い見た目で第二次性徴が心配なのに、実は腹筋がシックスパックという事態は勘弁して頂きたい。
「フォーは下に着てる装備が」
こちらは気のせいではなく、間違いなく硬い。
膝丈のスカートからは覗いている足は、緑色のスーツに覆われている。野依崎は戦闘用装着型デバイスを常時着用しているため、脚に座られると腰部の装甲が押し付けられる。
彼女については先日以来、異様に懐かれている気がする。フリーダムさは相変わらずだが、方向性が変化した。今のようにソファに座っていると野良猫のように身を寄せてくる。
「十路くん、贅沢ですよ~?」
右肩口をちょこんと掴んでいたナージャが、首を伸ばしてくわえた菓子で頬をツンツンしてくる。鼻に届くのは菓子のチョコではなく、彼女の体からほのかに香るバニラの匂いだ。
「こーんな美女・美少女はべらせて、文句あるんですかー?」
自薦込みだが、美女・美少女という言葉には異論ない。ここにいるのはタイプは違えど、見目麗しい異性たちであることは認める。
普通の男ならば、惜しげもなく肉感を伝える彼女たちに、鼻を伸ばすのかもしれない。しかし十路は、もとより思春期の思考は希薄であるし、彼女たちの本性を知っていると、そういった感情は抱きにくい。
頬の感触にイラっとした十路は、野依崎にタブレットを渡し、右脚に座る南十星を少し前にどかせて、コゼットが上から圧縮するのを構わず振り向いて。
「ん!?」
ナージャの顔を掴んで、菓子を反対側から食う。
食べ進めるたびに、サクサクと口当たりいいスナックと、コーティングされたチョコの味が口に広がる。生まれた時から存在する定番の味だ。デパ地下で売る高級路線でも、地域限定商品でも、数ヶ月おきに販売される変り種でもない。どこででも基本商品の赤箱なのだから。世界展開しているが、ロシアでは製造されていないらしい。某国菓子メーカーが作るバッタもんとしか思えない菓子は販売されている模様だが。
「んん~~~~!?」
合コンなどで行われる度胸試し的ゲーム同様、十路が食べ進めれば、当然唇同士が接近する。逃げられないように頭をガッチリ掴んでいるので、ナージャは目を白黒させている。
「――っ!」
最終的に、ナージャは菓子を吐き出すことで窮地を逃れた。パニックになっていたのか、唇が触れるギリギリだった。
「いっつも言ってるだろ。嫌ならちょっかいかけるな」
咀嚼せずに唇で挟んでいただけの上、間接キスなど気にしない十路は、そのまま菓子を全部食べてしまう。
平気で肉体的接触をしてきたり、豊かな胸を押し付けてきたりするのは、いつもナージャが行うからかいだ。それにイラついて、こういった反撃してみれば、彼女は白い顔を真っ赤にして狼狽する。
仕返しが嫌なら、ちょっかいかけずに普通に接しろと十路が思うのだが、彼女はやめない。なにがしたいのか理解できない。




