055_0090 【短編】これが彼女の処世術Ⅹ 堤十路(高校生・一八歳)
「う……! ぐっ……! が……!」
堤十路は、もがき苦しんでいた。
あれはいつの任務だったか。クーデターと呼ぶのは国を憂いた者たちに失礼だろう。過激思想に感化された軍人たちに占拠された、原子力発電所を奪還する作戦だった
潜入には成功したものの、半ばで交戦することになり、追い詰められたのだった。言い訳になってしまうが、施設にダメージを与えるわけにはいかないため、強電磁波を発生する《魔法》を封印しての任務だったから。
相手も訓練された軍人たちなのだから、突破は生半可ではなかった。それでもなんとか侵攻していると、経験が一味違う兵士と、肉弾戦を行う羽目になったのだった。
さして大きくもない十路とその男では、完全に大人と子供だった。突きや蹴りは分厚い筋肉に阻まれてほとんど効かない。ナイフ戦闘技術も卓越し、幾度となく皮膚を切り裂かれた。
最後には首をへし折られる勢いで絞められて、気が遠くなり――無我夢中でがら空きになった脇の下からナイフを突き入れて、なんとか生きて任務を達成した。
だから見ていたのは夢だ。現に意識は覚醒した。
なのに圧迫感は消えない。現実になにかに圧しかかられ、想起させる記憶を夢という形で思い出していた。
日向の匂いは決して不快ではない。柔らかく滑らかな感触は心地よさすら感じる。だがそれなりに重量を持つ物体のせいで、呼吸が苦しい。
十路は手をばたつかせ、瞼を開いても確認できない物体を触覚で探る。
「俺の顔面で寝んじゃねぇ!?」
「ふへ……?」
脇に手を入れて寝そべったまま持ち上げると、小学生女児の寝ぼけ顔がどアップで目に入った。
「つかなんで裸!?」
すれば目に入ってしまう。押し付けられていた土器色の腹はもちろんのこと、違う部分の違う色合い具体的にはまだまだ性徴には遠いがそれでも微かに膨らむピンクい部分も見てしまったような気がしなくもないような。
さすがに十路も慌てて小さな体を横に投げ出して、シーツも放り投げて頭から被せる。
「つかなんで俺の部屋にフォーがいる!?」
見回せば、場所は広さの割に物は少ない、半年も生活すればすっかり見慣れた、十路の自室だ。
支援部員たちが暮らすマンションの個室は、指紋認証による電子ロックと機械的なシリンダー錠で、二重ロックされている。諸般の事情で義妹だけは入れる状態だが、他は中から招かないと入れないはずだ。
頭だけシーツからモソモソ出した不法侵入者当人が、まだ寝ぼけた顔で説明する。
「あの程度のセキュリティ、どうして自分が破れないと思うでありますか……?」
「をい。突破できてもやるな」
普通ならば可否の問題で間違いないが、常人の不可を可にする《魔法使い》の場合、マナーおよびルールの問題となる。
「状況説明的には、朝チュンな感じでありますが、萌えないでありますか……?」
「状況証拠的には、俺は犯罪者扱いされてしまう図なんだが、まずそれをどう思う?」
裸の小学生女児と寝ていたらアウトだろう。冤罪だとしても、パッと見では事後だ。防弾ガラスの窓と装甲板入りの壁越しでは、スズメの声など聞こえないが。
寝汗とは違う汗を十路は拭い、思わずTシャツ・ボクサーパンツという自身の服装を確かめる。記憶のない一夜の過ちを犯していた、という事態はなさそうだった。
そこはかとなく安心してベッドから降りると、足元に彼女の《魔法使いの杖》が無造作に脱ぎ捨ててあった。靴は玄関で脱いでいるだろうが、帽子以外の他の着衣はない。
不可抗力で入浴中に突入したこともあるし、治療のために脱がせたこともあるので、知っていることなのだが、ふと疑問という形で思い出す。
(コイツ、なんで下着なしで《ハベトロット》着てるんだ?)
SFアニメのボディスーツは全裸装着が基本のようだが、それと同じなのだろうか。しかし現実の全身装備は、人間が生物であることを考慮しなければならない。一般人でも使うウェットスーツなどは別にいい。最悪垂れ流してしまえるし、交換費用もしれている。だが、たとえば宇宙船外活動装備などは、そう簡単に対処できない。だから特殊装備を用いる。軍事面においても、よくある話だ。戦車や航空機に長時間乗るために。狙撃手がいつでも撃てる体勢を保つために。隠密行動の証拠を残さないために。鍛えられた兵士でもいざ実戦となれば粗相など珍しくないために。同じ特殊装備を身につけることがままある。
だから十路は素直に疑問を口にした。
「フォー。オムツはかないのか?」
「…………ハイレベルな要求でありますね」
マイペースな少女でもドン引きした。その言葉が出てきた発想経緯が理解できなければ、萌えるには全裸程度では不十分、変態要素付加で出直してこいと捉えるだろうから。
十路ですら彼女の平坦なズレには辟易するのに、今日は彼の平坦なボケが勝り、少女の顔を引きつらせる偉業を成した。
「可能な限り要望に応えたいとは思うでありますが……どちらの目的でありますか? 自分の外見年齢でも満足できず、下方修正を希望? それとも羞恥プレイを飛び越して、排泄物を希望? 百歩譲って幼児プレイは検討するでありますが、さすがにスカトロは……」
「なに考えてるか知らんが、多分俺が意図したことと違う」
戦慄しながら思い悩む少女に、冷静な第三者がいれば『お前が言うな』と口を挟むであろう制止を吐いて、十路はもう一度、真面目に問う。特殊装備はなんとなく疑問に思っただけなので、真剣に答えを知りたいわけではない。
「それはいいとしてだ。なんでここにフォーがいるんだ? 昨夜アメリカに行ったとか聞いたから、もう日本に戻ってるとは思わなかったんだが」
「一応はお尋ね者の身、しかも不法入国でありますよ? トンボ帰りしたでありますよ」
少女も切り替えは早い。即座に勘違い思考は捨て置き、普段どおりに戻る。眠そうな顔になったとも言えるのだが。
「で。なんで俺の部屋に?」
「今日も登校する予定なので、短時間でも眠りたかったでありますが、自分の部屋に戻るのが面倒だったであります」
「で。なんで裸?」
「非常時でもなければ、《ハベトロット》を装着したまま寝ないであります」
フリーダムすぎる。今更だが、改めて十路は精神的頭痛を感じた。
『お泊り』感覚で全裸でベッドに潜り込まれたら、いくらなんでも心臓がもたない。
そもそも、なぜ男である十路の部屋に来るのか。セキュリティの意味がないなら、同じマンション内なのだから、女性陣のところで寝ればいいと思ってしまう。地下一〇階まで降りるよりも、鍵の解錠が手間かからないのならば、余計に。
しかし十路は、察しがいい人間ではない。少女に比べれば多少マシとはいえ、社交性に難があり人付き合いは狭く、『空気読め』と言われることもしばしば。
「ふぁぁ……」
安心できる場所で熟睡しようと、潰されかねない人間の寝床でも潜りこむ、ネコ型本能は理解できない。
「一番の理由は、そういう気分だったのでありますがね……」
他人からの評価は気にしない顔をしていながら、実際に拒絶されれば傷つかないわけはない、ほんのわずかな甘えと慰めを求めている、気難しい年頃の乙女回路は理解できない。
大体、昨日のこともどうなったのか。十路は所用でオートバイに乗って外出していたので、詳しくは知らないのだ。
彼女が学校で問題を起こして開かれた、保護者会での様子も。巨大な《ゴーレム》が出現し、支援部員たちが戦闘を行い、収束されたことも。
改めて考えると、少女に訊かなければならない話は、山積みだった。
(どうしたもんか……)
首筋をなでながら時計を見れば、もう少しで目覚ましが鳴る時間だった。毎朝トレーニングをしているので、十路の起床時間は普通の学生と比べて早いが、高い位置にある防弾ガラスの窓からは、既に陽の光が差し込んでいる。
(今から部長の部屋にでも放り込むか……?)
脱いでる服を着させて、部屋移動させるのも面倒なのだが、冤罪を深刻化させる疑惑を深めたくもない。
「十路……」
そんなことを考えている間に、うつらうつらと微睡みはじめた少女は、半分寝ている声を投げかけくる。
「役に立てなかったでありますよ……」
「……?」
意味がわからない。
少し考えて、アメリカに行った理由だろうかと見当つける。なぜ日帰りで太平洋横断などという強行をしたのか、誰も知らない様子だったから。
十路のために、彼女はなにかをしに行ったのか。そして無駄に終わったのか。
全ては推測だ。当人に訊かなければ真相はわからない。秘密主義のこの少女が、真実を語るかはさておいて。
だが、十路は問わない。
使用者のいなくなった枕を引き寄せ、無防備な寝姿を作り始めた少女に、訊くのも野暮な気がした。
「朝飯、食いたいものあるか?」
代わりに返事の期待していない質問をする。
「トマト以外……」
「わかった」
寝言か不明の返事を受けて、十路は目覚ましを切り、活動を開始する。
考えてみれば、中途半端な時間だ。朝の早い部員の部屋に少女を任せようにも、支度していれば寝る時間は削る。寝起きの悪い部員ならばまだ寝ているだろうから、起こせば不機嫌な顔をされる。
ならばもう少し、このまま寝かせておこう。話を聞くのは後でもいい。
今日はトレーニングは休んで、朝から気合を入れた朝食を作る前に、汗を流すためにシャワーを浴びることにした。普段なら逆にトマトを食べさせたくなるが、そんな意地悪はしないでおこうと、献立を考えながら。
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野依崎雫を動物にたとえると、野良猫。
懐いた人間以外には体をすり寄せはしない。愛着を持つもの以外は、自由気ままで自分本位に考える。
これまでそうやって生きていた。
けれども彼女は少しだけ変わった。
人の世に生きるには、彼女はいまだ、野良の気が強いが。




