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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の関係者
290/640

055_0070 【短編】これが彼女の処世術Ⅷ 木次樹里(高校生・一五歳)

『近ごろの魔法使い』は、兵庫県公認キャラクター・はばタンを応援します。

「…………ふぇ?」


 異変を感じて本から顔を挙げて、窓の外を見た木次(きすき)樹里(じゅり)は、マヌケ面をさらした。


 強電磁波を感じたのとほぼ同時に、地面が揺れたので、最初は地震かと思った。地殻変動の際には電磁波ノイズが発生するのは、あまり一般的ではないが知られている事実だ。大地震の前に動物が逃げ出すのは、それを感じ取っているからという説もある。

 だが、地震ではなかった。振動が小さく、長い。

 山で羽根を休めていた鳥達が大慌てで飛び立つ間にも、修交館学院横に位置する斜面の木々が倒れる。

 だが、土砂崩れが起こったわけでもなかった。そもそも大惨事が起こるほど、雨が降ったわけでもない。


「……え?」


 原因は、山に巨体が()()()きたからだった。

 夕焼け空の下、ズモモモモ……と低く鈍い轟音を立てて、遠くの地面が隆起する。

 丸っこい、愛嬌のあるデザインの、翼を持つ三頭身の巨体が。


「なにあれーーーー!?」


 図書館内で思わず叫んでしまったが、樹里も一応は知っている。ひょうご観光名誉大使・ひょうごの(みのり)大使・食の健康大使・ひょうご安全の日大使・兵庫県住宅再建共済制度PRキャラクター・兵庫県少子対策本部シンボルなど、これだけ肩書きがあれば、神戸市民はなんやかんやで目にしている。

 はばタンだった。

 兵庫県公認マスコットでありながら、残念ながら全国区での知名度では、尼崎市非公認ご当地キャラクター・実物は全然小さくない中年男性・酒田しんいち氏に大きく敗北し、実際ゆるキャラグランプリでは下から数えたほうが早い順位という、ローカル枠を飛び出せない哀れなキャラクターである。元々兵庫国体のマスコットで、大会そのものよりもキャラクターの知名度が高く、一時はご当地はばタン・はばタンダンスまでも制作されたというのに、やがて訪れたゆるキャラブームで過去の栄光は今やどこへ。黄色い鳥だからといってヒヨコと呼んではならない。正解はフェニックスだ。ゆるキャラでも全然ゆるくない生き様を強いられる社会で不死鳥のように、蘇れ! はばタン! 燃え上がれ! はばタン! 飛び立て! はばタン!

 そんなローカルネタはさておいて。

 常時起動している樹里の脳内センサーによる計測では、姿が完成した巨大はばタンの身長は、およそニ〇メートル。流動体形状操作(ゴーレム)なので、完全な石像よりは軽いだろうが、それでも数百トンの土砂であることは間違いない。

 絶対に飛べない翼を広げ、地響きを立てて近寄る土色のはばタンと、衝突すれば建物は崩壊し、踏まれれば命はない。


 借りようとしていた本を投げ出し、机に置いていた鞄と空間圧縮コンテナ(アイテムボックス)を手にし、樹里は遅れて騒然とする図書館から飛び出した。



 △▼△▼△▼△▼



「こーゆー場面、昔の映画で見ましたねー……ほら、お化けを捕まえるコメディの」

「映画史に残る名作だね。あれはデカいマシュマロだったけど」

「危機感おぼえなきゃならねーはずなのに、なんか脱力する感じは、確かに似てますわね……」


 巨大はばタンからは高台に当たる支援部部室前で、ナージャ・南十星(なとせ)・コゼットも事態を確認していた。


「バスターズが全員女になったリメイク版みたく、あたしたちも原子炉搭載の掃除機で戦う?」

「確かアレ、原子炉っつーか陽電子衝突加速器(レプトンコライダー)じゃ? あと吸引するのは別の機械じゃ?」

「ウネウネした謎ビームを交差させましょう。実際に日本企業が開発したんですよね?」

「それ、エイプリルフールネタですわ」


 のん気に語り合っているが。ヨチヨチ歩きでも一歩が大きいので、実際にはそれなりの速度があるのだが、敷地内到達までまだ時間がかかりそうなので、その余裕はある。


「それにしてもフォーちん、このために《魔法使いの杖(アビスツール)》改造してたんだ……」

「ハ!?」


 それどころか、南十星には事態の正体を推測する余裕まであった。コゼットは青い瞳をひん剥くが、振り向きもしない。


「なんて名前だっけ? こないだの、骨の形した《魔法使いの杖(アビスツール)》」

「《マンヴィグリグリ》、でしたっけ?」

「それ。前の戦闘(ぶかつ)でバラまかれた中で、機能が生きてるヤツが山ン中に残ってて、こないだイノシシがくわえて持ってきたんだよ。どうやってんのか、時限式で《魔法》が発動する仕掛けでさ」

「ちょっと待てぇ!? それ、わたくしたちが気ぃ抜いたところをドカンって魂胆じゃねーですの!?」

「うん。だから『ちょうどいいから』って、フォーちんが機能を改造してた」

「止めなさいよ!? とっととブッ壊しなさいよ!?」

「ぶちょー? フォーちんが止めて止まると思う?」


 天真爛漫な南十星には珍しい、茶色い瞳を半眼にした、なにか悟りきった表情だった。それにコゼットは言葉を失う。

 しかもナージャまで語り始めたので、そっち放置で振り返ることになる。


「フォーさん、なんか時間を気にしてるなーとは思いましたけど、こういうことだったんですねー……」

「元スパイ! 隠された真実を暴け!」

「無茶言わないでくださいよ。それだけでなにか疑うわけないじゃないですか。しかも、ついさっきのことですよ?」


 南十星と違って紫の瞳の焦点は合っている。だがやはり達観の域に達しているのは同じだ。


「それにフォーさんが絡んでるなら、被害前提で対策考えたほうが、現実的かつ建設的だと思いますよ?」

「反論したいですけど、できねーですわ……!」

「あの《魔法使いの杖(アビスツール)》、前は対消滅爆発を起こしましたよ? それと比べればおっきな《ゴーレム》くらい、可愛いもんじゃないですか」

「あの……移動した土砂を元通りにするの、わたくしなんですけど?」


 事態収拾前に、後始末にゲッソリした土木工事担当(コゼット)が、再び視線を移すと、校舎から二つの人影が飛びだした。

 あんな巨大な物体が動いて近づいてくるのだ。しかも神戸市民が経験した、《魔法》絡みの人為的大災害から、そんなに経っていない。まだ学院に残っていた学生たちは、危険から遠ざかろうと、巨大な《ゴーレム》の逆方向へ逃げ惑う。

 その人の流れに逆らって、女子高生が駆けているのが見えた。普通の女子高生ならば持たないだろう、赤い追加収納(パニア)ケースを持っていることから、少女の正体は遠目でも理解できた。

 彼女はいい。真面目に対処するために飛び出したのだろうから。

 問題は、もうひとつだ。《魔法》の光を発し、初等部校舎の窓から出てきた、小さな人影。ジャージを脱いで、常に下に着ている《魔法使いの杖(アビスツール)》を露出している。

 この事態の主犯というか、便乗犯も登場した。



 △▼△▼△▼△▼



 空間圧縮コンテナ(アイテムボックス)から長杖を取り出し、生体コンピューターと接続してから全力で駆ける。それ以前に異能を持つ樹里は、体内で《魔法》を発生させて身体能力を強化しているが、この誤魔化しはもう習慣と化している。


「早く逃げてください!」


 避難を呼びかけながら、短距離走女子世界記録を塗り替える速度を出して、グラウンドを駆け抜けて巨大はばタンに接近する。

 その途中、脳内センサーの反応が急接近してきた。飛行する物体が高度を落とし、樹里の真横に並んでくる。


「野依崎さん、あれって……!」

「形状は異なるでありますが、以前《男爵(バロン)》が使った《魔法》と思われるであります。あの時に不発だったのが、なにかの拍子で起動したのでありましょう」


 起動を示すように、淡い緑色に光る服をまとう少女が、普段どおりの口調で推論 (?)を飛びながら説明する。

 樹里はあの防衛戦に直接参戦していないが、このような巨大な《ゴーレム》が出現したのは知っている。これまで暗闘に留めていた《魔法使い(ソーサラー)》同士の戦いとは異なり、一般市民を巻き込まざるをえなかったので、証拠となる映像も多数残っている。

 だから、疑う余地は、なにもなかった。


「《ヘーゼルナッツ》からの支援砲撃でも行うでありますか?」

「いえ! 私が壊しますから、《魔法使いの杖(アビスツール)》の処理をお願いします!」


 樹里は小さく頷き返し、要請という形で指示を出す。



 △▼△▼△▼△▼



 各々(おのおの)の装備を手にし、()()り刀で駆けつけた南十星・ナージャ・コゼットも、その会話を後方で聞いていた。

 ちなみに『おっとり』という語感から、ゆっくりノタノタ駆けつける様を思い起こす誤解がよくあるが、刀を腰に差す暇もなく手に持ったまま、取るものも取らず大急ぎで、という意味である。実際南十星は熱力学推進でひとっ跳びに、ナージャは時空間制御である程度の距離まで人外の速度で、コゼットは重力制御で飛行しているのだから、一応は急いでいる。追いつく気はなく、会話内容はいまだのん気だが。


「マッチポンプなのに……じゅりちゃん、完全にダマされてる」

「あぁいう純粋さ、昔はわたしも持ってたはずなんですけどねー……」

「木次さんは、あのままでいて欲しい気がしますわ……」


 現代の《魔法使い》ならば仕方ないとはいえ、清濁併せ呑まなければならない社会の荒波に揉まれ、すっかりヨゴレてしまったと感じるネコ科女子たちには、素直な子犬(ワンコ)がまぶしかった。


「《雷霆(らいてい)》実行!」


 まぁ、その子犬(ワンコ)は、土砂製巨大はばタンにレーザー(L)誘起(I)プラズマ(P)チャネル(C)を連射して崩壊させる、容赦ない猛獣でもあるのだが。



 △▼△▼△▼△▼



 騒ぎが収集し、日が暮れて。


「はぁ……」


 繁華街の浦路地にある、二〇席ほどのさして大きくないレストラン・バー『アレゴリー』に、樹里の姿があった。

 店内にいるのは彼女ひとり。開店していないのだから当然だ。彼女の姉夫婦が経営する店だが、二人とも長らく不在のため、休業している。

 今日は姉から連絡があり、商品管理と整理を頼まれたために訪れていた。夕方の騒ぎで疲れているのだが、仕方がないと諦めている。


 冷蔵庫の生鮮食料品は、持ち帰って食事に使うつもりで、クーラーボックスに収めた。乾物はまだ大丈夫だが、封を切ってるものはいずれ湿気(しけ)ることも憂慮する。

 今は壁の棚に詰め込まれた酒のボトルを開けて、品質チェックしていた。高校生の身分で酒の味はわかりはしないが、時折店を手伝っているのだから、匂いと限度を知っている。飲酒経験がないのでソムリエの真似事まではできないが、野生動物並みの彼女の嗅覚ならば、それだけで客に出せる・出せないくらいはわかる。


 時折しか注文されないブランデーと、グラス販売で何度か空気に触れているワインが劣化しているのを見つけた。これも料理に使うつもりで持ち帰る算段をつけた時、来客を知らせるドアベルが鳴った。


「あ、すみません。今日はお店、営業してなんですけど――」


 『CLOUSE』の札を出していなかったか疑問に思いつつ振り返ると、見覚えのある女性が入店してきた。


「あれ? 日下部(くさかべ)先生?」

「え? 確か……木次(きすき)さん?」


 不思議そうな顔をしている客は、直接の関係はないが、何度か顔を合わせている、初等部の女性教員だった。


「アルバイト?」

「いえ。ここ、私の実家でして」


 実家と呼ぶと語弊がある。しかし姉夫婦が暮らす頭上のマンションには彼女の部屋もあり、いま住んでいるマンションの他に帰る場所といったら、ここしかない。だからそう呼ぶ。


「お店、やってないの?」

「えぇ、まぁ……経営してる姉夫婦が、しばらく遠出してまして。今日は商品管理でお店に来ただけでして」

「そっか……残念」


 言葉どおり、残念そうに息をつく女性教師に、樹里は小首を傾げる。

 『アレゴリー』は、木製内装や真鍮装飾で雰囲気が作られているが、大衆的なアイリッシュ・パブスタイルだ。若い女性客が好みそうな、おしゃれで静かなバーとは異なる。こんな店にひとりで来る若い女性は、ウィスキーを好むなかなかの酒飲みか、本場の外国人くらいだ。

 そして目の前の女性に当てはまるか考えると、やや首を傾げたくなる。


「今日は色々あったから、ひとりで強いお酒飲みたかったんだけど……」


 樹里の疑問が伝わったのか、彼女の口から説明がなされた。

 そういう客もいないことはない。圧倒的に男性客が多いが。

 樹里は少し考える。自営業なのだから、その辺りはいくらでも融通が利く。唯一の問題は同居人の夕食だが、いい歳した社会人なのだから、連絡のひとつでも入れておけばいいだろう。


「材料がないからフードはほとんど出せませんし、あとビールも無理ですけど、それでもよろしければお出ししますよ」

「ほんと? じゃぁ、リヴエットの一二年をダブルのロックで」

「……先生、結構通ですね」


 酒飲みのほうだったか、と思いながら、樹里はショットグラスに氷を用意する。もちろんしばらく使っていないから、埃と汚れをチェックしてから。

 緑色の瓶を手に取り、メジャーカップに中身を移していると、またドアベルが鳴った。


「すみません、今日は営業してないんですけど――」

 

 スツールに腰かける女性教員にグラスを出してから振り返ると、手伝いの樹里には見覚えのない女性客がいた。見た感じは若く思えるが、樹里の目にはそろそろ中年と呼ばれても仕方ない年齢に差し掛かっているように思う。


「看板()いてたのに……」


 客はなんだか疲れた声を出しながら、店内に入ってくる。

 失敗したと、樹里は後悔する。どうやら店内の明かりをつけた時、外の看板の電源も入れてしまっていたらしい。だから札を出していても、客が来るわけだ。

 しかも客とは言いがたいが一応は客に、酒を出してしまっている。そんな状況を見せておいて追い出そうにも、説得力に欠けている。


「営業じゃないですから、お酒とおつまみしか――」

「…………武井くんの、お母さん?」


 本当は営業していないと強調して、それでもいいと答えるなら酒を出すしかない。樹里がそう覚悟したところで、女性教師が新たな客を見て声を上げる。


「日下部先生……?」


 新たな客も、先客の顔を驚きで見る。子供の担任教師と、子供の保護者。樹里は知るはずもないが、子供が取り持つ間接的な知り合いが、こんなところで顔を合わせるのかと。


「先生も……その、お酒を……?」

「はい……今日のあれは、少々刺激的で……それより武井さんも……?」

「子供は主人に任せて……ちょっと、今日は飲みたい気分で……」

「お子さんと、お顔を合わせづらいですか……」

「えぇ……どう反応していいか、わからなくて……」


 二人の会話に口を挟みはしない。樹里は、女性教師には遅れて、保護者には新たに、冷蔵庫のミネラルウォーターとおしぼりを出す。

 そして看板の明かりを消そうと、壁のスイッチに手を伸ばして。

 また新たに響くドアベルの音に、樹里は肩を落とす。


「あの、今日は営業――」

「酒飲みに来るわけないであります」


 少女のものだが、子供のものとするには随分とアルトな声が返ってきた。

 入り口に顔を向けると、到底飲酒可能年齢には思えない低身長のシルエットが入ってきた。ジャージ姿ではなく、数時間前に学院で見た、装甲付きのドレスのような恰好のままだ。


「野依崎さん?」

「「ぶほぉ――!?」


 樹里の言葉に振り返った成年女性たちは、新たな来客を見て、口にしていた液体をはしたなく吹き出した。

 彼女たちを疲労させ、酒に逃避させた張本人が、こんな場末の酒場に登場したのだから。

 その反応を怪訝に思ったものの、樹里は触れない。会話を求められれば口を開き、相手の様子を見て要望を訊くが、あとは沈黙を守る。認定バーテンダーの姉がそういうスタンスなので、たまに店を手伝う樹里も同じように振舞っている。


「リヒト・ゲイブルズに、なにか伝言や差し入れがあるでありますか?」


 代わりに、やって来た女子小学生に目線で来訪の理由を問うと、相変わらず悪意なく無愛想な言葉が投げかけられた。


「え、と……?」


 樹里の分類では、少女は苦手な相手になる。

 なにしろ、焦点がぼやけた感情不明の瞳で、理解できる前提の省かれた言葉を吐くのだから、反応に困ることが多い。

 加えて、部員以外の関係を、どう捉えればいいのか判断できない。

 一方向の話を聞いただけだが、少女を()()したのは樹里の義兄らしい。遺伝子工学的に人間を作る感情問題もあるし、彼女が義兄をどう思っているのかも理解できない。親子関係に類するなら、姉の旦那の娘という、一言では表現できない関係になる。作られたことに悪感情を持っているなら、あまり近寄るべき関係ではないだろう。

 だが実際、彼女がどう考えているかわからないので、対応に困る。質問するのもどうかと思う内容ばかりだから、直接は訊けない。

 決して嫌っているわけではないが、話すのが苦手な相手だ。


「これからアメリカに行って、勾留されているリヒト(ヤツ)にも会うのであります。なにか言付けがあるなら、受けつけるでありますよ」


 樹里が返事をさまよわせていたら、追加の説明があった。

 やはり全く理解できないが。

 まず用件が予想できない。『リヒトにも』ということは、他に用事があるのだろう。まぁ、それはいい。基本的に支援部員は、プライベートにはノータッチなのだから。この少女なら、どんな非常識でもやりかねない気がするので、精神衛生のためにも訊かない。

 続いて渡航手段。人間兵器たる《魔法使い(ソーサラー)》は、国家間の移動には大幅な制限がある。まぁ、これもいい。バッテリーが持つなら《魔法》で横断することもできる。そもそも義兄は太平洋を横断し、アメリカの警察署に厄介になっている。合法的(マトモ)とは到底思えないが、手段はあるということだ。

 更に疑問なのは。


「それを訊くために、わざわざ店に来たんですか?」


 思わず小学生相手に丁寧語を利いてしまう、

 半ヒキコモリ生活をして、『面倒であります』が口癖のこの少女は、自主的な親切心を発揮するタイプとは思えるはずがない。


「マンションに行ったら、今日はここに行ったと聞いたので。帰宅を待っていたら、自分も出発が遅れるでありますし。それで、なにかあるでありますか?」

「うーん……」


 促されて、宙を見て考える。

 直近で必要な情報は、やはり店のことだ。仕入れ先の支払いなどはどうなっているのか、お客さんへの対応はしたほうがいいのか、気になる。しかしまだ帰宅してないが、姉とは連絡がつくため、そちらはいいかと考え直す。

 先の戦闘で、身の周りに色々と変化してしまった問題もある。しかし伝言程度の中途半端な情報を与えるくらいなら、なにも言わずに後日時間をとってもらって、詳しく話したほうがいい。あまり触れたくない話題なのだが、避けられない相談なので仕方ない。


「特にない、かな」

「了解したであります」


 小さく頷き返し、少女はカウンター席にも目をやる。


先生(マム)

「!?」


 呼びかけられた女性教師は、おびえたように肩を震わせた。あまり一般的ではない呼びかけだったが、相手を見て語りかければ、誰に呼びかけているかくらいわかる。


「今夜中にアメリカから戻ってくるつもりでありますが、明日の授業に遅れたら、申し訳ないであります」

「あ、はい……」


 彼女はマヌケな返事をしている自覚はあるのだろうかと、ふと樹里は疑問に思う。日帰りどころか夜中だけで太平洋を往復なんて、普通は不可能なのに。

 それにしても、少女は変わったものだと思う。不完全でも報告(ホウ)連絡(レン)相談(ソウ)をしているのだから。


「ミセス・タケイ」

「!?」


 続けて隣に座る女性にも呼びかける。呼ばれた側は教師と同じく、怯えたように肩を震わせた。いやこちらは本当に怯えているのだろう。本当に樹里の鼻にある嗅覚受容神経が化学物質を察知したわけではないが、そういう『匂い』がした。


「《魔法使い》などという化け物は、不要でありますか?」

「…………!」


 樹里も女性教師に呼ばれ、少女が問題を起こしたことは知っている。しかしその後のことは具体的には知らない。彼女と少女の間に、どんな会話が交わされたのかも当然知らない。

 そして少女は返事を求めていないから、知ることができない。


「では、行ってくるであります」


 用件は終わったとばかりに、少女は(きびす)を返す。良い意味でも悪い意味でもマイペースなのは、相変わらずだった。


「はーい。いってらっしゃーい」


 樹里も外に出て、《魔法》の光を帯びて飛び立つ少女を見送る。

 航空法は大丈夫なのだろうかと思ったが、今更なので気にしないことにして、樹里は扉を閉めた。

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