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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の関係者
288/640

055_0050 【短編】これが彼女の処世術Ⅵ ナジェージダ・プラトーノヴィナ・クニッペル(高校生・一八歳)

 その日がとうとうやってきた。


「ほえ? フォーさん、お話し合いサボったんですか?」


 授業が終わったナージャ・クニッペルは、総合生活支援部の部室に向かう途中、かかってきた電話に話しながら歩いていた。


『あの子から同席させろって言ってきたのに、どこか行っちゃったんだよ~』


 立場を考えるともう少し威厳とかあったほうがいいんじゃないかと思う相手は、学院理事長である長久手(ながくて)つばめだ。いち学生と会話する相手ではないだろうが、支援部の顧問なのだから、連絡先くらい当然のように登録されている。


『多分部屋に帰っちゃったと思うから、ナージャちゃん、捕まえて連れてきてくれない?』

「別にいいですけど、どうしてわたしに? なんとなくですけど、フォーさん関連だったら部長さんか十路くんって気がしますけど」

『最初はコゼットちゃんの予定だったんだけど、講義の関係で無理になって。トージくんも用事があるって』

「あぁ。そういえば外に出る用事があるって言ってしましたね」

『緊急の部活なら容赦なく呼び出すけど、今回は違うし。学校の授業とか講義で出れないって言ってるのに、強要できないじゃない?』

「学校の責任者がそれやっちゃうのは、どうかと思いますねぇ」

『あとは単純に機動力の問題』

「まぁ、あそこなら、わたしが適任になっちゃいますかね」


 仕方ないので、行き先を変える。



 △▼△▼△▼△▼



 放課後でも二号館(サーバーセンター)は、普通の学生たちは、課題などで使うパソコンルームまでしか入らない。

 それらの部屋を通り過ぎた場所にある扉を開けて、ナージャは壁に設置された内線電話をかける。

 大して待つまでもなく、コール音が途切れて、相手が出た。


「おーい、フォーさーん。例のお話し合いですよー?」

『あぁ、そういえば……そんな時間でありますか』


 心底どうでもよさげな怠惰な声に、ナージャはもう一度ため息をつく。

 良くも悪くもマイペースすぎる。無責任すぎる。


『なんか面倒になってきたでありますから、欠席で構わないでありますよ?』

「よくありませんよ。フォーさんが起こしたトラブルなんですから、当事者が出てことないと。しかもフォーさんから同席を希望したんでしょう?」

『面倒でありますねぇ……もう少し遅いほうが具合いいのでありますが』

「早く出てこないと、どうなっても知りませんよ?」


 言葉どおり、面倒くさいだけなのか。それとも駄々をこねているのか。

 なにか待っている言葉に、ナージャは内心首を傾げたものの、それを確認する前に、電話が向こうから切れた。


「仕方ないですねぇ……無理矢理連れて行きますか」


 嘆息つきながら、分厚い扉を開く。有事の際にはロックされるが、さすがに今はかかっていない。


 ナージャ・クニッペルにとって、少女は少々取っ付きにくい相手だ。忌避感を抱くほどではないが、話しやすい相手ではない。

 まず得体が知れず、行動や思考回路が読めなかった。まだ入部する前の一時期、積極的に近づいてみたのだが、暖簾(のれん)に腕押し。話しかけても反応がなく、菓子を与えても淡白な反応しかなく、世間ズレしていて話がかみ合わないことも多い。そもそもヒキコモリ生活をしていたので、接点もなかなか作れない。

 ヒキコモリに関してはマシになり、正体や経歴を知ったことで、ある程度は突飛な思考回路にも納得したが、改善には遠い。


(もーちょっとフォーさんとは仲良くしたいですけど……向こうが嫌がるなら、無理できませんしね)


 舌を鳴らしただけで野良猫の体に触れようなど、厚かましい。得体の知れない匂いを放つ大きな人間(いきもの)を、警戒しないはずはないのだ。

 なでられたいか決めるのは、野良猫だ。


 腰まで伸びる白金髪(プラチナブロンド)の尻尾を振り回しながら、ナージャは結論を出した。いや結論はひとつしかないので、自分を納得させただけだが。


 二重の耐爆扉を開くと、カーディガンを着ていても身震いする空気が流れ出てきた。冷却されているサーバーマシンは部屋の中だが、普段人が入らない場所で、空気の循環もないため、廊下も冬のように寒々としている。核攻撃にも耐えられる大型シェルターでもあるので、廊下でも断熱は完璧だった。


 鉄骨むき出しの下り階段が、否応なく見える。資材運搬用のエレベーターもあるのだが、普段下で電源を切られているので、使えない。確認するまでもなく、少女の語り口では、親切心を出して電源を入れたとは思えない。

 地下一〇階の奥で生活している部屋に行くには、危険な階段を突破するしかない。


「さぁて……最近ハードな訓練してませんし、ちょうどいいですかね?」


 しかしナージャは、腕を交差させ準備運動など始め、やる気を見せる。

 そして穴の空いたスカートのポケットから、左膝のホルスターに収めた《魔法使いの杖(アビスツール)》を取り出し、電源ボタンを押す。

 《魔法》を使うには莫大な電力を消費し、使った際にはレポートを書かなければならない。だから安易に《魔法》を使えないが、今回のこれは正当な利用だ。どこからか文句を言われることはないだろう。たとえ真相がヒキコモリの連れ出しだとしても。


「いっやっほうっ!!」


 ソプラノボイスの奇声をあげて、ナージャは階段を飛び降りる。躊躇(ちゅうちょ)は欠片も存在していない。

 白金髪(プラチナブロンド)紫瞳(バイオレットアイ)という、自然にはめったに存在しない色彩を持つ。更に、膝丈スカートにトレードマークと化したカーディガンを着て、いつも締まりのない微笑を浮かべている。

 浮世離れしているというか、どこかポヤポヤした空気を発している彼女だが、その本性は雪豹だ。

 人の入れない山岳地帯を住処としているため、長らく幻の生物とまで言われた猛獣。

 大量の罠が仕掛けられている通路など、ある意味ではホームグラウンドだった。



 △▼△▼△▼△▼



「まさかトラップを全滅させて、階段を降りてくるとは……仕掛けるの、大変なのに」

「どうなっても知りませんって、言ったじゃないですか」

「元ロシア対外情報局(SVR)諜報活動員インテリジェンスオフィサーが、そんな杜撰(ずさん)でいいのでありますか? もっとスマートに侵入できないのでありますか?」

「ほえ? 侵入バレてるのに、静かに行動をする意味がどこに? そういう場合は強行突破、一秒でも早く目的達成ですよ」


 二号館から出てきたナージャは、ジャージに着替えている目的の少女と手をつないでいた。観念したのか、部屋から連れ出せば大人しいもので、素直についてくる。

 ポテポテした少女の足取りに合わせ、長身のナージャにしてはゆっくり歩く。


「ところでミス・ナージャの手、なんだか放出熱量が多いであります」

「HAHAHA。それはわたしが太ってるということですかなー?」

(ノゥ)。手が温かい人物は心が冷たいという説を思い出しただけであります」

「やぁ~もぉ~、フォーさんってば、相変わらずっ☆」


 ナージャは目だけ冷たい笑顔で、ネコミミ帽子の上からナチュラルに無礼な少女のつむじをグリグリ押す。腹を下せ、これ以上背が伸びるなという呪詛(めいしん)を込めて。


 一緒に出歩くことなど、まずない。普段の部活においても、依頼主の元に出向いて実働から交渉ごとまで対応するナージャに対し、少女はパソコンを使う依頼を片付けるパターンが多い。こういうところでも自然と接点が少なくなってしまっている。


「フォーさんは、わたしが嫌いですか?」


 だからいい機会だと、ナージャは問うた。


「唐突になんでありますか?」

「いえ、あんまりわたしと話そうとしないじゃないですか?」

「自覚はないので、意図はしていないでありますが……」


 そもそも少女は誰に対してもぶっきらぼうで素っ気ない。話しかければ返事は返ってくるが、用事がない限り自分から話しかけないし、用事があっても必要な言葉が欠けていることも多い。

 つまり、嫌われてはおらずとも、好かれてもいない。よほどの感情が芽生える相手でない限り、少女は徹底して平等主義なのだ。無関心という意味でだが。


「嫌いというより、自分が苦手とするタイプではありますね」


 ナージャ個人の場合だと、多少感情の揺れ幅がある相手らしい。ちゃんとコミュニケーションを取るのだから、常人の感覚ではプラス幅だと思うが、嫌いでもそんな言葉を面を向かって放たないだろうという内容だったが。


「わたしの入部経緯がアレなので、当然だとも思いますけど」


 自己弁護でも擁護でもなく事実として、ぼやかせた言葉を付け加える。

 ナージャはスパイとして総合生活支援部に近づき、紆余曲折あって入部している。所属していた敵対組織とは、逃亡兵という形でしか縁が残っていないが、警戒心の強いこの少女ならば、信用していなくても無理はないと。


「ロシア人だから、なんてくだらない理由は、やめてくださいね」


 更に真面目な顔で少女を見下ろし、ナージャは付け加える。

 少女の生国と、ナージャの母国、かつて覇権を争った超大国が相容れないのは、世界の常識と言っていいだろう。

 しかしそこに住む個人まで同じと思うのは、いまだ日本がサムライ・ニンジャ・ゲイシャの国と考えるような、時代遅れの偏見だ。


(ノゥ)


 少女は言葉と仕草で明確に否定する。


「多分、自分の感情は、十路(リーダー)と同じと推測するであります」

「要するに、わたしがウザいと」

(イエス)。自覚あったでありますか」

「HAHAHA」


 ロシア人がアメリカナイズな笑いを再び発し、少女のつむじをグリグリ押す。相手が右側なのに右手がふさがっているので、左手で押す姿勢はちょっと無理あるのだが。


「あと、胸部にぶら下げてる物体には嫌悪感が」

「あのー……フォーさんの今後次第で、その感情は変わる気がしません?」

「どうすればそんなにデカくなるでありますか。誰かが吸ったのでありますか?」

「吸われてませんよ!?」

「じゃぁ、吸われたらしぼむのでありますか?」

「しぼみませんよ!? 風船じゃないんですから!」


 結局、馬が合わないのか、そうでないのか。

 トリックスターの笑顔で本心を隠すナージャと、もとより秘密主義で自分を語らない少女とでは、本音も事実も全く見えない。

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