055_0040 【短編】これが彼女の処世術Ⅴ 堤南十星(中学生・一四歳)
現代日本において、人間が動物に乗っている場面が当然なのは、競馬場か牧場くらいだろう。家庭内で父親が子を背に乗せる、特殊な性癖を持つ方が人間椅子になるなどの例外はあるが、やはり場所を間違えれば奇異の目で見られるに違いない。
「おいーっす、フォーちん」
だからトンファーを腰に提げた堤南十星の登場に、常に眠たげな無表情の少女ですら、奇異が七割くらいの目を向けた。残り三割は『またコイツ変なことやってる』という諦め混じりの呆れだ。
「……なぜ、イノシシに乗ってるでありますか?」
小柄とはいえ体高が足らず正座未満の姿勢になっているが、首にスカーフを巻くイノシシに跨って部室に現れた女子中学生を見れば、大抵の人間は変な目で見る。『摩利支天?』というツッコミは期待できないが、『一時期こんな小猿が話題になってたよね』という感想を抱く人はいるだろう。
「手懐けた」
背中から降りながら出された南十星の説明は、きっとズレている。いやそれも少女の疑問だろうが、『なぜ乗ることができたか』よりも『なぜ乗って現れたか』の意味で訊いたと思われる。
しかも過去を知る者が見れば、違うと反論したくなる返事だろう。南十星は突撃してきた際に返り討ちにし、食べようとしたのだから。懲りたイノシシは食われまいと、必死になってすり寄ってるとしか思えない。
「リブ、ごくろーさん。あんがとね」
「もしかして、それがイノシシの名前でありますか……?」
「ロイン・ボタン・ボンレス、どれにしようか迷ったけどね」
リブはバラ肉。ロインはロース肉。牡丹はイノシシ肉の別名。ボンレスは骨なしという意味でしかないが、この調子ならボンレスハムから来ているに違いない。
いまだ南十星はイノシシを食べる気満々だった。
「ほれ、食いねぇ」
しかし手懐けているのも事実で、背負っていたスクールバッグからリンゴを取り出し、ひと口かじってからイノシシの前に置く。
動物のしつけでも体罰はやってはならないことだが、既に小さな人間が自分よりも強い存在だと、物理的に思い知っている。あとは順にエサを食べ、唾液で匂いを覚えこませることで、誰が強者が叩き込んでいた。
「エサを与えるのは、関心しないでありますがね……」
野生動物が人を恐れず慣れてしまうのは、農作物だけでなく、直接の人的被害に繋がる。体高が何倍もあるのに脅威にならず、コンビニの袋に食べ物があると知れば、平気で襲うようになってしまう。だから神戸市では餌付けをすると、行政処分を受ける可能性がある。
しかしリンゴを食むイノシシを撫でながら、南十星は一応の反論をする。
「夜中にイノシシが学校うろついてるのは、あたしのせいじゃないと思う」
「まぁ、場所柄、仕方ないでありますね……」
神戸市におけるイノシシの勢力圏は、生半可ではない。山手の地域ならば、住宅地でも普通に見かけることができる。
六甲山系の中にある修交館学院も、例外ではない。
「しかも、地味ぃ~に役立ってるし」
「フリージャーナリスト。どこかの国の諜報員。《魔法使い》の存在をよしとしない過激派。自分たちが目的と思われる学院への不法侵入者を、撃退してるでありますからね……」
イノシシは強い。人間以上の体重を持ち、人間よりも速く走る。大抵の動物は鼻先が弱点だというのに、彼らは武器にしている。膝ほどの高さで突進してくる筋肉の塊は、生身で勝てる相手ではない。それどころか衝突事故で自動車を全損させても、ピンピンしているくらいなのだ。
そんな彼らが闊歩する夜の修交館学院は、なかなかの魔境と化す。忘れ物を取りに、あるいは肝試しに探検しようとしたりすると、冗談抜きで生命の危機に繋がりかねない。日没後の帰宅では、単独行動の禁止はもちろん、熊よけ鈴の所持が校則に明記されているくらいなのだ。大学部の実験で泊り込みが必要な際は、夜間校舎から出るなとも口伝されている。あと男子学生がふざけ半分に獣よけの催涙弾を自作し、暴発事故で大惨事が起こるのは、年に数度おこる定例行事のようなもの。
だから支援部が有名になってからは、学校の実情を知らない不法侵入者たちが足を踏み入れ、ボロボロの重傷者となって発見される朝がたまにあったりする。
「あたしがエサやってるのって、リブ一頭だよ。もしコイツが一般人襲ったら、あたしが責任もって殺して食うよ」
当然のこととして南十星が決意表明すると、毛皮の背中がビクッと震えた。
人間の言葉を理解しているはずはないが、野性本能で察したのか。まだ半分以上リンゴが残っているにも関わらず、イノシシは食べるのを止め、恐る恐る顔を上げる。
「ん?」
笑顔の南十星になにを感じたのか、イノシシは猛然と食事を再開した。早く食べて山に帰ろうと思ったのか。それとも全力で気にしないことにしたのか。
賢いイノシシの必死さ加減が、なんだか涙を誘う。
「それに、リブもけっこー役に立ってるじゃん? 山ン中から二回も《魔法使いの杖》を持ってきてくれてさぁ。だったらごホービくらいあげないと」
「うち一回は自分が設置した《ピクシィ》でありますが、確かにその点は、イノシシに感謝でありますね。事前に発見できなければ、大惨事になっていたかもしれないであります」
その成果をいじっていた手を止めて、少女も席を立ち、無造作にイノシシに近づく。
「ほり。フォーちんもエサやってみるかね?」
南十星がバッグから新たにサツマイモを取り出すが、差し出された少女は困ったように眉を寄せた。興味のままに近づいたが、実際に手を出すのは躊躇う、子供の反応だった。
「だいじょーぶだって。噛みつきゃしないし」
「それは半飼い主状態のミス・ナトセだからでは……?」
「噛んだ時は《躯砲》使ってぶっとばす。フォーちんがやってもいいけど?」
「《ハベトロット》の出力ならば、縊り殺すことになるかもしれないでありますが?」
客観的に見れば、人を害するかもしれない野生動物に近づく、危機感のない子供たちだろう。しかし実情は、陸上最強生物・アフリカゾウにも勝つ子虎&野良猫と、その前に放り出された哀れな獲物でしかない。
ピンチなイノシシは瞳を潤ませながら、おっかなびっくり少女が差し出すイモを、やはりおっかなびっくり食う。余計なことさえしなければ、命は安泰なのだから。そして彼女たちの要望に沿わないと、生命がないのだ。
「ところでフォーちん、なにやってたのさ?」
「プログラムの書き換えでありますよ。『置き土産』はせいぜい利用させてもらうであります」
「ぶちょーに頼まず自分で?」
「元々ソフトウェア部分は自分も携わってるでありますし、資料も手に入れたので、部長に依頼する必要もないであります」
南十星にとっての少女は、ただの部活仲間でしかない。
大学生から小学生まで集まる部において、義務教育年齢の彼女たちはまとめて年少組扱いされるため、話す機会はそれなりにある。南十星が『体験入部』を行った際の案内役が少女だったため、入部後もなんとなく距離が近しい。
ただし、それだけ。過度な仲間意識は持っていない。もとより天真爛漫な南十星は、誰とでも話す性質だ。
人造《魔法使い》だろうと関係はない。気を遣いもしないし、『四』と呼ぶことも悪いことだと思っていない。
仮に少女と敵対することになったとしても、彼女は躊躇なく殺す気で戦える。
良い意味でも悪い意味でも、普通の人間関係を築いている。特別な存在を特別扱いしない。それが素でできるのが、堤南十星の特異性だった。




