055_0020 【短編】これが彼女の処世術Ⅲ コゼット・ドゥ=シャロンジェ(大学生・二〇歳)
「……やっちゃいましたか、野依崎さん」
「えぇ……やっちゃったみたいですわね……」
話を区切りまで聞き終え、コゼット・ドゥ=シャロンジェは、後輩女子高生と苦笑のようにも見えなくもない、実際には引きつらせた顔で小声の感想を漏らした。
「そういう話だけど、実際には壁に穴なんて空いてなかったんですが……」
「証拠隠滅しましたね……」
「えぇ……《魔法》で修復したんでしょうね……」
女性教師の追加された説明に、もう一度ふたりでため息をつき合う。
「だけど、その男の子たち、全員気絶して、ロープで吊り下げられていて……」
「証拠隠滅の意味がないですね……」
「なに考えているんだか、あの娘は……」
さらに女性教師の追加された説明に、三度ふたりでため息をつき合う。
酒飲み話として、支援部の《魔法使い》を調べようと不法侵入した男たちの末路を聞いたことがある。それをまた行ったのだと呆れてしまう。
「それで……男の子たちの保護者さんが、学校に乗り込んできて……一部の人は裁判を起こすって息巻いてて……」
「まぁ、問題になるでしょうけど……」
「あの娘のことですから、『弁護士を用意すればいいのでありますか?』とか、筋違いのこと言い出しそうですわ……」
『もういい』と言いたくなる女性教師の追加説明に、四度ふたりでため息をつき合う。
デイトレードに勤しんで兵器の運用資金を稼いでいる少女なのだから、金銭的な問題だけを見れば、弁護士を束で雇うくらい余裕だろう。
「それで、裁判はさておいて……相手の親御さん、野依崎さんの保護者を呼んでこいって……でも、どうすればいいでしょう?」
女性教師の漠然とした問いに、コゼットは王女の仮面がはがれない程度に、顔をわずかばかり歪めてしまう。
「保護者って……」
「フォーさんの保護者が誰か、相手の親御さん、ご存知ないでしょうね……」
「出てきたら、どう捉えられるでしょう……?」
「普通、萎縮しそうなものですけど、逆に強気に出てきそうな気が……」
「ふぇ? 強気に、ですか?」
「決めつけるのはどうかと思いますけど、相手の親、自己中な匂いがしますからね……学費払ってるから『お客様』だって考えてる可能性が……」
「あぁ~……」
女子高生と小声で意見を交わしてから、コゼットが顔つきを少し改めて、女性教師に振り向く。右手の人差し指と中指を立てて。
「二点、確認させてください。なぜ日下部先生は、今回の件で支援部にメールを送ってこられたのでしょう?」
「大人同士で解決する問題だとはわかってますけど、野依崎さんに関しては、正直わたしの手に余るというか……だったら総合生活支援部に相談したほうがいいように思って……あと、いきなり理事長に話を持っていくのは、畏れ多いというか……」
「次に。日下部先生はどのような結果をお望みなのでしょう? 裁判沙汰にせず、穏便に事を収めるのは確定でしょうけど、それ以上になにかございますか?」
「え……? いえ、特には……?」
他になにがあるのだろう。そう疑問に思っている様子で、女性教師は短時間で返事した
コゼットは軽く頷いて指示を出す。相手が年上だろうが教師だろうが、関係ない。彼女とて王女なのだ。本格的な、帝王学と呼べるものまでは収めていないが、リーダー論は学んで実践している。彼女が大学内でパーフェクト・プリンセスでいるのは、ただ人当たりよく優美な姿を見せるだけでは駄目なのだ。時には威厳を持ち、果断な判断力を見せなければならない。
「メールで構いませんから、先生のほうから理事長に、事態の説明をお願いします。詳しくはわたくしどもから直接伝えて、対応を考えます」
「え、わたしがやること、それだけ……?」
「《魔法使い》絡みの問題は、とにかく大きくなりがちですから。日下部先生を邪険にするつもりはないですが、本当に法的な発展した時、どうにもならないでしょう?」
「それは、まぁ……」
「話し合いの場は絶対必要でしょうから、立会いをお願いします。いま言えるのはそれだけです」
そして少女の普段を知っている、女子大生の顔に戻り、聞こえても構わないが聞かせないつもりのぼやきをこぼす。
「まぁ、どちらかわからないですし……まずはそれを確認しないと」
△▼△▼△▼△▼
神戸在住の二一世紀型王女サマは、炊事も普通に自分で行う。
留学前、公宮殿でよく食べ物に毒物が仕込まれていたため、自炊スキルを嫌でも鍛える必要があったので。侍従が毒見として同じメニューを食べていても、彼女の分にだけ王族が毒を混入していたので、防げなかったので。犯人も食べるためか、とばっちりを避けるためか、材料の状態では汚染されなかったのが幸いだった。
「問題起こしたそうですわね」
「なんのことでありますか?」
キッチンに立つコゼットは、パスタにツナと野菜を和えながら、振り向きもせず客に声をかける。
「学校でクラスメイトの男子を、パンツ一丁にして吊るしたんでしょう?」
「だから、なんのことでありますか?」
「白切るんじゃねーですわよ。今日その件で、貴女の担任に呼ばれたんですから」
「自分はパンツ一丁ではなく、ヤツらを全裸にして吊るしたでありますよ?」
「……!」
確かに担任教師から、その部分は詳しく確認しなかったが、現実がもっと悪いなど想像していなかった。布一枚の違いに脱力しそうになったコゼットは、膝が崩れるのに耐えて、クルトンと粉チーズをかけてシーザーズサラダを仕上げ、ダイニングテーブルに運ぶ。
そこでは件の少女が、大きめのテディベアを抱えて顎枕にし、だらけた態度でノートパソコンをいじっていた。
彼女は普段、最低限の生活設備しか整っていない地下室で生活している。食事などは、通信販売で箱買いした栄養補助食品で済ませてしまう。
だからコゼットが時折差し入れしたり、部屋に連れ帰ったりして、不健全な食生活のお節介を焼いている。今日は話もあったため、首根っこを引っつかんで無理矢理部屋に連れてきたため、この図がある。
「お山の大将をやるのは勝手でありますが、自分まで巻き込むなという話であります。しかもヤツらは、自分の帽子を強奪したであります」
「だからって、全裸で吊るすのは、やりすぎだっつーの……」
第二次性徴が始まりだした少年たちの心に、確実に傷が刻まれたであろう。
コゼットが今日何度ついたか覚えていないため息をまたも漏らした時、オーブンレンジがグラタンの焼き上がりを知らせたので、ミトンをつけてキッチンに戻る。
耐熱プレートから出し、グラタンマットと共に運んでいる間も、少女の言葉は続く。
「ならば物品にラクガキし、体育で怪我をしかねない行為をするのは、問題ないとでも言うでありますか?」
「そうじゃねーですけど、それとこれとは別問題にしやがれっつーことですわ。報復したら、問題が根深くなるんだっつーの」
「全裸で拘束された写真をネットに流出させて、社会的に抹殺していないのでありますから、まだ可愛いものであります」
だらけた態度が野良猫っぽいが、この少女の場合、飼い主のいないイエネコとは趣が違う。どちらかと言えば、動物園から脱走したヤマネコだろう。大人しくとも愛玩動物になることはない、れっきとした猛獣だ。
今回のことも、彼女のルールから外れたために、制裁を加えたに過ぎない。それがかなり過激であったとしても、戦略兵器たる彼女からすれば、小さな報復でしかない。
ため息しかつけない。コゼット自身も『やられたらやり返せ』の口だから、あまり強く批難できない。口さがない輩には虫も殺さない顔で舌戦を。身柄と命を狙う輩には殺さない程度の暗闘を。そうやって色々なものと戦ってきたのだから。
「……とりあえず、相手の保護者を交えて話し合いするのは、決定ですわ」
だから、今後の問題だけを伝えることにする。前もって作っておいた冷製ポタージュを、冷蔵庫から出して運び、エプロンを外しながらテーブルについて。
「なんか相手の親御さん、裁判沙汰まで考えてるそうですわ」
「つまり自分は、史上最強の弁護士チームを用意すればいいのでありますか?」
「コイツ、マジ言いやがった……!」
予想どおりな少女の言葉に辟易する。
そんなコゼットの予想など知るはずもないのだから、不思議そうな上目遣いを送る小学生からノートパソコンを取り上げて、真剣味を込めて指示を出す。
「そうじゃなくて、やりすぎだけは、キチンと謝りなさい。相手が許しはしねーとは思いますけど、誠意だけは見せなさい」
「……面倒であります」
そんな迂遠な方法を使わずとも。
眠そうな無表情顔を子供っぽくしかめたので、コゼットは彼女がなにを考えてるかわかったが、反論は許さない。
「後のことは、こっちでなんとかしますから、それだけはやれ」
「わかったであります……こちらも都合があるのでありますが……」
少女も口癖どおりに面倒くさそうだが、一応は承知した。
都合という言葉に、やや疑問を抱いたが。
(まぁ、この娘のことですし……)
デイトレードの時間を調整しなければならないとか、そういったことだろうと流し。
「じゃ、食べましょう」
了承を取り付けたとなれば、コゼットも話題を打ち切る。他にも言いたいことはあるのだが、この少女は聞き流すのはわかっているし、あとは大人たちの話し合いだ。
なにより食事時の話題としては、あまり精神衛生的によろしくない。
早速少女はぬいぐるみをどかし、フォークを手に取ったが。
「食べる前に手ぇ洗え」
コゼットが止める。
仕方なさそうに少女はフォークを置き、彼女には高い椅子をずり落ちて、手近なキッチンのシンクで手を洗う。
収納の取っ手にかけられたタオルで水気を拭き、少女が席に戻るのをコゼットも待っていたが。
「メシ作ったわたくしに感謝しろとは思いませんし、長々と神に祈りを捧げろとも言いませんけど、誰かと食事する時くらいはガッつくな」
席についた途端にフォークを取り、まだ音を立てているグラタンに手をつけようとした少女を、またも棘のある声で止める。
渋々と手を止めて、少し悩んだ様子を見せて、日本式に小さく合掌するの見届けてから、コゼットもフォークを手に取ったが。
「初っ端からトマト除けんじゃねーですわよ。ちゃんと食え」
パスタの具をより分け始めた少女に、またも文句を言う。
コゼットも正式なテーブルマナーまで求める気はないが、あまりにも目に余るから言ってしまう。経歴を考えれば社交性に難があるのは仕方がないが、今後もまかり通ると思わせるのは彼女のためにならないし、見ていて不快だ。
ネコ科動物には珍しく、ライオンは群れを作る。その中でメスのライオンたちは、共同で子育てを行う。他人の子供でも我が子と同じように育てるのだ。
同様にコゼットも、同じコミュニティ内において遠慮がない。
「……ママと呼ぶべきでありますか?」
「ガチでやめれ」
「では、お姉ちゃん?」
「それもお断りですわ」
「自分では萌えないでありますか?」
「なんで女相手に萌えなきゃなんねーんですのよ? 男でも別にショタ趣味ねーですけど」
そんな会話が出てくるほどに遠慮がない。ジト~ッとした上目遣いの視線を送り、嫌味未満を放つ少女に冷たく返しながら、コゼットは冷製ポタージュをスプーンで口に運ぶ。もちろん背筋は伸ばし、左手を皿の縁に添え、手前から向こう側にすくい、飲む時には音は立てない。
コゼットにとっての少女は、世話を焼きたくなる後輩でしかない。客観的に見ればどうかは知らないが、彼女の主観では妹分の領域を出ない。
一般社会に溶け込み、味方につける努力をしてきた彼女からすると、少女の生き様は危なかしくて見ていられない。他の部員たちは曲りなりにも処世術を身につけているのに、この少女は自分を守る術を持っていないのだから。
だから、ちょっかいをかけたくなる。
少女の正体を知っても、なにも変わらない。明かしたのを機に身なりを綺麗にし始め、ヒキコモリがマシになったから、世話を焼くのに便利になった程度にしか思っていない。
そういう意味ではコゼットも、並の精神ではない。
「十路も『お兄ちゃん』呼ばわりは嫌がってたでありますね……」
過去をこぼす少女に、それはそうだろうと、口には出さずにコゼットは賛同する。
彼の場合、義妹に加えて問題児だ。世話を嫌がるに違いない。
彼もコゼットも、なんのかんの言いながら面倒見はいいので、結局世話することになるだろうから、余計に。




