055_0000 【短編】これが彼女の処世術Ⅰ 日下部詩子(教師・二三歳)
修交館学院初等部教員、五年一組担任・日下部詩子は、教員室に訪れた来客に顔を引きつらせた。
誰かに愚痴れば、自業自得と返事があるかもしれない。連絡したのは他ならぬ彼女自身なのだから。直接対話の必要はなかったが、話が早いのは事実だ。以前もそうだったから、次も来るかもという考えもあった。
だが、教員室に来る面子が変わることを、考えていなかった。彼女は自身の浅はかさを若干後悔していた。
「それで、支援部に連絡なさったの、やっぱり野依崎さんの件ですか?」
「えぇ……また来てもらうことになって、ごめんなさい」
椅子を譲って立っている、高等部の学生服を着た少女はいい。子犬のように小首を傾げ、ミディアムボブを揺らす様は、あどけなさと愛らしさを感じる以上はない。見た目特記事項はなさそうな、以前連絡を取った時にもやって来た、普通の女子校生だ。
問題は、一緒にやって来た、別の女子学生だった。
「若輩者が賢しら顔で述べる言葉ではありませんが、心中お察しします」
「いいえっ……! とんでもありません……!」
申し訳なさそうに落としていながら、鈴を転がすような美声に、思わず敬語で返してしまう。詩子もまだ新人扱いされるが、お肌の曲がり角が気になり始める二〇代自他共に認める社会人。対して使用者不在のオフィスチェアを借りて座っているのは、浪人・留年なしで進学した二回生の女子大生にも関わらず。
留学生が多い修交館学院の場合、金髪碧眼白皙など、さして珍しくない。だが目前の女性は質が違う。目の錯覚かもしれないが、後光が輝いて見える。
しかも服が違う。否、見た感じでは女性学生が着ているのは、量販店の安物だろう。だが違う。
教師という立場である以上、さすがに目立つような恰好にはできないが、本日の詩子は隠れたオシャレを駆使し、彼女なりに満足の出来だった。しかしプリントTシャツ・ジーンズ・ロングカーディガンという、無造作な恰好に敗北している。着る人間が違うだけで、これだけ印象が異なるのかと愕然とする。
ただ美人なだけではない。オーラが違う。なにせ相手は某国の王女様なのだから。威圧を感じるわけではないのだが、見ているだけで萎縮してしまう。女子学生の肩書きを知る先入観もあるだろうが、比較すれば、いや比較するまでもなく、格の違いを思い知ってしまう。女としても、人間としても。
これが高貴な人間なのか。生まれ持った気品というものか。実際、氏より育ちの言葉どおり、オーラなど遺伝するはずもない。人を惹きつける立ち振る舞いを知り、実践しているだけのことだ。だがそれだけで中流家庭・地方公務員両親の間に生まれた誰もが認める一般人の詩子は、萎縮はせずとも己との違いを痛感する。王女様ともなれば太陽で、誰でも輝きが理解できる。アステロイドベルトを形成する凡百の小惑星は、どう足掻いてもそんな風に輝けない。せいぜい望遠鏡で見てくれる未来の天文ファンにアピールするのが関の山だ。日下部詩子二三歳、約半年前に仕事の繁忙が原因で別れて以後、男の影は存在しないがそれはさておき。
支援部部長であり、学内でも有名な王女殿下がやって来ることは、詩子には考慮外だった。ギシギシ軋む安物のオフィスチェアに座らせるなんて失礼ではなかろうか。せめてフカフカのクッションくらいないのか。そんな考えがよぎる。
「それで、本日のご相談は、具体的にどのようなお話でしょう?」
そんな彼女の心中を知るはずもなく、王女女子大生がメール内容に触れたので、詩子は我を取り戻した。
彼女の受け持ちクラスの問題児は、ひとりではなかった。
まぁ、そんなものだろう。子供は好奇心旺盛で体力が有り余っている。幼く経験がないということは、物事の善し悪しも理解していない。そもそも『問題児』という定義事態、簡潔に言えば、思い通りにならない子供を総括している、大人のエゴに過ぎない。もちろん問題は是正していかなければならないが、他の人間が思い通りに動かないのは当たり前だ。大人が自分一人でやることでも思い通りにならないことは多々あるのに。
「野依崎さんが関わることで、ちょっと問題が……」
そんな教育論はさておいて、詩子はため息と共に、伝聞を交えた話を語り始める。




