050_2070 巨兵ⅩⅣ~夜明けへの閃光~
「どらっしゃぁぁぁぁっ!」
仮想の熱力学ジェットエンジンで爆発的推進力を生み、ジャンパースカートをなびかせて、南十星が塔めがけて突進した。
「いきます!」
同時にナージャが《鎧》と《加速》を消火器に付与し、ローファーで蹴り上げた。
初速度が与えられた消火器は、斜めになった煙突を、常人には対応できない速度で駆け上がる。だが煙突を砲身として使うには、内部の径が違うため、想定したとおりに跳ね回る。
(二五! プラス〇.〇一!)
だから《マナ》を通じて観測するコゼットが計算し、リンクを通じて消火器に振られた番号と、タイミングを伝える。
人外の速度で砲身を駆け上がる南十星は、その消火器に紫電をまとう拳を撃ち込む。すると金属容器に沿って電流が流れ、内部に充満していたガソリンに着火し、爆発する。
(一八! マイナス〇.〇一! 一六! プラス〇.〇三! 一〇! プラス〇.〇二!)
泣き言をこぼすどころか考える時間も許されない。爆発が起こるたびに計算をし直し、コゼットが適宜爆破させる消火器の番号を伝える。応じて南十星が爆風よりも早く上へ駆け上がり、消火器を発火させる。
改造消火器には南十星が精製した、金属励起爆薬――量次第では核兵器並の破壊力を発揮する爆薬が封入されている。
平時ならば電磁投射で正確な砲撃を行う自信が、コゼットにはある。しかし現状ではバッテリーがない。
速度と距離だけが問題ならば、ナージャが弾体に《鎧》と《加速》を与えれば、安全に加速させて届かせることは不可能ではない。しかし結局は人の手で投げ放ち、どれだけ正確に三〇キロ先に着弾させられるか、相当に怪しい。
だからこんな急造の発射設備を作り、三人が力を合わせている。
大砲の尾栓でだけでなく、砲身途中にも薬室を備えて爆発を起こし、砲弾を宇宙ロケットのように段階的加速する。ムカデ砲と通称された多薬室砲が、第二次世界大戦時のドイツで開発されていた。
彼女たちが行っているのは、その原理と大差はない。ただ用途が若干異なり、発射途中にガソリンを爆発させて、速度と進行方向を調整している。弾体は音速で駆け上がるのだから、その調整作業は到底人の力で及ぶものではないが、《魔法使い》たちは最後の力を振り絞って超音速の連携を行う。
常人には一瞬の間に、消火器と南十星は煙突の先端にたどり着く。
「いっけぇぇぇぇっ!」
距離が離れ維持できなくなり、ナージャの《魔法》がはがれた消火器は、南の海に飛び去った。
△▼△▼△▼△▼
それは奇跡の連続と呼べるだろう。
海上に浮上させたキャニスター船のカメラが、飛来してくるそれを捉えた。携帯ミサイルシステムよりも遥かに小さい、戦車砲弾よりもずんぐりとした、兵器データベースに照合しない物体を。
「......Extinguisher? (消火器?)」
《トントンマクート》の艦内で《男爵》と呼ばれた少年が、飛来物の正体に思い至ったのがひとつ目の奇跡となる。
望遠して捉えた暗視映像では、目立つ赤色を判別できない。特徴づけるレバーもホースも取り払われていれば、ただの筒でしかない。それで正体に思い至ったのだから。
なぜ飛んできたか、感づいたのが二つ目の奇跡となる。
彼は《妖精の女王》を追って日本にやってきた。日本における彼女の情報を取得すれば、嫌でも総合生活支援部のことにも触れる。
――彼らはこれまで、消火器で《魔法使い》に勝ったんだってさ。信じられるかい?
笑いながら聞かされた言葉を、この場面で思い出した。
「――Surfacing! (急速浮上!)」
即座に行動に移せたのが、三つ目の奇跡と呼べる。
キャニスター船と接続するケーブルを高速で巻き取りながら、《トントンマクート》は船首を急角度で持ち上げ、機関の全力で取り込んだ水を排出する。
少年がつい先ほどまで、支援部員たちがなにをしても大丈夫と、高をくくっていたことも忘れていた。
黒い艦体は勢いそのままに、海を割って空中に飛び出る。潜水艦はよく鯨に喩えられるが、まだ格納合体していない手足があるこの艦では、まるで蛙の跳躍だった。
直後に改造消火器が着水した。大量の空気が入っているとはいえ、三〇キロ以上先から飛んできた勢いで、海面下に没する。
多少は離れて落下したが、関係なかった。着水直後ではなく、そう設定された《魔法》の安全装置が役目を終え、起爆装置と化す。
金属励起爆薬は、蓄えられたエネルギーを解放した。
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相手は先ほどまで潜水していたから、大まかな位置しかわからなかった。
規模はわからずとも、支援砲撃が行われるのはわかっていた。
十路は避難させていた左腕を操作し、海上に出現した《トントンマクート》に急接近させる。
(潜水艦のクセして、まさかジャンプして避けるか……!)
脳裏に送られてくる映像に、十路は舌を打つ。《男爵》を力におぼれた子供と思っていたため、この防御行動は予想外だった
巨大な水柱を背景に、海面を飛び出た黒い艦体が、着水したところだった。さすがに爆風に煽られて体勢を崩し、転覆しかけた様子があったが、手足のおかげで耐えた。
単純な爆発による衝撃波や、金属を壊食させるバブルパルスの影響は、ほとんど回避された。
だが《男爵》にとっての奇跡はそこまで。頑丈な艦が無傷だとしても、大きく揺らされた内部のシステムや人員まで、無傷で済むはずはない。
「イクセス! 続け!」
もちろん破損したオートバイを特攻させる指示ではない。やはり避難していた彼女が操作する他の無人戦闘機が、十路の左腕に合流し、海面スレスレに逆Vの字型に編隊を作る。
相手から見て一二時方向、真っ向から接近すれば、当然のように《トントンマクート》も反応する。155mm先進砲システムと近接防御火器システムが火を吹く。
砲弾は十路も発砲して迎撃する。さすがに直に撃つ時ほどの、狙撃並みの乱射などできないから、装弾数にものを言わせる。
だから全ては迎撃できない。いくつか無人戦闘機が撃墜される。
構わない。接近することが優先だから。再び海に潜られたら、《男爵》の命は見捨てるしかない。
「目標、艦橋根元! ミサイル撃ぇ!」
通常の戦闘艦に比べれば、ずいぶんと背の低い艦橋ではある。だが前甲板に出るための扉が存在するのは変わらない。
そこに向けて先行し、《魔法》を込めた弾丸を叩き込む。続くイクセスが操る無人戦闘機も、ずっと抱えていたミサイルをここぞとばかりに切り離し、急旋回して緊急離脱する。
至近距離で発射されたミサイルも迎撃される。しかし内懐に懐に潜り込んだら、あとは関係ない。対艦用ヘルファイアⅡが次々と《トントンマクート》に直撃する。対装甲破壊に適した成形炸薬弾ではないが、表面が吹き飛び穴が開く。
その穴から十路は左腕を飛び込ませて、急減速して《マナ》にエネルギーを与え、仮想の中継器を作ってから艦内部に侵入させる。
送られてくる映像は暗いが、船舶の基本構造をしている様子が見られる。
しばし通路のどこへ向かうべきか、十路は空中停止させて考え、急階段の下に向かわせる。
現代の戦闘艦では、艦橋の重要性は低い。《男爵》が脱走・奪取した《使い魔》であることを考えると、無人と判断して間違いない。
ならば戦闘指揮所がどこにあるか。最も安全な場所にあるに違いない。
通路を駆け抜けると、通路に設置された銃が火を噴いた。映画のような完全自動攻撃兵器は、敵以外の目標判別が困難であるため、実用化されていない。しかし判別の必要なく攻撃するなら、《使い魔》のシステムがなくとも可能だ。
こんな機能があるなら間違いない。左腕に発砲し返し、迎撃システムを破壊しながら、十路は確信する。
通路の最奥、ひときわ頑丈そうな扉に、機首に生やした刃を突き立てる。見た目以上に薄かったのか、それとも超震動ブレードの威力が凄まじかったのか、簡単に溶断できた。
残骸を吹き飛ばして突進させて先は、目論みどおり戦闘指揮所だった。ただしペットボトルや菓子のパッケージが散らばり、臭気物質の観測からもわかるように、物理的に生活臭が溢れている。
この艦と部屋の主は、爆発の衝撃で投げ出されたのだろう、床に転がっている。野辺七海子、化野浪悟と名乗り、支援部員の前に現れた《ゴーレム》とは、似ても似つかない姿だった。事前情報がなければ別人かとも危惧するが、状況から考えて間違えようがない。
起き上がるのも苦労している肥満体。突入してきた十路の左腕に向ける驚き顔は、体質を通り越して不健康さを連想するニキビ面だった。
少年の風貌は、ガマガエルを連想する。
「How do you do? 《Baron cimetiere》! (はじめまして! 《墓場の男爵》!)」
十路は容赦なく少年に発砲する。《男爵》当人も交戦能力を持っている。サイズが全く合っておらず、拘束具と呼んだほうが正確な気がするが、七海子が変身した際に身につけていたのと同じ、メカニカルな燕尾服を身につけている。
膨らんだ頬を揺らし、身をすくめる少年の体を貫くことなく、発振部のついた肩や袖、背面のバッテリーソケットを破壊する。
「Cut it out!? (放せ!?)」
そうして無力化してから、左腕の機首部分を手に戻して、ベルト部分を掴み上げる。子供とはいえ並の成人を超える巨体だが、腕は軽々と運んだ。
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樹里は《付与術士》たる義兄に、『電線』を求めた。
彼女が主戦力とするレーザー誘起プラズマチャネル《雷霆》は、数十キロの射程を持つが、指向性エネルギー兵器の常として、直進しかしない。だから跳弾も起こらず、障害物越しの攻撃はできない。対人用で低出力の《雷撃》にしても、条件は変わらない。
電流は前もって経路を作らないと、勝手に流れやすい道を作って流れる、気まぐれなものだ。金属を身につけた人間と、身につけていない者、それ以外の条件が同じなら、自然雷が落ちる確率はほぼ五分五分になるように。
下手に都市部で放電を行えば、破壊神の字を欲しいままにしてしまう。だから正確な曲射が行える方法を望んだ。
それが義兄に頼んだ拡張装備――『尻尾』だった。実際に作られた戦槌柄頭は、極限環境下での《魔法》使用を可能にする、斜め上のコンセプトを持っていたが。
「《雷獣》……!」
今は樹里が望んだ性能と、その延長上の力を発揮している。
電磁投射された棘は、装填された《マナ》を放出し、線状に《魔法回路》を描きながら飛び去った。
宇宙空間に飛び出して、あるものは太平洋上の積乱雲の中で消息を立った。あるものは中国大陸の荒野で燃え尽きた。あるものはオーストラリアを飛び越えて水没した。
部品を使い捨てにして描いたのは、ただの電線ではない。仮想のインパルス電圧発生器――大量のコンデンサーを接続した人工落雷発生装置だ。機能にしても高電圧を発揮する以上のものはない。ただしインパルス電圧発生器は、巨大化するほど与えられたエネルギーを増幅する。しかも仮想のこれは、実物の物理限界を無視して。
さらには雲にも接続し、落雷という形で放たれる、地球が蓄える電気まで引き込む。
「――《天崩》……!」
夜空に描かれた三六本の輝線は、最長では地球の半分に達する長さの、破壊を生み出す『雷獣の尾』だ。
宙に浮く少女が束ねて導く先端からは、もう落雷などとは気軽に呼べない現象が起こる。きっと人類史どころか地球有史で考えようと、こんなエネルギー放射は起こっていない。通常核爆発でも起きないと発生しない、電磁波バーストやガンマ線バーストすらも、地表近くで発生する。
それが拡張装備を使用した樹里の《魔法》――地球規模回路高電圧発生器だった。
「実行ぉぉぉぉっっ!!」
ほぼ柄だけの《魔法使いの杖》から送電した、一秒にもならない後が真髄となる。
大気が刺激され、熱圏紅色円状放電が、中間圏紅色円錐放電が、成層圏蒼色上方放電が、超高層雷放電が瞬いた。
地球を観測する人工衛星は、カラフルに輝く幻想的な光景を捉えただろう。だがその根元――島国の海上で起こる現象は、筆舌しがたい。
落雷は、天に住まう雷獣が地に降りる様と、古代の人々は考えた。
それに倣えばこの光景は、人を狩ろうと空を砕いて降り立つ雷獣の、群れでの大襲来だった。
一足早く十路の左腕が、暴れる肥満児を引っ掛けたまま脱出していなければ、巻き込まれてひとたまりもなかった。
電流が触れた空気が爆発的に膨張し、至近距離にいた少女は吹き飛んだ。けれども音より光が速いのだから、《魔法》の制御が離れても現象は止まらない。地球の大気に蓄えられた大電力が、《魔法回路》を維持するため、わずかな時間ながら電圧増幅・放射を勝手に繰り返す。
人類の英知を寄せ集めた戦闘艦であろうと耐えられない。超高温・超高電圧・超高電流の落雷は、時速一〇億八〇〇〇万キロで襲いかかり、表面装甲は蒸発させて艦体を融解させる。
それが雨霰と降りそそぐ。夜空が昼間よりも明るくなる。膨大な海水が沸き立つ。呼吸できないほどのオゾンに満ちる。光と音が狂騒し、全てを蹂躙する。
そして搭載されていた銃砲弾やミサイルの爆薬で、雷嵐の中、可潜戦艦は火柱と化した。
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雷雨ならぬ、雨雷が降りしきると、電磁気学的に安定した。さすがに電磁衝撃波の塊を近距離で発生させられては、これから野依崎が行うことは不可能だった。
一時的に使用不要になったセンサーが回復し、再度天から落下してくる戦略兵器を電子の目で捉える。
既に《魔法》を形成していた仮想のスーパーコンピュータ群は、電磁衝撃波にも耐えた。十路たちの戦況を窺い、本格駆動はさせていなかったから、時間と力の無駄遣いは避けられた。
「Telephot spatial resolution microscope, operating. 《Multirole Attreibute Nano-technology Artifacts》 captured.(望遠空間分解能顕微鏡稼動、《マナ》補足)」
《トントンマクート》を撃沈し、向後の憂いは完全に断つことができたため、野依崎は最後の切り札を切る。
いくら高度に自動機械化されているとしても、この艦はそれなりの人員が乗ることを前提としている。
そしていくら《魔法使い》とはいえ、まだ幼い、《ムーンチャイルド》計画試験体を、このような巨大《使い魔》の主役になど割り当てなどしない。
《ギガース》計画が進行し艦が建造されていた時分は、せいぜい野依崎は乗組員候補の、それもリスト下段に名前が存在していただけだった。適正年齢で訓練も積み、社会経験も責任能力もある、自然発生した《魔法使い》が有力視されているのは、当然の帰結だ。
「《O.mcqp》Calculation end. Forecast to chaos theory limit.(《神託機械》演算終了。カオス領域限界まで予測完了)」
だが彼女は、常人離れした並列作業能力を持っている。
特異な《魔法使いの杖》たちを与えられたため、否応なく鍛える羽目になったから。
ハッカーが束になっても互角に渡り合える、高度なコンピュータ・システム技術を持っている。
唯一と言えるかもしれない『彼』の教えは、まだ幼くとも、体と精神と共に成長しているから。
だから、たったひとりでも、この艦を運用できる。軍を脱走した今もシステムを掌握し、支配下に置く能力を持っている。
「The transfer of energy individually――(個別にエネルギー譲渡)」
《ギガース》計画の進行や、軍上層部の思惑とは無関係に、彼女が《妖精の女王》と名づけられた時には、この艦の主は決定していたと言っても過言ではない。
だからこの艦は、名づけられたのだ。
シェイクスピアが証言している。妖精マブは、ハシバミの実の殻で出来た馬車を操り、眠る人々の鼻先を横切り、夢を生む。
「《Environmental Control-Circuit》ready.(《魔法回路》形成用意完了)」
彼女が作り出す夢は、現実を蝕む胡蝶の夢。
莫大な電力と高々出力の発信力を持つ、《ヘーゼルナッツ》と同期しなければ使うことができない、必滅の砲火。
「《W.mcqp》――Irradiating!! (《波動性侵食砲》発射!!)」
ジョイスティックのボタンを押し込むと、雲を消滅させて実行される。
サーチライトのように作られた効果範囲は、《マナ》が存在する大気圏内すべてという、宇宙からも観測できる、史上最大規模の超広域《魔法》が。
出現したのは、蝶の大群だった。
その《魔法》の機能は、ごく単純な物質操作しか持っていない。見た目そのままの翅を打ちつけるような、小さな小さな効果でしかない。
しかし確実に影響する。効果範囲内の物質を原子単位で剥ぎ取り、塵に変えていく。それを兆を超え、京を超え、垓を超えて、繰り返す。
兵器が蝶を蹴散らして落ちてくる。同時に蝶は群がり兵器を食らっていく。ただ無秩序に集るだけではなく、意図して強いタイミングと弱いタイミングを作り出す。寄せては返す波のように、一瞬・一定ではないダメージを与え続けることで、破壊を拡大させる。
変化は訪れない。自由電子レーザー光線を連射しても迎撃できなかったが、ここでもやはり。損傷が小さいことが無関係ではないだろうが、これだけの高速落下物ならば、わずかな被害でも拡大して破壊できるはず。蝶の羽ばたきが竜巻を起こす、バタフライ効果が現実に起こりうる。
「……Raelly? (気のせいではないでありますよね?)」
接近で大きくなる目標を画像で確認し、その理由を野依崎は推測した。反応が鈍い英語での呟きと共に。
落下物の真正面、真下から見上げているのだから、灼熱する空気に阻まれている。しかし大気圏再突入前に撮影された不鮮明な画像とは、形状が異なっているのがわかる。
翼を畳んで嘴で空気を切り裂く、巨大な鳥にしか見えなかった。
(流動体形状制御ならば、納得であります……)
きっと液体に近い状態なのだと推測する。鳥の表面物質は高速で流動し、ある部分が空力加熱に耐えたら、脚や尾に移動して冷却しながら内部に移動し、嘴から再び表面に出てくる。それを繰り返すことで熱に耐える。
耐熱物質が常に動いて焦点を移動させるのだから、破壊できなかったのにも納得できる。熱いフライパンに水滴を落とした時と、流水をかけた時とでは、全体が異なるため現象も変わる。
(それにしても、なぜあんな形状に……?)
腹に隠れてわずかしか見えないが、巨鳥は三本足という、実用性よりも象徴性を重視した形状を持っている。ただでさえ兵器として不条理な形に、わざわざ《魔法》を使って維持する必要性が理解できない。
しかし破壊できない理由が判明すれば、それでいい。対処の必要は変わらない。確実第一とするならば、プラズマ兵器や粒子線兵器に切り替えて、一気に蒸発させるべきだが、安全第一とするならば現状続行だと、野依崎は思考を巡らせる。
「《O.mcqp》re-boot.(再計算)」
蝶の働きを変える。本体ではなく、大気中の空気成分分子を動かし、進路上に極端に気圧の異なる道を複数設置する。艦を浮かせる真空を、離れた場所で作り上げる。
現実にはフィクションのように、風で物を切り裂くことなどできない。カマイタチ現象が真空で起こるという説も、現代はデマと化している。
しかし流体力学・航空力学の世界では、気圧差は無視できない。超高速で移動中ともなれば、より大きく働く。
限定された小規模、複数個所に極端な減圧を受けるという、自然界では絶対に起こりえない現象を受け、巨鳥の体は引っ張られる。その状態で空気抵抗を受けると、半流体化している巨体は、あっけなく四散した。平時ならばなんでもない些細な変化に、環境と状態が特殊だからこそ耐え切れなかった。
すると内部に収まっていた、カプセル型の金属部品が露出する。出力デバイスとバッテリー、無線機と《マナ》の噴出装置が一体化――それと、結局攻撃手段は不明のままなので、もしかすれば核弾頭を兼ねた部品が。
「Good-bye, badass.(苦労させられたでありますが、これで終わりであります)」
容赦なく蝶たちが襲い掛かり、食いちぎっていく。
《使い魔》のような高度な人工知能は備えていなければ、的確な情報判断と対処はできない。ほぼ無抵抗に、空気抵抗で傷が亀裂に進化し、内部を焼かれ、四散する。巨鳥を形作っていた大量の金属も、同様に細分化されていく。
破片は近畿・四国全域に散らばった。しかし大半はまっすぐ海に落下し、地上に落ちたものは、指先ほどの大きさと化した小さなものばかり。被害も出したが、建物や車に穴を空けた程度で、直接の人的被害はない。
△▼△▼△▼△▼
数千人の神戸市民が、直接巻き込まれ、多数の重軽傷者を出した。戦域移動による避難市民、関連機関の人員も含めれば、十数倍にも膨れ上がる。
第二次世界大戦以降、日本が経験したことがない戦渦だった。
しかし戦闘規模の割には、被害は驚異的と呼べるほど小さかった。
人知れず対抗手段が講じられていた。人智を超えた異常事態にも関わらず、神戸市内の行政機関は即座に対応した。地形を利用し、開戦前に市民が集まっていたため、比較的容易に防衛戦を凌ぐことができた。
なによりも、これまで暗闘に留めていた《魔法使い》たちが、市民を守るために全力で戦った。
神戸防衛戦は成功した。
長かった戦夜は、悪夢のような雷群と、瑞夢のような流星雨で、終結した。




