050_2060 巨兵ⅩⅢ~土壇場~
『《墓場の男爵》! 全力で防御しろよ!』
音波ビーム化まではせずとも、いかなる手段か収束して放たれた大音響は、海中まで届いた。
宿敵たる少女の声ではなく、彼女と行動を共にしていた青年のものだ。
しかも勝利を確信した言葉だった。
「HA――」
もちろん潜水している艦内部の少年には、詳細は理解できない。しかし彼らがなにをしようと無駄だという確信を抱いていた。
事実ではなく、確信。夢想、思い込みと言い換えてもいい。
無知は想像の源となる。現実を知らない間は、欠けた世界を補うために空想する。かつて古代の人々は、大地が宇宙に浮かぶ球だと知らず、水に浮かぶ円盤だと考えていたように。
だから自宅と近所しか知らない子供は、想像力たくましい。
生半可な力を持っていては、哀れと思えるほどに。
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無知な子供に思い知らせるために、少しだけ大人で現実を知る総合生活支援部員たちは、一斉に牙を剥く。
「フォー! 無人航空機の操作をイクセスに譲渡! イクセスは俺が指示する場所にミサイルを撃ち込め!」
十路は指示を出しながら、《バーゲスト》に積載されたままの空間制御コンテナを叩いた。
割れて機械の腕が差し出したのは、ベータC-MAG――突撃銃にはありえない装弾数を持たせるための、大容量弾倉だった。
二巻に分けて一〇〇発の弾丸が詰め込まれているそれを、左腕に接続する。押しつけると装甲とコーティングが移動して隙間を作り、薬室の役割を果たしている金属の筋肉が、初弾を装填する。
「まさか、なとせの真似をすることになるとはな……!」
それが可能だと理解している。十路は銃と化した腕を伸ばし、いまだ正体不明の術式に命令を与える。
《不定形システム・ウェポン機能移行――無人航空機》
《忘れられた誠実.dtc 解凍展開》
《魔法使いの杖》を複数所持し、飛ばした子機で遠隔攻撃を行うのは、別段野依崎の専売特許ではない。《魔法》で推進機関を再現し、突撃銃を無人航空機として飛ばし、《使い魔》を通じて操作する術式は、彼も持っている。
それが《投槍》――《忘れられた誠実》。手放した無線接続状態でもある程度《魔法》が使えるため、装備がなければ無力という《魔法使い》の弱点を逆手に取る。正々堂々とした戦術ではないが、射線が通っていない場所や、無関係な市民がいる場所で戦闘を行う場合には、使い勝手がいいため、十路も転入前の『校外実習』でたびたび使っていた。
ただし今回は、機能や性能はともかく、事情はかなり変わってくる。
「気色悪っ……!?」
ために、思わず十路の口から小さな悲鳴が飛び出た。
手首から先が銃口になったり、骨の延長として刃が伸びたり、発振器のレンズが生えたりするのも、充分気持ちが悪かった。しかし細い翼が生えて、二の腕部分から切り離すのは、別次元だった。機能的には繋がったままなので、《使い魔》を介入せずとも直に操作可能で、物理的に切り離されても感覚がある。目で見ている光景と脳に伝わる感覚がかけ離れていると、抱いたことがない恐怖心と違和感が芽生える。
初めて《魔法》を使った時以上に、自分が人間離れしてしまった自覚を抱きながら、十路は左腕を飛び立たせた。
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「……っ!」
朦朧としながらも、樹里は長戦鎚を天に掲げた。
《魔法》と合わせた機能が起動し、すさまじい勢いで空気を吸い込んでいく。三六本の棘型部品に装填されていた《マナ》は、通常では《魔法》が使えない極限環境での使用に、ほとんど消費してしまっている。だから空気ごと吸い込んで《マナ》を再集積する。
既に彼女は大気中で制止しているのだから、通常どおりに《魔法》を使える。しかし相手は海に潜る巨大な《使い魔》で、生半可な破壊力では通用しない。
打破するために使う高々出力術式には、《マナ》の再装填が必須だった。
《マナ》を充填させても、準備は終わらない。
「《疾雷》……実行……!」
電磁投射術式を実行し、発生した《魔法回路》に、樹里は長戦槌の先端を回転させながら近づける。
すると棘部分が飛び出していく。《魔法》が安定しないせいなのか、それとも柄を回転させながら発射させるせいか、弾道はバラバラで、真っ直ぐ飛ばず、明後日の方向に消えたものもある。その速度は拳大ほどの弾体を、ほぼ最高出力で射出する。ミサイルよりも速い速度で《魔法回路》の軌跡を残し、彼方の夜空へあっという間に飛び去っていった。
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主砲と化した機関部の集合デバイスだけでは足りない。
「《S.mcpq》 boot-up.(《補助演算装置》起動)」
野依崎は術式を《ヘーゼルナッツ》に送り込み、艦各所に取りつけられた全ての出力デバイスから、エネルギーと命令が与え、飛行戦艦を取り囲むように光る回路図を描く。
プリント基板だけではない。電子部品も仮想成形されて、電磁力学と量子力学の制御を行い、電子回路として機能を発揮する。
《マナ》で仮想形成されたのは、巨大なスーパーコンピュータ群だった。高度な戦術を自律判断する搭載コンピュータは当然、上回る性能を持つ《魔法使い》の脳でも、これからの行為には演算能力が全く足りない。
だから生体コンピュータで《魔法》のコンピュータを形作り、理論上無限にまで高められる演算能力を得る。
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「「リンク!」」
装飾杖と、トンファーと、携帯通信機器が重ねられる。
再び三つの生体コンピュータが同期し、本当の意味での攻撃準備が完了した。
ナージャは傾いだ煙突に消火器を入れ、左手に装備を持ったまま根元に待機する。
南十星は《魔法回路》を身にまとい、少し離れた場所で地面に手を突き、クラウチング・スタートの姿勢を取る。
コゼットの《魔法使いの杖》バッテリー残量は、一パーセントを切っている。もう《魔法》は使用不可能で、脳内の計算結果を送信するのが精一杯だ。
待機しているだけでも電力を消費している。このままゼロになってしまえば、失敗は間違いない。
まだなのかと苛立ちを覚えはじめた頃合に。
『撃ぇ!』
待ち焦がれた青年の音声データが、脳裏に響いた。




