050_1920 巨兵Ⅵ~防衛戦略とは何か~
『だぁぁぁぁっっ! 作業しにくい!』
風や振動で手元が狂う上、《魔法》を使わず手作業をしているので、コゼットは四苦八苦している。
横目に映るその様子に、ハンドルを握るナージャが声をかける。
『混雑具合を考えましたけど、やっぱり車を徴収するべきでしたかねー? 左ハンドル車線ないド田舎ロードでしか動かしたことないですけど』
『殺す気か!?』
『わたし、自動車でも無事故無違反ですよ?』
『無免許の時点で立派に違反ですわよ……! あと物損事故入れてねーでしょう……!』
拝借したヘッドセットに乱暴な口を利きながらも、コゼットは視線を動かさない。消火器を太ももにはさみ、《魔法使いの杖》の予備部品や、拾ったガラクタを組み立てていく。
彼女たちが乗っているのは、トライアンフ・ボンネビル。クラッシックな風情がある大型バイクに、サイドカーが装着されていたので、非常時で無人だった中古車販売店から拝借して、ナージャの運転で三人乗りしている。
ちなみに鍵は探す手間を省いて、ナージャが良い子はやってはいけない方法でエンジンをかけた。必要だった工具は探すまでもなく、コゼットがアタッシェケースに入れていた。
更にちなみにナージャは当然、インラインスケートから普通のローファーに履き替えて運転している。やはり現地徴収で。
『ナトセさーん。次の急カーブ、お願いしまーす』
『あいよっ』
リアシートに座っていた南十星が、走行中でも危なげなく立ち上がり、サイドカーに飛び移った。コゼットも作業の手を一時止め、物を落とさないように抱えてその瞬間に臨む。
『ふんっ!』
タイミングを読んで、南十星が縁を掴んで車外に飛び出して、重量と重心を移動させる。同時に四輪車並のドリフト走行で、ほぼ減速することなく急カーブを突破する。それも南十星の体が電柱にぶつかるギリギリのインラインで。
神戸市内での戦闘が原因で、市街へと出る道はどこも、逃走しようとした人々で混雑しているが、止まるどころか減速もしない。
そうしてサイドカー付きバイクで、路肩を、細い道を、歩道を、無謀運転で突っ切っていく。最速で戦闘地域に近づくために。
『堤さんだけでなく、支援部にいる連中は全員、無茶苦茶ですわね……!』
『にはは。なにをいまさら。しかもぶちょーもそのひとりじゃん?』
恐怖に口元をひくつかせるコゼットに、這い上がってリアシートに戻る南十星が、あっけらかんと笑いかける。平然と危険行為をする南十星もナージャも確かに無茶苦茶だが、走りが安定すれば平然と作業に復帰する辺り、コゼットもあまり人のことは言えない。
自分だけが普通などという、仲間はずしは許されない。
『これが残ってたお陰で、だいぶ楽になりますわ……』
だからというわけではないだろうが、コゼットは会話を止めて、ひとりごとに切り替える。
なにかの陰にでも隠れていて、強電磁波一斉発生時には不発だったのだろう。まだ使える《パノポリスのゾシモス》の極薄集積回路を数枚拾うことができた。貼りつけていたパンフレットから剥がし、消火器容器の内部に新たに貼りつける。
その際に使っている瞬間接着剤も、やはりコゼットのアタッシェケースに入っていた。
『なんでぶちょーの空間制御コンテナ、なんでもかんでも入ってんの? いくら《付与術士》っつても、工具とかいらんじゃん?』
『ンなモン理工学科学生の嗜みですわよ! ほら! 電気!』
マイクロドライバーや十得ナイフくらいならともかく、本格的な電動工具まで持ち歩くのは、誰が考えても嗜みから外れている。
『いやまぁ、いいけどさ。そのお陰で準備できてんだろうし』
渡された差込プラグに指を当てて、中途半端に腕にだけ《魔法回路》をまとわせ、交流一〇〇ボルトを発生させる南十星は、スルーすることにしたようだが。
『……コンセント渡しといて今更ですけど、ナトセさんの《躯砲》って、部分的に展開できるんですわね』
『いっつも全力状態じゃもたないから、機能を制限して負担が少なくなる省エネモードがあるけど。てかさ? あたし、それ言ったっけ?』
『いいえ。初めて聞きましたわ。そういうのはちゃんと報告してくださいな』
『だったらぶちょー、あたしが頭パーになるのも構わず、電源代わりに《魔法》を使わせようとしたん?』
『普通の《魔法使い》だと発狂するデカい術式を、いっつも平気なツラして使ってやがるから、電源にしても問題ねーかと』
『素でひでぇ!? 全力起動は兄貴に散々止められてんだよ!? 使うしかないからほぼ無視してっけど!』
『状況を考えやがれ! こちとら電動工具に回す電気すら余裕がねーんだっつーの!』
支援部部長はなかなかに横暴である。理不尽なことでも平気で押しつける。王女という言葉らしくワガママで、技術者らしくなく根性論も使う。頻繁ではなく、しかも主に餌食となるのは唯一の男子部員であるため、実感をともなう理解は得られていないが、そういう人種である。
結果的には大したことないが、理不尽を押しつけられた部員が批難の声を上げ、更には部長は反省の色はない。そんな怒鳴りあいを絶妙のタイミングで、ソプラノボイスが割って入って止めた。
『ところで部長さん。どこまで戦域に近づけばいいんですか?』
『貴女とナトセさん、あと残り時間次第ですわよ』
大切を思えるナージャは疑問に対し、コゼットの返事は作業を行いながらの、回答になっていないものだった。
『《トントンマクート》に感づかれず、正確な攻撃ができる限界距離、算出しといてくださいな! わたくしじゃそんな判断できねーですもの!』
腕を伸ばして電動工具を消火器に押し当て、車外で火花を散らすコゼットが、無線越しに怒鳴る。
彼女は博識だが、軍事経験者ではない。対してナージャは、彼女ほどの知識はないが、一応は軍事経験者だ。
だから彼女はオートバイに乗るためにたくし上げて覗く、白い太ももと接続している《魔法使いの杖》を通じて、生体コンピュータで計算し。
『……《トントンマクート》と《ヘーゼルナッツ》は、既に交戦を開始しているのに、大阪湾沿いを大回りしていては、間に合いそうにないんですよね』
そう結論づけた。
『ん~……部長さん、お仕事増やしていいですか? あとナトセさんにも、ちょっとキツいこと頼みますけど』
その代案も、当初案を更に改良して組み立てた。かなり非現実的な方法だが、《魔法使い》では不可能ではない。
おまけに走っているのは大阪湾沿い――つまり、阪神工業地帯の一角なのだから、材料は探せばいくらでも手に入る。
『なにやらせる気ですのよ?』
『なんか、ナージャ姉もムチャ言いそうな予感……』
『ナチス・ドイツと同じ方法なんて、ロシア人からしても、あんまり気持ちいいものじゃないですけどね~』
単純に怪訝なコゼットと、野性の勘を発揮する南十星に、ナージャはため息交じりに考えた方法を、運転しながら発表した。
△▼△▼△▼△▼
「……?」
空中から高い出力で放たれた重低音は、海中にも減衰することなく届いた。
不規則だが、規則がある。短音と長音を組み合わせた、モールス符号による伝言だった。
「――HA!」
自身の生体コンピュータと、艦の設備が解析した結果を見て、《男爵》と呼ばれた少年は鼻で笑った。
《ヘーゼルナッツ》から発進されたモールス信号は、海中を進み、追跡を逃れるために情報取得も制限しているため、《トントンマクート》が知りえなかった、ここにアメリカ軍による戦略兵器が撃ち込まれるという内容だった。
「Canister ship first - fourth, surfaces preparedness.(キャニスター艦、一番~四番、浮上用意)」
だが《男爵》は頓着しない。口出し指示しながら、操作盤を見もせず操作する。応じて仮想現実艦艇操縦インターフェイスで少年が見ている、仮想のスクリーンに描かれた艦の概念図を変化する。
(どうでもいい)
自暴自棄になっているのではない。少年は、ただの好機としか考えていないだけのこと。
そもそもどういうつもりで、交戦中にこのようなことを知らせてきたのか、《女王》の思考も理解しかねる。潜水中はセンサー能力が大幅に制限される。更には軍の軍の追跡を振り切るために隠蔽を重ねてきたので、宇宙の出来事を知ることはできない。だからといって真偽を自ら確かめるために、《男爵》がノコノコ海上に顔を出すことを見込んでいるとすれば、あまりにも短絡的すぎる。
同じ場所で生まれ育ち、同じ境遇であろうともの、触れ合いは全くなかったのだから、少女の人となりなど理解はしていない。しかしこんな簡単な罠を仕掛けるほど、単純ではない人物なのは、忌々しい記憶と共に察することができる。
ならば、戦略兵器が落下しているのは、事実なのだろう。
迎撃に力を貸せ、あるいは一時休戦を思って、《女王》が現状を伝えてきたというのであれば、鼻で笑う。
空軍仕様の飛行戦艦は、距離という薄い盾しか持たない。対し海軍仕様の可潜戦艦は、母なる海を分厚い守りに使える。どちらも戦場に近づいて敵を蹂躙し、本土に降り注ごうと飛び立つ悪意の出鼻をくじく役割を持っているのだから、防御性能にそれだけ差があれば、なんとでもなる。
それに《男爵》自身と《トントンマクート》さえ無事であれば、問題はない。彼には街を守る義務はないのだから。
だから少年は、ここぞとばかりに攻め立てる。
ただし、簡単には仕留めない。獲物を捕らえるために舌を伸ばすのではなく、皮膚から分泌される毒液のように。身を守るためではなく、敵を苦しめるために。
△▼△▼△▼△▼
わずかながら、海が変化した。
【浮上してくるみたいですね】
《ヘーゼルナッツ》のセンサーと同期しているイクセスが、自身のセンサーで得た情報と合わせて報告する。
重力制御で壁に貼りつく電力を節約するため、徐々に傾斜していく飛行戦艦の先端部分から海を見下ろし、十路は普段と変化ない苦闘で跨るオートバイに問う。
「イクセス。どう来ると思う?」
【ですから、バイクに海戦を訊かれても困りますけど……】
結果としてではあるが、《ヘーゼルナッツ》が戦線離脱を図っているため、警戒区域は紀伊水道に移っている。
それを五本の航跡が追ってきている。遅れて浮かんでくる白い泡のみで、その航跡を作り出している物体はいまだ水面下にある。
【どう考えてもあの艦、分裂しますよね。というか、既にしてますよね】
「市内戦で五方向から砲撃を受けた、なんて報告もあったしな」
【ってことは、初っ端から本体が顔を出すってことはないでしょうね】
「だろうな」
【あとついでに、全力でこちらの殺しにかかるのではなく、ネチネチと嫌がらせのような攻撃が続くと推測します】
今日一日の出来事を振り返っただけでも、《男爵》の性格はそういうものだろうと、十路は小さくため息をつく。
同時に水面下の存在が、音を立てて海面に飛び出した。
大気中よりもエネルギー減衰が激しく、伝播に制限がかかる海中ならば、有線でなければ無理なのだろう。ケーブルで有線接続されている、本体の手足のようだった小型複胴船四隻が分離し、別の潜水艦のように独立して動いている。
浮上してきた《トントンマクート》の分離艦は水密隔壁を開放し、レーザー兵器にも見える戦術出力デバイスを覗かせ、本体のものより小型のミサイル垂直発射装置を開口した。
【……訂正します。本気でこちらを殺しにかかってますね】
「《男爵》にとっては、お遊びの範疇かもしれないけどな!」
小型の艦隊を見て、十路は脳内で指示を出しながらアクセルバーをひねる。イクセスも《Kinetic stviraiser(動力学安定装置)》を実行して、主役の操作に従い、傾斜している《ヘーゼルナッツ》気嚢部の底面を駆け下りる。
等分するように配置された四隻四基のデバイスが、ひとつの《魔法回路》を形成している。
高出力の《魔法》――それも、野依崎が以前使ったものと同じ、荷電粒子砲を発射しようとしている。
「ミサイル戦艦かよ……!」
形成までの時間を稼ぐように、本来ならば防空用だろう、小型ミサイルが大量発射された。フィクションならばまだしも、現実にはまず見ることのできない、ミサイルで作られた弾幕が襲い来る。
十路は左手一本で突撃銃を保持して振り回す。動作モードはフルオートだが、一発一発射線が交わる瞬間のみ引金を引き、掃射のような狙撃を行う。
装填しているのは通常弾である被覆鋼弾だ。いくら小型とはいえ、本来ミサイル相手では歯が立たないだろう。しかし《装弾筒付徹甲弾》を付与し、多段式ロケットのように加速させた弾体で破損させて、飛んでくる二四本全てを誤爆させた。
「DTC術式《盾》解凍展開!」
【EC-program《Generosity endurance》synchronized ready!(術式《寛大なる忍苦》同期実行準備完了!)】
《魔法使い》と《使い魔》のセンサーならば、
既に照準用低出力レーザーは照射されているのが見える。命中箇所となる付近に滑り込みながら、消音器型戦術出力デバイスを駆動させる。すると宙に防盾を備えた機関砲のような《魔法回路》が発生する。
「対粒子ビームモード! 耐熱耐電磁防御、密に!」
その防盾が閉じた。二枚の板がわずかな隙間を空けて、相手の荷電粒子砲に対して接地する。
同時に十路はシートからずり落ち、陰に隠れて目をかばい、息を止める。
直後、瞼を通してもわかる閃光が発せられ、熱風に包まれ、脳内センサーがノイズ以外感知できなくなる。
荷電粒子ビームの性質は、光学兵器よりも質量兵器に近い。だから閉じた防盾の隙間にビームを打ち込ませ、強力な電磁場をかけると、捻じ曲げることができる。さすがに一八〇度向きを変えて打ち返すまでは無理だが、荷電粒子ビームは《ヘーゼルナッツ》の底面を掠めて、遥か上空へと飛び去った。
「ぐ……!?」
【――ッ!」
とはいえ亜光速の重金属イオンが大気中を通過する影響は、生半可ではない。《魔法》で防御して尚、輻射熱だけで《使い魔》の装甲表層が蒸発した。強電磁波が電子機器の機能に深刻な影響を与える。熱せられた大気が皮膚や粘膜を焼く。生命維持のための《魔法》も一時的に消えかけた。
(イクセス、大丈夫か……!)
暴虐が完全に過ぎ去ったのを確めてから、しかし口を開くと喉を焼かれるため、声を出さずに十路が問う。
【あんなの……何度も、放たれたら、とても無理です……!】
人間が肩で息をするように、イクセスがノイズ交じりに弱音を吐き出す。強電磁波が、彼女の本体にもダメージを受けたらしい。
(意気込んで飛び出したはいいが、これはヤバイぞ……! フォー、早めに上のケリつけてくれよ……!)
弱音は無言で吐いてしまう。だが投げ出すことはできない。空気が急激に薄くなり始めたため、ため息もつけない。
十路は弾倉を交換し、重力方向と斜めに立つ《バーゲスト》に再び跨った。




