050_1730 刮目せよ、これが二一世紀の《魔法使い》Ⅳ~解きながら学ぶ電気回路演習~
《死霊》やこの事態と戦っているのは、支援部員たちだけではない。かなり広域を受け持っているが、彼らだけでは到底無理なのは予想できた。
だから事前に打ち合わせした、公的機関も動いている。警察が市民を誘導し、負傷者は医療関係機関が対応している。
なかでも消防の役割は、圧倒的に大事だった。神戸市内だけでなく、兵庫県内、近隣の大阪からも、消防隊が駆けつけた。遠くからは事前に。近場からは事態が始まってすぐ緊急に集結した。ポンプ車をバリケードのように停車させ、彼らが動き始めると、消防団員や市民有志たちも真似をし、建物の消火栓設備やガソリンスタンドの洗浄機などを利用した。
《死霊》は水が弱点と予想されることは、既に伝えられている。だから消防設備で防衛線を構築し、放水を武器に市民の避難時間を稼いでいた。
「おい! 水圧が下がってるぞ!」
「ダメです、隊長! 元から水が足りなくなってるみたいです!」
「くそっ! まだこの地区の避難は終わってないのに……!」
しかし相手も馬鹿ではない。消火栓に繋がる水道を破壊することで対抗を始め、神戸市内は至るところで水浸しになっている。それしか対抗手段がないのか、あるいは徐々に手段を封じて人々が怯える様を見たいのか、判断に苦しむところであるが、消防士たちにとっては同じことだ。
彼らの反抗は、じりじりと押され始めた。
「あれをどうにかできれば……!」
「無理ですよ! なに考えてるんですか!」
そもそも本格的な対抗は不可能なのだ。《魔法使い》の相手は《魔法使い》にしか務まらないのが、この世界の常識なのだから。常人が時間稼ぎ程度でも対抗できること自体が、奇跡的な組み合わせの結果だった。直線道路で、事態の元凶と予想できる《棺桶》が見えていようと、大量の《死霊》と放射エネルギーに阻まれて、常人には近づくことすらままならない。
しかも遊ばれているだけ。《魔法》とは万能の科学なのだから。《死霊》が大量の水に弱いとはいえ、この程度の抵抗など、如何様にでも対処できるはず。
「なっ!?」
それを証明するように、唐突に神戸の一角が、一瞬だけ青白く染まった。カメラの強力なフラッシュを思わせる閃光が、濡れた路面を奔る。
「がっ!?」
すると水を放っていた人々は、全身から血を吹いて倒れる。
排水が追いつかず、充分に水が存在した路面から、針の如く細い水流が発射された。超高圧力を加えた水で金属加工を行う、アクアジェット切断法は一般にもよく知られている。更に水に細かな粒子を含むアグレッシブジェット加工は、金属よりも固い宝石の加工にも使われる。超高圧水流は発射地点から離れれば、威力が極端に減衰するが、人体を貫くに充分な破壊力を維持し、人々の四肢を貫いた。
「ぐっ……!」
蟷螂の斧すら、《男爵》の気まぐれで打ち砕かれる。この事態に立ち向かおうとした人々は、恐怖し、歯噛みする。
思わず神仏に祈った人もいるだろうが、結果は変わりはしない。
だから違う者が現れた。
「Hit the dirt!(動くなであります!)」
空気が弾けた。熱風が吹き抜けた。オゾンの匂いに満ちた。
救援に駆けつけたのは、神でも仏でも天使でもなく、超科学の力を振るう《妖精》だった。
炎とは、燃焼反応を起こしている気体で、既にそう呼ぶ状態だから、適切な呼称ではない。だが猛烈な勢いで噴出したものは、『プラズマの火炎放射』とでも呼ぶべき様相だった。
青白いエネルギーが道路を埋めつく規模でなぎ払われる。濡れていた路面はあっという間に乾燥し、金属粒子は炭化して磁性を失う。輻射熱だけでも市民に影響あるはずだが、小さな《妖精》たちが《魔法回路》で守った。
いつ降り立ったのか。いつ出現したのか。立ち上る猛烈な湯気の中に、小さな背中が存在していた。
装備と呼ぶにはメルヘンな井出達だ。第二次性徴が始まったばかりの幼い体を覆う服は、おとぎ話の妖精のような、普段着の実用性とはかけ離れた形状をしている。
しかし衣装と呼ぶにはメカニカルだ。両肩両脇から青い炎を噴出した筒――戦術出力デバイスは、機械駆動音を立ててランドセルユニットとして格納される。装甲を兼ねた電子機器の発信部などは、宝玉にも見えるかもしれないが、近未来的な印象はやはり覆らない。
救援に現れた赤髪の少女は振り返り、背後にかばった倒れた人々を見て、顔を歪めた。援護の遅れで、負傷者が生まれたことを後悔して。
「……謝罪。応急処置する余裕がないであります」
「気にするな……自分たちでなんとかする」
消防隊員であれば、必須の技術なのだから。動けないほどの重傷ではないから、時間をかければなんとかなると、悲しそうな顔をする少女に笑いかける。
「ならば自分は、自分の役目を果たすであります」
一転、顔を引き締めた少女は、軽く頷き返す。
そして前を向く。背中が変形し、筒が全て後ろを向き、吸気する。
爆音を立てて小さな体を加速させ、《棺桶》に突進した。
警察や消防に所属する者は、今夜より以前に総合生活支援部を知っている。実際に顔を合わし、言葉を交わし、事態の解決に協力した者もいる。
しかしあの少女のことは、誰も知らない。表立ったのは今夜が初めてなのだから。
「まだ子供じゃないか……」
災害や犯罪に立ち向かう立場に就いた者は、多かれ少なかれ、人々を守ろうとする意思と願望を持っているだろう。
だが、この非常事態に、彼らは無力だった。
対処できる者たちは、あまりにも若すぎる。つい先ほど市民たちを守った少女など、本来大人が守らなければならない年齢だ。
《魔法使い》と通称される超人類が、如何に出鱈目な存在か。
そして普通の人間が、如何に無力な存在か。
今夜の一戦で、人々は思い知る。
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《魔法使いの杖》の常識から大きく外れた形状を持つ衣装は、体積のほとんどがレーザー発振を行うファイバーケーブルが占めている。レーザーは発振部が長ければ長いほど、強力なエネルギーになる。だから分厚い服程度に収まりながらも、柔軟に関節を動かせ、それでいて高出力の発信ができる。
だが、それが全てではない。伸張可能な繊維を通すことができれば、ケーブル以外の残り体積分でも、必要効果を生み出すことができる。証拠にメキメキと音を立てて繊維が収縮していくと、華奢な少女に似合わない、隆々たるボディラインが浮き上がる。
それはメルヘンな形状を裏切る、怪力を発揮可能な人工筋肉を備えた、戦闘用強化服でもあった。
「ふっ!」
熱力学推進の勢い殺して制止し、一気に繊維収縮を解き放つと同時に、少女自身よりも大きく重い鋼鉄の塊に張り手をかました。
それだけで地面に突き刺さっていた《棺桶》は、横方向からの力にアスファルトが耐えられず、路面に倒れて重量音を発した。
「ふんぬぅぅ……!」
少女はすぐさま隙間に指を突っ込み、強引にこじ開ける。粒子の噴出に異常を捉えたか、《棺桶》は閉じようとしたが、拮抗以上の腕力を発揮していた。
再度出現した《死霊》の群れが、少女の無防備な背中を襲おうとしたが、振り向きもせずランドセルユニットを変形させてデバイスを向けて、《M.mcpq(MPDアークジェット推進器)》を実行する。その理論は『推進器』であっても地球上では役に立たないが、兵器として発生した高密度プラズマは、《死霊》を素粒子学的・電磁気学的・熱力学的に再び一掃した。
やがて、内部に仕込まれた油圧シリンダーを強引に引き千切り、《棺桶》の蓋を外してしまう。
死体を詰め込むスペースがあるはずもない、電子機器や機械部品が複雑に詰め込まれた内部を、少女は動きを止めて眺める。普段の眠そうな半開きではない、真剣な眼差しは、《付与術士》たる女性が時折浮かべるものと似ている。
致命的な損傷を受けたと判断すれば、《棺桶》が自動で自爆しても不思議はない。普通の兵器ならば故障との区別で危険すぎるが、これは《魔法》という名の超科学の産物だ。
なのに少女は動かずに、じっと内部を眺め続ける。焦りは灰色の瞳に浮かんでいるが、同時に押さえ込もうとする意思も混在している。
「ここと、ここであります!」
確信を抱いた瞬間、小さな手が突きこまれる。《魔法》の源たる反物質電池を引きずり出し、搭載した爆薬に至る配線を引き千切り、自爆機能を停止させた。
他の部員たちの処理方法も、かなりの力技だったが、別路線の力技で処理した。彼女の外見や普段の態度からすれば、とても予想できない。
「《棺桶》の内部情報を入手。今からデータを送る位置を破壊すれば、自爆させずに処理可能であります」
それは現物を知るためだった。軍事的知識を持ち、コンピュータ・システムに造詣が深く、《付与術士》の真似事が可能。これまで情報処理を担当し、部員たちをバックアップしてきた、彼女らしい戦いとも言える。
『おい、フォー……戦闘中、しかも鉄板越しに、射角マイナス二四度、誤差三ミリで高出力レーザーを撃ち込んで他は傷つけるなって、無理ありすぎだろ』
「気合でなんとかするであります」
『なとせか部長が言いそうなこと言うなよ……』
呆れ気味の青年の返事からすると、有用とは言いがたい情報の様子だが。
少女は応じることなく、地を蹴って重力を制御して飛ぶ。無理なら無理で対処するするだろうという見込みがあり、もっと安全確実な処理方法を見つけるには、もう一度《棺桶》を処理してみる必要がある。
建物に邪魔されない位置に出現すると、早速海から攻撃が飛んできた。真上に発射されたミサイルが、迎撃を回避して落下してきた。
やはり《男爵》は、少女に執着を持って望んでいる。同時に一発だけの単調な攻撃では、嫌がらせ程度でしかなく、一気に仕留めるつもりはないということだが。
「Impudent.(洒落くさい)」
一六基の子機は、極力使っていない。各所に配置したまま動かさずに情報収集に当て、移動時近いものだけを利用するという戦い方をしている。
だから少女当人が対処する。事も無げに。
「《B.mcpq》draw.(《線状物質形状操作》抜剣)」
妖精の翅だけではなく、四肢からも《魔法回路》が伸びる。触れた物体を原子単位で操作することで切り裂く、計八本の仮想ブレードを形成し、突っ込んでくるミサイルに突っ込んでいく。
すれ違いざまに、三回転。鉄であろうと関係ない。《マナ》で直接原子単位で操作するのだから、推進炎を噴くミサイルは、大根のように輪切りにされる。至近距離で爆発されれば負傷は免れないが、近接信管は目標から遠ざかった時に起爆するもの。起爆前に切り離させば、爆発は小さな規模に留められる。
北中アメリカ連合統合参謀本部、遺伝子工学戦略兵器構想 《ムーンチャイルド》計画、試作実験体No.44。修交館学院初等部五年生、野依崎雫(仮名)。
《魔法使い》としての彼女を端的に言い表すと、真価。
総合生活支援部員としては、これが彼女の初陣となる。しかし少女は比喩ではなく、本物の秘密兵器だったのだ。実戦経験と呼べるものはなくとも、戦闘能力は有している。
脳で戦う《魔法使い》としては、とても新兵などとは呼べない能力を。
それが今、目に見える形で発揮されているだけ。
日頃の怠惰な野良猫の風情は捨て、野性を発露し牙を剥き、更なる真価を発揮するべく戦場を移動する。




