050_1710 刮目せよ、これが二一世紀の《魔法使い》Ⅱ~ストリートファイターX鉄拳 マスターガイド~
屋外はまだいい。問題は、屋内だった。
一般的には突発的な非常事態遭遇、屋内にいるなら動かないことが肝要とされている。多くは地震となるだろうが、屋内にいればテーブルの下など落下物から防御し、揺れが収まってから避難開始と教えられる。
戦闘に巻き込まれた場合でも、銃撃戦程度ならば遮蔽物に逃げ込むのは肝要だ。これが空爆ともなれば、建物の崩落に巻き込まれるため、一概に安全とは言えない。
そして《魔法》と呼ばれる科学技術を使った次世代戦闘ならば、もはや安全など考えられるものではない。逃げ場がある分、屋外で神に祈るほうが、わずかながら生存率は高いかもしれない。
それが正に起こっていた。
屋外に逃げ惑う人々が粗方いなくなると、《死霊》は屋内の捜索を開始した。
「ひ……!」
「静かに……」
いま神戸市なにが起こっているか、当初は理解できなくても、時間が過ぎれば事態を把握できる。人々を害する淡く光る骸骨など目にすれば、かき分けて脱出など考えるはずもない。
だが、《死霊》は屋内を捜索し始めた。粒子の体を持つ以上、壁や窓を透過することはないが、気密を保たれいるわけでもない一般の室内など、容易に隙間から侵入できる。
一体だけであっても、常人がなんとかできる相手ではない。弱点は存在しているが、正体を知らされていない一般人では、やぶれかぶれ以外でそれに行き着くことはない。
だから屋内にいた人々は、物陰に隠れてやり過ごそうとした。
だが意味はない。《魔法》の使用には、常人では感知不可能な量子力学的単位のセンサー能力が必要なのだから。その《魔法》で構成された半実体 《ゴーレム》とて、物陰に隠れてる程度、見つけられない理由はない
「……!」
まるで笑うように粒子を蠢かす音を鳴らして、遮蔽物ごと剣で切り裂こうとした。
だが振り下ろされることはなかった。
『ふんっ!』
《魔法回路》の軌跡を残し、何者かが頭で窓ガラスを突き破り、後ろ向きに突入してきたために。
「ちょーでんどぉーぱーんち!」
やや舌足らずな声でつけられた技名は、効果からすると激しく間違っているのだが、当人は気にせず誰も突っ込まない。
改めて腕を突き出すと、電流が《魔法回路》に沿って迸り、宙を駆けて追ってきた《死霊》が続けざまに爆散する。
小柄な人影は背後が見えているかのように――実際《魔法使い》の脳内センサーで『視て』、バク転で障害物を乗り越えて、オフィスビルの一室に侵入する。そのついでに屋内の《死霊》までも蹴り、同時に高圧電流を流して小規模の爆発を起しせた。
恐怖に震えて、《死霊》が去ることを願っていた市民を助けに来たのは。
腰には近未来的な印象を放つトンファーを挿したベルトを巻き、体全体を覆うため全身スーツのようにも見える《魔法回路》と、ジャンパースカートを着た少女だった。
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頭がパックリ割れて、血が噴き出ているが気にしない。照明は消え、傷は栗色の髪に埋もれているので、見ただけではまずわからない。
「こっから逃げるよ! 乱暴なのは勘弁して!」
少女は重力制御プロトコルを働かせ、混乱と負傷で動くことできなかった市民たちを、有無を言わさず肩に担ぐ。若い夫婦なのかカップルなのか、身長も体重も上回る男女だが、彼女は軽々と片腕ずつ荷物のよう持ち上げた。
同時に背後のガラスが一斉に割れ、《死霊》が屋内に殺到した。
徐々に《死霊》たちの動きが変化している。最初は屋外にいた人々を、目につくままに襲っていたのだが、避難が進むと屋内の人々を捜し始めた。中継器である《棺桶》との通信の都合で、一定圏内しか動けないため、行動範囲圏内の人間を殲滅するモードに変化したのだろう。
「ちっ!」
男女を担いだまま逃げ、少女は自分が入ってきた窓から飛び降りる。一〇階からのスカイダイビングに担いだ二人が息を呑んだが気にしない。
少女一人なら、墜落死する勢いでも問題ないが、常人が一緒だとそうもいかない。勢いを殺し、衝撃を与えぬよう着地するために、脚部に熱力学推進プロトコルを働かせる。
空気の圧縮冷却に巻き込まれ、足の皮膚が凍りつくが気にしない。だがスピードを殺したため、《死霊》に追いつかれたのは、気にせざるをえない。
彼女の着ているジャンパースカートは、防弾繊維を編んだ特注品だ。しかし粒子状のカッターとも言える剣槍は、繊維一本一本から切断していくので、意味を成さない。
淡く青白く光る得物が、次々と少女の胴体に突き刺さった。胃や小腸が切り裂かれ、肺に穴が空き、心臓も傷つけられた。市民は直接殺していないのに、《魔法使い》相手には遠慮がない。
彼女以外であれば、即死している。
「ごめんよ!」
だが少女は吐血も負傷も気にしない。担いだ男女を上に放り投げた際、悲鳴が上がったが、それも気にしない。
重力制御プロトコルを停止。代わりに熱力学推進プロトコルを腕部にも働かせ、新たに接触通電プロトコルを立ち上げる。
少女は腹に穴を空けたまま、紫電を放つ蹴りを叩きつけた。掌で爆発を起こすことで宙で手を突き、武術太極拳の掃腿から、カポエイラの半月回転蹴りに繋げ、スカートをなびかせ三六〇度なぎ払う。
小規模の粉塵爆発を起こさせ《死霊》を片付け、不要な機能を待機状態に戻す。同時に放り投げた男女が再び落下してきたので、重さを無視するために再度重力制御を働かせ、担ぎ上げる。
今度こそ小爆発を足元で連続させて起こし、安全に着地することができた。
下ろした男女に避難を指示し、二人が消えるのを待たず、少女はうずくまって動きを止める。その間に自動戦闘継続プロトコルが体内の《マナ》を操作して、細胞単位の移植手術を行い、傷ついた体を修復させていく。
「くっそ……」
少女は何度も同じようなことを繰り返している。《死霊》を散らし、動けない市民を逃す度に、傷つき血を流す。今は《魔法回路》に覆われて見えないが、ブラウスや下着は完全に赤黒く染まっているに違いない。造血機能も人体の限界を超えて稼動しているが、出血量に追いついていない。貧血の感覚はないが、生体コンピュータがエラーを送ってくるために、動きを止めて回復を図った。
これは時間が解決するから、まだいい。問題は脳だった。
彼女が唯一持つ術式は、複数の機能情報をひとつにまとめているため、容量サイズが巨大だ。本来少女の生体コンピューターでは到底処理不可能なものを、分割型実行形式しているとはいえ、常に限界以上の負担を脳に強いることになる。《魔法》を使う彼女の体は、体表面の擬似光通信ネットワークで動くため、神経も痛覚も遮断されているのだが、危険な頭痛が限界を訴えている。普段平気な顔をして《魔法》を使っているが、この頭痛だけは決して慣れることはなく、慣れてはならない。
このままこんな戦いを続けていたら、もたない。比喩ではなく頭が茹で上がるが、限界を超えて生体コンピュータが停止するか、自己修復速度が低下して八つ裂きにされるか、どれが先か。彼女は無鉄砲だが、そんな未来も予想できないほどの馬鹿ではない。
「ぶちょー……ダメ。救助はキリない。先に《魔法使いの杖》壊そう」
だから少女は決断し、無線に訴える。
もちろん最初からそちらを優先していた。救助は常人でも可能だが、《死霊》と《棺桶》の対処は、《魔法使い》でなければまず無理なのだから。
しかし避難が遅れた市民を、見捨てることができなかった。情に流されての行為ではない。この戦いは、《魔法使い》が、総合生活支援部が、どういう存在かを知らしめる意味を持っている。動けない市民を見捨てて動いていては外聞が悪いため、助けていただけだ。
だがもう無理がある。切り捨てて動くしかない。
『避難すんでねーんですから、自爆させんじゃねーですわよ。特にバッテリーの封印解除は、絶対させんじゃねーですわよ』
そして現場責任者も、理解していた。
「おーけぃ。観測データ送って。人がいる場所は正確に。あと、敵本体の居場所、わかる?」
『《トントンマクート》は妙な反応でハッキリしてねーですわ。大阪湾内にいるのは間違いねーですけど』
わずかな休憩時間でも、《魔法》で超人化している少女には充分だった。立ち上がると同時に、足元で空気の圧縮冷却・昇華爆発を起こし、建物の屋上へと跳ぶ。
オープンワールドゲームのミニマップ画面のように、頭の中に記載される周辺状況は、強いエネルギー放射を行う存在を示している。
(あれか……!)
視界を望遠すると、建物に邪魔されることなく、直接確認することができた。
HAT神戸――神戸市の東部に開発された、商業施設から学校・病院まで擁する新都心地区、その大型家電用品店の敷地に、《棺桶》が突き立っていた。
ただし《死霊》が多い。閉店時間も近い商業施設周辺は、人が少ないからだろう。索敵モードでうろついている。ホラー映画のゾンビのように多数が群がることはなく、効率的な稼動をしている。
そしてさして遠くない位置に、病院やマンションもある。そちらがどうなってるか考えると、恐ろしいものがある。
(まぁ、そういうとこは、高性能の消火設備あるだろうし……)
今は気にしないことにして、ベルトに挿していたトンファー《比翼》を右手にし、意識を集中し、実行中の術式《躯砲》を操作する。
(ナージャ姉なら強引に突っ切れるだろうけど、あたしじゃバラバラにされる)
初めて《死霊》に相対した時に直感したこと。いくら修復するといっても、常人と変わらない肉体強度しか持たない彼女では、まともに相手できない。粒子のカッターに四肢を分断されでもしたら、容易に行動不能にされてしまう。
「女のロマン、そのイチぃっ!」
だから収束音波砲撃プロトコルを起動する。通常は三基のフォノン・メーザー発振器を、その四倍形成。しかもトンファー同様に腕に沿わせるのではなく、右手首部分でバラバラに一二方向へ向け、旋回させる。
続いて熱力学推進プロトコルを起動する。腕に機能を作る時は、肘につけてフックパンチの加速を行うか、機動力のブレーキを手のひらで行うのだが、今回は違う。腕に複数個所作成し、細かな軌道変更を行えるようにする。
体を覆う《魔法回路》を変形させた時、リンク先からデータが届き、生体コンピュータが気を利かしてマップが上書きされる。周囲五キロほどの正確な人間と、理由不明に複数存在する大本の位置が。
「ロケットぉ――」
少女は左足で一歩踏み出して、右腕を突き出すと同時に、左腰のトンファー《連理》に意識を切り替える。細胞単位の移植手術を行い、傷を治療する自動戦闘継続プロトコルを、普段の機能とは逆の操作を行う。体液を流出させないよう管を塞ぎ、筋繊維を、神経を、血管を、切断する。
「――パァァァァンチッッ!!」
つまり、トンファーを握った右腕を肘で切り離し、ジェット推進で無理矢理飛行させた。
飛ばした腕が通過すると同時に、凄まじい勢いで構造物が破壊される。目には見えない音のビームが、ガラスを易々と粉砕し、コンクリートやアスファルトも表面を破砕していく。
そして高出力のフォノン・メーザーは、焦点収束させずとも、《死霊》も次々と四散させていった。移動方向とは直角に照射されるビームが何度も舐めていく破壊の渦は、広範囲砲撃となって見逃すことなどありえない。ただし逃げ遅れた市民は、事前のデータで照射を避ける精密射撃でもある。
少女もまた、自分の腕を追いかけるかのように、建物から飛び降りて駆ける。極端な前傾姿勢で足元で小爆発を起こし、陸上競技記録を塗り替える。
「It's clobberin' time!(鉄拳制裁タイムだ!)」
そして《棺桶》にたどり着く前に、建物をフック気味に殴る。同時に流動体形状制御プロトコルを起動させ、体を覆う《魔法回路》を延長させ、建物を無機物の巨大な拳に変える。
だが足を止めず、切り離す。接続が切断されたため、コンクリートの巨腕は成長の勢いで引き千切られ、そのまま飛んでいく。
しかし少女は構わない。中に人間がいないことを確認されている建物を、駆けながら左手だけで次々と殴り、同じことを繰り返していく。
続けざまに飛ばしたコンクリートの拳は、砲弾となって《棺桶》を襲う。あてずっぽうに近いため、多くは外れて近くの建物にめり込み、路面に砕いて跳ね、崩れて形を失う。
だが、とうとう直撃した。一度はフォノン・メーザーに散らされた《死霊》が再構成しても、どうすることもできはしない。十数トンもの質量を衝突すれば、さすがに鋼鉄の塊も大きく変形した。
(まだ生きてるか……)
大きく方向転換して戻ってきた右腕を捕まえ、走りながら肘に接合し、少女はまたしても舌を打つ。
《棺桶》の機能は死んでいない。電磁波も感知する《魔法使い》の目は、電子機器の稼動を捉えている。
自爆モードに移行したと判断する。
(なんか反応が複数あるけど……叩き込んじゃえばいっか)
だから少女はひと際地面を強く踏み、《魔法回路》を延長させる。拳の瓦礫で半ば埋もれた《棺桶》の下から、アスファルトの脚を作って蹴り上げた。
「ふぁいとぉぉぉぉっ!」
続けて彼女自身も跳躍する。一緒に舞い上がった瓦礫を足場に駆け上がり、《魔法》の推進力を以って、周囲の建物より高いのはもちろん、海が見える場所まで跳んで。
「いっぱぁぁぁぁっつっ!」
最高到達点で、曲がった《棺桶》を、思い切り蹴り飛ばした。熱力学推進プロトコルで足を加速させただけではなく、衝突の瞬間に爆発を起こして、発射させる。衝撃に耐えられず骨が砕け、至近距離の爆発で半ば千切れかけたが、もちろん気にしない。
神戸港から離れているが、HAT神戸は海にほど近い。そして《トントンマクート》と目される反応発信源のひとつも、そう遠くない場所にある。だから少女は《棺桶》の自爆から街を守ると同時に、敵の自滅を企てた。反物質反応で自爆する気なら、シーケンスを停止させるだろうという目論見もある。
だが、敵性反応が行動を取った。一番近い反応地点から、水しぶきを立てて小型のミサイルが飛び出した。敵は水中にありながら正確に、飛来する《棺桶》を迎撃した。
少女は重力に導かれて落下しながら、他の反応地点にも目をやる。神戸港近くの反応地点には、海中からケーブルを曳く無人機が空中制止している。人工島西側には、反応と同調する不自然な波の動きが存在する。更には射線が通る位置に飛び出したためか、肉眼には見えない照準レーザーが、他の反応地点から照射された。
一隻しか存在しないはずの、《トントンマクート》と思える反応の全てに、実際に異変が起きている。
(あー……敵の反応が複数あるのは、そゆこと?)
それ以上の手出しはしない。大元を叩くのが《死霊》対策に最も効果的だが、戦火が激しくなるのは容易に想像できる。
落下途中で修復した足を再度粉砕させて、少女は建物の屋上に降り立つ。
「ぶちょー。排除カンリョー」
『ちったぁ方法考えやがれぇぇぇぇっ!?』
冷静に報告すると、怒号が飛んできた。
「街中で自爆させてないじゃん!?」
『建物被害は大差ねーですわよ!』
「ジンテキヒガイは出してないなら、もう今さらじゃね?」
『だったらせめて腕飛ばすんじゃねーですわよ!? ドン引きですわよ!? あとバッテリーのこと忘れんじゃねーっつーの!』
「え~……ロマンわかってないなぁ」
少女は不満げだが、無理もないだろう。これが巨大ロボットならば、かつての少年たちが目を輝かせるかもしれないが、腕を飛ばす生身の人間を見て、同じ羨望の眼差しで見てくれるか非常に怪しい。
『次はもっと上手くやりなさいな』
「あたしじゃ自爆させずに処理できないんだけど」
『そこは他でフォローさせますわよ』
「あいよっ」
元俳優アイリーン・N・グラハム。修交館学院中等部二年生、堤南十星。
《魔法使い》としての彼女を端的に言い表すと、狂乱。
いくら傷つこうと止まらない。彼女が唯一身につけた《魔法》は、己の躯を砲弾とする、自爆とほぼ変わらない高汎用近接戦闘巨大術式。
そんなものを用いて戦い続ける彼女の精神性は、生物の本能から逸脱している。しかも弱者の必死さも、熟練兵のような冷徹さも、狂的殺人鬼のような愉悦もない。普段の天真爛漫な彼女と大差ないまま、人外の破壊を繰り出す。
反社会的精神病質者と見る者もいるかもしれない。だがモラルも責任感も良心も持つから違う。少女は必要であれば手段を問わない、残酷なまでの現実主義者になれるだけ。彼女が戦う理由は兄であり、他はいざとなれば全てを切り捨てられる。
正しく狂った子虎は、熱力学推進の咆哮を上げて、次なる戦場に宙高く跳ぶ。




