050_1700 刮目せよ、これが二一世紀の《魔法使い》Ⅰ~基本は無敵 ぶれない軸を作る本物の仕事力~
《死霊》は群制御による粒子状の《ゴーレム》で、手で触れられる実体は存在しない。なのに《男爵》の制御で、瞬間的に密度を変えて、斬撃・刺突を繰り出すことができる。生半可な手段では破壊できず、仮に破壊できたとしても、容易に再構成されてしまう。材料は噴霧した金属粒子を使わずとも、その辺りにある物質でも充分と想定されるために。
強襲上陸作戦に特化されたと予想する術式で作られた《ゴーレム》たちは、超最先端科学で再現されたものであっても、骸骨の姿に相応しい不死の尖兵たち。
それがなにかが激突した轟音の後、神戸中心地のど真ん中に出現した。
「なんだよ……! なんだよあれ……!」
ソーシャル・ネットワークに親しむ若い世代は、神戸市内にたびたび出現していたそれが、話題に上っていたために知っていた。新しい情報取得手段に慣れていない年代でも、昨日の事件はまだ報道機関でも廃れていない、ホットなニュースだから知っている。
しかしただの都市伝説に終わることなく、既に終わった無関係な事件としてではなく、敵意を剥き出した姿をその目で見た者は、悲鳴を上げて逃げ惑う。
幸いにして、《死霊》たちの動きは早くない。ギリギリでもあっても、大人の足であれば逃げられる程度だ。しかし靴や疲労や運動能力の問題で追いつかれた者は、やはり骸骨同様に淡く光る剣で背中を割られ、槍に貫かれて倒れていった。
そしてとどめを差すことはない。通常の戦闘で狙ってやるのは危険すぎるが、負傷にとどめるのは兵隊運用において厄介な存在になりうるからだ。敵の士気を落とさせ、味方にすれば見捨てるわけにはいかず、回収のために攻撃の手を休めさせ、後方では動けはしないのに食料を消費する。
だから《死霊》は次なる獲物を追い求め、緩慢な動きで別な犠牲者を出そうと動き始める。実質実体がないと言える《死霊》ならば、生物には不可能な動きができるのだが、直接の死者が出ていない事情同様、一般市民が知ることはできない。
仮に知っていたとしても、《死霊》は大量に存在している。出現地点からとにかく遠ざかること以外の選択肢など、なにも知らない市民たちは思いつくことはできない。
徒歩だった者は、とにかく一センチでも離れようと、逃げ惑うために駆けた。
「うわぁぁっ!?」
しかし車に乗っていた者は、パニックを起こして急ハンドルを切り、次々と玉突き事故を起こして身動き取れなくなった。今も一台の車が犠牲者を出さんと、歩道に車が乗り上げようとしていた。
一トン余の鉄塊にぶつかられれば、生身の人間が無事にすむはずはない。即死はせずとも動けなくなり、《死霊》の餌食にされる。
だが、そうはならなかった。
突っ込んできた車は、真っ二つになって、百貨店の壁面に衝突したから。
「東遊園地に逃げてください!」
ソプラノの声にハッとすると、かばうような背中と、隠すような白い髪、振り返る紫の瞳があった。
つい先ほどまで、街頭モニターやテレビで放送されていた妖精剣士がいた。服装は学生服らしいチェック柄のプリーツスカートと、ピンクのカーディガンに変わっているが、天然だとは思えなかった特徴で見分けはつく。
彼女は身の丈よりも長大な黒い刃を肩に担いでいた。軽々とした様子な上に、知っていてもあまりに非現実だが、巨刃で車を斬断したと思うよりほかない。
更に見渡せば、玉突き事故を起こしていた車も切り裂かれ、閉じ込められていた人々が出られるようになっていた。
「早く! あとついでにこの人もお願いします!」
重ねての言葉に、彼女の足元にへたり込む中年女性が、ハンドルとシートベルトの残骸と共にいた。突っ込んできた車を破壊すると同時に、中から助け出したに違いない。
左手にしていた刃が消滅し、手にしていた携帯電話のようなものををいじると、現実離れした容姿を持つ彼女は漆黒に染まる。
そして、あっという間に姿を消した。夜陰にまぎれてしまったのではなく、超高速で行動を再開した。
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(犠牲ゼロってわけにはいかないの、わかってましたけど……やってくれますね……!)
町中に放たれた《死霊》の撃退は、対する《魔法使い》たちが、難しいと一番知っている。
だが、なにかに特化するということは、限定された状況以外では効果が薄いということ。それを証明する存在が、長い白金髪をなびかせて、神戸の町を駆ける。
(《魔法》が時空間制御に特化してると、こういう時に不便なんですけど――)
彼女は自らの経験として、それを理解している。
左手に持つ《П6》で実行した、名前通りの術式《加速》で、周囲と異なる時間を作り出しても、街中では全力移動はできない。彼女自身は無敵の防御《鎧》に守られているが、ぶつかられた側はダンプカーの衝突にも等しいのだから。
劇から履いたままのインラインスケートの車輪を、路面だけでなく建物の壁面にも噛ませて。時には時間を凍らせた空間を足場に、スカートに構わず建物を跳び越して。
「そうも言ってられませんよねぇ!」
道路に着地すると同時に二つの《魔法》を解除し、劇中ではスカートの中に納めていた得物を右手に構える。
ナックルガード型のスタンガンと警棒を合体させた得物を、倒れた人に剣を振り下ろそうとした《死霊》を、すれ違い様に斬った。強力な電波を発生させる物体を、骸骨形状の《魔法回路》を通過させて《マナ》に干渉し、磁気で金属粒子の動きにイレギュラーを起こし、粒子状 《ゴーレム》の維持に異常を発生させた。
それだけに留まらない。車輪を止めぬままに別の《死霊》に近づいて、長い足で蹴りを放つ。履いたスケートにも仕掛けが仕込まれ、スタンガンとしての機能を持ち、足首の動きで駆動するスイッチが入る。《死霊》に足を突っ込むと、火花が粒子に着火して、小規模の粉塵爆発を発生させる。
彼女が主戦力とする《黒の剣》は、《死霊》には効かない。だから装備を急造してもらい、今作戦に臨んでいた。
「市役所方面に逃げてください! ここよりはマシです!」
一時しのぎにしかならないが、紫の目につく《死霊》に次々と攻撃を加え、一般市民が逃げる時間を稼ぐ。事故を起こして動かなくなった車は、単分子剣で切断し、負傷者は通りすがりの人を捕まえて託す。
そして即座に移動する。ある地点を中心点にし円を描き、徐々に内部近づいて移動しながら、防衛線を形成する。
まだ一般市民の避難は完了していない。《死霊》に追いたてられ、道路沿いには姿は見えないが、建物や路地にはまだいるだろう。
だが待っていられないと、彼女は神戸の中心地・三宮交差点に突き立つ、《棺桶》に突進する。
それが電力と命令を与えている、六角形の死と名づけられた《魔法使いの杖》なのだから、《死霊》たちが彼女を阻もうと殺到する。
『いちいち相手なんてしてられません!』
彼女は構わない。音程の狂ったひとりごとを漏らし、《加速》と《鎧》を身にまとい、超音速で《死霊》の戦線を突破して《棺桶》に激突した。交通事故でも聞くことのできない鋼の轟音が響き、アスファルトがめくれ上がり、鋼鉄の棺桶が倒れて路面を滑る。
現場指揮官役は、高出力のレーザー砲をもってして、一撃で《棺桶》を破壊した。だが彼女が持つ《魔法》では、同じ真似はできない。接触の瞬間、軍隊格闘術ならではの、そうは見えない重い突きを放ってみたが、やはり素手では破壊できない。
「投げてください!」
『おうよ!』
だから無線を通じて、離れた《魔法使い》の手を借りる。そのために《魔法使いの杖》を地面に叩きつける。
すると地面に青い《魔法回路》が形成された。時空間制御という特殊な《魔法》であるためか、彼女のものは黒か白に染まるはずなのに、通常どおりに広がった。
そして地面が隆起し、巨腕が成る。当然《魔法》が特化されている彼女の仕業ではない。事前に生体コンピューター同士をリンクさせたから可能な、別の《魔法使い》による遠隔操作だった。こちらの観測情報を送り、向こうで演算した術式実行を、手元で出力させる。
「今のナトセさんですよね!? なんで近接格闘専門なのに、リンクを通じて《魔法》が使えるんですよ!?」
『なんてーの? 『向こう側』に手を突っ込むイメージでやったら、なんとなく使えた』
「『なんとなく』って……!」
巨腕はまたも火花を散らしながら《棺桶》を掴み取り、周囲の建物よりも高く放り投げる。
彼女も再度白黒に染まり、追いかける。時間が凍った足場にして、ハシゴを駆け上がるようにほぼ垂直に空を上り、最大高度で一瞬制止した瞬間に、同じ高度で制止する。
彼女の《鎧》は、普段は完全なものではない。時間を停滞させた空間は全てを拒むため、外部の情報を得るために、目と耳の部分には穴が空いている。
今はそれすら完全密閉する。目標は目前で、内部構造を確認できないのだから、目をつむっていても問題ない。
そして飛び出す直前に形成した、《黒の剣》で連続突きを繰り出した。その速度はフィクションめいていて、常人の目には残像で腕と剣が分裂したようにも見える。
表面が鋼鉄であろうと、極薄の変形しない切っ先は易々と突き破り、遠目には確認できない穴を無数に空けた。同時に内部の回路がズタズタに破壊され、正常な機能を果たせなくなった《棺桶》は、自爆モードが稼動する。
神戸の中心で炎の花が咲いた。爆風と破片で建物のガラスが粉砕される。やはりまだ中に人がいたのだろう、悲鳴が上がったが、この程度で済んだと納得してもらうより他ない。
「ようやく一基破壊って、気が滅入りますね……」
自爆を引き起こし、至近距離で巻き込まれたはずの人物は、地面が陥没する勢いで落下してから、《魔法》の防御を解除する。
これで防衛の中心となる、東遊園地への避難路は確保できた。
『クニッペルさん、そこらの市民も、東遊園地に誘導させてくださいな』
「いやー……部長さんのおっしゃることはごもっともですけど、遠慮させてください」
『ハ?』
「いえ、停電してるみたいで、建物の中に入りたくないです……かろうじて街の明かりがあるから、外で動くのは支障ないんですけど……」
『――ッ! 仕方ねぇですわねぇ……!』
無線越しの声が舌打ちし、我慢しているような不穏な響きになったが、こればかりは譲れない。
この場は他の部員に任せ、別の戦場に赴くために、彼女はインラインスケートで駆け出す。
元ロシア対外情報局所属、《魔法使い》非合法諜報員。修交館学院高等部三年生、ナジェージダ・プラトーノヴィナ・クニッペル。
《魔法使い》としての彼女を端的に言い表すならば、無敵。
実際のところは違う。特殊な《魔法》を使う故に制限を持ち、白兵戦闘以外できることは常人と大差ない。なのに乱戦で全力を出せば、民間人や味方を巻き込み、被害を拡大させかねない。そもそも性格上、守るための戦いしかできず、しかも暗い場所をひどく恐れる。
しかし《魔法》で戦う彼女は、最強と称しても異論ないだろう。決して破壊できない鎧をまとい、超音速で駆け、この世で一番鋭利な剣を振るう。彼女に害する気持ちがなくとも、相対した兵は、たとえ一万の味方がいても安心などできない。
普段は人知れず平穏に暮らし、家畜を襲うことはあっても、人は襲わない。
だが一度、牙を剥いた雪豹を、止めることは誰にもできない。
かつて『役立たず』と呼ばれた最凶は、戦いを望まない故に、《死霊》を食い散らかすのに容赦はない。




