050_1660 書き綴ろう、無価値にして無謀なる戦記をⅥ~ひとりぼっちの宇宙戦争~
神戸で新たな局面を迎えた頃、宇宙でも新たな局面を迎える。
「う゛ぅ~……」
地球上への狙撃を指示されて以来、なにも連絡がない。
目標の衛星をセンサーで探そうにも、捜索範囲は地球上の比ではない。発見の可能性を考えると、探すのに使うエネルギー消費から諦めた。
攻撃を警戒するにしても、全方位距離無制限で長時間神経を尖らせ続けるのは、訓練を受けた者でも無理だろう。
ただでさえ真空に限りなく近く、生物を受け付けない空間にいるだけで、精神が磨耗する。重力から解き放たれて上下の概念もなく、なんの音もしない、無限の広がりを持つ空間にいると、不安に苛まれる。
気持ちを誤魔化そうにも、何語なのかもわからないアマチュア無線通信に耳を傾けるか、宇宙ゴミを見つけて地球に落下させるくらいしか、暇つぶしがない。
(ナージャ先輩が暗い場所を怖がるの、こういう感覚なのかなぁ……?)
昼間のアメリカ大陸を頭上に置き、国際宇宙ステーションの陰に座りこむ少女は、実体のないため息を吐いて、宇宙食のオレンジジュースをストローで飲んでいた。
(……ぅん?)
不意に感じる電波のノイズが強烈なった。宇宙まで届く通信電波は指向性が強いが、目標外に漏れるノイズはゼロではなく、遮るものがないので、よく感じ取れてしまう。しかも脳内センサーは働かないが、停止しているわけではない。普段どおりに利かないため、少しでも情報を得ようと、感受性が高まっている気がする。
そして気のせいではなく、地球上で通信量が一気に増大したから、ノイズも増えた。
異変が起こったからに相違ない。神戸の局面を知らずとも、察することはできる。
『――見つけた! ってゆーかもう発射されてる!』
予想を裏付けるように、はっきりした通信電波が、少女の脳にも届いた。慌てて膝に置いた長戦棍を握り締め、ストローをくわえたまま立ち上がる。
その間に新たな画像データが通信された。頭の中で参照すると、通信時間を短縮するためか、荒い世界地図に心電図のような線が描かれただけの図だ。
予測軌道であろうその線は、一般的な人工衛星軌道とは異なり、日本列島のど真ん中を通過している。
『神戸を上から攻撃するんじゃない! 地球を半周させて攻撃してくる!』
話を聞きながら少女は、国際宇宙ステーションの逆側に移動する。この軌道ならば、今の位置から、直接確認ができるのではないかと。
直射日光に手をかざし、細めた目で三六〇度の空を確認する。しかし視力を強化して望遠するまでもなかった。
「速い!?」
大して離れていない軌道で、つけ爪のような黒い三角形の物体が、続けざまに三機、落下していった。闇に紛れてすぐには見つけられず、地球上では見ることができない速度に、対応を遅らせてしまった。
『迎撃して!』
無線から指示が飛ぶ前に、少女は移動しながら、遠ざかる極超音速飛翔体に長戦棍の先端を向けている。
「《雷霆》――」
いくら特殊な肉体に持ち、《魔法使いの杖》なしで《魔法》を使える彼女とて、高出力攻撃には体外で《魔法回路》を形成しないとならない。
だが《マナ》が存在するのは、大気圏内のみ。本来ならば宇宙で《魔法》は使えない。
それが今回は、話が異なる。長杖に装着されている拡張装備が、極限環境下での《魔法》使用を可能にする。
長戦棍の鈍った棘内部には、大気圏内で《マナ》が集積されている。あらかじめ術式とエネルギーを送りこみ、わずかに本体から浮かせた隙間から《マナ》を放出し、大砲のような仮想のレーザー誘起プラズマチャネル兵器を形成させる。
「実行!」
放電は大気があっての現象で、宇宙空間で雷は目に見えない。しかし脳内センサーは強力なエネルギー放射を確認する。
光速で駆け抜けた高圧電流は、すぐに遠ざかった飛翔体に、なかなか命中しない。連射しながら狙いを修正し、なんとか最後尾に命中させることができた。
直後に目標が大気圏に突入した。空力加熱を防ぎつつ高速降下を始めたところに、破壊力が直撃すれば、機体は錐揉みして空中分解した。
しかし残る二機の迎撃は、無駄だと判断して少女は止めた。目標が大気圏内に入ってしまえば、いくら光速で直進する砲撃とはいえ、様々な影響を受ける。それで一〇〇キロ以上離れた超遠距離狙撃など、命中は期待できない。
「一機だけしか……!」
『っ……! 手一杯だってのに……!』
きっと双方とも、ほぼひとりごとのはずだが、会話として成立している。
しかも無線越しに舌を打たれた。いつも態度を変えない、想定外と思えても万事策略立てているような彼女には、珍しい反応だった。
昨夜の話では、自衛隊のミサイル防衛は、今回当てにできないという話だった。政治的な問題か、軍事的なものか、それとも技術的な要因かまでは聞いていないが。
神戸市内で支援部員が迎撃しようにも、《男爵》との戦闘中では困難であると予想されたために、彼女は宇宙に送りこまれた。無責任に現地での対応を期待するべきではない。
ならばこの危機を切り抜けるための手段は、ひとつしか残っていない。少なくとも少女では、他の案を思いつかない。そして迷っている時間もない。
「追いかけます!」
極超音速の格闘戦を行うために、少女はジュースのパックを地球に向けて投げ捨て、宇宙空間に飛び出した。




