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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と次世代軍事学事情/フォー編
258/640

050_1640 書き綴ろう、無価値にして無謀なる戦記をⅤ~左と右を一刀両断! 超技巧フレーズが弾ける~


 人間と妖精、それぞれ勢力の代表として、二人の女王と二人の護衛役が、直接にらみ合う。戦場の一角において、非公式の会談が開始された。

 ただし停戦交渉などではない、ただの事実確認だと、まずは妖精女王が無表情に口を開く。


『さて、人間よ。なぜ我らが住まう森に攻め入った?』


 魔術師女王が面白くなさそうに、けれども腹芸することなく素直に応じる。


(なれ)ら妖精が、我ら人間の街に攻め入り、民を滅ぼしたからだ』


 返答に妖精剣士が鼻白み、片頬と片眉を器用に歪める。


『そういうお話は他の人間からも聞きましたけど……なんのことでしょうか』


 ひとりごとに少年拳士が、慇懃(いんぎん)ながらも疑いの眼差しと言葉を返す。


『その言葉、信じられませんね。人を(まど)わすのは、妖精のお得意技でしょうし』


 人間同士であっても、住む土地や違う組織に所属しているだけで、全幅の信頼を寄せることは難しい。姿は似ていようと別の種族であるならば、尚のこと。

 とても信頼に値するものではない。攻め滅ぼす機会と口実を探っていただけに過ぎない、ただただ互いを打ち倒す敵であると、彼女たちは認識を深めたに過ぎない。


『やはり人間は、我らにとって害悪か』

『妖精。そっくり同じ(こと)を返すわ』


 猜疑(さいぎ)すら浮かんでいない、水のスクリーンに映る四人の顔は、言外にそう語っている。


『まぁよい。彼奴(きゃつ)らを叩き潰せば、これまで大回りしていた森に街道を敷くこともできよう』

『女王様……その理由、いま思いついたんじゃありません?』


 装飾杖と二本の(トンファー)を、人間たちは両手に構える。


『森の近くに人間どもが(みやこ)を作るを放置したが、やはり(いさか)いが耐えぬな……思い上がった猿どもを、この機に滅ぼすか』

『人間の(いとな)みを眺めるのも、面白いのですけどね……まぁ、致し方ないですか』


 剣と《魔法回路(EC-Circuit)》を宿す片手を、妖精たちは構える。

 非公式会談は決裂という形で、あっという間に終了した。いつ戦端が開かれるか、今この瞬間に火蓋が切られても不思議ない、一触即発の緊迫感に満ちる。


『双方とも待て』


 その空気を、抑揚がなく静かな、まだ若い男の声が割った。そして金属同士が触れ合う音が、一定のリズムを刻む。

 今度はどこから、どのように登場するのか。そんな期待で観客たちは辺りを見渡す。なので音と気配から接近に気付いた観客が振り返り、その人物を舞台に上げるために、人波が割れる。

 新たな登場人物は、鞘から抜くのも苦労しそうな歪んだ大剣を背負う、完全に体を甲冑で覆う者だった。

 顔は全く見せていないのだから、観客たちに正体がわかるはずもない。だが、鎧も黒一色に染められた一般兵とは異なるもので、しかも重要登場人物としては初めての男性であるため、察することは容易だった。


 (つつみ)十路(とおじ)――《騎士(ナイト)》。


 彼はその通称を嫌っているが、端的に示す(あざな)を他に持っておらず、他部員の記載との共通性を守れば、これを一文紹介とするよりなかった。

 そして彼もまた、劇の参加を女性陣から心配された。常に怠惰(たいだ)な無気力感を振りまき、感情を隠す方法を()るため、とても演技が得意とは思えないために。

 実際、得意ではない。特殊隊員としての訓練は受け、活動を行っていたが、スパイ活動を行う非合法諜報員(イリーガル)ではなかった。感情を隠すことにはそれなりに自信あるが、複数の顔を使いこなして腹芸をしていたわけではない。


『殺し合うのは、話を聞いてからでもできよう』


 それでも風体のせいか、(こも)るような声音のせいか、実際の若さに似合わない貫禄が発揮されている。


(なれ)……もしや、調停者か?』


 体の向きと姿勢は変えず、顔だけで振り返った妖精女王が怪訝そうに、黒騎士に問いかける。

 しかし答える前に、妖精剣士が構えを解いた(てい)で記憶をさらい、状況説明を行った。


『お婆ちゃんから聞いたことがありますけど……なんでも歴史の大きな局面に出てくる一族でしたっけ? 災害には救世主として現れたり、大きな戦争の時には敵として現れたり……どこの誰とも知らない一族で、前に出たのはお婆ちゃんのお婆ちゃんくらいの時代って話ですから……六〇〇年くらい前ですか?』

『あぁ……我も幼い頃に目にした。その時はマント一枚のみすぼらしい姿であったがな……』


 理解のつかないやりとりに、人間たちは顔を見合わせる。


『女王様。王家に伝わる秘伝とか、そういうのでなにか聞いていないのですか?』

『知らぬ。まぁ、幼い頃からそういう歴史は聞き流していたからのぅ』

『三〇〇年も生きてるなら、ちゃんとそういうのも勉強しててくださいよ……』

『他に学ぶべきことが大量にあったからの』


 その内容は、妖精よりも遥かに短い時を生きる生き物には、伝えることができなかった歴史の暗闇なのだと。


『さて、双方とも思い出せ。この戦がなにを切っ掛けに始まったかを』


 妖精女王の正体への誰何(すいか)には肯定も否定もせずに、黒騎士は双方へと語りかける。


『知れたことを。妖精どもが街を滅ぼしたからだ』

『知らぬわ。そこの人間かぶれのように、人間の(みやこ)に近づく同胞など()らんわ』


 魔術師王女は同様のつまらなさな口調で、妖精女王はうんざりとした口調で、つい先ほどの繰り返しを行う。


『妖精に町を焼かれた報復に、人間は森を焼き払おうとしていると……おかしいとは思わぬのか?』


 返答に対し、騎士は近づきながら、超常の存在のような語りで疑問を投げかけ、同時に状況説明の補足を行う。


『人間と妖精は互いの在り方に相()れず、反目し合い、たびたび争った歴史が存在する……(ゆえ)に目がくらみ真実が見えず、今回も繰り返された歴史の一端と思ったかもしれないが、違う』


 スポットライトに照らされながら、舞台に近づいていた騎士は足を止め、篭手(ガントレット)に包まれた右手で、男の腕を掴んだ。セーターにスキニーパンツという恰好の、どこという特徴もない長髪の男性だった。

 舞台の設定上では、場を共にしているのは五人だけ。パンフレットに掲載されているのも、五名の支援部員だけ。


『でなければ、この者がなぜここにいる?』


 だが騎士は、劇を無視して、観客のひとりを登場人物として招き入れた。

 観客だけでなく役者たちも、予定外の展開に対応を迷わせ、魔術師王女が無線を飛ばす。


(ちょ、堤さん? なにする気ですの?)

(センサーを集中させて見てください。俺もたまたま近くを通らなければ、理解できなかったと思います)


 こんな距離で無線通話していると、『相手』に聞かれる可能性を考えたはしたが、構わないと捨て置く。


『妖精の剣士よ。試してみよ』


 《魔法使い》がどういう存在か。これからなにが始まるのか。観客たちに知らしめるには、ちょうどいい。騎士は事態を理解していない男が動かないよう、背後から両肩を掴む。


(十路くん、本気ですか?)

(あぁ。わかるだろ? やってしまえ)

(ここまで近づけばわかりますけど、どうなっても知りませんよ……? 劇としても、相手さんの反応も)


 大衆に(まぎ)れていれば、わからなくても仕方ないが、近距離で注目すれば、彼女たちも脳内センサーで理解できる。

 だから妖精剣士は舞台を降り、手にした剣を腰に収める。代わりに左手でファンタジーとは異質の携帯通信機器をいじり、機体上部を舞台に触れさせ、漆黒の単分子(モノフィラメント)(ソード)を生み出す。


 妖精剣士が男に近づき、両手に構えた黒刃を振りかぶったのを見て、なにが行われるのか、少なくない観客が予想した。だが同時に『まさか』という思いも抱いた。

 しかし現実は異なった。斬釘截鉄(ざんていせってつ)、真っ向唐竹に刃を振り下ろした。


 舞台の下で行われたことなので、観客の多くは理解できない。直接目にした周囲の観客も、変化のなさに理解できない。『まさか』を想像した者たちは、何事もないことに安堵した。

 だが数瞬の後、男の左右がずれた。頭頂部から股間まで、真っ直ぐに入った黒刃は、一刀両断した。


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