050_1500 命短し両手に爆弾Ⅵ~罪深き海辺(上)~
「Shit...! (くっそ…)」
「決着つかなかったであります……」
戦績をまとめると、野依崎、六勝。七海子、六勝。勝敗不明が二五戦。もちろん二人の勝ち星が同じなのは、ひとつの勝数先行で二人の機嫌は激しくアップダウンするため、十路が調整した結果だ。そうしないと命の危険を感じた。
二人のゲーム対決は、『ありえない』の一言に集約される。
ファッション要素を取り入れた女の子向けリズムゲーなど、『ヌルい』の一言で却下し。
プライズ系ゲームやメダルゲームは、総ざらいする勢いで荒しまくり。
パンチングマシーンでは踏み台に乗った状態から、大の大人でも出せない数値を叩き出し。
レトロなパズルゲームは、動体視力の挑戦に終わりが見えないので、切り上げさせて。
生体コンピュータの演算と隠した《魔法》を駆使し、とても子供の遊びではない対戦を繰り広げた。
そして勝敗不明が多いのは、十路が不成立にさせたからだ。
レースゲームでは互いの邪魔ばかりして遅いので、どっちが先にゴールしようと五十歩百歩だろうと。
ネットワーク通信による多人数参加サードパーソンシューティングでは、二人で潰し合い、横から攻撃されて早々に大敗するので、やはりドングリの背比べだと。
格闘ゲームでは二人ともコマンド入力できず、飛び蹴りとしゃがみパンチだけで勝って嬉しいかと。
クイズゲームでは、マニアックな難問は正解するのに一般常識問題はスカスカという、偏った人間性を発揮したため、まずはそこから勉強しろと。
(もう勘弁してくれ……)
あれはいつどの任務だったか。《魔法》を使わず工具だけで、やたらとダミーのワイヤーが張り巡らされた爆弾を解除した時の心境で、十路も疲れ果てていた。もう陽が赤くなる時間になったこともあり、最後にはプリントシール機で変顔対決などと意味不明なことをさせて、切り上げさせた。
そして今は、ヤシの木が立ち並ぶ、海岸沿いの歩道を歩いていた。さほど広い砂浜ではなく、道路を挟んで民家が建っているが、きっと夏休みには海水浴客でごった返しただろう。今は数えられるほどの人々が、砂浜で遊んでいるだけだ。
「満足したのか?」
「うーん」
取ったプライズ景品は、持って帰れる量ではなかったので、大半は二人の勝負を唖然と眺めていた親子連れなどにあげてしまった。残したよくわからないキャラのヌイグルミを抱え、先を歩く七海子の返事に、十路は少々不穏なものを感じる。
(まだ満足してないのか……?)
《ゴーレム》越しでは駄目だというのか。Web上でアバターを通じてコミュニケーションを取るだけでなく、感覚まで再現できる高度拡張現実ともなれば、満足できそうな気もするが。
だったら下船しろと言いたいが、《男爵》が応じるはずないだろうから、十路は言葉を呑み込む。
そして予想は外れていたため、口にしないで正解だったかもしれない。
「……《女王》ってさぁ」
「なんでありますか」
色違いのヌイグルミと、ソフトクリームを手にした野依崎に、七海子は人を食った態度を消した顔を向ける。
《男爵》の感情と《ゴーレム》の表情は、一致させる必要はないはず。声に乗ってしまう感情も、システム的なフィルタで排除できてしまえるはず。
けれども七海子は、足を止めて真面目な態度で振り返った。
「自分が《魔法使い》なの、どう思ってるの?」
日中の日差しはまだ厳しいとはいえ、夕方の海風はずいぶんと冷たい。あと数日で衣替えになるのだから、当然だろう。
こんな光景の中にいると、感傷が生まれるのかもしれない。離れた場所にいる《男爵》にも、《ゴーレム》を通してになにか伝わったのか。
「別に。自分が人為的に作り出された《魔法使い》であることは、変えようのない事実であります。ありのままを受け止めるしかないであります」
野依崎は素っ気ない。彼女の本心は見えにくいから、思うところはあるかもしれないが、見た目にはいつも通りだった。
「もしも《魔法使い》じゃなかったら、って考えたことないの?」
「ナンセンスであります。そんな仮定にどんな意味があるでありますか」
「じゃぁ考えてみてよ。今、ここで」
重ねられる問いに、野依崎はウンザリしたように顔を歪める。ただし感情に連動させず、薄い怒りすら込めて舌鋒鋭く回答を拒絶する。
「お前、いい加減その口を閉じるであります。これまでの残虐行為を、自覚しているでありますか?」
ウクライナで、多数の民間人と味方であるはずの特殊部隊を殺したという話だった。
軍医療施設から脱走する際、研究員たちを虐殺したと聞いた。
そして昨日、支援部の存在により未遂に終わったが、大量破壊を行おうとした。
《男爵》は人間兵器と呼ぶのに充分な危うさを、実際に発揮している。
「お前が自分になにを言わせたいのか、知らないであります。だが、もしも《魔法使い》でなければ、お前は違う人間になっていた。そんな安心を得たいがための質問ならば、勘違いも甚だしいであります」
野依崎が吐き捨てる。頭のいい彼女は短時間で推測を重ね、《男爵》の真意を推理して言葉を先走らせる。
「作られた環境と経緯は同じでも、自分をお前と同類扱いするなであります」
『人間』になりたいのかもしれない。
十路は、昨夜彼女が語った言葉が思い出す。
自覚があいまいでも、作られた人間兵器であっても、やはり野依崎の精神性は『人間』に寄っている。
「フォー。よせ」
そして《男爵》は違うのだ。だから十路が止めたが、彼女は口を衝いてしまった。
「『兵器』であることを選んだお前に、そんなもしもを語る資格はないであります」
「…………仕方ないじゃないか」
憎悪がにじむ暗い返事をしたのは、七海子ではなかった。高音の声は、横から投げかけられた。
十路が振り向くと、いつからかヤシの木の陰に少年が立っていた。彼は目にしていない、七海子と同じ顔を持つ少年タイプの《ゴーレム》――浪悟が。
「ボクはいつも、お前と比べられていた……研究チームの連中はボクを、先行して作られた《女王》を上回る存在にしようとしてたよ」
「自分はお前のことを、全くと言っていいほど、知らなかったのでありますが」
よく同年代の子供と比較して、小言を言う親がいるが、それと同じか。
競争意識なく鼻白む野依崎の言葉は、《男爵》に届いていない。
「毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日……訓練と勉強ばっかり。失敗すれば当然殴られて、上手くできたと思っても殴られたよ。とても目標に届かないって」
弱火の狂気が漏れたのは、浪悟の口からでも、七海子の口からでもない。違う方角から聞こえてきた。
振り返ると、顔はやはり同じだが段違いに長い髪の少女が、砂浜からゆっくりと段差を上って姿を現した。
「ボクらは『兵器』なんだよ。規格に合格できない出来損ないは、使い道がないんだよ……だから、ダメな部分は、徹底的に矯正しないといけない」
「育成担当者にそう教わったでありますか」
また新たに《ゴーレム》が出現しても、野依崎は反応を変えない。三体のうち、どれを相手にすればいいか、少し迷いを見せたが、結局瞼を閉じて口を開く。
「《女王》は違うみたいだね」
「自分の育成担当者は、自分を疎ましく思っていたようでありますし、ほとんど干渉されなかったであります。まぁ、あまりに非常識なことをすれば、ゲンコツ落とされたでありますが」
彼女たちも本質的には、普通の子供と変わらないと、十路は改めて思う。
野依崎の育成方針は、最低限度を守るならば、あとは当人の自主性に任せる、世辞込みで言えばのびのびしたもの。昨今は教育上ありえない行為だが、暴力はしつけの範囲と当人が認識している。
《男爵》の方針は、絶対君主気質で他人を思い通りに動かそうとする、自分の欲求を満たすために他者の意思を無視したもの。
よくあることではある。理不尽を被った当人からすれば冗談ではないだろうが、世間で聞く話ではない。
誰とも知らぬ育成担当者は、自覚なしに《男爵》を子供ではなく、物として扱った。その境遇については、同情すべき点がある。
「しかしお前は、反逆して日本に来ているであります」
「フォー!」
十路が強めの言葉で制止を呼びかける。だが野依崎は止まらない。むしろ語気を強めた。
「昨日の破壊行為について、なにか命令を受けているわけないであります! それが正しい『兵器』とでも言うでありますか!?」
彼女の言う通り、《男爵》は到底許されないことをしている。子供だから、特殊な経歴だからで、流すことができる行為ではない。
「まさか、そういうお前の思考まで、育てられ方が悪かったとでも――」
追い詰める言葉を、野依崎が切った。その理由は、《魔法使いの杖》接続時の脳内センサーとはまた異なる、戦場で培われた第六感が十路に教えてくれた。
瞼を開き、瞳に《魔法回路》を形成した野依崎が、腰に飛びついて来た。大したものではない衝撃に逆らうことなく、十路も地面を蹴って飛びのく。
直後どこからか、空けた空間に肉塊が落下してきて、重量を思わせる着地音が響いた。
肉塊はゼリーを連想する動きで震えると、塊で輪郭が明確になり、大きさが縮まり、四本の手足と頭が作られる。小さく波打つと色も変わり、皮膚と着衣と頭髪に変わる。
「Shut up...!(黙れ)」
昼食時と同じ激情を、また顔は同じ五分刈りの少年が吐き出す。
「《女王》、お前がいたからだ……ボクがこんな目に遭ったのは、お前のせいだ……!」
きっと《男爵》は矛盾を自覚している。ただし本当の意味では理解していない。
追い詰められ、溜め込んで爆発してしまったストレスを、向ける矛先がないのだ。軍医療施設で大量虐殺が起こったなら、《男爵》を育成した研究者も死んでいるだろう。
だから行き場がなくなった激情を、野依崎を悪者にするために手を伸ばしてきた。自分は悪くない、誰かのせいだと、罪悪感を抱え込まず、責任を他者に押しつけようと。
「お前は運がいいよなぁ……! 一番最初の《ムーンチャイルド》で、比べられる相手がいなくて……ボクと比べる人間もいなくて……!」
そして妬む。
今の自分自身が不満で、現実を受け入れられない。自分が哀れな犠牲者でなくてはならないから、都合のいい形に感情を膨らませる。
「ボクがやったことは、お前もやったことだろう……!」
そして自己正当化する。
野依崎が先に脱走したのは事実だが、殺戮を行っているはずはない。修交館学院に接近して改修するまで、彼女の《魔法使いの杖》制御権はアメリカ軍にあったのだから、できるはずないのだ。それを《男爵》は知らないのか、知ってて無視して言っているのか。
彼が受けた苦痛を、彼自身が野依崎に向けている。彼女にとっては迷惑なだけだ。
だが普段ならば発しそうな、悪意も容赦もない言葉はなかった。
「……言いたいことを言って、満足したでありますか?」
静かに受け止め、哀れんだ。幼さに似つかわしくない悲しげな瞳を、《ゴーレム》四体の視界を通して向こう側に届ける。
だが結局は受け取る側の都合で、容赦ない悪意となってしまったが。




