050_1400 命短し両手に爆弾Ⅳ~ハンバーガーはキケンなにおい!?~
「《男爵》……お前、しつこいであります」
赤髪と土器色の肌を持つ国籍不明の少女が、歯噛みする。
「《女王》こそ、いつまでいるんだよ?」
ここならば日本人と見るアジア人の特徴を持つ少女が、目つきを険しくする。
タイプが異なる、未完成の魅力を持っている少女たちだ。幼さが際立っているが、そんな二人に挟まれていたら、普通の男は気分いいものかもしれない。
しかし十路は全く嬉しくない。『勘弁してくれ』とゲッソリ顔で周囲にもらしている。片方は史上最強の生体万能戦略兵器、もう片方は生体万能戦略兵器の少年が操作する人形で、しかも火花を散らす中間点に立たされたら、誰でもそう思うかもしれないが。
オートバイがいれば愚痴れる分、違ったかもしれない。しかし三人乗りはできないため、駐車場に放置している。真昼間から自律行動などさせられないので、他の部員たちに事態を連絡した際、仕方なく回収を頼んだ。
彼らがいるのは、神戸市の西隣。日本標準時の街・明石市だった。
神戸市街地では現在、対《男爵》戦の準備を進めている。七海子がここにいるからといって、《男爵》がそれを感知できない理由はないが、自分からネタばらしをする必要もない。そしてなにか力が働いたのか、少年法の関係なのか。七海子の明確な写真・映像は公表されていないが、やはり騒動の主犯が出歩いているのは問題がある。
だから離れて、神戸のベッドタウンの一角にある、総合ショッピングセンターに来ていた。隣町でどれほど支援部や七海子の存在が知れているか不明だが、多少はマシだろうという見込みもある。少なくとも今は、落ち着いて昼食を摂れている。
本当に『落ち着いてる』と言えるかは、はなはだ疑問だが。
「《ゴーレム》なのにメシ食べるんだな……」
「栄養にはならないけど、味はわかるよ」
十路は頬杖を突いて、ハンバーガーにかじりつく七海子に見やる。同行者の存在を気にしなければ、これだけでご満悦な様子だった。
「マンガなどでは、それだけ感覚共有していれば、分身を攻撃すれば本体にまで影響するのでありますがね」
「偽薬効果の反対は……ノーシーボだっけ? あれ、科学的に証明されていないでしょ」
ストローをくわえる野依崎は、いまだ不機嫌極まりない。行儀悪くコーラにブクブクと二酸化炭素を吹きこんでいるので、口から外してやめさせる。
ファストフードで食事するまでも大変だった。
まず食事をすること自体にひと悶着あった。《男爵》本体は離れた場所で食事できるであろうから、ゴーレム越しにそのまま遊びに行こうとした。
十路と野依崎が生身の人間で、食事の予定は譲らなかったのだが、今度は自分が挙げる場所に連れて行こうと、二人が腕を引っ張る。
紆余曲折の末、大手ファストフード店に入った後も。二人に席を取らせ、十路が三人分まとめてオーダーした食べ物を持っていくと、罵り合っていた。
「お前、なに人のナゲットに手を伸ばしてるでありますか」
「いーじゃん、一個ぐらい」
「オマケ付きセットを頼むようなガキは、大人しくオモチャで遊んで引っ込んでるであります」
「へぇ~。お兄さんにお金を払わせておいて、どうしてお前が大きい顔するんだよ?」
「小学生の形では仕方ないのであります……クレジットカードを拒否されるであります……」
こうして目を離さなくても、食べながらケンカする。
「Do you want to step outside? (表に出るでありますか?)」
「Why not? (やってやろうじゃないか)」
「やめろ……! お前ら、頼むからやめろ……!」
お互い両手に《魔法回路》を形成し、一触即発な空気を作るので、十路の精神は疲弊しきっていた。幸いなのは、止めれば野依崎だけでなく、七海子も一時的には従う。
「お兄さんが止めるなら、ゲームセンターにでも行こうか?」
「望むところであります」
本当に一時的だが。
平和的な対決方法ならば、十路は口出しする気はない。というか口を出せない。野依崎に退く気がない以上、そうやってガス抜きさせないと、本気で危なくなる。決着ついたらそれはそれで危うくなりそうな気もするが、先のこととして今は考えず、ハンバーガーをかじる。
「食べ方、汚いな……ちゃんと操作できてるのか?」
七海子の食べる姿に、思わず顔をしかめる。口の周りだけでなく、ハンバーガーの包み紙からもこぼして、手をケチャップだらけにしている。ポテトにもケチャップをつけるのは別にいい。十路もそこまで上品な人間ではないから、姿勢が悪く前かがみなのはまだ見過ごせる。だが手を汚すのと、音を立てて噛むのはさすがに不快だ。
店内ならば遠く離れた場所からの通信操作に、障害があっても不思議はない。動作不備が起こったのかと十路は思った。
「育ちの悪さが滲み出てるであります……」
ここぞとばかりに、嫌味たらしく野依崎が鼻で笑うと、様子が変わった。
「親の顔が見てみたいであります」
彼女たち《ムーンチャイルド》に、一般的な意味での親がいるはずはない。
精子・卵子提供者の意味ではなく、育てた者の意味で言ったのか。
「Shut up...!(黙れ)」
どういう意味で受け取ったか、七海子が殺意と憎悪を吐き出した。ケンカを売る発言をした野依崎すらも、予想外と反応に動きを止めて瞳を見開いた。
野依崎と見比べる。同じようにハンバーガーにかぶりついているが、背筋を伸ばし肘も突いておらず、彼女の食べ方は綺麗だ。偏見かもしれないが欧米生まれらからず、フライドポテトは塩味だけで食べている。先ほど行儀の悪いことをやってはいたが、『育ちの悪さ』などと言えるほど、目立つ粗はない。
彼女から『親』の話は聞いたことはない。『作られた』ことについては、それなりの感情を抱いていると昨夜聞いた。けれども『育てられた』ことについては、印象に残る話を聞いた覚えがない。『育てられる』は『作られる』に含まれていることも考えられるが。
野依崎は『親』という存在に、格別の想いがないのか。
対して《男爵》は、相当癇に障るらしい。
さすがにそれ以上は野依崎もちょっかいをかけなかった。七海子も黙って会話がなくなったため、昼食は手早く片付いた。
三人分の後片付けをまとめて行おうと、十路がゴミを集めてトレイを重ねて返却スペースに赴くと、横から女性が前に立った。並んでいたわけではないか、半ば割り込んできた形のため、十路はムッとする。
空カップをゴミ箱に捨てると、彼女は早々に場を譲ってすれ違う。
その際、十路の鼻にバニラの匂いが届いた。
抱きつかれることも珍しくないので、嗅ぎ慣れた匂いだが、『彼女』のものかはわからない。十路は慌てることなく、目の隅で女性の行方を追う。
彼女は構うことなく店を出ていった。しかしトレイの上に、文字が書き殴られた紙ナプキンを残していた。
――いますから Н.
ラテン文字のHではなく、キリル文字のНで書かれたイニシャルが、先ほどの女性が誰であるか知らせている。
変哲ないブラウスとスカートに、しかも黒髪のミディアムヘアだった。どこにでもいそうな日本人女性としか思わず、面影がわからなかった。
(ナージャがバックアップしてくれてるのか……)
《バーゲスト》の回収と合わせれば、彼女が来るのは当然だろう。これで万が一、昨日のように七海子が自爆しても、被害は防げる。
今の業況で最も心強い部員が側にいることに小さく安堵し、十路は紙ナプキンを千切って細かくし、他のゴミと一緒に捨てた。




