050_1310 命短し両手に爆弾Ⅱ~石田純子のファッションストリートチェックー「おしゃれで変身」が人生をもっと楽しくする~
「で? なにか用事があるのか? ないならどこかで飯食って、準備手伝おうと思うんだが」
神戸港南西端に位置するマリーナに戻り、十路は海岸沿いをオートバイで走りながら、無線越しに後ろへ問う。
『構わないでありますが、のんびりしてていいでありますか?』
寝たことでテンションは普段レベルに回復した野依崎が返す。要は低いままだが、普段を知っていれば気にしない。
「もう学校外とか、部活と関係ない連中に手伝ってもらって、準備始まってるからな。部長が指揮してるだろうし、俺が慌てて戻ったところで、なにか変わるわけでもないだろ。それに晩飯こそのんびり食べてられないだろうから、昼くらいはちゃんと食べといたほうがいい」
『最後の晩餐。末期の水。そういった類のつもりでありますか?』
「ヤメロ……嫌なこと言うな」
良い意味でも悪い意味でもマイペースな二人は、緊張感なく話しながら、神戸中心部に戻る道のりを走っていて。
オートバイが勝手に減速し、偽装のエンジン音を小さくして、コンビニの駐車場で停まった。
【説明、必要ですか?】
「いや……」
イクセスが機体制御に介入した理由を訊くまでもない。少し距離を隔てた前方を見れば、当然のことだ。
見覚えのある者たちが、駐車場で口論していた。
『お前、いい加減にしろよ!? 昨日あれだけ勝手なことしやがって、まだ勝手する気か!』
一人は、黒いライダースーツに全身を包み、フルフェイスヘルメットをかぶった人物だ。傍らにはデュアルパーパスタイプの形状を持つ、銀色のオートバイが駐車している。
露出が全くなく、ボイスチェンジャーを通した声での判断ならば、別人の可能性も捨てきれない。しかし《使い魔》が従っているなら、間違いないだろう。
支援部との交戦と協力を経験した、市ヶ谷を名乗る《魔法使い》だ。
「ボクの勝手じゃない。『フィクサー』とはそういう約束だったはずだけど?」
もうひとりは、小さな人影だった。簡単に変えられるはずだが、手抜きなのか昨日と全く同じ恰好をしていた。
《男爵》の分身である《ゴーレム》だ。髪をツーサイドアップにして少女らしさを強調している外見だから、野辺七海子と呼ぶべきだろうか。
顔見知りであるが、トラブルの予感がするので近づきたくない。しかし無視もしていられない。そんな一人と一台と一体の姿に、十路はオートバイから降りて、近づく前にヘルメットを脱ぎながら問うた。
「なぁ、フォー。もしかして、あれを警戒して俺について来たのか?」
「警戒と呼べるほどの明確さはなかったでありますが、《男爵》が夜まで大人しくしてるか、漠然と疑問だったのであります。だから当てのない見回りでもするつもりだったのでありますが」
「俺は交通手段があるし、同乗するには丁度よかったと」
「…………」
「ん?」
無言の圧力を感じて振り返ると、ヘルメットを脱いだ、珍しく半開きでない野依崎の瞳と視線がぶつかった。つまり、なにか目で語っている。
十路の言葉に反論してるのか。だが彼女がなにを言いたいか、皆目見当がつかない。
「……ん」
目で伝えるのを諦めたらしい。口で伝える選択はないらしい。不満そうに唇を尖らせた野依崎は、脱いだヘルメットを横に引っ掛けて、両手を突き出してきた。
今度は理解できた十路が姿勢を低くすると、彼女は首に抱きついてきた。小学生の身長では、スポーツバイクのリアシートはかなり高い。だから抱えて乗り降りさせているため、今のは『降ろせ』のポーズだ。
ジャージ下の装備でゴツゴツした体を地面に降ろすと、野依崎は無警戒の足取りで口論の場に近づいていく。本当に警戒していないとは思えないながらも、十路も《バーゲスト》を押して追従する。
「お前。こんな場所でなにやってるでありますか」
「あ、《女王》」
不機嫌さとわずかな緊張を乗せた幼いアルトボイスに、市ヶ谷と七海子が口論を中断して振り返った。
【また、あなたたちも一枚噛んでるんですか……】
市ヶ谷ではなく、路肩に停車するオートバイ――《真神》のAIカームに向けて、イクセスが嫌そうに歪めた声を放つ。恋愛感情とも殺意ともなんとも言いがたい気持ちをぶつけられる相手だから、できれば彼女も接したくないのだろう。
すると肩をすくめたように、メタリックシルバーの機体が小さく震えて、慇懃な若い男の声を発した。
【噛んでいるかと問われれば、無関係とはとても申し上げられませんね。率直な感想を申し上げると、私どもとしても大変不本意なのですが】
「いいのか? アンタらがどこの誰と繋がってるのか、知ったことじゃないけど、《男爵》が昨日やったこと、知らないはずないだろ?」
確認はできていないが、市ヶ谷たちは日本政府の見解を以って活動していると、十路は見なしている。そして昨日の《男爵》の大量破壊未遂は、さすがに国が容認しているとは考えにくい。
『あぁ……だから関わりたくねぇし、むしろ敵に回ってもいいと思ってるんだが……』
市ヶ谷が、変換されても伝わるウンザリ声を返す。任務かなにかで関わらずをえない消極的な責任と、勝手をする《男爵》への苛立ちが垣間見えた。
かつての接触で市ヶ谷は、日本防衛や民間人保護の責任感が強いと知っている。どういう事情か知る由もないが、街を破壊する側には就きたくないのだろう。
『昨日の今日で、コレが出歩いててみろ? 絶対に誰かが気づいて、大騒ぎになるの確実だろ? なのにコイツは……』
「だって退屈だし~?」
頭上から指差された七海子が、唇を尖らせる。子供らしい表情を作っても、それは人間ではないというのに。
「それとも、無理矢理連れ戻す?」
厭らしく口元を歪めて、好戦的な笑みを作る様は、兵器らしいと言えるかもしれない。そんな態度に市ヶ谷は、お手上げとジェスチャーする。
彼の心情と行動は、十路にも予想できる。遠隔操作をしている《ゴーレム》で暇つぶしというのも妙な話だが、気ままそうな《男爵》の性格と、浪悟・七海子が自爆した事実を掴んでいれば、迂闊に強引な手段は使えない。昨日の被害は二度とも防いだが、あれはナージャの特異な《魔法》があったから可能な手段で、普通の《魔法使い》ではとても無理だ。
「あ! そうだ! お兄さん! ボクと一緒に遊ばない?」
一転して七海子が名案とばかりに、咲かせた笑顔を十路に向けてくる。老若男女を問わずに魅了する愛らしさ満開だが、正体を知っていると素直に受け止めることはできない。
「こんなのが一緒より、面白いと思うよ?」
見た目に変化はない。けれども七海子に指差された野依崎が、イラッとしたのが伝わった。
「お兄さんも、どうせ一緒なら、可愛い女の子のほうがいいでしょ?」
「へぇ……」
今度は感情変化は誰の目にも明らかだった。なんだかポーズを決めてウィンクを飛ばす七海子に、野依崎が口元をひくつかせ、声を低くする。
「《ゴーレム》ならば性別など無関係でありますし、操ってるのは男でありますがねぇ……」
「そんなの知らなければバレるわけないじゃない」
何事にも態度を変えない野依崎が、感情を剥き出しにして歯軋りする。そういう意味では《男爵》はやはり特別な相手だった。
「目の前にいるのが本物の《男爵》ならば、今ここで蒸発させてやるところであります……!」
「落ち着け」
「ミスタ・トージ。正真正銘の女より、男が操ってるお人形さんを選ぶでありますか?」
「そこか?」
《男爵》の言動にイラついているだけではなかった。子供とはいえ、野依崎も女だった。振り向いて十路を見上げる灰色の瞳に、なにやら対抗意識が燃えていた。
「そんな問題じゃなくてだな――」
なぜ唐突にそんな選択を押しつけられるのか。十路は呆れながら七海子に目をやる。
「んふ☆」
ブランドロゴ入りのプリントTシャツに、花柄のスカートに皮サンダル。全体的に薄いパステルカラーの衣装は、男女差が明確化し始める微妙な年頃の、女の子らしさを強調している。またもポーズを決めてウィンクなど飛ばせば、ジュニアアイドルと言っても通用するだろう、ファッショナブルな美少女ぶりを発揮している。
「む」
視線を移動した先の対抗馬・野依崎は、昨日の今日なので髪は短く整っているが、他はいつもと変わらない。似合っていない額縁眼鏡に、偽ブランドのロゴが入ったエビ茶色のジャージ姿だ。素材は決して悪くなく、髪の分マシになって子供らしい愛らしさがあるが、ヒキコモリ臭は変わらず全開だった。最近は恋愛経験のない高校生でも呼ぶようなので、干物女と呼んでも構うまい。
一応は言葉を選んだ。いくら空気を読まない十路でも考えた。さすがに脳内判定の結果がまずいと思った。
だが二人の少女を見比べた感想は、率直に述べるしかないと、首筋をなでながら諦めた。観測結果に個人的嗜好が介入するとしても、客観的事実を歪めることはできなかった。
「……実情に関係なく、パッと見どっちが可愛いくて、どっちと一緒がマシかって訊かれたら、向こうを選ぶ」
「ンガァーーーーッ!?」
野依崎の喉から、プライドが大破した音が迸った。
しかもそれだけでは終わらない。ここぞとばかりに七海子が勝ち誇る。
「そりゃそうだよねぇ。そんなダサい恰好で一緒なんて、誰だって嫌だよね~」
「~~~~ッ!! 少し待ってるであります!!」
野依崎は言い捨てて、なぜかゴミ箱に飛びついて、ペットボトルを地面にぶちまける。
そして《魔法回路》が、地面のペットボトルとジャージに宿ることしばし、彼女が着ている服が変化した。装備をインナーのように露出させた、ツーピースのようにも見えるフリル付きワンピースに。
元が元だから色がくすんでいる気がしなくもないが、昨日着替えて、すぐにボロ切れになってしまったのと同じ服だった。ポリエチレンテレフタラートを繊維にして不足を補い、ジャージを作り変えた。
「これで文句ないでありますか……!」
伊達眼鏡を外し、ネコミミ帽子をかぶる野依崎の瞳は潤んでいる。幼いなりに乙女のプライド、大破を免れた最後の一線を守ろうと必死だった。
「……器用なことするな?」
彼女の必死さには触れることができない。不用意に触れてしまうと崩れてしまう予感を覚えたから。
だから十路は、ただ関心することにした。布は繊維の集合体で、単なる物質固体に比べて表面積が増える分、《魔法》で操作するには複雑なはずだ。なのに野依崎は事もなげに服を構成した。
とはいえ、できるからどうしたという話だが。莫大な電力を消費してゴミから服を作るより、服を買って着替えるほうが安全確実で安い。こうして二一世紀の《魔法使い》は、魔法少女アニメや特撮ヒーローの見せ場を否定する。
『堤十路』
不意に近づいた市ヶ谷が手を伸ばしてきた。態度が自然で敵意を感じなかったため、体も意識も反射的な警戒をしなかった。だからグローブに包まれた右手が、十路の肩になんだか優しく乗せられた。
『あと頼んだ』
「待て。なにサラッと面倒を押しつけてる」
『大したことじゃないだろ? 《男爵》にテキトーに付き合ってやればいいだけだ』
「マンツーマンでいいだろ。俺もフォーと一緒だと変な目で見られて、なかなか貴重な体験ができるからお相子で」
『芋ジャージから着替えれば、そんなこともないだろ。それに《男爵》が俺を嫌がってるからなぁ』
「だから俺に丸投げか? 俺とアンタ、仲良しこよしでもないのに」
『両手に花とは羨ましいぜ』
「本気に羨ましいなら二人まとめて面倒看やがれ……!」
『全力で遠慮する! どっちの花も毒どころじゃねーよ!?』
その表現を使ったのは市ヶ谷本人なのだがそれはさておき、どんな花なのか想像も難しい。食虫植物はなにか違う。触れたら炎症を起こすとかそういうレベルではない。食べたら死ぬとかそんな受動的なものでもない。花粉ではなく可燃性物質をまき散らして気化爆発でも起こすのだろうか。
「大体なぁ? 騒動の原因二人を一緒にして、なにも起こらないと思うか?」
十路は顔を近づけ声を潜め、親指で小さく横を示す。
「うわ、きたな……ゴミなんて着てる」
「そのうち腐敗する細胞の塊になに言わせてるでありますか……!」
傍目には子供同士の張り合いだが、実態を考えると、次の瞬間に神戸市が消滅しても不思議はない。
近づいても透かして見えないシェードの効いたシールド越しに、市ヶ谷はしばし二人を眺めていたが、結局返答に変わりなかった。
『…………任せた。俺、他の用事あるし。《男爵》が勝手しだしたって呼び出されたけど、また戻らないといけないし』
「をい。予定前倒しでおっぱじめることになれば、民間人の被害がシャレにならんぞ」
支援部は様々な組織から、常に監視されている。肝心な部分はぼかしているが、大勢の人間を巻きこんでおいて、今夜の準備を隠し通せるはずがない。だから市ヶ谷が知っているものとして、十路は顔をしかめて苦言を呈する。
対し市ヶ谷は、ヘルメットの中で嫌味なく笑った。
『だけど、下手なヤツに任せるより、お前に任せたほうが安心だ』
「そんな信頼は要らん……」
味方とは到底呼べなくても、市ヶ谷が極悪人ではないのは、これまでの短い時間で察している。直接殺しあったことも、結果的に共に戦ったこともある、敵とも味方とも言えない奇妙な間柄だ。そんな濃密な時間が気安い口を叩かせている。
加えて正体が『彼』なのだとしたら、この程度の軽口など。
だから舌打ちをしながらも、十路は覚悟を決める。
「子守を押しつけるなら、いくらかでも経費を寄越せ。こんな面倒を親切で引き受ける間柄でもないだろ」
『俺も手持ちないんだけどな……支援部に関わる危険手当、一日たったの六五〇円なんだぞ?』
「アンタが具体的になにやってるか知らんけど、駐留軍業務で処理されてるのかよ……俺は『校外実習』の時、手当て四〇〇円だったけど」
『安っ!? 戦闘なしの国際緊急援助でも一日四〇〇〇円じゃなかったか!?』
「規定に書かれてるだろ? 手当ては『何円を超えない防衛大臣の定める額』って……だからだ」
『お前、嫌われてたんだな……』
特別手当内容がスンナリ通じることで、市ヶ谷はやはり自衛官なのかと改めて思いながら、差し出した手に乗せられた紙幣を受け取る。
危険はひしひしと感じるが、《男爵》のご機嫌取りが必要なのも理解が示せる。なにを起こされるかわからないなら、こうなればすぐに対応できる距離にいたほうがいい。
問題は、やはり野依崎と一緒にさせることだ。
「フォー? 気合入れて着替えたところ悪いんだが、一人で部長たちと合流してくれないか?」
事態を伝えるだけなら電話で充分だが、万一のためにバックアップ体制が欲しい。コゼットたちが知れば、対応してくれるだろう。野依崎に別行動させる本心は、《男爵》が気づかないはずはないが、あえて異を挟んでくることもないだろう。
そんな考えで十路は頼んだのだが、七海子と睨み合っていた野依崎は、険しい目つきそのままに振り返った。
「嫌であります」
「いや、あのな――」
「絶ッ対に嫌であります!」
『面倒』以外は自己主張しない野依崎が、聞く耳を持たない。
この後の展開を予想した十路は絶望した。命の危機が頭痛胃痛レベルで収まってる辺り、やはり常人からかけ離れている。




