050_1230 必要は無知なる人々をも走らせるⅣ~切り札~
それらの準備は、《男爵》に勝つための策ではない。その下地であり、巻きこまれるだろう市民を守る以上の目的はない。
十路が一通りの指示を出し終えてから、昨夜のコゼットも言及した。
「それで、どうするつもりですの? 今までの案だけだと、負けるの先延ばしにするだけ。悪あがきに変わりねーですわよ」
ここまでは十路も考えた末、思考停止し、放棄した内容と変わらない。
「切り札が到着するまでの、時間稼ぎです」
「そんな物あります?」
だが実行を決意したのは、野依崎と二人きりになった時に話を聞いたから。
「フォーの《使い魔》です」
「《使い魔》まで所有してましたの? 《魔法使いの杖》だけでも、そんな様子を見せてませんでしたのに」
軽く驚きを浮かべて振り返るコゼットに、野依崎はいつもの態度で、十路に答えたのと同じ回答を行った。
「所有はしていないであります」
確かにそのとおりだろう。そして訊かれなかったから、話さなかっただけに違いない。説明に悪びれる様子は一切なかった。
「軍が不完全なリスクマネジメントで、運用を開始したでありますから、脱走した今も自分が支配下に置いているだけであります。自律行動時は国防総省の指令に従わせてるでありますし、しかも補給整備を自分が行うから、緊急案件にできない、グレーゾーン事態なのでありますよ」
システムの根幹部は、彼女が主だとインプットされている。あとは電子戦闘能力をフル活用して書き換え、軍上層部の優先命令を無視できるようにしたか。
しかも通常の手段では、手の届かない場所に存在する。
アメリカからすれば、脱走兵に乗っ取られているが、利用価値がある上、運用費用の大半は支払わなくて済む。だから危機感を抱きつつも、手出しを控えている。野依崎に追求の手が緩んでいるのも、これが一助になっているかもしれない。
ふと十路が首を巡らすと、学生たちの自発的な成長を見守るような、つばめの眼差しと視線がかち合った。
「ん? トージくん、なに?」
「…………いえ。なんでもないです」
ひょっとしたら《使い魔》の処置も、計算高い彼女の発案ではなかろうかと考えが過ぎった。いつ支配下に置いたか説明はなかったから、つばめと知り合った後でも不思議ない。
策略家ぶりを確認しても仕方なく、確認する必要もないので、十路はなにも言わず、ただ彼女の先見性を不気味に思うだけに留めた。
「《使い魔》、フォーの自由に使えるんだろ?」
「あまり好き勝手すると、破壊される危険が高まるため、自由には使っていないでありますよ」
しかし以前に使用し、支援部の活動を助けてくれた。今回もそうも言っていられないと、野依崎は小さく頭を振った。
「問題はそれよりも、現在位置はインド洋……あまり速く動けないため、到着に時間がかかるであります。現時点の予想到着時間は、ギリギリで遅刻する可能性が高いであります。自分が合流し、機能接続を行えば、《魔法》の推進力でもっと早く到着させられるでありますが……」
「それはやめろ。《男爵》が察知したら、多分フォーが逃げ出したって考える。それで腹いせに神戸を火の海にでもされたら、俺たちにはどうしようもできない」
「こんなことなら神戸に戻る際、持ってくるべきだったであります……」
「それは言っても仕方ないだろ」
消息不明になっていた野依崎が、神戸に戻ってきてから、一日しか経っていない。激動に先見性を求めたくなる気持ちはわかるが、変えることができない過去の選択だと、十路はそうは聞こえない慰めの言葉をかけた。
「とにかく。お前の《使い魔》があれば、対抗できるだろ?」
「是」
「だったら方針は変わらない。《男爵》も作戦を変えざるをえないわけだから、到着まで俺たちで粘るしかない」
そこで、後ろ頭で手を組んだまま、南十星が口を挟んだ。
「いま海って、フォーちんの《使い魔》も船なん?」
「いや――」
言いかけて十路ははたと気づき、不安を抱いて振り返った。
「飛行船、だよな?」
「是」
野依崎は言葉が足りないので、推測で話していた。そのつもりで十路は予定を立てていたが、確認を怠っていたことに気づいた。彼女が頷いたことで、慌てて作戦を変更する必要もなくなり、十路は心の中でだけ安堵した。
「レっトロ~」
かつて飛行船は、航空輸送の担い手として活躍していたが、現在では広告宣伝用として小規模に残っているだけだ。フィクションでも、飛行機が一般化されていない時代を描くアイテムとして使われるため、南十星にレトロと言われても仕方ない。
しかし十路は、感想を否定する。以前の所属が航空自衛隊でなくとも、これくらいの知識は持っている。先に技術者であるコゼットが口を開いたが。
「逆に最先端ですわ。軍でも民間でも、真面目に研究してますもの」
連続飛行時間は、ヘリコプターならば三~四時間、飛行機でも二〇時間程度が限界という。しかし飛行船は、軽いものならガスが抜けない限り浮き続ける省エネ性を持つ。そして風任せな気球とは違い、方向転換や速度調整が可能。しかも意外な速度と積載量を持っている。
そのため無人ならば無線中継機や観測機として、有人ならば旅客機や輸送機として、現代でも飛行船は研究開発されている。現状ではまだ目処は立たず、取って代わることはありえないが、飛行機と船舶のメリット・デメリットを両立する、中間の存在になりうる。鉄道も道路も飛行場もない地域への運輸には、これ以上ない力を発揮する。
だが、端的に説明したコゼット自身が、野依崎に当然の疑問を呈した。
「でも、いくら《使い魔》とはいえ飛行船でしょう? 戦争やろうってのに役に立ちますの?」
「問題ないであります」
「まさか、飛行戦艦なんて言いませんわよね?」
「否。言うでありますよ」
「可潜戦艦に続き、こっちも変態兵器……なんつー意味ねーものを」
飛行船が戦争に使われた歴史は、確かに存在する。しかしまだミサイルが存在せず、防空の概念もなかった時代のこと。
現代ならば尚のこと、飛行船のメリットは空戦には働かない。防御は紙と呼んでいいほど脆弱で、戦闘機のような機動は不可能。護衛機と編隊を組んで運用しようにも、ジェット機と比較して遅すぎる。無人戦闘機を搭載する空中空母ならば、開発計画が存在するが、直接戦闘を行う代物ではない。
「飛行戦艦……」
なんだか南十星が瞳をキラキラさせていたように、ファンタジーで描かれる飛行戦艦には夢があるが、現実には巨大で鈍重な標的でしかない。構想過程でメリットが見出せない代物だ。
「だから《使い魔》なのであります」
だが野依崎は、実用性を肯定した。
「艦体は炭素繊維強化プラスチックとの複合でありますが、チタン・ジュラルミン・アルミ合金を多用した全金属製。ヘリウムや水素を充填するのではなく、形状による揚力と気体熱膨張による浮力、そして気嚢内部を真空にして三次元機動を行うであります。平時はミサイル防衛に組み込まれ、早期警戒システムの一つとして自律行動し、高度約三万メートル以上の成層圏にて航空支援を。有事には弾道ミサイルの迎撃や、戦闘地域の航空攻撃も担うであります」
「全金属飛行船も成層圏飛行船も、研究開発中のはずですけど、そこは百歩譲ってよしとしましょう。ですけど真空で浮こうにも、容器が浮力以上に重くなる。軽量化すれば大気圧で圧壊確定。真空飛行船は机上の空論でしょう?」
「空間制御コンテナの圧縮空間維持と比較すれば、《魔法》で真空を保つなど、使用演算能力も消費電力も微々たるものであります」
「天気の影響モロ受けそうですけど」
「成層圏では無関係であります」
「撃墜しようと戦闘機が飛んできたら?」
「近年の主力戦闘機では到達できない高度であります」
「直撃コースで下からミサイル飛んできたら?」
「迎撃。方法は選り取り見取りであります」
「装甲なんてないに等しいですわよね?」
「破損しても《魔法》でカバーすればいいであります」
「マジで飛行戦艦ですのね……」
《魔法》を使用し続けなければ、存在することすら不可能な徒花。しかし空を支配する怪物として存在する。
精神的頭痛に耐えながら納得したコゼットに、ほんのわずか得意そうに、野依崎は改めて紹介した。
「それが《ギガース》計画空軍コンセプト。現《妖精の女王》専用《使い魔》。半自律高高度要撃空中プラットフォーム――《ヘーゼルナッツ》であります」




