050_1110 炭火に語りてⅩ~赤ちゃんと子どもの応急処置マニュアル[原書第5版]~
学院に戻ると、部室前の広場はすっかり片付いていた。明かりがついている部室内には、野依崎だけがいた。
「他の連中は?」
「泊り込みというか、一晩部室にいる準備で、マンションに帰ったであります。夜中に《男爵》の攻撃があることを考慮すると、ここで夜を明かした方が得策だと、結論が出たであります」
「フォーは?」
「自分の住居は学校でありますから、準備もなにもないであります」
「ちなみに作戦案はどうなった?」
「結局ノープランであります。その気分転換も兼ねて、席を外すことになったのでありますから」
オートバイを駐車して十路が問うと、彼女は振り向かないまま、パソコンをいじりながら返した。
ただし左脇腹をさすりながらの、不自然な態度で。
「腹どうした?」
「大したことでないであります……」
意識していない動作だったのか、彼女は指摘されて左手をキーボードに添えた。
これまでを思い返し、今日一日の野依崎を見て、わかったことがある。
彼女は嘘をつかない。秘密主義でもある意味真摯であるため、隠したい真実は、曖昧な肯定以上を話さない。
そして夕食の食べ過ぎで腹をさすっていただけなら、そんな言い方をする要はない。だとすれば。
「《男爵》と交戦した時、負傷したのか?」
「…………」
無反応だからこそ、真実に違いない。
「木次が行く前に言えよ?」
「ミス・キスキが診察しても、治療はしない程度でありますよ……」
観念したように、野依崎が椅子ごと振り返る。そこまで程度は大きくないが、隠していた悪事を見つけられて、ふて腐れる子供を連想させる態度だった。
《魔法》を使えば一瞬で治療できるために、頼りにし過ぎてしまうきらいがある。だから樹里は《治癒術士》であるが故に、簡単に治療することを避ける。とはいえ今は非常時であるため、例外だろう。人員交代できず、負傷が原因で敗北など許されないのだから。
野依崎は自分を語らないし、態度が普段と変わらなかったから、気付いてやることもできなかった。
「仕方ないな……」
少女の診察など、同性に任せてしまった方がいいに決まってる。だが部室に常駐する準備で不在にしているなら、入浴などもありそうだから、女性陣がいつ戻ってくるかわからない。
十路は諦めて、スチール棚から救急箱を取り出す。その手の依頼で呼び出されることも多いため、樹里が管理している部室の救急箱は充実しているので、施錠されている保健室に行くまでも無い。
「診るから服脱げ」
指示に野依崎は少し考える素振りと、平常運転ぶりを見せた。
「つまり幼児同士ならば看過されても、ミスタ・トージの年齢では犯罪となる猥褻行為・お医者さんごっこをプレイしたいと?」
それに十路は先ほどを思い出す。きっと愛知へ発ったであろうから東を見て、実体験を伴う今更な反省を行った。
「悪かった、木次……当て推量でセクハラ押しつけられると、本気で殴りたくなるくらいムカつくな?」
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気づくもなにもないのだが、どうやら野依崎は、人に触られるのが嫌いらしい。
渋りながらもジャージを脱ぎ、変則的にソファへ座らせた野依崎の背後に回り、十路は膝を突いて装備の部品を外していく。
昨夜、部室で入浴した野依崎が、服を着るシーンは見ていない。樹里の目潰しを食らって、のた打ち回っていたので。だから電子機器である服をどうやって一人で着脱したのか、軽く疑問を抱きつつジョイントを外して、上半身を脱がせて。
手が止まった。
「下着つけてないのかよ……」
「期待していたのではないのでありますか?」
「期待してたら、俺、終わってるだろ……というか、少しは恥らえ」
「手ブラで秘匿しなれけばならない物体は存在しないであります」
「そういう問題か?」
背後からは見えないし、前面を見ようとも思わないが、まさか開けっぴろげ過ぎて頭痛を感じる南十星以外にも、こんな苦言を呈することになろうとは。日本人よりも褐色がかかった、昨夜と同じ場所で見た裸の背中に、十路は小さく呆れのため息を吐いた。
女性陣に見られたら、コゼットに殴られ、ナージャにからかわれ、南十星に変な感心をされそうな気がする光景だ。単純に批難されると思わない辺りに、支援部員たちの個性と十路の偏見が表れているが、ありえないと思えない。しかも普通に批難されるより、人間性を貶められそうで怖い。
【完全に犯罪行為ですね】
「やかましい。あと、映像記録残すなら、イクセスのシステム電源落とすからな」
【チッ……】
「をい。言わなきゃ残してなにに使う気だった」
スピーカーから舌打ちを漏らすオートバイにも危機感を抱き、十路はとっとと用事を終わらせることにする。
「結構派手にやられたな」
野依崎が触れていた脇腹は、紫に変色している。七海子と名乗った《ゴーレム》に、触腕で打たれた痕に違いない。
「最初の一撃は、熱力学爆発で軽減できなかったでありますから」
石礫の被弾は防いだが、《ハベトロット》の防御性能は、さほど高いものではない。なので爆破反応装甲のように、《魔法》の衝撃波でダメージ軽減すると彼女は言う。
「触るぞ」
「んっ……」
触れる前に断ったが、彼女は小さく背筋を震わせた。
患部はやや熱を持っているような気がするが、腫れは小さい。あまり刺激を与えないよう、変色した周囲を押さえながら問診していく。
「吐き気あるか?」
「あったら夕食を食べていないであります」
「呼吸が苦しいか?」
「問題ないであります」
「しびれは?」
「それもないであります。《魔法》で自己診断してみたでありますが、問題ないであります」
「甘く考えるな」
腹部の打撲傷は軽いと思っても、内出血で後々重症化することがある。
とはいえ、交戦からかなり時間が経過しても、野依崎は平然としている。彼女が言うとおり、慌てて病院に運ぶ必要はないと十路も判断する。
「一応女なんだから、体に傷残すようなことするなよ」
「ミスタ・トージでも、そういうの気にするでありますか」
「俺がっていうか、一般論だろ。傷跡残って嬉しいか?」
「戦場でそんなこと、言っていられるでありますか?」
「そうだけどな……」
話しながら十路は、軟膏を患部に塗っていく。内出血を消すには、入浴してマッサージした方がいいのだろうがと思いつつ。
触れれば男の体とは異なる弾力が手に跳ね返ってくる。少し丸まった背中は肩甲骨が浮き出て、肩は華奢で薄い。痩せて、そして性徴もまだだが、やはり少女の体をしている。
(ホント、まだ子供だよな……)
感慨深く思ってしまう。
十路とは異なる。社会からは子供扱いされるが、体もおおよそ出来上がった高校生ともなれば、半分は大人だ。
だが野依崎は、見た目からして幼い。なのに自分で道を選んで、これまで戦い続けて、並みの大人でも選べない生き様を続けてきた。
「……正体を明かしても、自分に対する態度、変わらないでありますね」
されるがままに、ポツリと野依崎がこぼす。
十路は軟膏のチューブを収め、温湿布を手に取りながら返す。
「人工《魔法使い》だからって、腫れ物扱いして欲しいのか? たとえば名前、『フォー』って呼ぶのをヤメロとか」
「そういう意味ではないでありますが……」
「体の一部が機械化されてるとか、特殊を通り越して変態的な特技があるとか、なんかあるのか?」
「自分の肉体は一〇〇パーセント人体と同等。機械埋め込みもなし。変態的な特技とは、どのようなものを想定してるでありますか?」
「やっぱり能力をコピーできるとか、なんでも打ち消せるとか? オールマイティなのか、無能と思われて実はスゲーのパターンか」
「《魔法》とは科学、つまり理論。そんな厨二病的ご都合主義は不可能であります」
「なら、別に大したことでもないだろ。フォーより変態的なのが、ウチの部にはいるし」
《魔法使いの杖》なしで《魔法》を使う暴走モード搭載の人外と、串刺しにされても真っ二つにされても死なない狂人。あと世界唯一かもしれない特殊な《魔法》を使う奇人を知れば、遺伝子工学的に生み出された程度、常軌の範囲内だ。
(こんな慣れ方もどうかと思うけどな……)
十路は内心ため息を吐くが、正直な事実だ。
大なり小なり、他の部員も似たようなものだろう。樹里以外は、正体を聞いても尚、野依崎を『フォー』と呼んでいた。名前ではなく番号と知れば、普通は気を遣いそうなものだが、誰も言い出さなかった。無神経とも、人工《魔法使い》に対する区別とも取れるが、態度にも変化がなかった。
単純に悪いと思っていないのだろう。過去を変えられるものではないから、事実は事実として受け止め、それ以上でもそれ以下でもなく感情論を挟まない。女性らしくなく《魔法使い》らしい判断をしている。
「それが不安だったのか?」
「まぁ……」
曖昧な不安を笑いはしない。彼にとっては些細でも、彼女にとっては大きな問題であろうから。他人の心理が自分と同じなどと思わない程度には、十路も子供ではない。
「もういいぞ」
代わりに、ぶっきらぼうに湿布を貼り終えると、野依崎はいそいそと装備に袖を通す。
「いくつか質問していいか?」
「《男爵》対策のことでありますか?」
「それも含まれてはいるが、大元から訊かなきゃならん。さっきの説明だけじゃ不足してる」
衣擦れと呼ぶには硬質な音を背中に受け、救急箱を片付けながら、十路は声をかける。
「前に《アベンジャーズ》って計画のことを訊いたけど、フォーは当事者か?」
ジョイントを接合する音が止まり、今度こそ衣擦れが聞こえる。装備を身に付け終え、上からジャージを着ているのだろう。
「計画を担う意味では是であります」
「だけど自分のことを《ムーンチャイルド》計画プロトタイプって言ってたな?」
「是」
「複数の別プロジェクトをまとめたのか? それとも複数のプロジェクトが同時進行したのか?」
「どちらとも言えるでありますが、後者の趣が強いでありますね。《アベンジャーズ》は大綱であって、要件を満たす複数の計画が進行。《ムーンチャイルド》もそのひとつであります」
十路が振り返っても、野依崎は背中を向けたまま問い返す。
「どういう意図での質問でありますか?」
「ひとつは、単純な疑問だ。人工の《魔法使い》開発なんて、どう考えても早すぎる。俺たちみたいに普通に生まれた《魔法使い》を第一世代とすれば、その研究と育成プランが目下の目標だ」
魚などでは生態を解明し、思いどおりの結果を出せる確証を得てからでないと、生命サイクルを掌握した完全養殖を試みることはできない。
そして《魔法》が出現して三〇年、《魔法使い》が世に出て一〇年少々しか経っていない。
レシプロ戦闘機からジェット戦闘機への変革は、およそ三〇年。単純に数字のみで比較すれば、ありえるかもしれない。しかし様々な理論が実証された上で作られた技術と比べて、ある日突然出現したオーバーテクノロジーを扱う人間兵器では、その時間で充分かは首をひねる。
「なのに無視して、新世代型の人工《魔法使い》を作って投入って、飛躍しすぎてる。だから《アベンジャーズ》には、最低四つの計画が存在するはずだ」
狙いどおりの《魔法》を持たせる経験をさせる軍事心理学。《魔法使い》を運用する具体的な戦略研究。これらは普通の《魔法使い》にも必須なのだから、存在しないほうがおかしい。
そして野依崎の口から語られた、人工的に《魔法使い》を生み出す遺伝子工学と、《トントンマクート》の話で出てきた特殊《使い魔》開発運用。こちらは当初は中核から外れた、先を見据えた研究であったはず。
「さすが元陸上自衛隊の《騎士》でありますね」
「ヤメロ……そう呼ばれるの、嫌いなんだから」
彼女が秘密にしていたことを暴かれた、嫌味のように返された言葉に、十路は顔をしかめる。平坦な返事にも感心の響きがあり、普通に話を続け、加えて厄介なことに彼女の毒舌に悪意はないので、考えすぎだろうが。
「元々は自然発生した《魔法使い》を、幼少期よりどのように育成するかという教育プログラム群《次世代軍事力人材育成プログラム》。《魔法使い》の具体的な戦場運用法研究 《ウォー・シュミレーション0813》。そして人工《魔法使い》生産計画 《ムーンチャイルド》と、巨大《使い魔》建造計画 《ギガース》。他細々したプロジェクトが存在するでありますが、数十年後の完成を見据えた、この四つを統括した大綱が、次世代全地球規模積極的防衛構想《アベンジャーズ》であります」
通常兵器を用いた全地球即時攻撃計画を引き継ぐであろう、未来に予定した計画。なぜ試験運用レベルまで実現しているか疑問は残るが、今はどうでもいい別問題だ。
納得で十路が軽く頷くと、野依崎は立ち上がりながら問い返す。
「その質問したのは、単純な疑問だけではないと言ったでありますが?」
「もうひとつは確認だ」
つばめは朝食の席で、野依崎が消息不明になった理由と、独自に金稼ぎする理由について語っていた。
――やっぱり『ナッツ』関係?
――フォーちゃんには金食い虫がいるんだよ。そのために自力でお金稼いでるわけ。
野依崎は《魔法使いの杖》を、個人で所有・管理していた。だが一月ぶりに会った昨夜の彼女は、機械油で汚れていた。つばめが語った『金食い虫』は、名前からしても《ハベトロット》や《ピクシィ》とは異なると考える。
そして以前の部活動で、未確認戦力の援護があった。どこからともなくミサイルが飛来し、航空爆弾が投下され、窮地を救ってくれた。
《アベンジャーズ》がそのような計画で、しかも海軍仕様が建造されているならば、存在しなければならない。
「お前、空軍仕様の大型《使い魔》を持ってるだろ」
「所有はしていないであります」
にべもない返答に、十路は小さく拳を握り締めた。




