050_1070 炭火に語りてⅧ~そうだ、宇宙へ行こう。2000万円であなたも宇宙に!~
誰もが怪訝な顔をする中、つばめは詳しく説明する。
「フェニックス計画って知ってる? よくありそうな名前だけど、宇宙関連で」
「科学雑誌かなんかで、それらしいの見た記憶が……米航空宇宙局だったら、火星探査でしたっけ? もうひとつなにか見た記憶が……」
「もうひとつのほう。実施は米航空宇宙局だけど、発案は米国防高等研究計画局。作業用ロボットを宇宙に送り込んで、廃棄された人工衛星をリサイクルしようって計画」
「ダーパっつったら、インターネットとかGPS開発したトコでしたっけ?」
「そんなところ。正しくは前身組織だけどね」
こめかみを突いて発掘されたコゼットの記憶に、つばめは賛意を示して、核心部分に説明を移す。
「ここんところロケットが打ち上げられて、実際に宇宙で最終実験が行われてる。で、掴んでる限り、世界五ヶ所から作業用ロボットを打ち上げてるんだよね。しかも公式には積載物のうち四つは、気象衛星とか通信衛星とかに偽装して、軌道に乗らず消息不明したことになってる」
「五ヶ所……? 偽装も謎ですけど、そんなに大掛かりな計画なんですの?」
「ないない。コスト削減目的の計画だよ? クラシックでもなんでもない、古いだけのオンボロの修理に、最新自動車五台分のお金払って業者呼ぶ? 一気に一〇台くらい修理するならわかるけど、今回テストだからね?」
「昔と今じゃ宇宙開発の費用も変化してますけど、いくらなんでもありえねーですわよね……じゃあ、なにを宇宙に運んだのかっつー話になりますけど」
二人の会話を聞いていて、十路の脳裏に閃いた。半信半疑だが、この状況でそんな話を持ち出すということは。
「理事長。国防高等研究計画局繋がりでファルコンとか、まさか『神の杖』とか持ち出しませんよね?」
「ズバリそれ」
「全地球即時攻撃計画はどれも実用段階じゃなかったはずですし、『神の杖』なんて眉唾なのに?」
「確証は掴めてない。だけど、ありえると思ってるし、この状況だと無視できないんだよ。公表されてる技術が最新とは限らないのは、トージくんならよく知ってるよね?」
「もう存在してて、今回の証拠隠滅に使われる可能性があると……」
理解している者同士の会話を聞くだけでは、余計に困惑を深めたか。当事者である樹里が小首を傾げる。
「あの、どういうことですか?」
「理事長が警戒してるのは、宇宙空間から飛んでくる非核戦略兵器だ」
核兵器廃絶が叫ばれ、換わる抑止力が研究開発が行われている。その内容はいくつも分岐するが、爆発力ではなく運動エネルギーで破壊する、通常弾頭搭載型打撃ミサイルというものが存在する。
その一環として数えられるものに、ファルコンと呼ばれる計画が存在した。飛翔体をロケットで打ち上げて、マッハ二〇オーバーという極超音速での滑空を成功させた。
だがそこまでで、機体は消息不明になり計画は中止に。その時のデータは極超音速無人機開発に受け継がれているが、十路が知る限り完成していない技術のはず。
『神の杖』も原理は大差なく、人工衛星から重金属の棒を発射する兵器と言われている。だがこちらは半ば都市伝説で、存在の根拠は全くない。
フィクションでは切り札のような扱いで衛星兵器が登場するが、現実には存在しないはずなのだ。メンテナンスが事実上不可能で、運用寿命は短くなり、なのにコストが桁違いに大きい。加えて障害物がない無人空間に設置するのだから、秘匿も防衛も困難になる。それらの欠点は、兵器としては致命的と言っていい。
加えて、存在してはならない。条約により、宇宙空間はどこの国の領土でもなく、平和利用に限るという建前になっている。
「なかなか無茶だけど、人工衛星修理実験の事故ってことにすれば、宇宙空間からの攻撃も正当性が一応成り立つ。それに《男爵》の存在も事件の真相も、アメリカ軍は絶対に表に出せないから、用心しないとならないの」
アメリカお得意の陰謀論だと、つばめが肩を軽くすくめた。都市伝説を語るだけならともかく、現実の実行が懸念されるなら、そんな態度で話せる内容ではないだろうに。
「海自や航自のミサイル防衛は……」
「当てにならない。だって同盟国っていっても、今回は日本が攻撃対象だよ?」
「そうか……確か早期警戒情報は、アメリカの軍事衛星に頼ってましたっけ」
元所属は陸上自衛隊のため、詳しくない記憶を探り、十路は顔をしかめる。
日本もミサイル防衛システムを構築しているが、発射されたミサイルの初期情報は、アメリカ軍施設の情報がないと動けない。国内配備された設備では、リアルタイムでの情報収集は不可能であるために。
情報がないと、イージス艦や迎撃ミサイルの配備は間に合わない。そしてもし攻撃が行われるなら、日本側に情報を教えるはずはない。
「俺たちが地上から迎撃ってのは……」
「《男爵》と《死霊》の混乱中に叩き込まれて、迎撃できる? しかも一発とは限らないよ?」
地上の攻撃目標ならば、多少目標からずれたところで大差ないが、今回目標とするであろう《トントンマクート》は可潜戦艦。海上にいるのは確実で、場合によっては水中かもしれない。大量の水を介して被害を与えられるかは、実際に行ってみないとわからない。
確実を期すなら、なにがなんでも直撃させるしかない。一度のタイミングで、複数の弾体を連射して。
それだけならばいい。アメリカ軍が自身の不始末を、自分でつけるだけならば。
だがその時、神戸が巻き添えを食らわないか。完成度が不明の兵器を、宇宙から大阪湾へ正確に叩き込めるのか。被害をカバーできるか。
聞けばつばめの懸念も理解できる。だから十路は、彼女の提案を是とした方法論に問いを変える。
「木次をどうやって宇宙に? まさか、このためにロケット飛ばすんですか?」
「自力で。《魔法使い》なら、ロケットも宇宙服もなしで行けるでしょ?」
「普通は無理です」
正確には、行くだけなら可能だが、その後に間違いなく死ぬ。
《塔》から噴出される《マナ》は、気流に乗って世界中に満ちているが、大気圏内にしか存在しかない。《魔法》で地球の重力を振り切れても、宇宙に出た途端、制御不能になる。
「だから木次なんですね……」
人選の理由が理解できた。だが異能を持つ彼女を送り込めば、それで済む話ではない。
「目的の人工衛星、わかってるんですか?」
「それがね……宇宙航空研究開発機構にも押しかけて調べてもらったけど、どうもハッキリしない。いつの間にか低・中軌道で周回してるってことは、ありえないけど」
「簡単に調べてもらえる謎のコネは無視して続けますけど、高軌道衛星をどうやって破壊させる気ですか? いくら木次でも、宇宙だと《魔法》に大幅な制限がかかるでしょう?」
体内に《マナ》に類する機能を持ち、《魔法使いの杖》なしで《魔法》が使える樹里なら、工夫すれば宇宙服なしで生命維持が可能だろう。だが体外出力が不可欠な、高出力攻撃が可能とは思えない。
物資を運び、地表で集めた《マナ》を散布すれば、クリアできる問題かもしれない。その上で衛星を特定できたとしても、破壊は非常に困難だ。楽観的に見積もっても、一メートル離れたノミの心臓を射抜くような、超々精密狙撃が必要となる。
「まさか木次に、高軌道で目的の衛星を探して壊せ、なんて言う気ですか?」
「三万六〇〇〇キロ離れた場所で、五〇〇〇個以上の廃棄衛星を、最悪二七万キロの周回軌道を虱潰しに探すなんて、無理ってわかってる。だから国際宇宙ステーションを利用して、迎撃体制を作る」
衛星本体の破壊はやはり不可能だろうが、発射された弾体の迎撃ならばまだ実現味がある。国際宇宙ステーションは地球を一時間半で周回しているため、タイミング次第では不可能だが、地上から迎撃するよりは発見も早く容易いか。
とはいえ、想像の域を出ない。いくら十路でも、宇宙など行ったことも、シミュレーション訓練を受けたこともない。
「木次、できるか? 横からしゃしゃり出たけど、俺の問題じゃないんだが」
「や、訊かれましても……宇宙なんて行ったことないですし」
十路の確認に、樹里も未経験のミッションに、小首を傾げて反応を困らせている。
「リヒトくんが今、愛知でその準備してる」
「ふぇ? 義兄さんが? それにどうして愛知県に?」
「国際宇宙ステーションを使うのは、通常の手段じゃないから、『お土産』用意してるの。いま愛知の工場で部品を徴収して、突貫工事してる。あとキミの装備の新しい拡張部品――宇宙用デバイスも大急ぎで作ってる。だから急いでリヒトくんに合流して欲しい」
「や、どんなことになってるんですか……お願いした『尻尾』は、宇宙用なんかじゃなかったのに……」
「とにかくこれは、ジュリちゃんにしかできないこと。命令なんてしたくないけど、やってもらわないと困る」
「あぅ……どこまでできるか自信ないですけど、とにかく愛知に行ってきます……」
気になる単語が、つばめとの間を飛び交った末に、樹里は了承した。
それらの持つ意味が十路には理解できないが、成功への鍵なのはわかるので、流して別の問いを発した。
「理事長。確か国防高等研究計画局って、国防総省の研究開発機関ですけど、アメリカ軍とは無関係でしたよね?」
軍は干渉できない。専門の研究所は存在しない。研究内容は全て一般公募。軍需産業とは関係ない企業や大学、個人でも、審査に通れば誰でも契約できる。
つまり国が支援することで、一般人が軍事技術の開発を行う。
昔は軍事技術が最先端だったが、今や民間の基礎研究が先を行く分野が多い。それを逸早く軍事転用するための機関が、国防高等研究計画局だ。
「そのフェニックス計画を進めてるのは、どこの誰ですか?」
らしくない。つばめはこれまで、積極的な作戦提案を行わなかった。十路たちがどう動くか、前もって読んでいるかのように織り込んで策略を練っている。
なのに今回は、不確定事項で動いている。本格的な戦闘行為を行う部活動など、片手で数えられる回数なので、偶然の結果かもしれない。
しかし違和感は拭えない。つばめが神だと思わないから、未来の予測が完璧にできずとも、別にいい。ただそうなると、なぜ不確定情報を入手し、事が大きいとはいえ警戒して行動する理由に、疑問が生まれる。
「誰というか、企業だよ」
考えられるとすれば、絶対的に注視しなければならない相手の行動だから。
「XEANEトータルシステム」
つばめにとっての、延いては総合生活支援部にとっての――敵だからではないか。




