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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と次世代軍事学事情/フォー編
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050_1060 炭火に語りてⅦ~復刊 不可能の証明~

 まずは樹里が反応し、どんぐり(まなこ)を険しくする。


「先輩……またテキトーなウソついて、ひとりで無茶しようなんて考えてませんよね?」


 これまで一般人の気配が強い他の部員に、あまり戦闘行為に関わらせたくないため、十路(とおじ)が率先して危険を引き受けようとしたのは事実だ。身をすくませ、重要な局面で動けなくなる可能性が捨てきれないため、荒事慣れした自分がやった方が安心できる理由もある。

 そして樹里にたびたび(いさ)められている。喧嘩にまで発展しないが、ボロボロになって泣きそうな顔で治療されるか、後に尾を()く嫌な怒り方をされる。可能ならば避けたいが、十路の譲れない部分でもある。


「俺ひとり無茶すれば、どうにかなる問題じゃない。だから『詰んでる』って言ったんだ」


 だが今回はそもそも違うと、十路はやる気ない態度で手を振る。セリフは絶望的なのだが、深刻さは(うかが)えないだろう。


「まず大前提として、交戦は避けられない」


 相手の要求が野依崎(のいざき)との交戦なのだから、決定事項だ。交渉の余地が一切ないとは思わずとも、伝え聞く《男爵(バロン)》の性格やこれまでの行動に(かんが)みると、期待するのは無謀だろう。


「次に、敵の攻撃主力だろう、《死霊》が厄介ってのも勿論だが……民間人がいる状況で、守りながら戦うなんて無理だ」


 容易に破壊できず、すぐさま作られる《ゴーレム》の群れが立ちはだかろうと、高出力の《魔法》を放ち続け、切り開けばいい。強引に接近できれば、《男爵(バロン)》本人の無力化、中継器の特化型《魔法使いの杖(アビスツール)》――《エクスデス》の破壊は可能だ。

 だが一般市民がいれば。半ば実体を持たず、神出鬼没な攻撃を行われると、容易に敵と護衛対象が入り混じるため、強引な手段は封じるしかない。


「状況を打破するのに、一番手っ取り早いのは、《墓場の男爵(バロン・シミテール)》を闇討ちすること。だけど潜伏場所が不明だし、本人は《トントンマクート》に常駐してると予想される。なら、狙撃も隠密強襲も期待できない」


 でなければ七海子(ななみこ)浪悟(なみご)という《ゴーレム》を操って接近し、専用デバイスを用いて遠隔で《死霊》を操るわけはない。

 《トントンマクート》が如何(いか)なる艦か、話以上はわからずとも、数多くの人員を乗せているとは思えない。《使い魔(ロボット)》化されて通常艦の運行最低人数以下で、交戦が可能な状態であれば物資が積載されているだろうし、港に停泊する必要もないだろう。


「それにフォー。お前、《男爵(バロン)》の顔、知らないよな?」

(イエス)。知ってるのは自分より年下で、性別が男というだけであります。ハッキングも敢行したでありますが、今のところ役立つ情報は入手していないであります」

「だったら下船して、なに食わない顔で出歩いてても、俺たちにはわからない」


 七海子と会った時に確認を受けたため、野依崎の警戒する相手が少年だとわかったが、それ以上の具体性はなかった。しかも会話自体が今日初めてだと、野依崎は言った。

 加えて日本全体でも外国人旅行客が増えているのに、神戸は尚のこと外国人が多い。《男爵(バロン)》と呼ばれる少年が、どのような風貌であろうとも、簡単に(まぎ)れこまれてしまう。


「条件つけて決闘を受諾(じゅだく)して、《男爵(バロン)》本人だけを、俺たちに有利な場所におびき寄せる……なんてこと、できると思うか?」

「望めないであります。応じるなら《ゴーレム》で接触してくるわけないでありますよ。専用デバイスを用いて、遠隔であれほどのことが可能ならば、わざわざ《トントンマクート》を下船して、危険に身を(さら)すはずないであります」


 行動が大胆な割に、《男爵(バロン)》は用心深い。決して表立っていない。

 正々堂々とした精神は、全く想像できない。七海子を通して接した限りでは、さほど強烈には思わなかったが、演技かもしれないから当てにできない。

 直情径行な思考回路の割に、卑怯な手段を知っている。それが意図か偶然かわからないが、子供のようで、やり方は子供とは異なる。


「《男爵(バロン)》が望んでるのは、自分との勝負ではなく、あくまで勝利なのであります。だから優位性を捨てる理由がないであります」

「なら、フォーを確認したら、ミサイルぶち込んでもよかったはずだけどな」

「今日のことだけで考えても、ありえないでありますね。誰でも可能な勝負の(てい)を成さない先制攻撃を、ヤツ(みずか)ら行うはずないであります」

「勝つのが本当の目的だとしても、フォーを殺すのが一番の目的じゃない。ちゃんと《魔法使い》として勝負して勝たなければ、満足しないと……」


 同じ境遇の少女との優劣を明確にする。逃げ、奪い、脅し、(あや)める必要があるほどのことなのか。

 犯罪心理学の分野であろうし、『作られた』存在である彼らの心理は、十路にはわからない。


「付け加えると、『有利な場所』が疑問であります。《死霊(ゴースト)》を少しでも減らすため、材料となる固体が存在しない場所など、空中か海上くらい。有利どころか《トントンマクート》の独壇場になりかねないでありますよ」

「水陸両用は伊達(だて)じゃないか……」


 ならば勝利するには、艦ごと撃破するしかない。

 だが、そこに至るまでに、問題が山積している。


「民間人を神戸市内から逃がすことができれば、話は変わるが……」

「できますかねー? 敵さんではなく、一般の方々の問題として」


 ナージャの言う通り、一般市民の反応もある。

 今日の事件は、特集が組まれて報道されている。報道史や犯罪史に残る大事件といった扱いだ。

 しかし人々の意識では、終わったことになっているだろう。首謀者は発見されていないが、あとは国家権力の仕事であり、自分たちは無関係だと。

 そんな状況で、再度確認できない危険を訴え、避難を呼びかけて、素直に応じるだろうか。一度事件が起こったからこそ、素直に応じる者もいるだろうが、十路は五分五分と見る。


 そして避難に応じてくれたとしても、《男爵(バロン)》は黙って見過ごすだろうか。


「今の生活を諦めて、撤退もひとつの選択肢として考えたが……」

「批難ゴーゴー」

「だな。無差別攻撃を防げなかった責任を押し付けられる」


 緊急時の即応部隊としての役割を、放棄するのだから、南十星が言う通りになる。

 支援部の存在に反対する者からすれば、恰好の材料だろう。更にアメリカ軍がこれ幸いと、事実の隠蔽(いんぺい)に利用するかもしれない。

 普通の学生生活を諦めることができたとしても、同時に犯罪者扱いされるのは許容できない。


「となると、無理無茶無謀を承知で、民間人を守りながら戦うしか選択肢がないんだが……」


 ようやく方針が定まっただけ。しかもこの時点で絶望的と言っていい。部員たちの口から、疲れとも呆れともつかない息が漏れる。咄嗟(とっさ)の反論でも絶句でもない辺り、軍事組織出身ではない部員たちも、かなり非常時慣れしてきている。


「やるとすれば、陣地防衛しかない。事が起これば民間人を集めて、守りながら片っ端から《死霊》と中継機を破壊していく」

「堤さんのほうが専門家なんですから、どれほど無意味な消耗戦か、理解してますわよね?」

「えぇ」


 コゼットに言われるまでもない。これは勝つためではなく、負けないための戦術なのだから。


「でも襲撃直後は、これで(しの)ぐしかないです。その間に敵本体を探知して反撃する……なんていう希望満載の作戦しか立てられません」

「ジリ貧ですわね……」


 特化デバイスが何基存在しているか不明であるが、用途を考えると、まだ所有していると思うべきだろう。

 民間人が避難していない市街地で、大規模な広範囲攻撃は行えない。街中では障害物が多いため、遠距離からの狙撃で全てカバーすることも不可能。

 ならば接近する《死霊》を個々に対処するしかない。天文学的な攻撃回数になる、絶望的な戦いになろうとも。

 支援部員の装備と、《男爵(バロン)》の特化型デバイス。どちらが先に電池切れを起こすより先に、目的を達するか。敗北必至のチキンレースだが、逃げは許されない。

 そして逆転の道筋は、全く見えない。相手の情報が不足である上に、完全に《男爵(バロン)》にイニシアチブを握られてた現状は、あまりにも分が悪すぎる。


「今日の様子じゃ、探知はそう難しいことじゃねーでしょうけど、消耗した状態で戦艦の《使い魔(ファミリア)》と真っ向勝負することになりますわよ」

「高々出力の《魔法》一発で片がつくなら、まだ見込みありますけど」

「それフォーさんが今日やって、駄目だった手段ですわよ。二度も同じ手使って、次は成功するなんて、楽観的すぎません?」

「えぇ……違うアプローチが必要なんですが」


 十路がコゼットから視線を移すと、野依崎は体ごとそっぽを向き、空を見ていた。

 普段と変わらない、一等星以外はかき消されてしまう、神戸の明るい夜空。日中の惨事は、空からは思い起こせない。


「しかもその方法で、何人の市民を守れますかしら?」

「俺たちが陣地防御を始めれば、別の場所を攻撃されるでしょうね。そっちの防御のために俺たちは分断して動くしかなくて、守りきれなくなります」

「ほんと、詰んでますわね……」

「部長。神戸市丸ごと防御する手段あります?」

「街ごと金属で覆います? 意味ねーでしょうけど」


 コゼットの提案は、《魔法》操作の電波を防げる。だが同時に大火力や原子単位で操作して、穴を穿(うが)つのは容易で、一時(しの)ぎにしかならない。

 しかもそうなれば、身を守ってくれるはずの囲いが、今度は市民を袋のネズミにする(おり)となる。

 さらに別の場所に手を広げられたら、手立てはない。


「他に《魔法》を阻止する方法は……前もってこっちが《魔法》を発動して、《マナ》を作動させてしまうとか」

「バッテリーが何分……いえ、何秒持つと思います?」


 直接的な攻撃に使え、広範囲も影響を与える《魔法》のほとんどは、手元で効果を作り出して発射する。そして《魔法回路(EC-Circuit)》が形成される体積は、いくら巨大でもせいぜい建物一つ程度で高が知れている。効率を求められる『兵器』なのだから、消費電力量と影響範囲は比例しない。

 その数百倍、数千倍の体積内のマナにエネルギーを与えれば、一瞬で電力が枯渇(こかつ)するのは目に見えている。


電子欺瞞紙(チャフ)は……」

「そっちは堤さんの方が詳しいでしょう?」

「無意味ではないんですけど……」


 電波を反射する金属物体を散布することで、《魔法使いの杖(アビスツール)》と《マナ》の通信を阻害するのは、対《魔法使い(ソーサラー)》戦術によく使われる手段だ。

 ただし、効果時間は長くなく、完全に《死霊》を阻止しようと思えば、町を丸ごと覆う広範囲にばら撒く必要ある。現実的とはとても言いがたい。


「そうなると、やっぱり《死霊》を各個撃破していくしかない……俺たちの《魔法》だけじゃ、とても足りると思えませんが」


 《魔法》を封じることはできない。ならばそれで生まれた効果を、ひとつひとつ対処していくしかない。とはいえ移動大砲がいくら頑張ったところで、不死の軍団を相手には不足するとしか思えない。

 内心、もっと焦りを感じてもいいはずと思いつつ、十路が体を背もたれに預けると、椅子が軋んだ。


「今日戦った感じ、《死霊》は繊細な制御が必要な分、脆弱(ぜいじゃく)ですわ。破壊は無理でも損壊させて、一時的に機能不全を起こすことは簡単でしょう」

「有効な攻撃は? 実際()ってみた感じ、なんとも言いがたいんですけど」

「電磁波を照射して誤作動させるか、爆発を起こして吹き飛ばすか……《魔法》の維持か、広範囲の粒子状態に横槍を入れれば、一時しのぎくらいにはなるんじゃねーかと思いますわ」


 《魔法》ならば類する兵器を仮想再現できるが、とにかく手数を多くしなければならない。何度《魔法》を実行しないとならないか不明なのだから、省エネ戦法と同時に、もっと別の手段を考える必要がある。


「遠隔で、任意に《魔法》を発動……ってできます? 部長の(ゾシモス)ならできそうな気がしますが」


 《パノポリスのゾシモス》は、通信機能が貧弱極まりない。だが前もってページ――極薄の集積回路が刷り込まれたシートに、機能情報やエネルギーを保持して、《魔法》を発動する。

 ならば前もってページに《魔法》を刷り込んで、後からエネルギーを送り、罠や遠隔発動の基点にできないかと考えた。


「期待しないでくださいな。距離を挟んでしまうと、単純で低出力な《魔法》か、ページもろとも破壊して一瞬だけ出力を作るとか、その程度が関の山でしょうね」


 思ったことはできそうだが、コゼットが言うように期待はできない。ないよりはマシかと納得したところで、思い至った。


(……いや、待てよ? そもそも《死霊》の体は粒子なんだ。迎撃手段は難しく考えなくていいんじゃないか?)


 昼間の戦闘を思い出す。コゼットは同原理の《魔法》で大量の粒子をぶつけることで、《死霊》を粉砕していた。

 あれをもっと簡単にできればいい。ただし《男爵(バロン)》が対抗してきた時のことも考えねば。

 十路はディスプレイに目をやり、考えをまとめながらマウスを動かす。


「やっぱりどうにかして、俺たちの有利な状況に、相手を引きずりこむ必要がありますね。せめて襲撃タイミングと場所を特定させないと、どうにもなりません」

「罠……というか、攻撃手段を前もって設置するしかないと」

「えぇ」


 メーラーソフトに、また新たなメール着信が十数件届いた。

 内容は、やはり今日の《男爵(バロン)》が起こした事件についての、問い合わせや抗議だった。一般非公開の校内アドレスだが、部が有名になった今、学校関係者・部外者を問わずにメールが直接届くようになってしまった。

 一瞥(いちべつ)だけで無視しても問題ない内容だったので、全て消去する。


(それをクリアできたとして、どれだけ民間人を避難させることができる? いや、その前に、協力が得られるか……?)


 そして過去の依頼メールを開く。先ほども目を通していた、添付されていた文章ファイルを開き、内容をもう一度確かめる。

 学生が行うにしては不向きであろう物語。


「……俺たちの知名度って、どれくらいあると思います?」

「ハ? どういう意味ですのよ?」

「いや、なんでもないです。後でまた持ち出すかもしれませんが、今は忘れてください」


 襲撃が開始されるより前に、人を集める手段を考えてみたものの、いい手段とは言えない。十路自身も乗り気ではないし、部員たちも()()()()()は嫌がるかもしれない。

 不平不満は非常時という理由でねじ伏せるとしても、実行には人手が決定的に足りない。襲撃が開始されてからはまだしも、準備段階では部外者の協力が必要になる。


(常識的に考えて、やっぱり今日の明日じゃ、どこの()()も受けてくれないだろうしな……《魔法》でやるしかないのか?)


 もう少し考えてみることにし、十路はアイディアを口にすることなく、振り返って別の確認事項を問う。


「理事長。今回の件で、行政機関や軍事組織がどう動くか、わかります?」

「今のところ、自衛隊の表立った支援はないと思っていいよ」

「《トントンマクート》は大阪湾内に侵入しました。立派に領海侵犯ですよ」

「だから海上自衛隊や海上保安庁は、面子にかけて捜索してる。でも《男爵(バロン)》がまた事件を起こす想定で動いてるわけじゃない。それ以上になると、事後にならないと無理だよ」

「相手がただの不審船じゃないってこと、知ってるんですか?」

「幕僚長と国土交通大臣は知ってるから、見つけても絶対に手を出すなって、トップダウンされてると思う。それに事件との関わり知ってたら、ヤバすぎるって誰でもわかる」


 ひとまず発見が第一。ただの不審船ではないのだから、武装解除や拿捕(だほ)など、考えない方がいい。そもそも発見すら、相当に難しいはずなのに。

 事態が起これば、航空戦力が発進できるのだから、無理はしないと信じたい。


「アメリカ軍は? 元凶なんですから、火消しに走ってるんじゃ?」

「第七艦隊が動いてる。《トントンマクート》が行方不明になってから、全艦隊が警戒状態だったらしいけど、今日の事件で神戸にいるって判明して、横須賀・佐世保に寄港してた艦が向かって来てる」

「それ、日本政府も了承してる作戦行動ですか?」

「一応は。だけど、事が起こった時、助けは期待できないと思う。《トントンマクート》の撃沈には力割くかもしれないけど、《死霊》に襲われてる神戸を助けるのとは、意味が違うしね」


 それはそれで大事であり、撃沈できたら支援部の助けになる。とはいえ《使い魔(ファミリア)》化した戦闘艦なのだから、あまり期待はできない。


「それにもう、日本もアメリカも事態の調査と警戒に、《魔法》に詳しい人員を派遣して、神戸に潜入させてると思うよ。でも支援部に協力せず、独立して動くだろうね。そもそも世界中の国が支援部(ウチ)を監視してるだろうから、ここで協力って、妙な話だよ」

「そりゃそうでしょうね……結局のところ、確定してる戦力は、俺たちだけ、か……天気が味方してくれりゃ、まだ話は変わるんだが、明日の予報は一日中晴れだし……」


 まとめながらも、十路の脳裏に考えがよぎった。

 

 まず、野依崎が参戦するのか。これまでを考えてもそうだし、今も興味ない態度で肉を小さくかじっている。

 今回の事態は、いわば彼女が原因だ。だが、どうにも積極性が感じられない。それに不安を抱く。


 そして支援部以外の、国家組織とも異なる戦力二人についても、考えが及んだ。

 市ヶ谷(いちがや)を名乗る、鎌槍型の《魔法使いの杖(アビスツール)》と、《真神》と呼ばれている《使い魔(ファミリア)》を操る《魔法使い(ソーサラー)》。防衛省に所属すると思われ、敵として直接交戦したが、支援部に協力してきたこともある。

 こちらからコンタクトを取る手段もない。仮に協力を求めることができたとしても、彼の思惑や行動理念は、今ひとつわからない。頭数には入れるには、不安要素が大きすぎる。


 もう一人。対戦車ライフル型の《魔法使いの杖(アビスツール)》と、《コシュタバワー》という特異な《使い魔(ファミリア)》を所有する、樹里の姉・ゲイブルズ木次ユーア。

 人間関係とかつて助けられた経緯だけで考えれば、市ヶ谷よりは信頼を置けるだろうが、いまだ十路は会ったも言葉を交わしたこともなく、人物像を全く知らない。彼女の所属や立ち位置も不明であるため、協力を求めていいものか迷う。


 ひとまず(じゅり)に確認くらいはするべきか。

 十路は口を開きかけたが、先につばめが口を割り込ませた。


「あ、そうそう。トージくん。もひとつ悪い条件、追加していい?」

「マイナスにマイナスをかけるとプラスになりますけど、そういう内容ですか?」

「うぅん、ならない。良くてゼロ?」

「……聞きたくないですけど、なんですか?」


 こうなれば、マイナスが一になろうと二になろうと大差ない。そんな投げやりな気分で、つばめに返事した。

 だが十路にしてみれば、許容できる範囲ではなかった。


「わたしの方でも問題が起きてて、人手が必要なんだよ。だからキミたちが神戸で行動を起こすにしても、ジュリちゃんを参加させられないんだ」

「ふぇ? 私?」


 突然名前を呼ばれて、樹里は自分の驚き顔をフォークで指す。


「木次に抜けられると困るんですけど。別の誰かじゃダメなんですか?」


 支援部の戦闘(ぶかつ)はいつもそうだが、部員が一人欠ければ、戦力は大幅減となる。それでも尚、今回誰か欠けなければならないなら、近接戦闘に傾向して対多数に不向きな南十星かナージャ、それとも十路自身だと考える。

 作戦は立てていないものの、あらゆる戦局に対応できる樹里を外すのは、ありえない選択なのだが、つばめは首を振る。


「代役は無理」

「《治癒術士(ヒーラー)》だからですか? エコヒイキになるからって、非常時以外、木次はいつも断ってますけど、なにかの交渉に偉い誰かを《魔法》で治療しようとか」


 考えられる中で、樹里を連れて行く理由は、それくらいしかない。だったら変更の余地があるだろうと十路は思って訊いたのだが。

 返答は、想像の斜め上どころではない。つばめが右手で指し示す通り、真上だった。


「そうじゃなくて、宇宙まで行って欲しいから」

「……は?」

「……ふぇ?」


 意外すぎる言葉に、十路も当の樹里も、ポカンと口を開けた。


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