050_1040 炭火に語りてⅤ~「世界の戦艦」パーフェクトガイド~
「それで、今日の件ですけど……」
ひとまず野依崎の正体については、知ることができた。
だからコゼットが話題を変えながら、咥えた野菜スティックのニンジンをピコピコ動かし、料理が盛られた皿を野依崎の前に置く。
「なぜその《男爵》って子は、またフォーさんを狙って襲撃しましたの? 恨み買ってるみたいでしたけど」
「これも推測になるでありますが……」
「さっきから『推測』多くねーです?」
「先ほど言ったでありますが、同じ場所で同じように生まれても、交流はゼロ。自分が《男爵》と直接会話したのは、今日が初めてなのであります。ですが様子からして、推測は間違っていないと思うであります」
バッテリー交換が終わったか、《魔法使いの杖》をピラミッド状に積み重ね、野依崎は焼きトモウコロコシを手に取る。しかし口にはせず宙に止め、ウンザリしたように眉を動かす。
「自分が軍医療施設から脱走した切っかけは、《男爵》との勝負だったのであります。それぞれを育成する二つのチームで、成果発表として予定されていた、軍上層部の前で模擬演習で、決着をつけようと」
「それに勝ち逃げでもしましたの?」
折りたたみテーブルで頬杖を突くコゼットの推測は、ごく自然なもので、その手の恨みは厄介だから、危惧も当然だろう。
だが返事は、鼻ホジでもしそうな無気力内容だった。
「否。勝負なんてアホくさくて面倒でありましたから、バックレたのであります」
「ん、まぁ、フォーさんらしいと言えば、それまでですけど……」
生死がかかる脱走と、面倒くささ。普通は同じ天秤に乗せないが、マイペースな野依崎ならば、コゼットが諦めた通り、不思議ないかもしれない。
だが十路は、疑いを含んだ眼差しを、トウモロコシに歯を立てる赤毛の少女に向けてしまう。
部員たちの反応を窺うと、ナージャや南十星は格別気にした様子は見られない。だが樹里だけは、スペアリブに口をつけたまま、納得していない様子で首を動かした。
彼女も十路と同じ疑問を抱いたらしい。
とはいえ現状、野依崎の心情は二の次でいいから、話の腰を折ることはしない。
「で、今日また《男爵》って子は、フォーさんに勝負を挑んできたと?」
「みたいでありますね。今日ではなく、以前より様子を伺っていたと推測するでありますが。一連の《死霊》騒ぎを起こし、自分の反応を……とはいえ昨日まで神戸に居なかったでありますから、完全な無駄骨でありますが」
すれば今後関わるであろう、《男爵》の異常性にため息をつきたくなる。コゼットと野依崎で語る、執念深さも含めて。
ウクライナの件――特に味方もろともの証拠隠滅は、多分それではないか。野依崎が交戦することなく逃走したため、興醒めし、ぞんざいな暴挙で手っ取り早く片付けたのではないか。
「そもそもウクライナの事件以降、《男爵》は実戦投入されず、禁固されているはずでありますが……」
「実験で《魔法使いの杖》を手に入れた途端、脱走した。安全装置はなぜか発揮されずに皆殺し。アメリカ軍が隠蔽してた、半月近く前の事件だよ」
どこから仕入れたか不明な、つばめからの情報に、野依崎は唇を『へ』の字に曲げて不快感を露にする。親しい知人が殺された反応とは思えないから、きっと虐殺に対して。同時に自らの情報収集能力の不完全さに。
「パールハーバーの施設に保管されていた『トントンマクート』が移動したのは、情報が残っていたでありますが……それもなにかの理由で、《男爵》に強奪されたのを隠蔽したのでありますか……」
「ふ? トントンマクート?」
『トントンマクート』という固有名詞を、十路は昨夜と今日の二度聞いた。しかし昨夜つばめたちの酒席に同席せず、一月ぶりに野依崎と会ったのが事態が起こってからの、南十星とナージャは知らない言葉のはずだ。
南十星は口いっぱいに肉を詰め込んでいるので、その疑問を発することができなかったため、聞いたはずのコゼットが、金髪に触れながら別の問いを放つ。
「そういや最後、なにに向けて荷電粒子砲ぶっ放しましたのよ?」
「広域探査の結果、大阪湾南西部、旧淡路市東北東約五キロ沖の海中に、微速航行を行う全長一〇〇メートル超の物体を発見。スクリュー音は確認できず、反響反応も潜水艦とは全く異なったため、『トントンマクート』と判断。攻撃を行ったであります」
「『トントンマクート』とやらは、潜水艦でしたの?」
「是」
「なのにスクリュー音がない?」
『トントンマクート』が水上船と思っていた十路には、奇妙な問答に感じられたが、一瞬後に思い直す。日中に確認をした時、『アメリカ海軍の船なのか?』と訊き一応肯定したが、大型水中船を潜水艦と呼ぶのだから、野依崎の返答は間違いではない。勝手に思い込んでいただけだ。
しかし真相はどちらでもなく、どちらでもあり、意味不明だった。
「ハイドロフォイル・ペンタラマン・リィタラル・コンバット・サブマリン。過去に自分が見た諸元でも、機能から考えても、ウォータージェット推進を行うであります」
【あの……その名前を聞いた時点で、既にありえないのですが?】
ずっと黙っていた、部室内で充電ケーブルを延ばすイクセスが、戸惑った合成音声を発する。機械関係はコゼットの分野だが、機械当人が先に口を開く。
【まず。水中翼船とは、揚力で船体を水面から持ち上げる、高速船の仕様です】
「是」
【で。普通は双胴船で、せいぜい三胴船で、五胴船なんて知りませんが……船体を繋げるのは水の抵抗を少なくするためで、やはり高速船の仕様です】
「間違いではないでありますね」
【それで? 沿海域戦闘艦とは、アメリカ海軍の次世代戦闘艦ですよね?】
「是。言葉の響きに対して、ビミョーな代物だそうでありますが」
【なのに? 潜水艦? 海に潜ると?】
「みたいであります」
【なんて無駄なことを……】
水中行動させたいなら、最初から潜水艦を建造すればいい。水上航行に優れた船を潜水させるなど、意味がわからない。
「《使い魔》でなければ、金かけたガラクタであります」
【さすがアメリカ……やることがバカみたいに大胆ですね】
ただし《魔法》があるなら、非現実な汎用性を現実に持ち込んでしまえる。
「水上航行が艦本来の性能ならば、潜水艦と同じ潜行システムの搭載は到底不可能。《魔法》かなにかで空洞現象を起こすと推測するであります。限界深度や潜行時間まで、本物の潜水艦に匹敵すると思えないので、日本語ならば可潜艦と呼称するのが正確でありますかね」
金属の塊なら水に沈めること、あるいは逆に浮かせることは容易だが、双方を自在にとなると話は全く変わる。だから大量の細かな気泡で船体を覆い、水の密度を操作した潜水をするのではないかと、野依崎は推測する。
だとすると、泡でおおよその位置が丸わかりになる。隠密性は、本物の潜水艦とは比べ物にならない杜撰さだ。
だが戦術面だけを見れば、海に潜れるだけで優位性は広がる。対潜兵器がないと、攻撃はまず不可能。水中での三次元機動が自在であれば、潜水艦が取る対艦戦術は通用しない。水上艦としての兵器も使用可能ならば、本来潜水艦は逃げるしかない対潜ヘリも、単独対処可能になる。さらに水泡で全体を覆って流体抗力を減らすのは、高速魚雷などに使われる技術だ。海中でありえない高速機動が可能かもしれない。
「区別して《巨兵》と呼ばれていたでありますが、要は通常兵器運用を重視した、デカい《使い魔》であります。いつぞやのみたいに、《使い魔》単体で《魔法》による次世代戦術戦闘は不可能。常識的な範囲であります」
「いや~、充分非常識でしょう……潜水戦艦は昔、本当に作られて、活躍せずに沈没したはずですけど……」
艦の存在を聞いた時に想像したが、ありえないと流した超兵器予想が肯定され、ナージャと同じく十路もため息を吐く。
そして知らず手が止まっていたことに気づき、サーチエンジンで出力された会社名を、またクリックしてページを開く。
「自分の荷電粒子線照射装置が、どこまで《トントンマクート》に被害を与えたか不明でありますが……そんな化け物を、しかも潜水中に撃ったのでありますから、被害は期待できないであります」
「ということは、敵方の《魔法使い》さんも、生きてると」
「是。《トントンマクート》を介して、《死霊》を遠隔操作していたのは確実でありますから、乗船していなかったとは考えられないであります。しかし船体の破片も見つかっていない現状、《男爵》を戦闘不能にできたとは、到底思えないであります」
「まぁ、あれからなにも起きてませんから、完全な無傷とも思えませんけど……」
ナージャが『勘弁して欲しい』と首を振って白金髪を靡かせ、アルミホイルで焼いていたイカを突く。
樹里は、焼きリンゴに入れようとしたフォークを止めて、言わずもがなの言葉でまとめる。
「また、戦わなければならないってことですか……」




