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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と次世代軍事学事情/フォー編
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050_1020 炭火に語りてⅢ~どうしたらいいの? 男の子のしつけ~


 焼き上がったバーベキュー串を皿に盛りながら、ナージャが口を開く。


「《墓場の男爵(バロン・シミテール)》って、こちらも神話か物語の引用ですか?」

「ゲーデの別名、って言って理解できる?」

「ヴードゥー教の死神でしたっけ?」

「そんなところ」


 受け取った皿を折りたたみテーブルに置いて、つばめは早速一本手にしてかぶりつく。


 西アフリカやカリブ海域、アメリカ南部で広まっている民間信仰。神道も仏教もキリスト教も関係なく、年間行事に組み込む日本人でも、馴染みが薄い。

 しかし聞き覚えのある者は多いはず。ヴードゥーの呪術で(よみがえ)ると言われた死体・ゾンビで。

 パニック映画で描かれるものとは大きく異なり、本来のゾンビは一種の刑罰とされていて、人を襲うことはありえない。しかし一説には、支配した中南米国のイメージダウンを図るために、大国が怪物としてのゾンビを題材にした映画を作ったとも言われている。今や定義が変わっても『ゾンビ』の名は変わらず、サブカルチャーで広く取り扱われるため、多くの人は得体の知れない不気味さを抱くだろう。


 ヴードゥー教の原点は、日本の古神道にも通じる、ロアと総称される存在を(あが)める精霊崇拝だ。良き神格(ラダ)悪き神格(ペトロ)で区分し、そしてゲーデはどちらにも属さない、独立していると見なされる第三の神格(ロア)だ。生と死の仲介者とも言われ、死と性交を(つかさど)り、死者が神々の住処(ギネー)に向かう途中にある『永遠の交差点』に立つ、黒い山高帽と燕尾(えんび)服姿の、貧相な男として表される。

 そしてゲーデは別名を複数持つ。土曜日の男爵(バロン・サムディ)十字架男爵(バロン・クロア)――墓場の男爵(バロン・シミテール)と。

 《死霊》の軍団を扱う《魔法使い(ソーサラー)》の異名としては、それらしい。


「その子、フォーさんの弟になるんですか?」

(ノゥ)。同じ研究所で生成・育成されただけで、血縁は存在しない赤の他人、交流もゼロであります」


 ナージャとの問答だけで矛盾が出てきたと、天気予報を見ながら流し聞いている十路は、マウスをクリックしながら考える。

 口には出さずにいると、食べ物を呑み込んだ様子のつばめが、ナージャ相手にその謎に触れ始めた。


「フォーちゃんが来日して、入部したのは、この春だけど……」


 ただし、すぐに沈黙が挟まった。疑問に思って十路が目をやると、つばめは手にしたバーベキュー串を宙に止めて、作業中の野依崎(のいざき)に視線を向けている。口に物が入ったからではなく、どうやら野依崎が自分で語るかと、無言で話を向けたようだった。

 結局、反応はなかった。仕方なさそうに、つばめは続ける。


「フォート・ディリックから離れたのは、それよりずっと前で、脱走してから世界各地を転々としてたみたい」

「アメリカ陸軍の医療研究施設でしたっけ? 感染症や生物兵器対策の防疫(ぼうえき)拠点だったと思いますけど……そういう研究までやってたんですね」


 何年前かつばめは明言を避けたが、今でも充分幼いのに、もっと以前に子供一人で逃亡生活をしていたとは、十路でも信じがたい。

 しかし矛盾しているが、逆に彼女なら不思議ないと納得できてしまう。情報戦の教育を(ほどこ)された成果なのか、ネットが浸透した国であれば、彼女はふてぶてしく生きる気がしてならない。

 正に野良猫。森での生き方を知らずとも、山猫の野性は忘れておらず、コンクリートジャングルで真価を発揮する。


「フォーちゃんの入部経緯は、キミたちとはちょっと違うんだ」


 スカウトという言い方が正しいか疑問だが、十路自身そうであるし、話を聞くとコゼットと南十星も類する。ナージャはひと悶着があったが、結果的には同じとしてもいいだろう。

 如何(いか)なる手段で探し出したか、『ワケあり』な《魔法使い(ソーサラー)》につばめから接触し、支援部の有用性を説かれ、入部した。そこに彼女の策略めいた意図が見え隠れするが、結果的には個々人の意思でスカウトに応じた。


「まだ部が設立する前に、どこからか嗅ぎ付けて、保護を求めて連絡してきたの」


 だが野依崎の場合、彼女(みずか)らが接触して、売り込んできた。樹里の入部経緯はいまだ不明だが、確かに他の部員たちとは異なる。


「その頃フォーちゃんが拠点にしてたのが、ウクライナ」


 ナージャが串の野菜を飲み込んでから、顔を上げない野依崎当人に振り返る。ウクライナはロシアの隣国というだけでなく、社会体制が崩壊して独立するまで、同じ国であった。


「フォーさん、ウクライナ語話せるですか? あの辺り英語なんて通じないと思いますけど」

「Якщо багато повсякденнiй розмовi. Це дивного? (多少しゃべれるでありますが、意外でありますか?)」

「すみません、なに言ってるのかわかりません……」


 隣国言語で似た文字を使っているとはいえ、漢字を使っていても日本語と中国語は違うように、ロシア語とウクライナ語はまったく違う。しかもナージャの前所属が諸外国に対する諜報機関でも、近隣国の諜報活動は違う組織が担当するため、学ぶ必要性がなくても不思議ない。


「敵方の子、ウクライナの二の舞とかって言ってましたけど、なにがあったんですか?」


 (はた)で聞いてる十路には、話が()れ始めた気もするが、問題ないのか、つばめは気にせず応じる。


「ナージャちゃんならわかるでしょ?」

「あそこの問題は根が深いですから、どこからの話かにもよりますけど」


 地政学的にロシアにとって重要な国であり、歴史的にも結びつきが強い。その一方で政治的には、欧州連合(EU)の加盟や、アメリカとの結びつきを強めようとする風向きにある。

 問題はそれだけではない。民族対立、農地や天然資源埋蔵の分布、旧ロシアであった頃の歴史的問題、石油パイプラインの利権、欧州連合(EU)の市場拡大、負の遺産・チェルノブイリ発電所など、事情は複雑に絡み合っている。

 ともかく、親ロシア派と親欧米派が衝突し、暴動や爆破テロなどがたびたび起こる、情勢が不安定な国だ。


「クリミア紛争とシーブリーズ演習。割と最近のこと」


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