010_2201 部活動Ⅴ~分隊行動~
D甲板レストランホールに飛び込んだのは、学生服を着た少女と、やはり鎧の巨体だった。
時間があれば、具体的ではない無線からの情報でも、作戦遂行の異常は把握できる。
だから統率されていない格好の四名のシージャック犯たちは、正面突破してきた者たちに躊躇することなく銃を向けた。
「ひゃっ!?」
『木次さん!』
立ちすくむ樹里を、コゼットが操作する鎧の兵士がかばった直後、一斉に射撃された。拳銃弾でも鉄板を撃ち抜くとはいえ、盾に加えて、全身鎧の裏表と筋肉となっている金属繊維全てを貫通し、樹里の体まで届くことはさすがになかった。
「部長、ありがとうございます……」
陰に隠れて顔を引きつらせる樹里は、鼓動が早くなった心臓を押さえ、《魔法》の無線でコゼットに感謝する。
よほど当たり所が悪くないと、《治癒術師》である彼女が即死することはないが、誰も好き好んで痛い思いなどしたくはない。
「それにしても、いきなりですね……!?」
『ロケット弾とか手榴弾でないだけ、まだマシですわよ』
これなら走りながら着けた腕章を示し、罪状と逮捕を宣言する必要もない。なにをしようと正当防衛が成立する。
『どうします? わたくしが片付けましょうか?』
「いえ、このまま一気に片付けます」
樹里は脳内で保存されている術式を呼び出す。銃声が一旦止んだ隙に鎧の物陰から少しだけ顔を出し、視覚データを得て目標をロックオンする。四人の目標と七〇名余の乗客たちとの間には距離があり、巻き込む心配はない。
遠慮なく樹里は術式を四回走らせると、銃身しかないライフル銃にも見える筒状の《魔法回路》が四基、頭上に描かれた。更にその『銃口』から人間の目には見えない、レーザー光線が照射され、シージャック犯たちに命中する。
それが攻撃ではない。証拠にこの術式の名は《雷撃》という。
空気中に電気の通り道を作って高圧電流を流す、非致死傷性・指向性エネルギー兵器。電極を射出するテーザーガンとも、散弾銃で発射するワイヤレス式とも違う、既存科学では存在していない射撃型スタンガンだ。
見ただけでこの効果がわかる者はいない。
「実行!」
小規模の人為的な落雷を受けて、感電した当人たちは、特に。
「後は機関室だけですね」
『クソAIも手伝わなきゃなんねーですし、そっち任せますわ。後片付けが大変だから、機関室を破壊しないでくださいな』
「いつも壊してるように思われるのは心外です!?」
倒れた男たちを拘束すると、すぐさま樹里は踵を返し、レストランホールを飛び出した。
△▼△▼△▼△▼
C甲板後方のレストランホールに、黒と赤のオートバイがエンジン音を響かせて、再度に突入してきた。ただし今度は、男子学生だけでなく、後部に外国人の少年も乗せている。
【今からここは危険になります。すぐに前方のホールに避難してください】
つい先ほどホールに突入し、銃を持った男たちと戦闘したオートバイが戻って来て、突然そんな警告しても理解できるはずはない。人質となっていた乗客たちは一斉にキョトンとした顔を向ける。
正攻法で避難させようとしたら時間がかかると瞬時に判断し、スピーカーから音声を発しないまま、イクセスは無線で語りかけた。
【コゼット。任せました】
『やりたくはねーですけど、強制退去っきゃねーですわね……敵の攻撃として上手いこと誘導させなさい』
【なにする気か知りませんけど、了解】
《魔法使い》とAIが、そんな会話をしていたなどとは知らない常人たちの目の前で、光の粒子で構成された平面アンテナが出現する。その《魔法回路》の形状は、以前理事長室で電子レンジとして使われたものだった。
しかし効果は違う。乗客たちは激痛に体をよじって絶叫した。
仮想の平面アンテナから、なにか放射されてるのが見えるわけでもない。なぜ痛みが走るのか理解できないことが、余計に不安と恐怖を増長し、乗客たちはパニックになる。
「なにが起こってるんですか……?」
説明している暇がないので、いまだオートバイが喋っていると理解している様子はないが、誰とはなしにレオが問う。
【アクティブ・ディナイアル・システムと同等のミリ波攻撃でしょう】
その装置は電磁波を放ち、皮膚表面の水分を加熱させて、火で炙られるような激痛を引き起こす。相手を無力化できるほどの痛みを与えるのに、効果範囲外に出れば消えるという、暴徒鎮圧に有用な最新の非致死傷兵器を、コゼットは《魔法》で再現した。
【人質にされていた哀れな民間人を、更にこんなムゴい目に遭わせるなんて……コゼット、外道ですね】
『うっさい黙れクソAI! 電波放射に巻き込むぞコルァ!?』
【《使い魔》に電磁破対策は標準装備ですので、この程度は無効です。それにレオナルド・ラクルスも巻きこむことになりますが?】
『チッ……! つーか、とっとと乗客を避難させなさい!』
無線越しでも険呑とした一人と一台はさておいて、痛みの効果範囲から逃れようと乗客たちは逃げ惑う。
【それが敵の攻撃です。前方のレストランホールに急いで避難してください。ただし他の階層は危険なので、絶対に階段を移動しないでください】
イクセスの言葉に無秩序な混乱が指向性を持ち、ホールの出口に人々は殺到する。
人の流れができたことを確認し、仮初の相棒に向けて、イクセスは無線で報告する。
【トージ。あと三〇秒ほどでC甲板後方のホールが空きます】
△▼△▼△▼△▼
「了解――うぉ!?」
指先ほどの大きさの『氷』の弾丸が、十路のすぐ脇を通過した。
吹き抜けの階段を最上階まで駆け上がると、直後を機関銃の連射速度で放たれ、ガラス窓を粉砕する。
「逃げてばかりか……!?」
苛立ちを濃くするローデリックは、階段の中ほどから、周囲に浮かべた複数の筒状の《魔法回路》を再度形成させた。
空気を圧縮冷却し、固体窒素の弾丸と雷管を作成し、爆発的な昇華で飛ばす。対人攻撃用の《魔法》としては最も一般的なもので、《氷撃》などと呼ばれている。
弾丸作成に空気を使うのだから、屋内にも関わらず風が吹き荒れる。その中では《魔法》も普通の銃弾ほど正確な射撃ができない。
だから十路の足を止めさせて、ローデリックが接近戦を行おうとしているのがわかっていため、彼はずっと螺旋階段上で距離を詰めさせなかった。
「そんなわけないだろ!」
しかし、ここで逃げの一手から一転する。十路は短剣を軽く宙に放り投げ、空けた右手を腰に滑らし、ポーチから棒手裏剣を投げ放つ。
直後に宙に浮く短剣を掴み取りながら、階段を飛び下り間合いを詰める。
顔面に向けて飛来してきた鉄棒は、ローデリックが大剣で払う。剣が流れたタイミングで、十路が短剣で襲いかかることになる。
直後、甲高い金属音と火花が飛び散る。
それが消えぬうちに次の音と火花、更に次の音と火花が続けざまに発生する。ニの手、三の手を巧妙に隠した幻惑ではなく、真っ向から切り裂こうとする剛直。恐るべき速度でふたつの白刃が交錯し、光の帯を靡かせ剣舞する。
大剣の刃は細身だが、それでも重い。慣性モーメントを無視するように、重いものを素早く振り回そうとしたら、それだけ腕の筋肉に負担をかける。だからローデリックは《魔法》で筋繊維を補強しているはずと、十路は推測する。
そしてそれは受け損ねれば、体を両断されかねない破壊力を生み出す。
(この程度はできるようだけど――)
短剣に意識を集中させたところで、十路は左手に提げた空間制御コンテナで、顔面を殴りつけた。
「ぐっ――!?」
鼻を打つ予想外の攻撃に、ローデリックがたたら踏んだところを、十路は更に後ろ回し蹴りを放つ。
彼はそれを胸板にまともに受けて吹き飛んで、B甲板のエントランスに転倒した。
(軍属とはいえ、研究機関の所属っていうだけあって、実戦経験が浅いな)
それだけなく、ローデリックは怪我をした影響が動きにも現れて、全力を出せていない感もする。
(ただまぁ――)
十路は再度、短剣を宙に投げ捨てた。今度は空間制御コンテナが割れて、機械の腕が差し出す改造消火器を、空けた手で掴み取りレバーを引く。
水を飛び散らせ金属容器が発射されるが、突然出現した四本の槍に、空中で縫い止められた。槍が生えているのは、船の床と壁。ローデリックが船を形作る鉄材を《魔法》で成形しなおした。
厨房を鎧の兵士へと作り変えるコゼットほどの能力ではないが、原理は同じ三次元物質形状操作。これもまた対人戦闘用としては一般的な術式、《岩槍》などと通称されるものだ。
(楽に片付けられない程度ではあるな)
残ったレバーを投げ捨て、タイミングよく落ちてきた短剣の柄を、十路は宙で掴み取る。
その時、耳につけた無線機から続けざまに声が届いた。
【乗客の移動、完了です】
『爆発物のチェック終了。船内にありませんわ』
『船内のシージャック犯、ひとりを除いて全員を確保しました!』
イクセス・コゼット・樹里の報告を受け、十路は次の段階へと進む。
「いつもマズいメシ食ってる味の分からないイギリス人が、レストランシップ荒らすなよ」
『先輩!? 意味よくわかんないですけど、なに更に挑発してるんですか!?』
【それが挑発だというのは理解できるのですね】
『今の状況だと、イギリス人への最大の侮辱ですわよ……?』
それがインターナショナルな挑発なのは、客観的にはどうかと思うため、非難されたが。
尚、『イギリスはメシマズ』というイメージは世界的に定着し、イギリス人も自嘲ネタとして認めるほどだが、美味い料理もあることを付け加えておく。
「それとも船ごと沈めないと、俺を倒せないのか――」
言葉を途切れさせ、十路は一歩下がる。
その目前を、真下から貫こうとした即席の槍が奔る。しかも一本では終わらず、階段を形作る金属が次々と槍と化して追いこんでいく。
しかし、その全てを十路はやり過ごした。
槍衾を挟み、顔を怒りで朱に染めたローデリックは呟く。
「Fucki'n Wanker...!(クソ野郎)」
十路は皮肉げな笑みを返す。
「来いよ」
資材から武器へと変わったため、階段は自重すら支えきれなくなるだろう。だから十路は躊躇することなく、吹き抜けを飛び降りる。螺旋を描く階段の反対側へと跳んで、ローデリックをやり過ごし、今度は下層に向けて駆け下りる。
背後に氷の弾雨と槍の乱立を感じつつ、十路は走りながら無線で新たな指示を出す。
「イクセスは待機! 部長と木次は外を警戒!」
【本気でレオナルド・ラクルスに観戦させる気ですか……】
『ハ? 今度は外ですの?』
『というか先輩、なにをそんなに警戒してるんですか?』
次々と返って来る女性たちの声に、十路は懸念を叫び返した。
「連中は全員顔を隠していない! 船を沈没させて証拠隠滅を図る可能性がある!」
犯人たちは顔を知られても、日本の治安維持組織に捕まるような事態ではないと、高を括ってる可能性もある。しかし十路は最悪の事態を想定した。
「だから空と海を警戒してくれ!」
『一番の爆弾は、貴方がお相手してますわよ?』
【コゼットの言う通り、《魔法使い》なら、船を沈めるくらい片手間でできますが?】
「こっちは俺が排除する――!」
言葉が詰まる。C甲板の廊下で、足を下ろしたすぐ前の床に、《魔法回路》が発生した。
飛び越えたとほぼ同時に、灼熱した。敷かれたカーペットを焼き、その中の配水管が破裂し、焼けた鉄の破片が周囲に飛び散る。
それは物体を急速加熱するだけの、《炎熱》などと呼ばれる単純な術式だ。単純とはいえ、鉄も溶かす熱量を液体に与えれば、即席爆弾と化す。
「ぐっ……!」
ここまでは無傷で通したが、さすがに至近距離の爆発を完全に避ける余裕はなく、十路のスラックスと足が焼かれた。
しかし止まらない。やや足を引きずりながらも、十路はそのままホールに飛び込んだ。
彼の指示通り、たったひとりを残して無人となっていた。イクセスが無力化した犯人も残っていたはずだが、どうにかして移動させたのだろう。甲板の外に出されていた。
普段は整然とテーブル席が並んでいる、今は混乱によって乱れているレストランホールの中央に、十路は立つ。
「《使い魔》と合流するためにここに来たのか……」
十路を追いかけて入って来たローデリックは、先ほどとは一転して冷静に見える。彫りの深い顔は険しく、頬は興奮で多少赤くなっているが、喜怒哀楽に類する感情は浮かんでいない。
表面からは読み取れない爬虫類の怒気。しかし内心では怒り狂っていることは、周囲にばら撒く殺気で容易に想像できる。
「いいや……? 今回は使わない」
対し十路は野良犬の不敵な笑みを浮かべる。痛みが顔に表れているが、それを強がりと取るべきではない。
臨戦態勢のワニの分厚い皮に、犬の牙では文字通り歯が立たないことは、百も承知している。だから彼は策を練り、ここを戦場に選んだ。
「レオナルド」
「は、はい!?」
視線はローデリックから外さないまま、少年に向けて十路は命じる。
「よく見ておけ。地味だけど、《魔法使い》にはこういう『化け物』もいる」




