050_0900 不本意な誕生日・非日常Ⅴ~魔改造への招待 美少女フィギュア改造講座~
時間を少し遡った、神戸ハーバーランドでは。
「まだ付いてくるのかよ……」
十路は辟易しながら、大型ショッピングセンターを歩いていた。
「も~。おにーさん冷たーい。どうしてボクを置いていこうとするんだよ?」
その後をカルガモのごとく、少女――七海子が付いて来る。
なにせ七海子が付いてくる理由は、『面白そうだから』という、具体性のない目的だ。初対面の少女に付き合う義理もないが、満足させて終わり、ということができない。
しかも、迷子として案内所に預けようとしたら、防犯ブザーの紐を握って脅された。
おもちゃ売り場やファンシーショップで、興味を惹いているうちに逃げようとしたが、離れない。
アミューズメント施設でゲームをプレイさせて、その間に逃げたはずなのに、いつの間にか後ろをいた。
四苦八苦しているうちに、コゼットから連絡が入ったため、仕方なく少女を引き連れたまま、再合流することになってしまった。
指定された場所は、ショッピングセンターの北館と南館を隔てる、センターストリートだった。ガラスの屋根で蓋されているが、吹き抜けとなっている一角に、五人の少女と女性がいた。
「せんぱーい、ここでーす」
その一人、結が手を挙げて、カチューシャで押さえた髪を跳ねさせている。
「悪いな。結局全部任せて。財布だけでも預けておけばよかったんだろうが」
「いえ。わたしたちも楽しかったですから」
近づいて謝ると、結が凛々しい顔を綻ばせる。
十路は広げた手を突き出す。だが、誰もが『なにその手?』という態度で見返してくる。
「金、立て替えてくれたんだろ? 領収書かレシートは?」
「いえ、その……」
愛が言いにくそうに、眼鏡越しの視線をコゼット向けた。
「ひとまずわたくしが出資しておきました。結局購入したフォーさんの服は、一着だけではないですし、お金のことは後ほど考えましょう」
ピンク髪をいじりながら、コゼットが王女の微笑で説明する。
なにかと野依崎の面倒を看ようとし、部費を管理している部長がそう言うなら、十路が言うことはない。
「それで、どうですか? わたしたちのチョイス」
だから結に言われるまま、改めて問題の野依崎をじっくり眺める。
着せ替え人形にされたか、あるいは騒ぎ過ぎかで、グッタリ疲れきっているかと十路は思っていたが、彼女は予想に反してしっかりしていた。
「うぅ~……」
半ベソ顔で、短くなった前髪をいじっていたが。
上下で色が違うので、ツーピースにも見えなくもない。彼女の髪色に合った、子供服らしくないデザインの、多色使いのフリル付きワンピースに着替えている。秋物だろうが半袖膝丈なので、七分丈の緑色インナーと共に手足が突き出て、靴も合わせたものに変わっている。
ヒキコモリか、贔屓目に見ても修学旅行生といった、野暮ったさは残っていない。
更に驚きなのは、ちゃんと顔が見えている。半分メカクレにし、癖なのか寝癖なのか不明だったボサボサ頭は、昔風ならベリーショートと呼ばれる長さに整っている。髪の嵩が減った分、小顔に感じられ、面がクリアになると印象がガラリと変わる。
「眼鏡は? コンタクトに替えたのか?」
「あれは伊達であります……視力は特に問題ないでありますよ……」
野依崎は不本意そうに、薄くソバカスの浮いた顔を歪める。
当人が身体的特徴をどう思っているのか不明だが、目元を隠す意図ではなく、変装として掛けていたのだろう。
「いいじゃないか。こうして見ると、お前も結構可愛い顔してるんだな」
「…………」
成熟したものではなく、子供が共通して持つ愛らしさではあるが。
素直に浮かんだ言葉を十路が出すと、野依崎の不満顔が、困ったように別の歪みを作る。所在なさげに前髪をいじる手も止まらない。褒められることに慣れていない反応だった。
「子供相手とはいえ、無造作に褒める人だな……」
「堤先輩って、けっこー天然だと思うよ……」
「前にもすっごく自然に、木次さんの頭を撫でてましたし……」
後輩三人がなにか語っているような気がしなくもなかったが、雑踏に混じってなので真相はわからない。聞き返したら薮蛇になる予感がしたので、無反応を貫く。
「頭が落ち着かないなら、これでも被ってろ」
「わぷっ!?」
代わりに手にしていた包みから、セレクトショップで購入した帽子を出して、そのまま野依崎に被せる。ツバはないが、編み物ではないため定義はしづらい、ネコミミ風の帽子だ。店先で見かけた時、ネコっぽい彼女に似合いそうと思い、買っておいた。
乱暴さに文句言うでもなく、野依崎は帽子を目深に被り、ポジションを調整する。
「ところで先輩、ちょっと気になってたんですけど」
ネコミミ帽子は、服のコーディネートを崩すかと思ったが、あえて狙った外しアイテムと見ることもできる。十路が自分のチョイスに妥協していたら、結が物怖じせず問う。
「この子の名前は?」
「野依崎雫カッコ仮名閉じカッコ」
「いえ、それはもういいです……そうじゃなくて、堤先輩、この子の名前、呼んでませんよね?」
言われて記憶を探る。野依崎にも視線で問うと、まだ戸惑うように帽子をいじりながら、小さな声を発した。
「大体『お前』か『なぁ』であります……」
「それよくないですよ。わたしが聞いてるだけでも、『コレ』とか『芋ジャージ娘』とかですし」
「と言われてもな」
結の弁はもっともだ。親しい仲なら許されても、褒められることでは決してない。
とはいえ十路も悪意を持って、そう呼んでいるわけではない。野依崎が文句を言わないのもあるが。
「お前の本名って、結局なんだ?」
偽造戸籍を活用し、本名不明なのだから、なんとなく名前で呼ぶのを避けていた。
「…………フォー」
しばし迷いの間を空けて、野依崎は答える。
「その名前でいいのか?」
「愛称でありますが、本名に沿った名前であります……」
「じゃぁ、今度から俺もそう呼ぶように気をつける」
結局本名を明かさない。元より部内で呼ばれている通称のため、今更の回答だ。
だが、自身のことを全く明かさない、初対面の時ですら他人からしか聞けなかった彼女が、初めて自分を語った。
「なんだか不思議というか、聞いちゃいけない会話のような……」
「気にするな。気になっても、気にするな」
結の追求は、なぜか俳句調でやめさせる。それを十路が説明するには、犯罪行為を明かす必要があるので。
そして先ほどから気になっているコゼットに視線を送ると、彼女は耳元に桜色の唇を寄せて、プリンセス・モードを解除して囁く。
「で? あの子ですの? 例の付きまとってるっつー子供って」
「えぇ……結局ここまで付いて来ました」
目の隅で確かめると、七海子は離れた場所から、十路たち六人の様子を眺めている。
笑顔だった。理由は不明だが、七海子は笑みを浮かべていた。
そちらも気なるが、コゼットの手元も気になる。なにも知らず見れば、革表紙の分厚い辞典に思う物体を抱えていたので、十路はこちらの疑問を先に片付けることにした。
「それより部長は、なに本出してるんですか?」
「さっき即席でちょろっと改造したんだっつーの……今日初めてじっくり見ましたけど、あのままじゃジャージ以外に選択肢がねーんですもの」
「改造って……」
「フォーさんが下に着てる服、レギンスと長袖Tシャツとか思ってます?」
そんな言い方をするということは、違うということに他ならない。そして《パノポリズのゾシモス》は、コゼットが《付与術士》としての作業用に使う《魔法使いの杖》だ。
導ける解答はひとつしかない。
それについて口を開こうとした時、十路のポケットで携帯電話が震えた。真顔でコゼットに話の中断を伝えて、電話口に出つ。
『先輩! なんともないですか!?』
すると、息せき切った樹里の声が、鼓膜を震わせる。
「特に異常ないが、なにがあった?」
『正体不明の《魔法使い》に襲撃されました』
無事の報せに落ち着いたか、固さは残るが冷静な声で、樹里が事態を伝えてくる。
『被害は特に問題ありません。敵……と言ってのか、ちょっと微妙なんですけど、まだ小学生くらいの男の子と、例の『死霊』に襲われました』
『死霊』の関連と、曖昧な言い方が気になったが、それは後でいいと十路は念を入れる。
「男なんだな?」
『かっこいいって言うより、可愛いらしい感じの子でしたけど……女の子とはとても思えませんでした」
「そいつの目的は?」
『ハッキリしませんけど……一番最初、野依崎さんのことを訊かれました』
彼女が警戒している《魔法使い》かと、十路は電話を持ったまま振り返る。
ミスをした。十路と樹里、双方が。これを失敗とするのは酷かもしれないが、全てを知れば、彼らも少なからず反省を抱くだろう。
襲撃者が名乗った名前を聞けば、気づいたかもしれない。
少年を撮影して画像を送っていれば、嫌でも気づいた。
《魔法使いの杖》のことを伝え、遠隔で《魔法》が発動されていたことを知れば、違ったかもしれない。
幸いなのは、そのミスが、決定的なものにならなかった。
「お前……?」
野依崎が、七海子に気づいたから。浮かべているのは、驚きよりかは困惑が強い、複雑な表情だった。
「見ぃーつけた」
笑顔と呼ぶのも躊躇する。対して七海子が邪悪に、醜悪に歪めた。
修交館学院に出現した、化野浪悟を名乗った少年と、全く同じ顔を。
「……後で連絡する」
『え、あ――』
それを知るはずなくとも、ただならぬ雰囲気に、十路は強引に電話を切った。なにかが始まる緊張の高まりに、野良犬の毛皮が警戒で逆立つ。
「全員この場から避難を! 早く!」
日頃の彼女からは考えられない鋭い声で、野依崎が叫ぶ。
ゆったりとした店内BGMをかき消す警告に、往来していた買い物客は振り返る。しかし突然そんなことを言われても、子供の奇行とでも思うだろう。特段反応の変化はない。
後輩三人は、頭上に疑問符を浮かべている。コゼットは理解できずとも、すぐに反応できるよう、警戒の眼差しを二人に送っている。
十路も理解できていないが、七海子に警戒する足取りで、野依崎に近づく。側にいた後輩たちを背中に庇う形で。
「フォー。お前が探してた《魔法使い》か?」
「否。しかし、そいつの心拍数・呼吸数はゼロ。口腔で観測する核心温度、およそ摂氏二〇度。わずかに分泌されている臭気物質は、日常生活では考えられないであります」
野依崎は灰色の瞳に《魔法》を形成し、少女を見通している。超科学の異能で観測した、樹里も鋭敏感覚で捉えた非生理学的反応を、間違えるはずない。
「そいつは《魔法》で遠隔操作されている、死体であります」
直後、ワンピースの胸元が弾けるように裂けた。
破裂音が響き、帽子をその場に取り残し、野依崎が錐揉みしながら吹き飛んだ。




