050_0710 不本意な誕生日・非日常Ⅱ~「ストーカー」は何を考えているか~
「ねーねー。待ってってばー、おにーさーん」
「…………」
背後からかけられる高音に、十路はキログラム単位のため息を吐いて、仕方なく足を止めて振り返る。
「なんで俺についてくるんだ?」
「面白そうだからっ」
普段から目つき悪いと言われているが、意図して目を細めて人相を悪くしても、どこ吹く風という塩梅だった。追ってきた小さな人影は、十路に満面の笑みを向けてくる。異性ならば当然、同性でも魅了するような、少女らしさを満開にした愛らしい笑顔だった。
感情の起伏が少ない十路は、見た事実以上の感想はないが。
「ボクは、ノベナナミコ。『野』っぱらの『辺』り『七』つの『海』の『子』で、野辺七海子」
だから二次元にはかなり居るが、実際にはなかなか痛々しい、小学生ならまだ許されるかというリアルボクっ娘にも、なんの感慨もない。
「……俺も名乗れって意味か?」
「ツツミ・トージ、だよね。《魔法使い》の。ボク初めて見たよっ」
「それで? 俺に付いて来ても、なにも面白くないと思うぞ?」
「そんなことないよ。さっきのだけでも面白かったし」
ただ明け広げな幼い好奇心と、無邪気な期待感に、舌打ちして人相を更に悪くする。
十路は子供が苦手だった。誰であれ、良くも悪くも相手を一個人として認識するために。
大人なら許されないワガママやマナー違反も、多くは『子供だから仕方ない』で流されてしまう。しかし十路の場合、幼い頃から《魔法使い》として、兵士として教育されていたため、そんな甘えは許されない環境にあった。
未熟や無知は罪ではない。けれど自覚せずにあり続けるのは罪だと。それが人格形成時の根底であるため、押し付けずとも他人にも求める。
だから『子供』という肩書きだけでは、接し方を変えない。さすがに意思疎通できない乳幼児は別だが、無礼な子供は相応に冷たい態度で応じ、拙くとも礼節を守る子供には、膝を折って目線を合わせる。
同様に、尊敬すべき人生の先達には敬意を払うが、年寄りを威張らせるために払う敬意はない。か弱い女性は手助けを考えても、弱さを振りかざす女は無視する。偉い人物には畏まるが、偉そうな人物は鼻で笑う。策略家理事長に反抗はせずともアンタ呼ばわりし、丁寧ヤンキー王女は部長以上と思っていない。
裸の王様を褒め称えなどしない。愚者に見えない服で悦に入るのは勝手だが、言葉を求められれば痴態を嘲笑う。純粋で冷酷で傲岸不遜。積極性のない平等主義が十路の基本スタンスであり、難ある社交性の要因でもある。
そして改めるつもりもない。見た目や肩書きに関わらず、敵であれば等しく扱わねばならなかった生き様は、まだ完全には捨てることができない。
なので無自覚に幼さを免罪符にする存在と、関わりたくない。勝手で泣き喚く子供が本来健全であり、自身の考えが異端だと理解しているため、余計な問題を生まないために。
余談だが、だから十路は幼い頃、南十星が苦手だった。義妹や家族という特例に鑑みても、また彼女は我慢を知る子供だったが、それでもやはり。立派なアホの子に成長した今、異なる苦手意識があるがさておき。曲がりなりにも兄妹をしていられるのは、彼女の内面が大人に近づいたことが大きい。
そして野依崎は、子供らしさが欠けている。肉体的な事柄以外、大人と同じ扱いでも問題ないため、苦手意識は最初からない。口さがなさには閉口するが。
(厄介なのに目ぇつけられた……)
深いため息を吐きつつ、十路は少女の姿を検める。
大抵の小学生はランドセルに付けているから、休日は持っていないパターンが多いのに、少女のベルトには、防犯ブザーがぶら提がっている。あえて見せる位置につけるのは、犯罪者への警告として正しいのだが、同時にある種の脅迫でもある。
その紐を握っていれば明確に。ここで少女を無視すれば、騒がれる予感しかしない。
「…………ちょっと待ってろ」
仕方なしに十路は携帯電話を取り出し、コゼットへと電話をかける。
『Allo? (もしもし?) どうしました?』
「部長。すいません。トラブってるので、そっちのこと任せていいですか?」
そう伝えると、プリンセス・モードでオクターブ高めのコゼットの声が、警戒心と緊迫感で低くなる。
『どのような問題が?』
「大したことじゃないんですけど、子供がついて来て……放置したいところですけど、俺が部員だって知ってるんですよね」
『あぁ……なるほど。大した事にはならないでしょうけど、冷たく応じて部の悪評が立つのは、なるべく避けたいですものね……』
十路がトラブルと評すると、命の危機レベルまで思ったのかもしれない。コゼットの声音が、納得と安堵と共に元に戻った。
『え、ちょ……』
しかし戸惑いと共に遠ざかり。
『ミスタ・トージ。子供が一緒と小耳に挟んだでありますが?』
十路が怪訝に思う時間をかけず、薄い緊張を帯びた野依崎の声と代わった。どうやらスマートフォンを強奪したらしい。
なぜ強奪したかは、マイペースな普段とは違う態度ですぐ理解した。
否定ではあっても、無関係な一般市民に聞かせていい情報ではない。七海子と名乗る少女に聞かせぬよう、十路は背を向けて声を潜める。
「お前と同じくらいの年頃のな。アテになるか知らんが」
『そいつは、男でありますか?』
「いいや。野辺七海子って名乗ったし、本名じゃないとしても、どう見ても女だ」
『娘と書く方の男の娘の可能性は?』
「ボクっ娘だけど、ありえんだろ」
『ちゃんと調査するであります。具体的には股間を』
「俺に犯罪者になれと?」
『連れションにでも誘うとか』
「違う性別の子供を便所に連れて入れるのは、せいぜい幼稚園児までだ」
『……とにかく、女なのでありますね?』
「あれで男だったら、俺の観察眼はもちろん、世の中が終わってると思うぞ」
『ならば違うでありますか……』
『トントンマクート』という船舶を探していた理由は、野依崎を狙う《魔法使い》の警戒からだった。《魔法》の英才教育を受けた十路でも、小学生時分は実用性とは程遠かったため、彼女同様の子供だったとは予想外だが。
十路としては、敵になりかねない《魔法使い》の情報を、もっと知っておきたい。だが、背後に少女がいる今、話せないから切り出さない。
しかも向こうの都合で続きは話せなくなった。野依崎は訊きたいこと聞き終えたら、もう用はないとスマートフォンを返したのか。
『ぎゃああぁぁぁぁぁぁ……!』
それとも改造計画が再開され、樹里の友人たちに連行されたのか。
『…………堤さんの合流が遅れる件、承知しました。フォーさんの件はこちらで進めておきます』
「…………じゃあ、お願いします」
沈黙を挟んだ電話口が、再びプリンセス・モードのコゼットに変わったので、十路は通話を切った。思うところはあったが、無視することにした。
△▼△▼△▼△▼
「で。お前はなんだ」
「お前じゃないよ。野辺七海子」
「親は」
「いないよ?」
少女を引き連れて、怠惰を通り越した声を出しながら、十路はショッピングモールを歩く。
「ねーねー、おにーさん。女の子を連れて歩いて、なにもないってことはないでしょー?」
チラリと振り返ると、視界の隅で少女が、喫茶店の食品サンプルを指差している。
「知らない人について行くな、物もらうなって、お母さんから教わらなかったか?」
「知ってる人」
細い指が示す先が、十路に変わった。
「俺はお前を知らない。それに今日はただでさえ散財するのに、初対面の子供に奢る金はない」
「おにーさん冷たーい」
「俺は男女はもちろん、子供にも年寄りにも平等なだけだ」
「差別はんたーい」
「わかった。俺の話を聞く気全然ないわけだな」
ため息を今度は鼻から出し、止めずに動かしていた足のまま前を向く。
けれども完全には視界から外さず、ショーウィンドウを眺めるふりをして、背後を視界の隅で確かめる。
(なんだアイツは……?)
七海子と名乗る少女を見た時に働いた、違和感が気になっていた。
野性と本能で判断する南十星ほどではないが、十路も直感は大事にする。完全に先入観も偏見もゼロの、初対面時に働いたとなれば、無視できない。
小学生の知り合いなど、野依崎を除いていないため、顔に見覚えはない。格別どこかで会った記憶もない。
十路が特殊隊員時代に知り得た機密情報――諜報機関が調査した、他国の《魔法使い》と照らし合わせても、該当する案件も思い当たらない。しかしそんなことを言ったら、部員たちは南十星以外、転入前には知らなかった。情報がないのと存在しないのは、イコールではない。
(どうしたもんだか……)
首筋がうずく感覚を覚え、半ば無意識に右手で触れる。少女の正体がなんであれ、関わり続けるのはトラブルの予感がする。
正体を確かめるべきか。それとも迷子センターに預けるのが一番か。どこにあるのか知らないから、まずは総合案内所か。
そんなことを考えながら、十路は歩いていると、さして大きくないセレクトショップに目が留まった。オーナーの好みで品を揃えた雑貨屋であろう、クラシカルでシックな色合いで統一された、服から小物まで雑多な商品が並んでいる。
(……部長たちが上手くやれば、かなり短くなりそうなんだよな……アイツ、よくいじってるから、落ち着かないかも)
十路は店の前で足を止めて、少し考える。
「おにーさん、あぁいう服が好み?」
七海子がなにか言っいるが、聞き流して十路は足を踏み入れる。男が入る店ではないが、そんなことを気にする彼ではない。まだ若い女性店員が怪訝そうに挨拶されても気にせず、外から見えた商品を眺める。
「暑そうだな……」
フェルト生地のような質感と、最近の気温とを考えて不満が漏れた。すると店員が近づいて説明する。
「店頭に並んでいるのは、秋冬物になりますから……」
「あ、そうか」
日中はまだ夏の気配が残っているが、もう九月末なのだから、商品が入れ替わっていても不思議はない。これから寒くなる一方ならば、問題ないかと十路は思い直し、飾られていた商品のひとつを手に取る。
「こちらの、妹さんの品をお探しですか?」
「違います」
棚を眺めている七海子とは、つい先ほど会ったばかりで、ただ付きまとわれてるだけ。だから妹でもなく、彼女のプレゼントを探しているわけでもない。
十路は二重の意味で、店員の言葉を否定したのだが、七海子が振り向いて余計な言葉をかける。
「お兄ちゃん」
「本気でヤメロ」
「ボクじゃ萌えない?」
「それ以前に、妹はもう居るから、これ以上要らん」
アホの子で頭痛の種だとしても、南十星はたった一人の家族なのだ。初対面の少女に乗り換えるほど、十路は落ちぶれていないつもりで、あと犯罪者でもない。




