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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と次世代軍事学事情/フォー編
216/640

050_0510 不本意な誕生日・日常Ⅱ~おそろしい捕食動物~


 約一時間後、樹里は総合生活支援部の部室にいた。


「あぅ~……」


 十路(とおじ)と野依崎が乗って出たので、《バーゲスト》はない。正真正銘の一人で、自分で淹れたミルクティーを飲み、陰鬱(いんうつ)な息を吐く。


 野依崎の誕生日を祝うための相談をするために、十路に言われた通り、他の部員たちにメールで連絡し、部室に集合することになった。

 樹里の本音としては、メール連絡だけで済ませたかった。異能を知られて以来、彼女たちとの関係はギクシャクとしている。

 その原因は、彼女たちにあるのではない。


(私自身が『化け物』だって思っちゃってるからなぁ……)


 カップを左手にしたまま、広げた右手に意識を集中する。すると少女らしい手の平一面に《魔法回路(EC-Circuit)》が発生し、変形する。サソリを思わせる甲殻と毒爪を持つ手に。また光を帯び、今度は半魚人を思わせる鱗と水かきを持つ手に。そしてまた光らせて、肉球と毛皮を持つ猫の手にしてみる。


「はぁ……」


 少女の手に戻し、ため息をつく。

 《魔法使いの杖(アビスツール)》なしでも《魔法》が使えるのも立派に異能だが、それだけではない。こんな肉体変異まで行えるのは、完全に化け物の領域だ。

 しかも樹里自身、この異能がなんなのか理解していない。更には完全に制御下に置いておらず、極度に興奮・恐慌すると、十路は『キレる』と表現する暴走状態を起こす。


 だから、これまでのように彼女たちと接することに、引け目を感じてしまうので、できる限り(じか)に接したくない。

 なのに部室に集合し、直接顔を合わせて話すことになった。メールだと話が長くて面倒だという理由で。それも事実だろうが、多分彼女たちにも気を遣わせている結果なのだろうと、樹里にも予想できる。

 

(しかもこのところ、堤先輩に甘えっぱなしだし……)


 彼が気を(つか)っているのは、樹里にも伝わる。なぜかセクハラめいている気の遣い方が正しいかはさておいて、クッション役・話の橋渡し役になってくれているので、なんとか他の部員と接し、部活に勤しめているのに。

 なのに今、十路は野依崎と一緒に不在している。

 そもそも樹里に、他の部員との相談を指示したのは彼だ。きっといい機会だと思ったからではないだろうか。


 なんとも表現しがたい距離を、拒絶する壁でも敵意の鉄条網でもない、その気になれば飛び越えられるはずの溝を、このままにして置くのは良いことではないのはわかっている。

 けれども溝はそれなりに幅があり、(とが)った杭が埋め込まれてるかもしれず、飛び越えるのは躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 もっともそれは時間の問題になってしまっているので、彼女の意思に関わらず、その時が来てしまうのだが。


「はぁぁぁぁ……」


 樹里は改めて重い息を吐き、ミルクティーを口に含んだ時。


「じゅーりちゃーん!」


 背にしている入り口から、やや舌足らずな(つつみ)南十星(なとせ)の声が聞こえてしまった。

 仕方ないといった態度で、樹里はティーカップを口につけたままノロノロと振り返り。


「パーティー食材ゲットだぜー!」

「ぷふっ――!?」


 やって来た南十星を見て、ミルクティーを噴きかけた。みっともない水鉄砲は、乙女の根性で耐えたが。

 学生服姿で腰にトンファーを()げ、更にそこにアタッシェケースの取っ手を引っかけた南十星は、ミニサイズのイノシシ二頭の足を掴み、両手で誇らしげに掲げていた。


「けほ……! なにそのイノシシの子供は……!?」

「そこでウロウロしてたから捕まえた。いやー、運命だね!」

「まさか、本当に食べる気?」

「もち!」

「かわいそうだからやめよーよ!?」

「じゅりちゃん。それよくない」


 カップを置いて立ち上がり、近づいた樹里に対し、南十星は笑顔を消し、珍しく真面目一辺倒の顔に作り変えた。


「普段食べてるウシさん・ブタさん・トリさん、殺して肉になってんだよ? ギョーシャが殺したのは気にせず食べて、自分で殺して食べるのはカワイソウなんて、ちょっとツゴーよすぎない?」

「や、それ言われちゃうと、言い返せないけど……」


 理屈は正しい。それは樹里とてわかる。しかし魚ですら昨今怪しいのに、鳥獣を自分でシメて(さば)ける現代日本人がどれほどいるだろうか。そもそも、なぜここで食育を受けねばならないのか。


 南十星の手元に視線をやれば、逆さ吊りのウリ坊たちと目が合った。目が合ってしまった。

 散々体をくねらせて束縛から逃れようとしていたが、今は疲れたのか動きを止めて哀れな鳴き声を漏らし、(つぶ)らな瞳を(うる)ませていた。

 通称どおり(うり)のような小さな体は、茶色い柔らかそうな毛皮で覆われている。サイズ的にもヌイグルミじみていて、見ているだけでモフりたい欲求にかられる。大人のイノシシは凶暴な厄介(やっかい)者のイメージがあるが、子供であればギャップは凄まじく、世の女子たちの嬌声(きょうせい)をかっさらう愛らしさ満載だった。

 これを食すらしい。


(…………無理)


 偽善なのはわかっている。成長して農作物に被害を出すようになれば、いずれ駆除されてしまうだろう。一時的で無責任な感情で命の取捨選択をするなど、農家の方々からすれば迷惑なエゴだ。

 だが、可愛いは正義だった。どうやって南十星を止めればいいか、その方法を考えるためだけに、樹里の頭は動き出す。


(さば)き方、知らないんだけど……」

「だいじょーぶだって。内臓出して毛ぇ剥がして丸焼きにするだけだし。こんくらいのチビならカッターナイフとバーナーがあれば充分――」


 これでは止めらない。次はなんと言うべきか。しかし樹里が遠回りな制止の言葉をかける前に、なにか物々しい音が聞こえてきたので、会話が停止する。

 遠くから爆進してきたそれは、土煙を立てて接近し、部室の前で急停止した。


「大人のイノシシまで来た!?」

「やっぱ昨日と同じヤツらか。あれ、このチビどもの親」


 南十星が与えた電撃で、横面が焦げたままなので、区別はつくだろう。なにか灰色の物体を口に(くわ)えた、威圧感を与える筋肉と毛皮の塊が、鼻息荒く南十星と子イノシシを見据える。


 樹里は知らなかった。昨日もイノシシ親子が部室前にいたことを。

 彼女はその時、自分のパンツを握り締め、衝動のままに飛び出していたから。


「どう考えても子供取り返しに来たよね!?」

「兄貴いないし、いても断るだろうし、どうやってサバこっかなぁ」

「やっぱり食べる気マンマン!?」

「とりあえず、コイツらお願い」


 樹里のツッコミを無視し、南十星は子イノシシを押し付けて、親イノシシの前に立つ。

 思わず受け取って、樹里はどうしてものかと泡を食う。まずは彼女の捕食行為を止めるべきか。あるいは子供を逃がすべきか。

 だが動くより前に、親イノシシが決死の行動を取った。


「およ?」


 猪突猛進(ちょとつもうしん)猪武者(いのししむしゃ)とは、大抵は短慮を示す悪口だが、実際イノシシの知能は馬鹿にできない。だから農作物の獣害被害が起こるのだし、教えれば芸も覚えるため、下手な犬よりも(かしこ)い。

 だから、きっと昨日で()りたのだろう。親イノシシは(くわ)えて持ってきたものを地面に置き、南十星に腹を見せて転がった。


「ナニゴト?」

「無条件降伏するから、アレと交換で子供返してってことじゃ……?」


 内臓の詰まった腹部は、動物の弱点だ。それを(さら)け出すということは、多くの動物に共通する降参ポーズに他ならない。縄張りやメスの取り合いで争う時、敗北を認めてこうすれば、勝者はそれ以上の攻撃はしない。

 だが親イノシシの懇願に、南十星は胸を張り、腕を組み、仁王立ち、キッパリ明言する。


「断る!」

「お母さん泣いてるよ!? イノシシなのに泣きながら頼んでるよ!?」

「あたしはガラクタより、肉を選ぶ!」


 大自然は過酷なのだ。サバンナで草食動物が腹を見せて転がっていたら、喜々としてトドメを刺されて、美味しく頂かれてしまうだろう。捕食はルール無用弱肉強食の争いなのだ。昨日遭遇した南十星(プレデター)から親子三頭そろって逃れることができたのは、彼女を止める十路(ストッパー)が存在した偶然の結果でしかない。 

 そして今、彼女の捕食活動を止める存在は、残念なことに少々能力に欠いている。


 しかもイノシシたちには最悪なことに、やや遅れて捕食者(プレデター)が追加されてしまった。


「今日のパーティ、野性動物(ジビエ)料理を作りますの?」


 本日のファッションは、ロング丈のシンプルなノースリーブワンピース。起動状態の装飾杖を地面に突き、コゼット・ドゥ=シャロンジェが真顔で問う。


「いやー、これは料理のし甲斐ありそうですねー」


 本日もいつも通り学生服の上にピンクのカーディガン。起動状態の携帯通信機器を右手に打ちつけながら、ナージャ・クニッペルが笑顔を浮かべる。


「フランス料理だと、イノシシの大人は肉が硬いとか臭いって、子供しか調理しねーはずですけど」

「おおよそ保存と流通がイマイチだった、昔の事情ですよ。ほら、山に放牧されてドングリ食べてる毛深い豚と考えれば」

「……イベリコ豚」

「ね? 美味しそうじゃないですかー」

「やめてくださーーーーいっ!?」


 部室にやって来てイノシシを見下ろす二人も、発想が南十星と同じだった。樹里が絶望するほどに。


「そもそもなんでイノシシが目の前にいて冷静なんですか!?」


 それにコゼットは真顔で答える。


「言いませんでしたっけ? わたくし、留学前は身内に何度も殺されかけたって。珍しく公宮殿から出れたと思えば、『王侯貴族の(たしな)み』なんつって狩猟に連れて行かれ、何度()()されかけたり、興奮した猟犬に噛まれかけたり、イノシシの前に突き飛ばされたことか。そん時と比べりゃ」


 それにナージャは笑顔で答える。


「ロシアじゃ家の近くでイノシシなんて出れば、みんなで寄って(たか)って流し台投げつけて車で()いて、晩ゴハンにしちゃいますから。あと、ヒグマもよく出ますし。わたしも訓練で退治したことありますし。それを思えば」


 ちょっと違う人たちだった。経験とか常識とか国民性とか価値観が。


「どなたか解体できます?」

「血抜きさえなんとかしてもらえれば。大きいですから、毛皮はがすのに時間かかりそうですけど」

「おーし! 食おうぜぃ!」


 三人の会話を理解できずとも、本能で感じ取っているのか。腹を見せるイノシシは、完全に萎縮(いしゅく)して動かなくなっている。漫画的表現をすれば、全身から冷や汗をダラダラ流している。

 動けば死ぬと思っているに違いない。ライオンと豹と虎、食物連鎖の頂点に立つ猛獣に取り囲まれたかのように。


「お願いです……! お願いですから、食べないであげてください……!」


 救いの手を伸ばすのは、樹里(ワンコ)だけだった。


「えー? じゅりちゃんまでホーリツイハン言う?」

「違反してるならやめてよー!?」


 不服そうな南十星に、それなら遠慮はいらないと、樹里は両手に抱いていた子イノシシを地面に放す。

 二頭の子供は脇目も振らず、取り囲む捕食者(プレデター)たちの隙間を抜けて、親イノシシの体に鼻を埋める。わずか身を起こした親は涙をこぼし、我が子たちに顔をすり寄せる。

 感動的な再会だった。生死の狭間を潜り抜けた親子三頭は、今ここに合流した。実際の距離は五メートル、引き離された時間は数分でも、当人ならぬ当イノシシたちにとっては、それくらいの危機を感じただろう。


「あらら。イノシシ捕って食べるの、日本じゃダメなんですか」

「法律違反なら仕方ねーですわね」


 その光景に毒気を抜かれたわけではないだろうが、ナージャもコゼットも本能をしぼませる。


 やがて親イノシシは立ち上がり、子イノシシを引き連れ、捕食者トライアングルの隙間を抜けて、一目散に山へと帰って行く。


「二度と学校に来ちゃダメだよー!!」


 親子三頭の姿が見えなくなるまで、樹里は全力で手を振って。


「部長さん。ナトセさん。きっと木次さんのあれが、わたしたちがどこかで失ってしまった、女子力というものです」

「アホくさ。ンなこと言ってて《魔法使い(ソーサラー)》やってられるかっつーの」

「女子力ってイミフメーだから、とりあえず見た目ミスボラシくなくて、メシ作れりゃいいかと思ってる。『メシ』って言い方がもうダメらしいけど」


 外見だけなら女子力満載。しかし少なくとも今は守ってあげたくなるオーラは皆無。女子力よりも女子力 (物理)な肉食系女子(アマゾネス)たちの会話は、背中で受け止め聞こえなかったことにする。


「でも女子力うんぬん以前に、イザって時に一番ヨーシャないの、じゅりちゃんだと思う」

「はぅ……!?」


 南十星に言われても振り向かない。


「ミニスカートでバイクに乗るなんぞ、女子力ある女のやる事じゃねーと思いますけど」

「はぅ!?」


 コゼットに痛いところを突かれても振り向かない。


「木次さんはもう少し、人の目を気にした方がいいと思いますけどねー……男の人的にはパンチラ嬉しいかもしれませんが、昨日なんてノーパ――」

「わーわーわー!? ってゆーかあれはナージャ先輩のせいですよね!?」


 しかしナージャの評価は無視できなかった。


(なぁんだ……)


 そして内心、樹里はほっとする。

 十路がいなくても、以前と同じようなやり取りを、彼女たちと行うことができた。

 決意が必要なことは、終わってみればなんでもないかもしれないが、やはり踏み込むには勇気が必要だった。

 なし崩しに始まってしまったが、恐れていたのが馬鹿馬鹿しく思えるほど、彼女たちと以前と変わらないやり取りが行えた。


 元通りとは言えないだろうし、思ってはいけない。彼女たちが樹里に気を置き、気など遣っていないというポーズを取ってるからだ。今は無言の感謝だけをし、樹里自身もその流れに乗ることにする。


「そんで、フォーちんの誕生日のこと、話し合うんだっけ」

「急に居なくなったと思えば急に帰ってきて、また急にお祝いって話が出てきましたね~」

「いつ帰ってきてもフシギないとは思ったけど、誕生日はヨソーガイだったなぁ」

「あーそうそう。十路くんから情報の催促来たので、テキトーなお店いくつかピックアップして、メールしときましたけど」

「兄貴任せもどうかと思うし、あたしたちもプレゼント用意するなら、とっとと決めないとね」

「困りましたねー。フォーさんの好みなんてわからないですから、なに用意したもんでしょうか」


 イノシシへの未練を見せることなく、南十星とナージャは話しながら、半屋内の部室に入る。

 しかしコゼットだけは、日向(ひなた)の部室前から動かない。


「これ、なんですの?」

「さっきのイノシシが咥えて持ってきたんですけど……」


 彼女は地面に置かれた物体を見ていた。

 今は土で汚れているが、灰色に塗られた金属製と思える、模型飛行機のような。


「確かこれ……あの時」


 樹里は知らない。現状部室にいる面子では、コゼットが辛うじて認識した程度でしかない。

 それは以前、十路の危機を助けた物体だった。


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