050_0200 野良猫、消えたⅤ~防衛計画の大綱と日米ガイドライン~
陽が暮れて部活動は終了し、マンションの自室に帰り。
シャワーで汗を洗い流した直後、タイミングを見計らったかのように携帯電話が鳴り、十路は五階に呼び出された。
再度学生服に着替えてインターフォンを鳴らし、樹里にドアを開けられて、彼女ともう一人の同居人が生活する部屋に入ると。
「おー。来たかい」
レディススーツの上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを緩めた格好で、缶ビールを傾けていた、学院理事長にして支援部顧問である長久手つばめと。
「今日は部活サボって、申し訳なかったですわね」
この時間になって今日初めて顔を合わせる、大学部二回生にして支援部部長コゼット・ドゥ=シャロンジェが、リビングでテーブルと料理を挟んで酒を飲んでいた。
「レポートの手伝い、終わったんですか?」
「終わったと言うか、終わらせましたわ……提出期限が今日のレポート泣きつかれましたし、ズルズル引きずられては困りますもの」
そう言ってコゼットは、優雅な仕草でグラスを傾けて、ワインを喉に滑り落とす。
彼女は二一世紀に残る、王族の直系継嗣だ。しかも肩書きだけに留まらない。黄金を梳いたような見事な金髪。清涼としたアイスブルーの瞳。夏の日差しから忘れ去れたような白磁の肌。更には顔の作りも体つきも、黄金比の完璧な造形をしている。
タンクトップ・レギンス・カーディガンという、女子大生として変哲ないコーデは、学校に着て行った格好そのままだろう。ドレスを着ていないのが不思議なくらい、なにからなにまで絵に描いたような『お姫様』だった。
「あ゛ークソ、思い出したらムカつく……ほとんどわたくしが書いたようなもんじゃねーですのよ……昼メシ程度で割に合うかっつーの。今度カフェのデカパフェでも奢らせてやろ……」
音を立ててワイングラスを置き、顔をしかめたドス声で愚痴をこぼす内面を除けば。神様は彼女を生み出した際、細心の注意を払って外見を完璧に仕上げた分、中身は雑な仕事になってしまったのかもしれない。
「それで部活、なにか変わったことありました?」
気を取り直し、手酌でワインを注ぎつつ、コゼットが部長として確認してくる。
それにしばし天井の隅を見てから、十路は返答した。
「…………特には?」
「なんですのよ、その微妙な間と疑問形は」
「ナージャとなとせの《魔法》使用レポートに問題なければ、なにも問題ないです」
「あの二人、なにしやがりましたのよ……」
ナージャにパンツを強奪された樹里は、落ち着いた頃合に気まずげな顔で戻ってきた。
南十星が捕獲したイノシシは、立ち直ると親子三頭で山に帰って行った。
だからそれ以上は触れない。問題になるかは提出されたレポート次第であり、雷を落とすなら当人に直接お願いしたい。
「フォーさんの件では?」
「それも特には。今日も姿は見せていないです。メールが届いてたから、アイツの担任と少し話しましたけど、逆に訊かれることばかりで有益な情報はなし」
「相変わらずですのね……」
野依崎と一番触れ合う機会が多かったのは、コゼットだ。《魔法使いの杖》の整備責任者《付与術士》として、コンピュータに一番詳しい野依崎に意見を求めたり、逆にコゼットの仕事を手伝うこともあった。
それだけでなく、うっとうしがられるのも構わず、コゼットは世話を焼いていた。
だから彼女は、野依崎の消息不明に、部内で一番心を砕いていた。
「あと『例の依頼』関連は、三件ほどありました。後は俺たちの判断でできる内容で、特別報告するような問題もなし。演劇部の協力依頼は話が大きそうだから、部長にメール転送しときましたけど」
「あぁ、あのふざけた内容。プロジェクションマッピングとかレーザーとかスモークとか爆発とか、金かかる特殊演出を押し付けようって魂胆じゃねーですの。《魔法》でやるにしても費用かかりますし、ボランティアの枠を超えてますわよ。つーか学生の劇でそこまで求めんな。却下却下」
空いているスペースに十路が腰を下ろすと、学生服の上からエプロンをつけた樹里が、食器を置いて席を作ってくれた。
またキッチンに戻る彼女に軽く手を上げ感謝を伝え、コップにペットボトルのウーロン茶を注いで、つばめに切り出して本題に入る。
「で、俺、なんで呼び出されたんですか?」
「晩ゴハンでも一緒にどうかなって」
支援部の関係者は同じマンションに住んでいるとはいえ、私生活まで一緒することは少ない。せいぜい住人の仲がいいアパートくらいで、寮生活ほどの干渉はない。
とはいえ、住民が部屋を行き交い、食事を共にすることはある。十路もこの部屋での食事は初めてではない。
「あと、ついでに訊きたいこともあるし」
ただその際、なにか話があるのが常だ。学生と学院理事長としてではなく、超法規的準軍事組織に所属する《魔法使い》と、司令官役として。
モツ煮込みを口に放りこみ、ビールで流しこんでから、つばめは本題に入った。
「トージくんさぁ、アメリカのミサイル防衛について、どこまで知ってる?」
「ミリオタよりは詳しいでしょうけど、運用される組織とか施設の名前を具体的に知ってる程度で、大差ないと思いますけどね?」
「トージくんでもその程度か……」
「日本のミサイル防衛は、空自と海自の管轄です。それに予算削減の方向性が決定でしたから、俺が関わること自体ありえないですよ。他所の国だと尚更知りません」
元陸上自衛隊所属でも、軍事の全てを知っているわけがないと返すと、椎茸をマヨネーズとチーズで焼いたものをフォークに突き刺して、コゼットが話に入ってきた。
「風が吹けば桶屋が儲かるみてーに、話が飛んじゃってねーです? なんでミサイル防衛が縮小されますのよ?」
それに十路は、出来合いらしき焼き鳥の串と、人差し指を立てて説明する。
「まず、第二次世界大戦以降に起きた戦争は、主に宗教・民族紛争、政情悪化による内戦や対テロ戦争で、厳密な意味での『戦争』は多くありません」
『戦争』という言葉は、軍事学上と国際法上とでは、概念が異なっている。
規模にもよるが軍事においては、武力行使を伴う戦闘行為をそう呼ぶ。聞けばきっと誰もがこれを思い浮かべる。
しかし法的には、戦争は武力による外交手段という位置づけで、政治手法のひとつとなっている。定義が曖昧になることもあるが、国対国の武力衝突でなければ、戦争とは呼ばれない。
「だから国の力なしに、一武装組織だけで、戦略ミサイルの独自開発なんてまず無理です。作ろうとすれば、大国や国連軍が介入して潰します。大国が軍事支援するにしても、さすがに核兵器なんて譲渡するはずないです。そもそも内戦や紛争規模で使ったら、自分の首を絞めかねないから、決戦兵器の出番はありません」
それだけならば、ミサイル防衛が軽視される理由にならない。軍縮が叫ばれる中、核兵器が流出する可能性だってゼロとは言えないのだから、想定外への警戒が必要になる。
だから十路は、中指も立てる。
「もうひとつ理由がありますけど、こっちは部長もわかるでしょう? 三〇年前に出現した画期的な新兵器が、実用化され始めたからです」
「《魔法使い》ですわね」
「費用の面じゃ、戦略ミサイルより高くつくかもしれないけど、《杖》を作って《魔法使い》を育成した方が、軍事的優位性は断然大きいですから」
平野も森林も雪中も山岳も砂漠も市街も海上も関係ない。しかも地形だけでなく、作戦規模から戦略規模まで幅広い戦闘に運用できる。更には個人の素質次第では、医療や陣地構築や電子戦などの支援行動拡充まで。
そんな等身大の生体万能戦略兵器と、巨大な施設を必要とする目標まで飛んで大爆発するだけの兵器、どちらが優位性が高いかなど、論じるまでもない。
「だから次世代軍事学じゃ、戦略ミサイルそのものがナンセンス化する見通しなんです。《魔法使い》以外の人間が使う兵器としては最強ですから、もちろん完全に無視できないですけど、関連予算は削減されて《魔法》関連に回すようになると。で、予算減ると現場への皺寄せすごいし、《魔法使い》はそのうち疎まれると」
「そりゃ堤さんが関わるはずねーですわね……」
「好かれようと思ってませんけど、好んで嫌われたいとも思わないんで。俺は陸自所属でしたから、海自のイージス艦にも空自の高射部隊にも関わる必要なかったですけど」
トラブルになるのがわかってて、管轄の違う部隊に関わるはずないと、十路は肩を竦める。
「そう考えると、今の世の中って、ものすごく危ういですわよね……」
「平和なんて、そんなものでしょう?」
「まぁ、戦っていない期間を、平和って呼んでるだけですものね。平和なのが普通だなんて、混乱が続いてる国じゃ、寝ぼけた戯言ですもの」
かつて二つの大国が、大量の戦略核兵器を製造し、撃ち込まれれば報復攻撃を行うと牽制し合った『冷たい戦争』が起こった。
この時代は、それに近い。
仮に狂信的な武装組織が《魔法使い》の所有に成功したとしても、おいそれと大国に対して攻撃などできない。
大勢の《魔法使い》を運用した報復攻撃が行われるのは目に見えている。隠れ潜もうにも、地形を変形させて壊滅させられる。無関係な市民を盾にしようにも、超精密な攻撃で組織構成員だけを殲滅させられる。
事実を知った上で、平均レベルの想像力さえあれば、軍事の素人でも未来を予想できる。それだけ軍事力としての《魔法使い》は圧倒的だ。
だから、どこも不用意に手出しできない。
とはいえ、自分に都合のいいことだけを考える輩もいる。自分たちの攻撃は成功し、反撃は受けないと考えて、愚かな行動をする人間がいつ出現しても不思議ない。
そんな、いつ崩れても不思議ない平和が、今の世を支えている。無関係ではいられない脆弱な柱に小さな息を吐き、十路はウーロン茶を口に運ぼうとして。
早々にコゼットへの説明で逸れたが、話の本題に全く触れていないことに遅れて気づき、コップを宙で止めた。
「そういや理事長。アメリカのミサイル防衛がどうかしたんですか?」
「アベンジャーズ計画って聞いたことある?」
「スターウォーズ計画の親戚ですか?」
正式には戦略防衛構想。衛星軌道に光学・粒子線・実体弾兵器を搭載した人工衛星を配備し、戦略ミサイルを宇宙空間から迎撃する。基礎技術は確立していたが、それでも空想じみていたため、当時の有名SF映画になぞられて呼ばれ、やがて現実することなく消滅したアメリカ本土防衛計画だ。
「聞いたことないですけど、名前からすれば、さっき部長に説明した《魔法使い》を運用した防衛構想みたいに感じますけど?」
それと同種の通称かと十路は考えた。映画を趣味とする南十星ほど詳しくないが、興行収益ランキングに入るほど有名な作品だから、スーパーヒーローたちのSFアクション映画は知っている。
たった数人で侵略に立ち向かう報復者たち。名はそれらしい。
「んー……あと、こっちが本題なんだけど。『トントンマクート』って名前に心当たりある?」
「昔、そんな秘密警察があったと思いますけど……」
あまり納得していそうにない、続けざまのつばめの問いに、十路は博識で七ヶ国語話者のコゼットへと答えを振る。
「いわゆる架空の誘拐魔でしたっけ?」
「悪い子はホニャララがさらっちゃう系は世界中にありますし、さすがにピンポイントで覚えてねーですけど……商用フランス語ですかしら? フランス語でトントンはおじさんですけど、マクートは……肩掛け鞄の変化形だとすれば、サンタクロースの対極っぽい感じしますけど」
国連公用語とされるくらい、フランス語が通じる国や地域は多い。同名通称の秘密警察がかつて存在していたのは、フランスの植民地であった中米国であるから不思議ないと、自信なさげな返答に十路は納得する。
「んー……そっか。トージくんも知らないのか。どうしよっかなぁ……」
つばめにとっては、あまり有益な話ではなかったらしい。
「なんなんですか?」
「ちょっとね……わたしの人脈で、不穏な方面からのタレコミがあったんだけど、その関係。注意しろって意味で教えてくれたんだと思うけど、これだけじゃ注意のしようがないよ」
今までの会話だけで、外国の軍が関わり、高度な政治的問題を含んだ内容なのは充分わかる。
聞けば精神衛生が危うくなる予感を覚えた十路は、それ以上は口を閉ざす。料理を口に運びつつ、つばめが漏らすひとりごとを黙って耳を傾けるのみにする。
「こういう時に限ってフォーちゃんがいないし……」
ハッキングを可能とする野依崎は、ネットワークに接続された場所は勿論、隔絶された専用システム内のデータまで盗むテクニックまで持っている。たった一言のヒントから情報を集めたことも過去あったため、支援部の面々は非常時に際し恩恵に受けている。
しかし彼女が消息不明の今、当然使える手段ではない。
「そもそもフォーちゃんいなくなったから、色々と不都合出てきたしぃ~……」
つばめが缶ビールを手にしたまま、グデ~っとテーブルの上に伸び、料理皿の隙間に手を伸ばしていく。
まぁそんなものだろう。女性は常に異性を意識してスッピン顔などもっての外、ダラけた一面を見せるなというのは、酷と言うよりエゴだ。
ただ男からすれば、かなり童顔のタヌキ顔だが見た目的には悪くない二九歳独身女性のそんな場面を堂々と見せつけられると、萎える。彼女を女性として意識したいわけではない。しかし目の前でやられると『これじゃ結婚できないよな』などとこの場唯一の男は思ってしまう。
「部のことが世間で広まっちゃうのは、予想通りだし仕方ないけど……どこかの組織のスパイとか、スクープ狙いのジャーナリストとか、プロアマ問わずに部のこと調べようと、不法侵入者が増えてるのには参ったな……」
その言葉には、トングで豆腐サラダを小皿に取っていたコゼットが手を止めた。
「それ、フォーさんと関係ありましたの?」
「逆に訊くけど、キミたちの個人情報が広まったの、遅いって思わない?」
「今まであえて訊きませんでしたけど、このご時勢、不思議とは思ってましたわ」
カメラ機能がある通信媒体を、誰もが持っている。傍目には『誰が見るんだ?』というような他愛ないことも、ネット上に情報提供できる。
そんな誰もがジャーナリストである時代に、《魔法使い》などという希少人種が普通に生活していたら、誰かがSNSに投稿していて然りだろう。
しかし実際にはかなり遅れた。学生からの発信だけではない。ニュースなどで公式に支援部の存在が取り上げられたのは、夏休みよりも以前にもあったのに、ネット上で広まり始めたのは八月も大きく過ぎてからだ。
「フォーちゃんが知的エージェント使って、個人情報丸わかりなデータは削除するようにしてたの。だけどここ一ヶ月いないし、部が有名になって書き込みそのものも増えたから、対応できなくなったんだと思う」
野依崎が人工知能プログラムで対応していたから、遅れて広まり始めたらしい。彼女が部の裏方仕事をしているのは十路も当然知っていたが、そのような貢献をしていたことは初めて知った。
「で、警備会社とも契約してるけど、それとは別に、あのコも警備員してもらってたんだけど……」
「小学生になにさせてますのよ」
「警備システムの構築と通報だけだよ。建物内は警備会社が対応してくれるけど、それ以外は穴だらけだし、フォローしてくれてたってワケ。あのコが侵入者捕まえたこともあるけど」
「どうやって?」
「方法は知らない。朝出勤したら、パンツ一丁のおっさん三人が逆さ吊りになってた」
「……そんな事件ありました?」
「学生が入る場所じゃなかったから、騒ぎにならないよう警察呼んで穏便に片付けたの……さすがにアレはわたしもビビったね」
そういえば彼女には確かめたことがない。訊いてもはぐらかされるだろうと思っていたからだが、実際どうなのか。
思い至った十路は、三本目のネギマ串をまとめて飲み込んで、思い切ってつばめに質問をぶつけた。
「理事長も野依崎の行き先、知らないんですか?」
「立ち寄った場所は一箇所だけ知ってる。後は……心当たりはあるけど、どうもハッキリしない」
「隠してるんじゃなくて?」
「トージくんにしては珍しく食い下がるね?」
「最近考えるんですよ。俺は性格ですからあまり訊きませんけど、支援部は部員同士の詮索は基本、ご法度じゃないですか」
なぜ国家に管理されるべき《魔法使い》でありながら、管理されすに入部しているのかといった、かなり確信的な内容は、暗黙の了解として問うようなことはなかった。なんであれ、生半可のことではないと予想できるために。
そしてこれまで支援部が戦闘行為に及んだ背景には、部員たちの『ワケあり』な理由が絡んでいたこともあり、おのずと知ってしまった部分もある。
だが、野依崎だけは、未だ全くわからない。
「だけど、前みたいなこともありましたし。そろそろ野依崎のことも、リミット切ったって判断してもいいんじゃないかと思いましてね」
前みたいなこと――ナージャが国家所属の《魔法使い》として、スパイ活動で近づいてた件のように、用心のため前もって秘密を知る必要があるのではないか。
そう説明するとつばめも身を起こし、一応は真面目に考える様子を見せる。
「わたしはもちろん、フォーちゃんがワケありな理由を知ってるけど……さすがに当人いないところで、勝手に話しちゃうのはマズイしなぁ」
「ヤバ目ですか?」
「なんとも言いがたい、かな? 個人単位の話じゃ収まらないから、ヤバ目と言えばそうなんだけど、一応は決着ついてることでもあるし……」
確証がないため口にしたことはないが、十路が想像していることがある。
野依崎は、正規軍から脱走した、元国家所属の《魔法使い》ではないかと。
しかしつばめの返答は、予想を裏切ってくれる。脱走だけに留まらず、別組織に協力している状況では、反逆と見なされて即射殺されても不思議ない。なのに決着がつくなどありえない。
「今後は? 俺たちの生活が脅かされるような事態になりうるとか」
「わかんない。フォーちゃんが戻ってくれば、そうなる可能性あるけど」
結局つばめの答えからは、なにもわからない。日頃発揮する策略家らしさが全く見受けられず、彼女が完全に匙を投げているなら、十路には予想もできない。
「みんなにお願いしたいことがあったけど、肝心のフォーちゃんがいないんじゃ、どうしようもないしな……」
これ以上の説明はないらしい。つばめはまた愚痴モードになった。
逆にその言葉に十路は警戒心をもたげさせ、コゼットは念を入れて口を開く。結果としては裏切られることもなく、不利益も被っていないが、つばめが真相や策略を開示しないために、突発的な事態に泡を食うことがままあるために。
「わたくしたちになにさせる気ですのよ」
「警戒しなくても、普通のお願いだってば。フォーちゃん、明日が誕生日なんだよ。詐称じゃなくて本当の誕生日」
互いのことを詮索しないとしても、さすがに諸手続きの関係上、部員の生年月日は知るところにある。興味を持って記憶するかはさておいて。
だが野依崎の場合、偽造戸籍で処理されるため、本当の誕生日も定かではなかった。
「だから、お祝いしてあげて欲しいなーと思ってたんだけど……明日は仕事で東京行くから、わたし居ないし」
「で、本心は? 理事長は裏で、どんな策略巡らせてやがってますのよ?」
「だからぁ、本当に普通のお願いだってば。裏なんてないって」
「ウソくさ……」
「わたし、信用されてないなぁ……」
「普段の行いですわよ。理事長の策略に何度ハメられたことか。しかも祝えっつーなら吝かじゃねーですけど、前日いきなり言うんじゃねーですわよ」
「いやだからぁ、ずっとフォーちゃんいないから、迷ってたんだって。やっぱりバースデーパーティーは、サプライズにしないといけないでしょ?」
「わたくしたちにまで黙って、サプライズにすんじゃねーですわよ」
つばめとコゼットの付き合いは、一〇年来にも及ぶということで、遠慮がない。つばめに対しては部員の誰も遠慮しないが、コゼットは平均を上回る。しかも一緒に酒を飲んでいるから、口さがなさに拍車がかかる。
そんな成人たちの語らいに巻き込まれたくないので、十路はマイペースに料理を胃に収めていたら、気づいたつばめがテーブルの下から焼酎の瓶を出して振る。
「トージくんも飲む?」
「学校の責任者が、高校生に酒を勧めないでください」
「飲めないわけじゃないでしょー?」
「まぁ、飲んだことくらい、ありますけど」
非公式特殊隊員の訓練や任務で訪れた寒冷地で、気付け薬の類を、だが。
粋がることも場に呑まれて飲む性格でもないので、まだ未成年として扱われる日本では飲まないし、今は特に飲めない。
「これからバイク運転しなきゃならないんで、飲みません」
乗るのは自律行動可能なロボット・ビークルなので、十路が泥酔しても事故は起きないだろうが、付き合うと絡まれそうなので、断固として拒否しておく。
飲酒拒否の理由に、コゼットが金色の柳眉を動かした。
「『例の依頼』、今日は堤さんが当番でした?」
「えぇ」
答えてウーロン茶を流し込むと、横から微風が立った。料理していた樹里が隣に膝を突き、新たな皿をテーブルに置き、十路の前には白飯が盛られた茶碗と汁椀を置く。
その礼を言うより前に、彼女に頼む。
「そんなわけで木次。用事ないなら、今晩付き合ってくれないか?」
「ふぇ? え、や、テストは終わったから構いませんけど……」
常は持ち回り単独で行っていることなので、同行に少し戸惑ったようだが、彼女は渋ることなく了承した。




