010_2000 部活動Ⅲ~分隊集合~
そして十路は空間制御コンテナから、ある物を取り出した。
「……ハ?」
「……What?」
唐突に出てきた『それ』を見て、ローデリックだけではない。ヴィゴとコゼットも戸惑った声を上げる。
「あの……堤さん? なぜここで消火器……?」
普通ならば武器を取り出すだろう、この場面に出てきてのは、ホースが切り取られた消火器だった。しかもそれで殴りつけるのではなく、消火剤を振りまくのでもない。改造した消火器の握り部分を片手で持ち、低い姿勢から斜め上向きに構え、銃のように底をローデリックに向けた。
周囲の疑問を無視して、十路はレバーを引く。
加圧式消火器は、レバーを引くと小さな容器が破れて圧縮ガスが噴出し、それが本体容器内の消火剤と混ざり、噴射孔からホースを通って外に出る仕組みになっている。
十路は改造を施し、噴射孔を塞ぎ、消火剤の代わりに水を入れ、コーキング剤で固定を緩くして密閉した。
その状態でレバーを引くと、逃げ場のないガスが本体容器内の圧力を高め、コーキング材を引き剥がし、水を推進剤として容器を飛ばす。その理屈は理科の実験でも作られる、ペットボトル・ロケットと同じ単純なものでしかない。
ただし消火器なのだから、重く固い。
「ゴ――ッ!?」
発射された赤い金属容器は、ローデリックの胸を打って吹き飛ばす。彼の体は反対側の窓を突き破って、船外へと消えた。
その後を大砲の薬莢のように、容器は床に落ちて跳ねる。
「……ムチャクチャですわね」
ありふれた物を即席武器にする十路に、コゼットは絶句する。
「単発だし、使い捨てだし、発射までタイムラグあるし、重いし、弾道は安定しないし、あと濡れますけど」
頭からかぶった水を払いながら、彼はなんでもないように返す。
手製の武器はお世辞にも使い勝手がよくない。しかし古くて腐食した消火器は、時として破裂事故を起こし、死傷者を出すこともある。使い方で欠点をカバーすれば、付け焼き刃の戦力にできる。
手元に残った消火器のレバー部分を投げ捨てて、十路は用心しながら窓の外を確認したが、そこには暗くなり始めた海しかない。
ローデリックは海に落ちたか、それとも船内にいるか、それも確認できない。
「仕方ないか……」
後回しにするしかないと、十路はすぐさま頭を切り替えた。ローデリックが吹き飛ばされた際に落とした、樹里とコゼットの空間制御コンテナを片手で拾う。
敵はもうひとり残っている。棒手裏剣が刺さったままの腕で、落とした拳銃に手を伸ばしていたので、彼は新たに棒手裏剣を擲った。
鉄棒が手の平を貫通し、絶叫が上がる。
しかし十路は眉ひとつ動かさない。
「エゲつないですわね……」
「鉛弾ブチ込もうとしたんだから、自業自得ですよ」
恐れを隠した声でコゼットが呟くが、十路は気にも留めない。
たとえ誰かを殺した後でも、彼は同じように無表情でいるのではないか。
これが動揺を誘うことがない『当たり前』になるまで、どれほど同じことを繰り返してきたのか。
「…………」
ヴィゴも戦慄している。
《魔法》の破壊力は未見だが、《魔法使い》が兵器として扱われる実態を、垣間見ることができたから。
彼らは呼吸と同じように、なんの痛痒もなく誰かを殺すのではないか。そして同じようなことを、彼は何度やってきたのか。
「……つーか堤さん? 貴方が何故ここにいますのよ? バイクで乗り込んで来て、今も絶賛戦闘中なんじゃねーですのよ?」
聴覚情報と視覚情報が食い違ってることにコゼットが言及すると、十路は軽く肩をすくめた。
「イクセスは陽動。俺はその隙に外から隠密行動。それだけです」
「無人で走る幽霊バイクを一般人に見せてますの?」
「そこはちゃんと誤魔化してます。だけどいつバレても不思議はないから、さっさと事態を収拾しましょう」
「だったら来るの遅いっつーの」
「無茶言わないでくださいよ……これでも急いで来たってのに」
小さくため息をつきながら、十路は腰の短剣を抜いて、コゼットとヴィゴの縛めを切断した。
「ナメくさったマネしやがった連中には、身の程を知らせてやろーじゃありませんの」
手を揺らして指先に血を通わせながら、コゼットは椅子から立ち上がる。
その勇ましさに、十路は再度ため息をつく。
「助け甲斐のない人ですね……」
「ア゛ン? 『怖かったのぉ』とか言いながら、堤さんの胸に飛び込みゃいいんですの?」
「……部長にやられたら気色悪いから、結構です」
「気色悪い……! そーゆー失礼なこと平気で言うから、貴方のこと嫌いなんですわよ……!」
十路を睨みながら、コゼットは差し出された空間制御コンテナから、自身の《魔法使いの杖》を取り出す。
《ヘルメス・トリスメギストス》――伝説の錬金術師の名が冠されたインターフェースシステムを振り、頭脳と接続を確立。検出用の《魔法》が自動発動し、杖全体が一度淡く光り、指紋・掌紋・静脈・骨格・DNA・脳波、六重の生体認証システムが本人確認を行う。
そして《魔法》を使うためのソフトウェア『ABIS-OS Ver.8.312』が起動すると、腕輪のような《魔法回路》と、仮想有線接続を示す脳への伝達ラインが刻まれる。
ただそれだけでコゼット・ドゥ=シャロンジェは、囚われの王女などではなくなった。《魔法使い》と通称される生体万能戦略兵器となる。
「さ。木次さんと合流して、とっとと連中ブチのめしますわよ」
ハーフアップにまとめていた髪留めを外し、憂鬱そうに金髪を背中に流しながら、コゼットは貴賓室を出る。
「あと貴方、ムダな抵抗すんじゃねーですわよ」
「ぶごっ――!?」
その途中、見張りをしていた男が、痛みに呻きながら棒手裏剣を抜こうとしていたので、ローヒールでヤクザキックを顔面に叩き込む。
「ここにいない方がいい。今から船橋を解放しに行くから、そこで他の人と一緒にいてくれ」
事態の急変に呆然としているヴィゴに、十路はそう言い残して、落ちていた拳銃を拾い、コゼットを追いかける。
「それから、アンタ寝てろ」
「ぶごっ――!?」
その途中、鼻を押さえる男の顎に、スニーカーでのサッカーボールキックを炸裂させる。
棒手裏剣を抜かなければ、出血は大事にならない。だから動くことができないよう、そのまま手早く結束バンドで拘束して、十路も廊下に出た。
更にふたりが消えた後に、野太く詰まったような悲鳴と、湿った嫌な打撃音が続けざまに聞こえ、すぐに静かになった。
貴賓室のガラスの割れる音、悲鳴を聞きつけたシージャック犯たちが廊下にいたとすると、なにが起こったのか想像に難くない。
「………………」
ヴィゴ・ラクルスは思う。
《魔法使い》とは全員、一癖も二癖もあって、あんなヒドい連中ばかりなのかと。
そして結果的にはどうにもならないと判明したが、息子のことで、なぜ彼らに頼ろうとしたのか、自身の行動に疑問に思った。
△▼△▼△▼△▼
十路がコゼットたちの前に突入した頃、襲撃者と鬼ごっこしていた、レオナルド・ラクルスの手を引く樹里は、階段を登っていた。
上のC甲板からは、銃声と、聞き慣れたエンジン音が聞こえてくるからだ。
(堤先輩と合流すれば、なんとかなる……!)
《騎士》と渾名される存在が、味方であればどれほど心強いか、樹里は承知している。
なので後ろから荒々しい足音が迫ってくる中、彼女は傷ついた足とは思えない速さで走る。
そして甲板四階層吹き抜けの階段を駆け上がった時、同じタイミングでレストランホールから、見慣れたオートバイが飛び出してきた。そのシートには、フルフェイスのヘルメットを被った、学生服の青年が乗っている。
【ジュリ! ここにいたのですか!】
「堤せんぱ――」
《使い魔》を知らないレオの前でも声を出すオートバイが、樹里の前で急停止する。
するとその慣性がとどめになったのか、ゴトンと音を立てて学生服ライダーの首が床に転がった。
【あ】
「「……………」」
樹里とレオが絶句して、落ちたヘルメットを思わず見つめる。
視線を上げると、よく幽霊話として語られる首なしライダーがシートに平然と座っていた。
「……っ!?」
「うわぁぁぁぁ!? 先輩の首が取れた!?」
【いえ。これ、部室にあったマネキンですけど】
これが十路が用意して、黒いビニール袋に入れて持ってきた物の正体だった。
部室のダンボール箱に入っていた、バラバラになって放置されていたマネキンを、十路が接着剤で簡単に直して予備の学生服を着せ、ハンドルと手を針金で固定させ、《バーゲスト》に乗せていた。それで無人でも動ける《使い魔》の正体を隠すと同時に、身代わりを置くことで単独行動をごまかし、十路本人はザイルを使って船の外からシージャック犯たちの様子を探っていた。
【危ない!】
不意に《バーゲスト》が、樹里とレオをエントランスの壁に押し付けるように動いた。
直後に銃声が響き、ボディで火花が四散する。
【私の陰に隠れなさい!】
イクセスに怒鳴られ、レオを無理矢理小さくさながら陰にしゃがみこんで、ようやく樹里は事態を把握できた。
大きく螺旋を描く階段の中ほどの上下から、彼女を追いかけてきていた二人の男が拳銃を向けていた。
警告で撃ったのか、それとも防弾のオートバイに警戒したのか、数発撃ちこまれただけで発砲は止む。
誰何と降参を促す言葉が英語でかけられたが、樹里は無視をして短くイクセスと打ち合わせする。
「イクセスは下、私は上で」
【マネキンの頭がもげたので、このまま私が動くと怪談になりますが?】
「今それどころじゃないよ!?」
【トージだけでなく、ジュリまで単車遣い荒いですね……】
銃を向けられようが、彼女たちは大して恐れていない。少年を守りながら多数と戦うのは無理で逃げていたが、同時に撃破できるなら問題ない。
映画を見ているようで実感が薄いのか、レオはそれを不思議そうに見守っていた。
「レオくんはそこで小さくなってて!」
「あ……! はい」
指示を出し、樹里は小さくなったままマネキンに掴まり、オートバイのリアシートに足をかける。
「投げてっ!」
わずかに走行し、《バーゲスト》は前輪走行で後輪を跳ね上げる。共に樹里もタイミングを合わせて跳ぶ。イクセスはそのまま階段を駆け降りた。
樹里は遮るものがない吹き抜けを飛び越えて、シージャック犯の片割れに飛び蹴りを食らわせた。華奢な少女とはいえ、人間の体重なのだから、顔面を蹴られたTシャツを着た男は吹き飛び、手すりにぶつかって階段を転げ落ちる。
獣の身のこなしで階段に降り立つと、残るスーツ姿の襲撃者は、拳銃を捨てて身構えた。
(うわ、やっぱり軍の人だなぁ……)
格闘距離での銃撃は、当てるのが逆に難しくなる。それでも得物を捨てるなど、ただの犯罪者程度にはできない。即座に切り替える躊躇のなさに、樹里は舌を巻きながら構えた。
連続して突き出される拳撃を、樹里は体を傾けて避け続ける。体格差は比べるまでもなく、加えて段差があると上位が有利だが、彼女には通用していない。打ち下ろしを余裕を持って避ける。
苛立ったように振り上げられた前蹴りは、双手で受け止める。同時に彼女は靴下の上から足首に、手にしたままの『赤いボディのスタンガン』を押しつける。
電撃で相手を怯ませところに、樹里は更に首筋へ『スタンガン』を押しつけた。
声なき絶叫を上げて筋肉質の体が痙攣し、男は階段に崩れ落ちる。
「ふぅ……」
息を吐いた樹里が下の階層を覗きこむと、《バーゲスト》も丁度、D甲板で相手を行動不能にしたところだった。
乗っているのがマネキンだとは知らない、首なしライダーが跨るオートバイに、襲撃者たちは混乱しながら発砲したのだろうが、イクセスには関係ない。真正面から男たちに体当たりして階段から転げ落とし、銃の上から手を踏んだ。指の骨を折り、引金を引かせなくした。
【こちらも終わりです。私では武装解除も拘束も無理ですから、お願いします】
「うん――」
樹里は緊張を解いて、階段を下りようとしたが。
「Freeze...! (動くな!)」
苦しげな男の声に、足を止めることになった。
最初に樹里が蹴り飛ばした男が、鼻から血を流しながら、レオの体を掴んで小さな頭に銃を向けていた。そして少年は恐怖と息苦しさに顔を歪めている。
(またミスした……!)
無力化してきれていなかった。どうしてこう自分は肝心な時に抜けているのかと、樹里は歯噛みする。
それに――
「Drop your weapons...Harry up!(武器を捨てろ……! 早く!)」
切羽詰った警告に、樹里は躊躇することなく『スタンガン』を投げ捨てる。
男の目前に落ちた衝撃で、変形して用をなさなくなった蓋が外れ、焼け溶けたバッテリーも外れて転がる。ガラス板が割れていたので、湯気が立つ液晶が床をこぼれる。
メチャクチャに壊れているが、それはスタンガンなどではなく、二つ折りの携帯電話だった。
まだ少女が武器を隠し持っていると、男は改めて警戒したに違いない。
だが油断を誘うために、違うものを投げ捨てたわけではない。それが証拠に樹里は動かない。
「なんで大人しく降参してくれないかなぁ……? 銃持って人質取れば、私に敵うなんて考えちゃうかなぁ……?」
目を閉じ、眉間に皺を作り、どうしようもない苛立ちを押さえようとしていた。
「その子を傷つけたら――」
瞼を開き、狂獣の眼を閃かせる。
「殺すよ?」




