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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
現代社会の《魔法使い》
21/640

010_2000 部活動Ⅲ~分隊集合~


 そして十路(とおじ)空間制御コンテナ(アイテムボックス)から、ある物を取り出した。


「……ハ?」

「……What?」


 唐突に出てきた『それ』を見て、ローデリックだけではない。ヴィゴとコゼットも戸惑った声を上げる。


「あの……堤さん? なぜここで消火器……?」


 普通ならば武器を取り出すだろう、この場面に出てきてのは、ホースが切り取られた消火器だった。しかもそれで殴りつけるのではなく、消火剤を振りまくのでもない。改造した消火器の握り部分を片手で持ち、低い姿勢から斜め上向きに構え、銃のように底をローデリックに向けた。


 周囲の疑問を無視して、十路はレバーを引く。


 加圧式消火器は、レバーを引くと小さな容器が破れて圧縮ガスが噴出し、それが本体容器内の消火剤と混ざり、噴射孔からホースを通って外に出る仕組みになっている。


 十路は改造を(ほどこ)し、噴射孔を塞ぎ、消火剤の代わりに水を入れ、コーキング剤で固定を(ゆる)くして密閉した。

 その状態でレバーを引くと、逃げ場のないガスが本体容器内の圧力を高め、コーキング材を引き剥がし、水を推進剤として容器を飛ばす。その理屈は理科の実験でも作られる、ペットボトル・ロケットと同じ単純なものでしかない。


 ただし消火器なのだから、重く固い。


「ゴ――ッ!?」


 発射された赤い金属容器は、ローデリックの胸を打って吹き飛ばす。彼の体は反対側の窓を突き破って、船外へと消えた。

 その後を大砲の薬莢(やっきょう)のように、容器は床に落ちて跳ねる。


「……ムチャクチャですわね」


 ありふれた物を即席武器にする十路に、コゼットは絶句する。


「単発だし、使い捨てだし、発射までタイムラグあるし、重いし、弾道は安定しないし、あと濡れますけど」


 頭からかぶった水を払いながら、彼はなんでもないように返す。


 手製の武器はお世辞にも使い勝手がよくない。しかし古くて腐食した消火器は、時として破裂事故を起こし、死傷者を出すこともある。使い方で欠点をカバーすれば、付け焼き刃の戦力にできる。


 手元に残った消火器のレバー部分を投げ捨てて、十路は用心しながら窓の外を確認したが、そこには暗くなり始めた海しかない。

 ローデリックは海に落ちたか、それとも船内にいるか、それも確認できない。


「仕方ないか……」


 後回しにするしかないと、十路はすぐさま頭を切り替えた。ローデリックが吹き飛ばされた際に落とした、樹里とコゼットの空間制御コンテナ(アイテムボックス)を片手で拾う。


 敵はもうひとり残っている。棒手裏剣が刺さったままの腕で、落とした拳銃に手を伸ばしていたので、彼は新たに棒手裏剣を(なげう)った。


 鉄棒が手の平を貫通し、絶叫が上がる。

 しかし十路は眉ひとつ動かさない。


「エゲつないですわね……」

「鉛弾ブチ込もうとしたんだから、自業自得ですよ」


 恐れを隠した声でコゼットが(つぶや)くが、十路は気にも留めない。


 たとえ誰かを殺した後でも、彼は同じように無表情でいるのではないか。

 これが動揺を誘うことがない『当たり前』になるまで、どれほど同じことを繰り返してきたのか。


「…………」


 ヴィゴも戦慄している。

 《魔法》の破壊力は未見だが、《魔法使い(ソーサラー)》が兵器として扱われる実態を、垣間見ることができたから。

 彼らは呼吸と同じように、なんの痛痒(つうよう)もなく誰かを殺すのではないか。そして同じようなことを、彼は何度やってきたのか。


「……つーか堤さん? 貴方が何故(なぜ)ここにいますのよ? バイクで乗り込んで来て、今も絶賛戦闘中なんじゃねーですのよ?」


 聴覚情報と視覚情報が食い違ってることにコゼットが言及すると、十路は軽く肩をすくめた。


「イクセスは陽動。俺はその隙に外から隠密行動。それだけです」

「無人で走る幽霊バイクを一般人に見せてますの?」

「そこはちゃんと誤魔化してます。だけどいつバレても不思議はないから、さっさと事態を収拾しましょう」

「だったら来るの遅いっつーの」

「無茶言わないでくださいよ……これでも急いで来たってのに」


 小さくため息をつきながら、十路は腰の短剣を抜いて、コゼットとヴィゴの(いまし)めを切断した。


「ナメくさったマネしやがった連中には、身の程を知らせてやろーじゃありませんの」


 手を揺らして指先に血を通わせながら、コゼットは椅子から立ち上がる。

 その勇ましさに、十路は再度ため息をつく。


「助け甲斐(がい)のない人ですね……」

「ア゛ン? 『怖かったのぉ』とか言いながら、堤さんの胸に飛び込みゃいいんですの?」

「……部長にやられたら気色悪いから、結構です」

「気色悪い……! そーゆー失礼なこと平気で言うから、貴方のこと嫌いなんですわよ……!」


 十路を睨みながら、コゼットは差し出された空間制御コンテナ(アイテムボックス)から、自身の《魔法使いの杖(アビスツール)》を取り出す。

 《ヘルメス・トリスメギストス》――伝説の錬金術師の名が冠されたインターフェースシステムを振り、頭脳と接続を確立。検出用の《魔法》が自動発動し、杖全体が一度淡く光り、指紋・掌紋・静脈・骨格・DNA・脳波、六重の生体認証システムが本人確認を行う。

 そして《魔法》を使うためのソフトウェア『ABIS-OS Ver.8.312』が起動すると、腕輪のような《魔法回路(EC-Circuit)》と、仮想有線接続を示す脳への伝達ラインが刻まれる。


 ただそれだけでコゼット・ドゥ=シャロンジェは、(とら)われの王女などではなくなった。《魔法使い》と通称される生体万能戦略兵器となる。


「さ。木次(きすき)さんと合流して、とっとと連中ブチのめしますわよ」


 ハーフアップにまとめていた髪留め(バレッタ)を外し、憂鬱(ゆううつ)そうに金髪を背中に流しながら、コゼットは貴賓(きひん)室を出る。


「あと貴方、ムダな抵抗すんじゃねーですわよ」

「ぶごっ――!?」


 その途中、見張りをしていた男が、痛みに(うめ)きながら棒手裏剣を抜こうとしていたので、ローヒールでヤクザキックを顔面に叩き込む。


「ここにいない方がいい。今から船橋(ブリッジ)を解放しに行くから、そこで他の人と一緒にいてくれ」


 事態の急変に呆然としているヴィゴに、十路はそう言い残して、落ちていた拳銃を拾い、コゼットを追いかける。


「それから、アンタ寝てろ」

「ぶごっ――!?」


 その途中、鼻を押さえる男の顎に、スニーカーでのサッカーボールキックを炸裂させる。

 棒手裏剣を抜かなければ、出血は大事にならない。だから動くことができないよう、そのまま手早く結束バンドで拘束して、十路も廊下に出た。


 更にふたりが消えた後に、野太く詰まったような悲鳴と、湿った嫌な打撃音が続けざまに聞こえ、すぐに静かになった。

 貴賓(きひん)室のガラスの割れる音、悲鳴を聞きつけたシージャック犯たちが廊下にいたとすると、なにが起こったのか想像に(かた)くない。


「………………」


 ヴィゴ・ラクルスは思う。

 《魔法使い(ソーサラー)》とは全員、一癖も二癖もあって、あんなヒドい連中ばかりなのかと。

 そして結果的にはどうにもならないと判明したが、息子のことで、なぜ彼らに頼ろうとしたのか、自身の行動に疑問に思った。



 △▼△▼△▼△▼



 十路がコゼットたちの前に突入した頃、襲撃者と鬼ごっこしていた、レオナルド・ラクルスの手を引く樹里は、階段を登っていた。

 上のC甲板(デッキ)からは、銃声と、聞き慣れたエンジン音が聞こえてくるからだ。


(堤先輩と合流すれば、なんとかなる……!)


 《騎士(ナイト)》と渾名(あだな)される存在が、味方であればどれほど心強いか、樹里は承知している。

 なので後ろから荒々しい足音が迫ってくる中、彼女は傷ついた足とは思えない速さで走る。


 そして甲板(デッキ)四階層吹き抜けの階段を駆け上がった時、同じタイミングでレストランホールから、見慣れたオートバイが飛び出してきた。そのシートには、フルフェイスのヘルメットを被った、学生服の青年が乗っている。


【ジュリ! ここにいたのですか!】

「堤せんぱ――」


 《使い魔(ファミリア)》を知らないレオの前でも声を出すオートバイが、樹里の前で急停止する。

 するとその慣性がとどめになったのか、ゴトンと音を立てて学生服ライダーの首が床に転がった。


【あ】

「「……………」」


 樹里とレオが絶句して、落ちたヘルメットを思わず見つめる。

 視線を上げると、よく幽霊話として語られる首なしライダーがシートに平然と座っていた。


「……っ!?」

「うわぁぁぁぁ!? 先輩の首が取れた!?」

【いえ。これ、部室にあったマネキンですけど】


 これが十路が用意して、黒いビニール袋に入れて持ってきた物の正体だった。

 部室のダンボール箱に入っていた、バラバラになって放置されていたマネキンを、十路が接着剤で簡単に直して予備の学生服を着せ、ハンドルと手を針金で固定させ、《バーゲスト》に乗せていた。それで無人でも動ける《使い魔(ファミリア)》の正体を隠すと同時に、身代わりを置くことで単独行動をごまかし、十路本人はザイルを使って船の外からシージャック犯たちの様子を探っていた。


【危ない!】


 不意に《バーゲスト》が、樹里とレオをエントランスの壁に押し付けるように動いた。

 直後に銃声が響き、ボディで火花が四散する。


【私の陰に隠れなさい!】


 イクセスに怒鳴られ、レオを無理矢理小さくさながら陰にしゃがみこんで、ようやく樹里は事態を把握できた。


 大きく螺旋(らせん)を描く階段の中ほどの上下から、彼女を追いかけてきていた二人の男が拳銃を向けていた。

 警告で撃ったのか、それとも防弾のオートバイに警戒したのか、数発撃ちこまれただけで発砲は止む。

 誰何(すいか)と降参を(うなが)す言葉が英語でかけられたが、樹里は無視をして短くイクセスと打ち合わせする。


「イクセスは下、私は上で」

【マネキンの頭がもげたので、このまま私が動くと怪談になりますが?】

「今それどころじゃないよ!?」

【トージだけでなく、ジュリまで単車(ひと)遣い荒いですね……】


 銃を向けられようが、彼女たちは大して恐れていない。少年を守りながら多数と戦うのは無理で逃げていたが、同時に撃破できるなら問題ない。


 映画を見ているようで実感が薄いのか、レオはそれを不思議そうに見守っていた。


「レオくんはそこで小さくなってて!」

「あ……! はい」


 指示を出し、樹里は小さくなったままマネキンに掴まり、オートバイのリアシートに足をかける。


「投げてっ!」


 わずかに走行し、《バーゲスト》は前輪走行(ストッピー)で後輪を跳ね上げる。共に樹里もタイミングを合わせて跳ぶ。イクセスはそのまま階段を駆け降りた。


 樹里は(さえぎ)るものがない吹き抜けを飛び越えて、シージャック犯の片割れに飛び蹴りを食らわせた。華奢な少女とはいえ、人間の体重なのだから、顔面を蹴られたTシャツを着た男は吹き飛び、手すりにぶつかって階段を転げ落ちる。


 獣の身のこなしで階段に降り立つと、残るスーツ姿の襲撃者は、拳銃を捨てて身構えた。


(うわ、やっぱり軍の人だなぁ……)


 格闘距離での銃撃は、当てるのが逆に難しくなる。それでも得物を捨てるなど、ただの犯罪者程度にはできない。即座に切り替える躊躇のなさに、樹里は舌を巻きながら構えた。


 連続して突き出される拳撃を、樹里は体を傾けて避け続ける。体格差は比べるまでもなく、加えて段差があると上位が有利だが、彼女には通用していない。打ち下ろしを余裕を持って避ける。


 苛立ったように振り上げられた前蹴りは、双手(もろて)で受け止める。同時に彼女は靴下の上から足首に、手にしたままの『赤いボディのスタンガン』を押しつける。

 電撃で相手を(ひる)ませところに、樹里は更に首筋へ『スタンガン』を押しつけた。


 声なき絶叫を上げて筋肉質の体が痙攣(けいれん)し、男は階段に崩れ落ちる。


「ふぅ……」


 息を吐いた樹里が下の階層を覗きこむと、《バーゲスト》も丁度、D甲板(デッキ)で相手を行動不能にしたところだった。

 

 乗っているのがマネキンだとは知らない、首なしライダーが(またが)るオートバイに、襲撃者たちは混乱しながら発砲したのだろうが、イクセスには関係ない。真正面から男たちに体当たりして階段から転げ落とし、銃の上から手を踏んだ。指の骨を折り、引金(トリガー)を引かせなくした。


【こちらも終わりです。私では武装解除も拘束も無理ですから、お願いします】

「うん――」


 樹里は緊張を解いて、階段を下りようとしたが。


「Freeze...! (動くな!)」


 苦しげな男の声に、足を止めることになった。


 最初に樹里が蹴り飛ばした男が、鼻から血を流しながら、レオの体を掴んで小さな頭に銃を向けていた。そして少年は恐怖と息苦しさに顔を歪めている。


(またミスした……!)


 無力化してきれていなかった。どうしてこう自分は肝心な時に抜けているのかと、樹里は歯噛みする。

 それに――


「Drop your weapons...Harry up!(武器を捨てろ……! 早く!)」


 切羽詰った警告に、樹里は躊躇することなく『スタンガン』を投げ捨てる。


 男の目前に落ちた衝撃で、変形して用をなさなくなった(ふた)が外れ、焼け溶けたバッテリーも外れて転がる。ガラス板が割れていたので、湯気が立つ液晶が床をこぼれる。

 メチャクチャに壊れているが、それはスタンガンなどではなく、二つ折りの携帯電話だった。


 まだ少女が武器を隠し持っていると、男は改めて警戒したに違いない。

 だが油断を誘うために、違うものを投げ捨てたわけではない。それが証拠に樹里は動かない。


「なんで大人しく降参してくれないかなぁ……? 銃持って人質取れば、私に(かな)うなんて考えちゃうかなぁ……?」


 目を閉じ、眉間に皺を作り、どうしようもない苛立ちを押さえようとしていた。


「その子を傷つけたら――」


 (まぶた)を開き、狂獣の(まなこ)を閃かせる。


「殺すよ?」


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