045_0060 【短編】灯に暈ける祭の追憶・漆 天流乱星
【また電源が入りました。GPS座標、各人に送ります】
「俺たちが向かってる。各人担当の持ち場を離れず警戒。距離と障害物を無視して援護できるなら、こっちのタイミングに合わせてくれ」
『建物の上からなら援護可能です……屋上で花火見物してる人を、ちょっと騒がせるかもしれませんけど』
『このくらいの距離なら、わたくしはどーとでもできますけど』
『あたしもそっちに……あ、なんか暴動一歩手前な状況ハッケンしたから、後でねー』
「こっちは大丈夫そうだから、お前はそっちの面倒を片付けとけ」
△▼△▼△▼△▼
巨躯を持つオルグには、手にした二尺一寸の刃はかなり短い。
その刀に、ナージャは見覚えがある。以前の戦闘で貸し与えられたものだ。証明するように、研ぎがかけられていない刀身に、刃こぼれや跡が残っている。
彼は俄かには動かない。
だからゆっくりと液晶画面に這わせた指で術式を選択し、その上部から夜闇に紛れてしまう黒い板を伸ばす。
「鈍か」
「警察のお手伝いしてる部活の最中ですから、血生臭いのは避けたいので」
ナージャの《魔法》による単分子剣――《黒い剣》は、時空間制御に物質を巻き込んで形成する。切れ味のいい刃物は、鋸のように細かな凹凸がある。しかし時間を凍らせた空間は、《マナ》によって完全に直線構成されるために、微細な凹凸は形成できない故にそうする。
そして今の黒刃は、絶対不可侵の空間を作っただけだ。更には厚くし、切れ味のない打撃武器にしている。
「師匠を軽んじてるわけじゃないですけど、不快に思ったら申し訳ありません」
言葉を証明するように、右手で《魔法使いの杖》の下端を包むように持ち、ナージャは正眼に構える。
彼女は普段、特定の構えを作らない。軍隊格闘術・システマの理念に則り、体から力を抜いた無形に構える。
だが今は、基本に構えた。この戦いの真意を察したから。
「――!」
「――っ!」
同時に声なき裂帛を発し、足袋裸足で地面を蹴る。
間合いを詰めて、白刃と黒刃を絡める。その際に発せられたはずの異音は、花火にかき消される。
跳ね除け、再度ぶつけ、空の打ち上げが一時停止した時、彼らも一時停止し。
「ナジェージダと最後に手合わせしたのは、いつだったか」
「先ほど言った、祖国防衛者の祝日のデートの後ですよ。わたしが日本で発つ直前の、最後の仕上げとして」
「腕が鈍ったのではないか」
「普通の高校生としてヌルい生活してましたから、否定はしづらいですね」
言葉が終わるや否や、またも花火が連発され、そして二振りの剣も再衝突させる。
隻腕になって間もなくとも、オルグは腰が浮いておらず、正中線はブレが見受けられない。
もちろん彼本来の残撃からは、威力はほど遠い。しかし左手一本で振るわれる刀身は、致命傷を与えるには充分だ。しかも軽いが故に、手数が多い。
ナイフのように軽々と繰り出される打刀を、《魔法》の刃を小さく使って右に左にと打ち払う。チャンバラじみた光景に見えるやもしれないが、向けられた害意は本物に相違なく、触れれば肉を削られる。
だから振り払い、木霊する爆音の余韻が消えるのを待たず、強引に停止させた。
「だけど、そういう師匠も、ちょっと鋭さ足りてないですよ」
「片腕だぞ。両腕でお主に稽古をつけてた頃と比べるな」
オルグが飛び退いたために、黒刃の切っ先は、懐をわずか触れるに終わった。浴衣を解れさせることも敵わない。
「でも、売られたケンカに、手加減する気ないですから」
だからナージャは太刀筋を変化させて、今度は彼女から飛び出す。
オルグに鍛えられはしたが、彼女が使う剣は、彼が修める初実剣理方一流のものではない。理屈は理解しても剣の理念は存在しない、鍛えた身体能力で片手剣を使っているだけの外剣だ。
なので日本の剣術流派ならば、タイ捨流剣術に近い激しい動きで、飛び込み様に力任せに黒刃を叩きつけ、脇をすり抜ける。
そして足を止めた瞬間に、振った剣を更に動かし背後に回し、背中を割ろうとする白刃を腹で受け止める。後ろ手のまま防御した刃を中心に向き直り、続けざまに剣を振る。
フィクションならばまだしも、現実には人外の領域に足を踏み入れた防御だが、向き直ったオルグに驚きはない。
心眼などではないのだから。ナージャのものはあまり精度が高くないとはいえ、《魔法使いの杖》と接続していれば、《マナ》との通信で背後の様子くらいは目をつむっていてもわかる。《サモセク》を装着すれば、オルグも同じことをしていたのだから、驚くはずはない。
だから連射されるスターマインに合わせるように、更に戦いを変化させる。
豹のように走り、横に回り込もうと、それを防ごうと、双方が場を移す。
飛燕のように跳び込み、肘打ち、片手斬撃、回し蹴りへと連携する。
人のように騙し打ち、真逆のフェイントから即座に本命を叩き込む。
玉鋼を一方的に削り、夜空とは比べ物にならない花火を、幾度も幾度も散らせていく。
しかし越えられない。全てにおいて。
性別が違う。経験が違う。腕力が違う。技量が違う。この場において若さは単なる未熟であり、勝っているのは腕の本数だけ。
ならば一歩だけ踏み込む。己で確かめるためにあえて使わずにいた領域に。
凌がれる前提で、ナージャは上段から真っ向唐竹に下ろす。
夜ではやはり見えづらいはずだが、振り下ろされる黒刃を、やはりオルグは一歩下がった寸毫の見切りで避ける。
死出の縁で踏み留まれば、一転して好機となる。踏み込もうとオルグの足がわずか土に沈む。
「む!?」
しかし前には出なかった。むしろ彼はオーバーなほど斜め後ろに飛びのいた。
直後に黒い刃が地面を切り裂き、燃えた星の残滓が残る夜空に翻ったために。
「……これをそんな易々と避けますか」
上段から刀を振り降ろし、相手が避ける、もしくは怯んだ隙に、一気に斬り上げる。
鐘捲流・虎切――そう呼ぶより、佐々木小次郎の燕返しと称した方が通りがいいか。
振り下ろした直後、同じ軌跡での斬り上げなど、普通の刀ならば並外れた腕力がなければ出来ることではない。しかもナージャは《魔法》を操作し、刀身を延長しながら振り上げた。
「これ、卑怯ですか?」
「卑怯どうこう以前に、今の剣は初めてだな」
「当然ですよ。竹刀や木刀では不可能ですから、師匠相手に使ったことありませんし」
「手合わせで《魔法》を使うにしても、《加速》と《鎧》だけであったからな」
初見でかわされた賞賛はあるが、必殺は込めていないので、避けられた驚愕も落胆もない。ナージャはデフォルトの長さに戻した黒刃を、落ち着いた動作で改めて正眼に構える。
「それらの《魔法》は使わぬのか」
「えぇ。《黒の剣》だけです。他を使っては、意味がないので」
あくまで剣でなければならない。《魔法》の剣を使うのはともかく、《魔法》で戦ってはならない。
これが彼女の『剣』なのだから。既存の剣術流派に当てはまることのない、師の真似事ではない、誰も持ちえない彼女だけの剣技。
「ならば限りを尽くせ。我を全力でねじ伏せよ」
その意が伝わったか、オルグは切っ先を天に、打刀を片手で軽く突き出すように構える。
ナージャは思い出す。
こうして何度もオルグと剣を交えた。
互いに真剣を携えて、立ち会ったことはある。しかし安全を踏まえた修練でしかなかった。
《魔法使い》として、非合法活動員としての道を歩み始めてからは機会は減ったが、折りを見ては手合わせさせられた。
女子供でも容赦はなかった。幾度となく転がさられ、土と辛酸を舐めた。
そして今、老いて尚、傷ついて尚、道を異にして敵となっても、師は高い壁として立ちはだかる。
「……わたしはまだまだ弱いですね」
思わず苦笑が出る。
時空間制御という最強の《魔法》を持ちながら、自身が強いと自惚れたことはないが、やはり格の違いを見せ付けられると強く思う。
「だが、強くなったな」
オルグは、否定にならない肯定をする。
褒める師ではなかった。しかし偽る舌を持つ人物でもない。だから事実を事実として、思うままを口にしただけだろう。
「強くなった覚えはないですけど、もしそう見えるなら……わたしは自分の力を使う目的を、ハッキリ自覚したからですかね」
『役立たず』と呼ばれた頃と、ほんの少しは変わったかもしれない。
だがほんのわずかな違いでしかない。少なくとも自覚では。
「国を守れなんて言われても、実感持てません。しかもそのために情報をかき集め、建物に侵入して、誰かを殺せなんて言われても、話が飛びすぎて意味不明です」
巨大なシステムを動かすための歯車になる。
組織の中での個人は、全てを知らずとも与えられた役割を全うするしかなく、全体を把握するのは限られた者しか存在しない。
それを納得できるならいい。多くの人々はそうして社会生活を営んでいる。
だが、ナージャは駄目だった。組織を離れてみて、ようやく気付いた。
『役立たず』と呼ばれた《魔法使い》は、群れで生きられる存在ではなかった。
「だからわたしには、今くらいが丁度いいんです。自分と、手の届く人たちを守るために、剣を振るうくらいが」
「それ以外を、全て敵に回してもか」
「敵になりたくはないですけど、敵と見なされるなら、致し方ないです」
「殺しはせぬだろう?」
「えぇ。今のわたしはただの学生ですから、殺す必要ないんですよ」
「誰も正気と思えぬ道と言うであろうな」
「それでも、わたしは選びます」
サーカスの舞台で、猛獣使いの鞭に従いはしない。
動物園の檻で過ごすには、奥底に眠る野性が強すぎた。
ナージャ・クニッペルは雪豹の如く、自分の意思で、険しい山岳でしか生きられない。
「そう言う師匠は甘く……いえ、丸くなりましたね」
「なぜそう思う?」
「だってわたしが裏切ってこうなることを、見越してませんでしたか?」
先の部活動時、ナージャは支援部と、オルグが率いる部隊とを、二重スパイするような形になった。
その時はただ助かったとしか思わなかった。しかし考えれば、信頼させるために持ち込んだ物品や情報のチェックが甘すぎた。
そもそも戦い方が変だった。相手に自分たちの存在を知らせ、敵に迎撃態勢を取らせる時間を与えるなど、特殊部隊のやり方ではない。
「昔の師匠ならば、そんなこと絶対に許してませんよね」
「…………」
彼は問いに答えない。回答を拒否したのではなく、ただ口を噤んだ。
そう思いたければ思えと。
ならば口を閉ざす。
これ以上は剣士同士、言葉を弄して語る時間ではない
心は不思議なくらいに平静だった。
建物に阻まれるとはいえ、幾多の花火が夜空に咲くために、闇の恐怖はない。突如と響く轟音が、体の動きを遅滞させそうなものだが、それもなさそう。
次の大きな爆発か、あるいは静寂か。
それを機に動く予感を覚える。
「避けろ!」
しかしそれより早く、若い男の叫びが届いた。
「――は?」
そしてどこからか、普通乗用車が飛んできた。




