045_0050 【短編】灯に暈ける祭の追憶・陸 陰陽進退
家族を大事にしていたなど、どんな皮肉だと、オルグは苦味を舌に蘇らせる。
「……それにしても、師匠。わたしと平然と話していますけど……平気なんですか?」
「どういう意味だ?」
「わたしたちは……あなたの家族に、二度目の死を与えました」
ナージャは言葉を選んだ様子があるが、けれども苦味に毒を加えた事実に変わりない。
二度目と称していいものか、オルグ自身も判断を迷わせるというのに、彼女はそういった。
そして『わたしたち』とも言った。あの《使い魔》を直接破壊したのは彼女ではないのに、その陣営に身も心も置いてしまっている。
もう完全に、巣立った。
「家族、な……」
一抹の感情を吐息と共に吐き出し、連鎖的に浮かび上がった寂寥をオルグは漏らす。
思い返せば、あの頃が人生で一番幸せな時間だったのだろうと。
出会いは酒場だった。軍人たちが集う、お世辞にも上品とは言えない店で働いていた。
いつも微笑を浮かべ、声を荒げることも片手で数えられるほどの、場に似つかわしくないウェイトレスだった。決して美人とは言えなかったが、それでも愛嬌ある彼女に言い寄る男は数知れなかった。
彼のなにがよかったのか。日本ならば石部金吉を字で行くような、それどころが玄武岩を削ったような無骨な外見の男に、なにか惹かれる要素があっただろうか。
なのに彼女はよく、柔和な笑顔を向けてきた。頼んだつまみに、よく『おまけ』を追加してくれた。
結婚前も、結婚してからも、自分を選んだ理由を聞いたが、いつもはぐらかされたような答えしか返ってこなかった。
一男一女を授かった。
女の子は得てしてそうかもしれないが、弟がいることでお姉さんぶり、成長する度に大人ぶる、『おませ』な娘だった。
それに対して弟は、少し大人しかった。末っ子らしい甘えぶりが目立ち、将来を思うと苦笑が浮かんだ。
幸せな時間だった。それは断言できる。
病院に駆けつけ、多大な疲労と達成を浮かべる妻の隣で眠る、我が子を見た時の感動は、今でも薄れていない。第二子でもやはり感動はあった。
長期の任務ともなれば、家に帰ることはできなかった。その分一緒の時間を楽しもうと、『出張』から帰ってきた日の夕食には、妻は食卓に精一杯の彩りを添えていた。当時の国はひどい経済状態で、食べるものも満足に手に入らなかっただろうに。
だが思えば、自分は家族などという人間関係は、作るべきではなかったのではないかと思ってしまう。
オルグが行っていたのは、所詮は裏仕事。国家の安全には必要としても、表沙汰になってはならない類なのだから。
だからある日、強盗殺人事件を報じる新聞に、共通する姓を持つ三人の名前が掲載されてしまった。
リガチョフ・ポリーナ・イリイニチナ。
リガチョフ・アナスタシア・オルゴヴィナ。
リガチョフ・ルスラン・オルゴヴィチ。
どうやって調べたか、オルグたちが殲滅したはずのテロ組織からの報復で、家族は殺された。
もう二〇年近くも前の話だ。
思い出すにはウォッカが欠かせなかった、毒を含んだ過去。
「……我は、してはならないことをした」
だが、今は薄れてしまった。だからこその過去形。時を経ただけでなく、その方法で薄めてならないと、理性では理解しているのに。
彼女たちは蘇った。
勿論死んだ人間が生き返るわけはない。常人の不可を可にする《魔法》が存在したとしても、不可能だと断言できる。
そんな意図はなかった。ただの戯れだった。
「わたしは詳しく知りません。だから今までずっと訊かなかったことですけど、あえて訊いていいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ、《ズメイ・ゴリニチ》で、ご家族を再現されたのですか?」
一〇年前に関わりを持ったナージャは、それより以前に亡くなった家族を知るはずもない。写真くらいは見ていて不思議ないが、声や性格がわかるものは残していない。
二年ほど前に、陸軍から持ち込まれた話に始まる。
特別顧問という名目で、軍参謀本部情報総局に新設される部隊の育成および指揮を任されることになった。
言うなれば、現役復帰だった。
理解できなかった。
特殊部隊特殊偵察班長として、現場を退いてからは教官として、軍に功績したかもしれない。しかし完全に隠居生活をしていた年老いた彼の元に、なぜそんな話が持ち込まれるのか。
彼が現役だった時代とは、戦争そのものが変化している。レシプロ機はジェット戦闘機に代わり、人間が取り扱っていた大砲は消え、高度に自動化・無人化されたミサイル・無人兵器が戦場を制する。
最たる変化は超最先端科学技術《魔法》の存在だ。
兵の鍛え方や使い方は熟知している。機械化が進む現代戦に置いても、歩兵は重要な戦力であることも理解している。しかしオルグは、これから戦場では通用しないという考えを持っていた。
なのに部隊の育成と指揮をさせようとする真意を、同年代の将校たちに問うた。
対する返答は、ある人物からのオーダーだった。
未だ正体の知れない、軍部とも太いパイプを持つ、友人と称するには危険な男。
オルグは軍部にも強い影響力を持つ『彼』にも真意を問うた。
それに対し『彼』は、ある依頼をしてきた。
日本の学校で誕生することになる、国家に所属しない《魔法使い》との対決。
その指揮官役となる人物の確保。
対決のタイミングは指示するため、それまでに部隊を育成し、与える装備を活用して戦績を作り上げて欲しいと。
修交館学院に総合生活支援部が発足したのは、今年になってからだ。なのに二年も前にそんな依頼をしてきた。
その不可解さは、今は関係ない。
問題はその際、与えられた『装備』のことだった。
《魔法》を使うための外部出力デバイスを備えた、戦闘用強化外骨格。
ひとつの機体に三つの人工頭脳を備えた、《魔法使い》不要で《魔法》を使う《使い魔》
それらの貸与を考えているが、細かい部分はオーダーに答えようと。
意図して話を遮って意を通すのではなく、『彼』の中ではもうオルグが依頼を引き受けたと『決定』になっている。相も変わらず人の話を聞かない『彼』に、オルグは諦めて引き受けることになった。その頃にはナージャへの手ほどきも、一段落を迎えていたという理由もある。
だからオルグは、オーダーを伝えた。
防御力を持つ完全な全身装備など、爆発物処理装備くらいしかない。そんな装備を彼は身につけたことはなかった。
そして彼の初実剣理方一流剣術は、かなり我流が入った不完全なものだ。任務の合間での修練は、彼の心身を鍛えはしたが、剣術の型ははみ出てしまっている。
だからオルグは、戦闘用強化外骨格を、当世具足にすることを求めた。
初実剣理方一流には剣術だけでなく、甲冑を身に着けた抜刀術という特殊な分野が存在する。しかしオルグは、抜刀術そのものは学んでいても、甲冑を装着してまでは修練していなかった。理由は単純で、日本人平均からかけ離れた彼の体躯に合う甲冑は、オーダーメイドで作らない限り存在せず、そこまで行わなかったからだ。
だからこの機会に、オーダーメイドの甲冑を求めた。
その時はそこまで深くは考えていなかったが、いま考えれば、師とした男に近づきたかったのだろう。
そして。
「……我自身もよくわからぬが、寂しかったのやもしれぬな」
『彼』がどうやって再現したのかは知らない。
だが『彼』は人工の人格に、記憶の中に存在する家族たちを再現してみせた。
「まさかとは思いますが、敵討ちなんて考えてませんよね?」
「それは、ないな」
それはない。今一度自問しても、オルグの中には明確な否定しか存在しない。
最初は同じと思っても、少し付き合えば、やはり違和感は拭えなかった。AIは所詮AIだった。懐かしさに触れることはできたが、作り物だとはっきりと認識できた。
強化外骨格統制システムは、従順すぎた。
妻は理性的で大人しい女性であったのは確かだが、効率的な作戦遂行などとは無縁な平和主義者だった。
火器管制システムは好戦的だった。
娘は幼い頃はお転婆だったが、年経れば相応に女の子らしくしようとしていた。
車両制御システムは無邪気な残虐さを発揮していた。
虫や小動物相手に無知から来た行為は存在したが、少年ならば誰もが経験する程度のものだった。
兵器との家族ごっこ。
だから『お父さん』や『あなた』と呼ばれるたびに、人形相手の飯事を行っているような、空虚さと複雑さを覚えた。
「なら、いいです」
ナージャも快く思っていなかったのかもしれない。対外情報局の任務で修交館学院に潜入していた彼女は、軍参謀本部情報総局の任務として潜入したオルグと合流した際、眉を顰めていた。火器管制システムが対抗心のようなものを抱き、なにかと突っかかれば、彼女はらしくない一面を見せていた。
小さな爆発が起きた。
そして夜空に大輪の菊が咲いた。
海上から花火が次々と打ち上げられ、夜空を彩っていく。
「さぁて……」
ナージャが足を止めて振り返る。肩を並べて歩いていたはずだが、いつの間にか距離を隔てていた。
「そろそろよいか」
オルグの側から距離を開いていた。
辿り着いたのは東遊園地公園。ビジネス街の真ん中に存在しているため、昼間はオアシスと化す都市緑地帯だ。
高いビルに阻まれるため、花火大会の今日は、見物の穴場とはなっていない。
「わたしへの用件、当然伝言だけではないですよね」
「左様」
多目的広場のほぼ中央で、下駄を脱ぎ捨てたオルグは、左手だけで持っていた袋の紐を、口に咥えて解く。
中から出てきたのは、鞘に収められた日本刀。隻腕では仕方ないため、鞘を捨てるようにして抜く。
「ナジェージダ。お主の扱いは、ただの脱走ではない――反逆に当たる」
「まぁ、そうですよね」
応じてナージャは気負いなく、手にした菓子袋と頭の面を地面に落とし、戦支度を行う。
塗り下駄を脱ぎ捨て、裾を割って足を付け根近くまで出す。左腕を懐から突き出して、袖を後ろ帯に挿し、時代劇の女壷振り師のように片肌脱ぐ。
「軍法会議にも裁判にもかけるまでもなく死刑で――師匠はわたしを始末しに来た、と」
そして自由にした左手で《魔法使いの杖》を取り出し、電源を入れる。




