040_1950 秘剣Ⅵ~ラスト・アクション・ヒーロー~
爪も牙も砕け散った。翼は存在しない。足は一本もぎ取られている。
あとは強固な鱗と賦活する血をどう攻略するか。
その筋道は見えている。『竜殺し』を完遂できる。
「部長! 下がってください! 絶対こっち見ないでください! あと放射線が大量発生するから対策を!」
「ンな大事なことは先に言いやがれ!?」
神戸市北部に立つ修交館学院より北は、山があるだけだ。地図上でもその先に、人家はほぼない。
戦略攻撃クラスの高々出力術式も、出力を絞って北側に実行し、影響を大量の土砂に吸収させれば、直接の周辺被害は問題ないはず。低レベル放射性物質の生成はコゼットに期待する。
「除装!」
追い込んだ《ズメイ・ゴリニチ》から距離を隔てて停止して、樹里は叫ぶ。手にした盾杖から追加部品が外れて落ち、装甲として機能していた分厚い金属蓋が吹き飛ぶ。
正六角形を形作っていた部品は容器だった。その内部は更に六角形に細かく仕切られた蜂の巣構造で、ひとつひとつの部屋に金属の塊がはめ込まれている。
「展開!」
更に石突を地面に突き立て正面に構えると、中央の六角形を取り囲む六個の六角形は、わずかに角度を前面中央に変える。
そして裏側から《魔法回路》が大量発生する。樹里の体を避けて広がり、下方に向かうものは木々を避け、それでも遮られるものは最大距離を確保する。
ヤマアラシのように大量に生え連なる《魔法回路》は、長大なインパルス電圧発生器――平たく言えば、人工落雷発生装置だ。樹里が多用する《雷撃》《雷霆》にも同じ機構が《マナ》で仮想再現されるが、これは単純に高圧電流を発生するものではない。
収束して電子ビーム化させる、電子顕微鏡などとは比較にならない規模の、電界放射型電子銃を形成している。
その先端は全て拡張装備部品内の、細かな六角形の金属に接続されている。
電磁波を遮蔽する《魔法回路》を盾として広げ、準備は完了した。脳内センサーでコゼットの後退を確認した。距離を隔てて尚、自爆覚悟の至近距離だが決心した。
「……ごめんね」
だから最後に、樹里は瞼を閉じ、自己欺瞞に手向けの言葉を残す。
人に近いコミュニケーション能力を持つAIであっても、崖に追い詰めたスクラップ直前の車は、所詮は機械でしかない。常人も《魔法使い》も、きっとそんなことは考えない。
【なに、よ……】
【僕たちを、壊すんだ……】
苦しげな言葉を紡ぐのが幼い声だとすれば、作り物だと知っていても、同情を見せる者もいるかもしれない。
だが、彼女が抱くのは、そういった感情とは異なる。
「そうだよ……あなたたちは敵……あなたたちは人間じゃない……だから――」
これから行うのは、彼女の禁忌に触れる行為だから。
『人のような者』が『人のような物』を破壊するのだから。
「手加減なしで殺すから!」
それでも眦を決して明言した。
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巨大な《剣》に両断された校舎が、轟音を立てて倒壊した。
度重なる戦闘で破壊し尽くされ、元の面影はない中庭は粉塵が覆い隠し、わずかな明かりさえ遮られた真の闇となった。
【風を起こすわ】
【EC-program 《Aerodynamics riotgun》 decompress.(術式《空力学暴徒鎮圧銃》解凍)】
だから温厚そうな中年女性と、理知的な印象の若い女性の、二種類の声が発せられる。
水素と酸素の混合気体を爆発させた二発の衝撃波で、粉塵の幕に穴が空く。
視界が少し確保されれば、半壊した強化外骨格を纏う《騎士》と、青い大型オートバイに跨る《騎士》は、互いの姿を直接視認できる。
甲冑の《騎士》は半身になり、《魔法回路》を形成した左手を突き出し、引いた右腕にも別の《魔法回路》を宿している。
騎上の《騎士》は斜めに構えて両手にハンドルグリップを握り、《剣》を従える右手を天に掲げ、《盾》から変えた《銃》を従える左手を突き出している。
わずかな時間、二人は視線を交わらせる。
老いた《騎士》に浮かぶ感情は総面に隠され、若き《騎士》には伝わらない。もしかすれば、愛弟子を斬られた憎悪に燃えているだろうか。
主を、国を、組織を捨てた遍歴《騎士》の顔は、いまだ国と軍に携わる隠居した《騎士》が見知ったものだろう。戦歴を連想できない怠惰な無表情は、彼が剣道部コーチとして潜入した時に見たはず。
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「《雷獣――》!」
樹里の《魔法使いの杖》に装着した、拡張装備内部に装填されているのは、重金属の完全単結晶だ。
裏側からそれに電子ビームを照射すると、チャネリング放射やコヒーレント制動放射など、多数の現象が発生し、ガンマ線・電子・陽電子が大量発生する。
それらが表面から放出され、空気成分の原子に触れると、また別の現象が発生する。
ガンマ線が原子に衝突して電子を叩き出す、コンプトン散乱が発生する。
通常粒子の電子と、反粒子の陽電子が衝突すれば、対消滅を起こしてガンマ線が発生する。
そのガンマ線が電子と陽電子と光子を生み出す、対生成が発生する。
ネズミ算式の連鎖反応が起こり、同時に起こる伝播が不均一な連続スペクトルが波動干渉し、物理的影響力を持つほど強烈な電磁衝撃波が発生する。更には連続した電子の動きは、電流を生み出す。本来絶縁体であるはずの空気が、丸ごと電気を湛えたような高エネルギー飽和状態になる。
単一では物理学や量子力学で知られた現象で、応用技術も存在する。しかしそれが複数、最低出力でも普通の科学では再現不可能な高出力で行えば、発生するのは破滅の結果のみ。
「《振戦》――!」
防ぐことなどまず不可能。高圧電流が、超高温が、衝撃波が。飛翔体の運動エネルギー衝突を除く全てが放出されるから。
避けることなど絶対に不可能。時速一〇億八〇〇〇万キロで放たれるのは、本来都市を焼き尽くす広域殲滅攻撃だから。
それが拡張装備を使用した樹里の《魔法》――超高強度場物理爆撃だった。
「実行ぉぉぉぉっっ!!」
光が爆発する。荷電粒子の嵐が吹き荒ぶ。放射線の豪雨が篠突く。
雷が引き起こすエネルギーの大暴風雨が、《ズメイ・ゴリニチ》を飲み込んだ。
【―――――――ッッッ!?】
雷は古代、『神鳴』と呼ばれたように、天空に住まう神の業と考えられていた。
例え邪悪を名に冠し、絶大な破壊力を持とうと、『竜』如きが耐え凌ごうなど烏滸がましい。強固な装甲も、再生する《魔法》も関係ない。神獣の身震い一撃で破壊する。
唯一『竜』に許された行為は、ノイズまみれの断末魔だけ。しかもそれすら、一秒もたたず奪い去る。
《使い魔》単体での《魔法》実行を可能にした演算装置群が、致命的な損傷で消滅した圧縮空間から噴出する。それらの部品も容赦なく複合エネルギー放射を受け、溶けるよりも早く蒸発し、プラズマ化する。
そして山の一部ごと、大爆発と共に吹き飛んだ。
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二人の《騎士》が動く前に、粉塵が再び視界を塞いだ。学院の北側で発生した大爆発の衝撃波が、離れたここまで届いた。オゾンの臭いを含んだ突風は、校舎に当たり渦巻きながら、粉塵の大部分を奪い去る。
『む――!?』
そして、静かに立つもう一人の存在を露にした。
打刀は鞘に。右手を腰に。左手で柄を。リボンで結ばれた長い白金髪を突風で舞い躍らせ、瞼を閉じて紫色の瞳を隠し、逆の居合い腰に構え立つ者がいた。
「十路くん……気絶しそうなほど痛かったです……」
「そればかりはどうする事もできないんだ」
「わたし、斬られる必要あったんですか……?」
「木次があと一〇秒早く撃破してればなかった。まぁ、結果論だし、約束したろ」
彼女が着ていたタクティカルベストと防刃シャツは、《剣》で斬られた線に沿って、下半分が落ちていた。薄く筋肉の線が浮いた、火傷の跡がある白い腹が露出している。下着も垂れ下がり、豊かな胸が危うく零れ落ちそうになっている。
それだけ。見た目には着衣の乱れ以外に、《剣》の影響は見受けられない。
他にあるとすれば、新たな追加だった。修交館学院の校章と、Social influence of Sorcerer field demonstration Team――《魔法使い》の社会的影響実証実験チームの文字が書かれた、総合生活支援部活動時の身分証明である腕章が、右二の腕に存在している。
『『それ』を使うか……!』
愛弟子の構えと《魔法》は、当然師は既知としているだろう。
だから妨害するために、甲冑の左腕に浮かんだ《魔法回路》を形成し直そうとしたのだろう。
だがもう遅い。
《魔法》の制御を司る『妻』は、悲鳴を上げることなく、遠くの大爆発と共に消え去った。
そして彼女を縛っていた爆弾は、無力化された。
「……師匠」
鞘を形作る彼女の右手中からは、白い輝きが漏れている。《魔法回路》が白いだけではない。物理学上最速の存在である、夜闇にわずか存在する光子を捕らえ放さない。
このまま長い時間をかければ、あるいは外部からの莫大なエネルギーを乗せれば、全てを斬り裂き、焼く。しかしレーザー光線も荷電粒子も受け止めて、そのエネルギーを利用したカウンター攻撃とする本領は、今は発揮する必要もなく、できない。
直径一ミリにも満たぬ極小の空間内部だけ、時空間制御を行い、それを振るう。言葉にすればたったそれだけ。
しかしたった数倍でも無敵の能力となっていた時空間制御加速を、超音速行動時とは比較にならない倍率で行えば。
「行きます」
彼女は左足で一歩踏み込む。同時に居合いの如く体を動かす。
携帯通信機器の形をした柄を振り抜きながら、液晶画面に這わせた指で、最終プロセスを実行した。
それは剣。最硬最鋭の黒とは対極を成す、非実体の白。
それは牙。戦いに怯える臆病な雪豹が隠し持つ、究極絶対の必殺。
高々出力時空間制御特殊攻撃術式。総合生活支援部の共通言語に設定を切り替えて尚、キリル文字で表示されたその名は。
――белая шашка (白の剣)
闇をかき消す輝きが生まれる。《魔法回路》が延長される。白い線が翻って面となり、突き出されようとした甲冑の右腕に走り、消え去る。
遅れて若き《騎士》が、ずっと掲げていた《剣》を振り下ろす。顔を、胴を、腰を通り抜け、地面に傷跡を残す。
甲冑が割れた。兜の大部分は頭に残ったが、総面が落ち驚きを浮かべる老顔が現れる。背面と腰部にあるジョイントと、背骨に当たるフレームが破断され、切断された胴が剥がれ落ちる。本来風雨や温度変化で風化しなければ、金属やセラミックが崩壊することはない。ただし前もって超音波の砲撃を受けていたことが、決定的な崩壊に繋がったかもしれない。
四肢――脚部と左腕の装甲はそのままだが、右腕だけは落下した。
年齢を感じさせない太い腕は、肩口から先が存在しなかった。たったいま切断された割に血は噴き出さず、傷口は乾燥している。
時間が加速する空間になでられた効果だった。その部分だけ人間一生を遥かに越える時間が経過し、細胞は壊死して崩壊し、切断面を形成していた。
「なん……だと……」
片腕を失いバランスを崩したように。動力を失った甲冑の重みに耐えられなくなったように。
老兵は驚愕を漏らし、地面に膝を突いた。
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彼女が『任せろ』と言った以上は、失敗の心配はしていなかった。普段の平凡さにも、《治癒術士》という通称にも似合わず、破壊力のみであれば《騎士》と呼ばれた十路と並び立つ《魔法使い》なのだから。むしろ心配するのは壊し過ぎの方だ。
「木次さん……!」
だから樹里に言われたコゼットは避難し、斜面のえぐれに身を隠したが、さすがに上方から響いた大爆発には、彼女の身を心配した。
生えていた木々は熱を含んだ衝撃波に根こそぎ倒れ、森は一変し、雨のように降り注いだ大量の基盤や部品が散らばっている。上を見上げれば、小規模のキノコ雲が明るい神戸の夜空を隠している。
《ズメイ・ゴリニチ》の撃破に、これほどの被害を撒き散らす《魔法》が必要だったなれば、使った当人も被害を免れていないはず。
「生きてますよ……」
「…………!」
けれども、いまだ収まらぬ噴煙の中から、人影が現れた。煙を上げる盾杖を肩に担ぎ、斜面を気をつけながらの足取りで。
「今日下ろしたばかりの制服が、もうダメになりましたけど……」
ミディアムボブは乱れて煤まみれ、学生服は見る影もない。ブラウスとスクールベストは焼け焦げ、チューブトップのような状態になり、ミニスカートは更にミニになっている。
不思議と腕章だけは無傷だったが、三年ほど漂流生活していたような、ボロボロの有様だった。
しかし服装など些細な問題になってしまう異様な姿だったため、コゼットは硬直した。
露出した肌に、爬虫類を思わせる鱗がびっしりと生え揃い、焼け焦げていた。
樹里が子犬のように体を震わせる。すると炭化した鱗がはがれ落ち、全身刺青のような《魔法回路》が露出し、発光が止むと人肌となる。
コゼットの硬直に、樹里は少し表情を動かした。
「……戻りましょう。堤先輩も終わったみたいですし」
しかし必要以上の言葉をかけず、彼女を置いて斜面を降りていく。
△▼△▼△▼△▼
装備は破壊したが、警戒で向けていた《Aerodynamics riotgun(空力学暴徒鎮圧銃)》の発射体勢を解除し、十路は大きく息を吐く。
「終わったな……」
ナージャと十路の《剣》で斬られた影響で、源水は気絶していた。
「…………いいえ」
《魔法使いの杖》を左脚のホルスターに収め、ナージャは大きく息を吐く。
「これからが、始まりですよ……色々と」




