040_1940 秘剣Ⅴ~ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ~
植えられたヒラドツツジ越しに見えたのは、破損した強化外骨格を着た源水だけだった。
しかも《使い魔》が無線で拾った会話だけでは、『南十星の敗北』以上の詳細はわからなかった。
「!?」
丈のある花壇をジャンプ台にして中庭に突入し、その目で南十星の姿を見て、十路は顔色が変わったのが自分でわかった。体が《魔法回路》に包まれたままでも、妹が真っ二つになって地面に転がっていたら当然だろう。
ただし動きは止めないし、止められない。彼女の上を飛び越え、ほぼ同じ高さになった兜目がけて、水平に寝かせた《真神》の車体底をぶつける。
『ぬっ!?』
戦闘用スーツを装備する特殊部隊兵相手に有効だった強襲攻撃は、上位機であろう強化外骨格にも受け止められなかった。オートバイの体当たりを腕で受け止めて、傷ついた鎧武者は倒れずとも防御姿勢のまま後退した。
運動エネルギーを全て相手に与えた《真神》は、ほぼその場に落下する。危うく南十星を踏み潰しかけたが、なんとか避けて着地し、十路はようやく声を発する。
「なとせ!」
「大丈夫……! 脳は無傷……! 体を繋げれば死なない……! だけど――」
かすれた声で伝え、南十星は左手を伸ばし、諦めた勝利を託してきた。
「あと、お願い……!」
「あぁ! 早くここ離れろ!」
屈んでバトンタッチを受け止め、そのまま腕を掴んで、上半身だけの南十星を拾い上げる。ありえない姿で生きている理屈は理解できないが、当人がそう言うのであれば、時間がないため十路も聞かない。
《真神》を停車させず、南十星を下半身の近くで手放し、不快音と共に体勢を立て直した源水に向けてターンする。
そして始める心理戦。推理のための質問はできない。己の観察眼のみで判断し、これまで用意した手札で騙し通す。
焦りはない。失敗が許されない緊迫感で、意識はより鮮明に鋭くなる。
しかも、そもそも目論みは、既に失敗しているとも言える。本来ならば《コシュタバワー》と合流してから、源水の前に姿を現すべきだったが、南十星の敗北を知ったために、予定を繰り上げねばならなかった。
致命的な失敗だけは避けないとならない。
(やっぱりナージャにやらせるしかない……!)
十路が源水の注意を引き、油断に乗じた一撃を、彼女に叩き込ませる。それしか勝つ方法はない。
ただの打刀では強化外骨格に阻まれるが、今は《魔法》が使える。単分子剣となるナージャの《黒の剣》ならば斬り裂けるはず。
しかし、それでもまだ難しい。
大体無理があるのだと、こんな作戦を立てた十路自身が理解している。確証がないであろうから、あるいは思惑があるから、ナージャは爆死していないに過ぎない。疑念の段階で《魔法使い》という貴重な戦力を死なせないと予想していたが、確証を抱けば躊躇はないだろう。
だから分が悪いこの賭けに勝利するには、彼らがナージャの裏切りを確証した時には、決着がついた状態にしなければならない。
それも、一撃で。
銃剣は鞘に収めたまま。柄に手をかけもしない。これまでの戦闘で満身創痍になり、十路はもう長く戦える状態にない。
全身に走る痛みに歯を食いしばり、十路は手元と足元を動かし、《真神》の前輪を浮かせて突進する。
だが源水は、真正面から狭り来るオートバイに構わなかった。破損した強化外骨格の腕が挙げられ、平面アンテナのような《魔法回路》が形成される。
「な!?」
右腕は十路ではなく、全く無関係な方角に向けられた。
南十星の攻撃で破損されても、強化外骨格のセンサー能力も、外部出力デバイスも健在だった。しかも《魔法回路》の形状から察する機能は、体内の爆弾へも信号を届かせる高出力無線機。
『ぬぅん!』
同時に《真神》の前輪を左手一本で掴み、《使い魔》のパワーに真っ向から拮抗する。衝突の衝撃にわずかに後退したが、姿勢を崩すことはできない。
「!?」
更に同時、花壇に隠れ潜んでいたナージャが飛び出した。《魔法使いの杖》に黒刃を宿し、影鎧を身に纏って超高速で。
ナージャの体内にある爆弾は、作戦の大きな障害ではあるが、絶対の条件にはならない。
高出力の電波でなければ、体内にまで爆破信号は届かない。破損した今の強化外骨格が、それだけの機能を有しているとは思えない。《魔法》で代用品を仮想再現しても、ナージャが絶対防御《鎧》を実行すれば意味がなくなる。
『やはりか……』
「……ッ!」
得心したような源水の静かな呟きに、思わず歯噛みする。
彼はナージャが裏切る可能性を考慮していた。
(頼む……!)
彼女のタイミングで飛び出したのではないため、思わず十路が祈る。
心中で呟くのとどちらが早かったか、《魔法》で放とうとする爆破信号から避けるように、黒い疾風となったナージャは身を低くして駆け、一瞬にして間合いを詰める。
源水の両腕は掲げられている。だからがら空きになった胴に、手にした黒刃を躊躇なく叩き付けた。
「――!?」
途端、肌が粟立つ甲高い擦過音が鳴り響く。刃と胴の接触部分で、壮絶な火花が発生する。
強化外骨格の隙間から、淡い《魔法》の光が漏れていることで、なにが起こったか即座に十路は推測できた。電動ノコギリに固いものを押し付けたのとは逆に、装甲を微細震動させて打点をぶらし続けることで、刃先の力点集中を防いだ。
全てを斬り裂くはずの黒刃が、甲冑に弾かれた。ナージャは力を込めるが、それでも刃が入らない。
【ナジェージダ。あなたの《魔法》は知ってるのよ? 『もしも』だって考えているわよ】
歯医者を思わせる騒音に負けぬ音量で、けれども口調は諭すような落ち着いた調子で、AIが明かす。
源水たちがナージャの《魔法》を知らないはずはない。対策も考えていて当然だった。
そして彼は、動きが止まったナージャの頭部を、大きな左手で掴んだ。
過去、戦略級の攻撃《魔法》の直撃にも無傷だったのだ。時間をほぼ静止させた《魔法》の鎧に包まれたナージャに、直接的な攻撃はどんなものでも通用しない。
だが無敵ではない。自力脱出不可能な拘束状態で、致死性のパワーで圧迫され続ければ、いずれ《魔法使いの杖》のバッテリーが切れる。そうなれば、潰されて死ぬ。
『く……!』
時間偏差で音程が狂った声を漏らし、ナージャは即座に暴れる。胴に押し込もうとしていた黒刃を腕に叩きつける。腰に収めていた打刀も鞘から抜き、二刀で拘束から逃れようともがく。しかし壊れかけた装甲であっても、斬撃は全て弾かれる。
そのタイミングで隠れていた《バーゲスト》もまた、中庭に無人走行で飛び出し、下半身への突撃を慣行する。ダメージにはならなくても、体勢を崩させ、ナージャを解放させられればいいと。
『ふんっ!』
源水は足で真っ向から受け止めた。二一〇キロの衝撃に揺れた機械鎧は、そのままタイヤが地面を掻くオートバイを停める。
右手は十路と《真神》が、左手がナージャが、右足は《バーゲスト》が、左足は地面が塞いでいる。こんな状態でも至近距離で《魔法》の攻撃を食らう可能性もあるが、さすがに震動する装甲で演算が手一杯らしい。
二人と二台がかりでも倒せない。老兵であろうとも、若き頃には特殊部隊を率いた実力者、しかも科学を越える技術で身を包む《騎士》相手に凌駕できない。
『選択を誤ったな』
きっと最期のつもりで放ったであろう。割れかけたスピーカー越しの源水の言葉に疑問を抱く。
誤りという言葉を使う以上、彼は自分を討ち取れる方法を見出している。
十路に向けての言葉か。作戦が――ナージャを《騎士》殺しの切り札としたこと、とも取れる。
《バーゲスト》のシステムが破壊されていないことは、今この瞬間を見ただけで確実なのだから、それを使うべきだったと言いたいのか。
だが、この局面で、ただ敵同士となった以上の関係はない、十路に向けて言葉を放つのも不自然だ。今の状況では、捻り潰そうとしているナージャに言葉をかけるのが自然だろう。
ならば、選択を誤ったというのは、《魔法》を用いたナージャの突進が愚策と。
ナージャに隠し玉があるのだと。それも源水でも対処法がないか、相当に難儀するほどの。
使わなかったのか、使えなかったのか。ナージャの性格を考えれば、使わなかったか。
否、彼女は胴を薙ぎ払おうとした。もし装甲を貫いていたら、小さく見積もっても重傷は免れない。
ならば、使えなかった。ならば、何故使えなかったか。
きっと時間――隙が原因というべきか。
《魔法》実行時の電磁波発生を感知されても、《黒の剣》《加速》《鎧》の三重実行ならば、源水の防御行動より早く対処可能とナージャは考えたからではないか。それより遅い攻撃手段のために、諦めるしかなかったか。
それとも使いたくない理由があったのか。
こうなれば、もっと詳しくナージャの《魔法》を知っておくべきだった。もっとも《魔法使い》が能力を他人に完全に明かすなどありえないので、部員間でも知らないことは多いのだが。
【堤十路。あまり長くは持ちません】
過負荷に《使い魔》のアクチュエータが悲鳴を上げる。それでもせめて源水の右腕を解放させないよう、バランスを保ったまま十路はフルスロットルでアクセルを開く。
このままではナージャの頭が真っ先に潰され、順次《使い魔》を破壊され、十路も嬲り殺しにされるだろう。
だが今できるのは、一秒でも長く膠着状態を保ち続けること。
同時に一秒でも早く、援護が来ることを期待すること。
そして長くはかからなかった。十路が待ち望んだ切り札がやって来た。
【後ろよ!】
校舎内を突っ切り、破壊された窓から登場し、人間に比較すれば巨大な無頭隻腕の人型が、源水を背後から高空ドロップキックで蹴り飛ばした。
両手片足が塞がれてる状態では、センサーやAIが警告を与えても対応できなかった。衝撃に耐えることもできなかった。
『ぐ――っ!?』
ナージャを手放し、源水は吹き飛んだ。その拍子に《魔法使いの杖》を誤操作してしまったのか、地面に倒れた彼女は影鎧が解除された。
急に『つっかえ棒』が取り払われたが、《バーゲスト》は即座に後輪を滑らせターンして、ナージャを守る位置に直立停止する。
「待ってたぞ……!」
十路は危うく校舎の壁に突っ込みかけたが、足を突いてアクセルターンし、一時距離を広げる。
そして不整地と化した中庭に着地し、人型から大型オートバイに変形して追いすがる《コシュタバワー》に、停まらぬまま叫ぶ。
「来い――!」
その青い《使い魔》の存在を知ったのは昨夜で、初めて目にしたのは今日の夕方、しかも結局はテスト走行もしていない。
更には使用者の情報は、制作時に組み込まれるシステム根幹のデータなのだから、十路の情報が刻まれているはずはない。
十路が《魔法使いの杖》として、《コシュタバワー》の機能を使うことは不可能だと断言できる。
「イクセス!」
しかしコア・ユニットが《バーゲスト》と交換され、搭載されているのが相棒たる『彼女』ならば、話は全く変わる。
十路は負傷した足に構わず、《真神》のシートを蹴って跳ぶ。
【カーム! 邪魔!】
【つれない復帰第一声ですね……】
銀色の車体が譲った着地地点に、青い車体が潜り込む。
「堤十路の権限において許可する! 《使い魔》《コシュタバワー》の機能制限を解除せよ!」
【OK! ABIS-OS Ver.8.312 boot up!(許可受諾! 絶対操作オペレーティングシステム・バージョン8.312 起動!)】
まだ体が宙にある間に、早口にセキュリティ解除を指示し、シートの着地してハンドルを掴んだと同時。手足に《魔法回路》が浮かび、十路の脳と《使い魔》のシステムが接続される。機体が変わろうと、なんら変化なかった。
そして破損したレンガタイルを跳ね除けて、急旋回しながら停止する。
「DTC術式《剣》解凍展開!」
右のハンドルバーを引き抜き、武勇の証を今ここで生み出せと《騎士》が叫ぶ。
【EC-program《Unbladible justice》synchronized ready!(術式《刃無き正義》同期実行準備完了!)】
右の外部出力デバイスを露出させ、主に代わりて《馬》が鞘から抜剣する。
分離したハンドルをほぼ横に振り上げると、応じてマフラー配管に偽装されたアームが駆動して、鍔元から順に形成される。極めて細い管を束ねたものをひとまとめにし、それを櫛のように幾多も並び連ねることで、幅を形成している。
そして列から少し隙間を作り、輪郭となる直線が走る。
直立ではなく斜めに振り上げられても、その長さは校舎より遥かに高い。切先は存在しない長方形の、しかし鉈の連想はできない、《魔法回路》による巨大な《剣》が生まれた。
『やはりか……!』
鈍重に身を起こしながらの源水の呟きに、驚きは存在しない。
不正解だが、彼は十路が《コシュタバワー》とも機能接続できる可能性を考えていたか。《バーゲスト》の主役も、十路と樹里の二人存在しているという、本来ありえない仕様なのだから、考慮はしていても不思議はない。
体勢を崩していても、油断を誘うことができないのであれば、このまま振り下ろしても、源水は回避するだろう。
十路が《コシュタバワー》を使うだけでは、切り札になりえない。
「DTC術式《盾》解凍展開!」
【EC-program《Generosity endurance》synchronized ready!(術式《寛大なる忍苦》同期実行準備完了!)】
だから左のハンドルバーも引き抜き、発射桿として源水に向ける。《コシュタバワー》も細身の外部出力デバイス二本を向けて、防盾を備えた機関砲のような《魔法回路》を形成する。
「撃ぇ!」
そしてクラッチレバーの引金を引き、汎用能動防御システム構築術式を、本来の迎撃機能範疇外で使う。空気を固体化させた弾丸を連射し、同時に兵器としては低出力の炭酸ガスレーザーを照射する。本来ならば気化爆発で弾体の威力を削ぎ、直撃を逸らす機能を、源水の至近距離で連続して発生させる。
これだけすれば誤解させられるはず。動きを止めて《剣》を叩き込むつもりだと。
「ナージャ!!」
十路は立ち上がった彼女を見据える。守る位置にいた《バーゲスト》は、戦況を理解してか全速力で離脱する。
《マナ》を通じた脳内センサーでも、人体を透視することはできない。しかし昨夜行われた樹里の手術を思い出せば、生体コンピュータが記憶を参照し、体内にある爆弾の位置を正確に予測できる。
許される誤差は存在するが、あまり大きくない。
「絶対に動くな!! あと歯ァ食いしばれ!!」
だから十路は彼女に求めた。『俺たちを信用しろ』と。
だから十路は彼女に伝えなかった。体内の爆弾を無力化できる《魔法》が存在する以上の情報は。
近しくとも敵対組織に属していた者を、仲間として迎え入れることができるか。
危機に瀕して尚、仲間として絶対の信頼を置き、命を預けることができるか。
掲げた右手を振り下ろし、今ここで見極める。
【え……!?】
『なんだと……!?』
やはりこの切り札の使い方は、歴戦の老兵とサポートAIも想定外だった。
十路の動きに応じ、高いエネルギーを感じる非実体の《剣》は、まずは後ろに建つ校舎に吸い込まれた。屋上から高層へ順にコンクリートへ潜り込み、鉄骨を切断する。
真っ向に下ろされればまだ違ったかもしれないが、薙ぎに近い斜めに振り下ろされた。中ほどまで光刃が潜り込んだ時、建物は自重を支え切れず、倒壊の兆しを見せる。
轟音が鳴り響き、多数の破片が飛散し、粉塵が周囲を覆い隠すより早く。
「かっ…………!?」
巨大な《剣》はナージャの体へ振り落とされ、地面を切り裂いた。




