040_1830 紫電の雪降る夜、学舎にて狩人たちはⅧ~体当り殺人狂時代~
消火器榴弾は目標よりも手前に落ちたが、勢いよく地面を跳ね、そのままSUVへと向かう。しかし効果的なタイミングで爆発するには、導火線が短かった。
【きゃ!?】
外部出力する機器は、やはり遮蔽しているのだろう。至近距離の爆発に、少女が車内スピーカーで悲鳴を漏らしたが、それだけだった。
消火器の破片は車体を傷つけ、防弾であろうフロントと運転席側のガラスにヒビを入れたが、致命的損傷には遠い。《神秘の雪》を発生する、周囲に張り巡らされた平面アンテナような《魔法回路》は、爆風で一瞬揺らぐに終わった。
「直接叩き込まないとダメか……!」
建物の影から点検鏡を使って確認し、十路は舌打ちした。
原始的な榴弾では、対戦車兵器としては非力だとわかっていた。
《魔法》が使えるならば、もっと高度な兵器を前もって用意できた。学校ならば相応に材料が揃っているのだから、成形炸薬弾くらいは用意できる。
しかし十路は、そのような事はわざとせず、ハンドメイドの兵器を用意した。本格的な兵器を作ろうにも、後の事を考えたら厄介すぎるために。
だからこの状況は、不出来な兵器で突破するしかない。巻き込まれるのを避けるため、コゼットの攻撃を様子見していたが、こうなれば動くしかない。
エマージェンシーブランケットを頭から被り、壁に立てかけていた改造消火器を手にし、十路は静電気の火花を散らす《真神》に跨る。
肩に担ぐ消火器は、レバー部分を中心にして二本を連結している。後方のものは、外観に改造は見られないが、内部にシャフトが通っている。それで底を尖らせた消火器と連結されている。
まるでガラクタで作られたロケットランチャーだった。そして実際のところ、大差はない。
導火線を露出させて着火させ、肩で支えて左手でそれを持ち、右手でアクセルを動かし、意を決して建物の影から飛び出す。
途端に豪雨のような凄まじいショート音が発生した。電波の暴風に飛び込んだために、エマージェンシーシートで反射されて、折り目の先端から連続して放電する。雷雲の中でも、きっともっと静かだろう。
「ぐ……!?」
しかも無傷では済まない。完全密閉しない限り、電磁波は回折し、衣服を透過し、皮膚を焼く。
至近距離で直接晒されれば、何秒間生きていられるかわからない。だからシートを被っているが、おかげで全く見えない。見えたら真っ先に目玉が茹で上がる。
しかし、そこかしこで燃えている炎を突っ切り、ほぼ真正面から近づくだけなので、困りはしない。少しの間、痛みに耐えれば済む。
《魔法回路》に触れた際、一際強力なエネルギーに焼かれたが、痛みを感じた時には突破した後だった。フロントグリルに衝突して投げ出され、十路は一回転して《ズメイ・ゴリニチ》のボンネットに背中から落ちた。
【お兄さん、結構無茶するね?】
【私たちを足止めしたのは、こういうこと】
さすがに車体を取り巻く《魔法回路》の内側は、肌を焼くほど強力な電波は存在しない。しかし完全な無影響ではないらしく、《神秘の雪》を発生させる《ズメイ・ゴリニチ》本体も、センサーを遮蔽しているらしい。
とはいえ、オートバイ型《使い魔》とは違い、内部に空間を持っている。少年と少女は、車内スピーカーで声を上げて、車載カメラで十路の行動を視認している。
「無茶しなきゃどうしようもないからな!」
薄い煙を上げながら十路は上体だけ起こし、屋根で燃える炎に構わず、手製の対戦車兵器を突きつける。
向ける先は当然フロントガラス。ポリカーボネートを積層した防弾ガラスだろうが、装甲よりはずっと弱い。
そして不出来な榴弾であろうと、車内で爆発すれば、《神秘の雪》の持続どころではなくなるだろう。
連結させた消火器の底部を腹に押し付け、十路がレバーを引くと、先端が発射される。
PIAT――第二次世界大戦時、イギリス軍が開発した、初期の歩兵用対戦車擲弾発射器は、強力なバネで発射していた。さすがに信頼を置ける命中精度ではなかったが、後にロケットランチャーが開発・配備されるまで、広く使用されていた。
同様に十路が携えた改造消火器も、製作するコゼットに『出来るだけ強力に』と要求した、人力では再装填不可能なほど硬いバネを使用している。
「うごっ!?」
とはいえ反発力の強さは、予想以上だったが。腹への打撃そのものは、防弾チョッキの耐小銃弾板が受け止めたが、体が飛ぶほどの衝撃はどうしようもない。《神秘の雪》の安全圏から放り出され、駐車場のアスファルトを転がることになる。
「ぐっ……!」
再度猛烈な電波に晒されて呻いた瞬間、消火器榴弾が爆発した。
バネの反発で離れたとはいえ、近距離には違いない。爆風はもちろん、金属容器の破片までも十路に襲い掛かる。
その結果は、すぐに判明した。
【……無駄な足掻きだったわね】
【まぁ、ちょっとビックリしたけど】
少女と少年の声だけでなく、電波の暴風は止んでいないのだから、腕でかばったまま目で見ずともわかる。
自爆覚悟の攻撃も、《使い魔》には通用しなかった。
(くそ……!)
目を焼かれないよう《ズメイ・ゴリニチ》に背を向けたまま、十路は周囲を確認する。少し離れた場所に《真神》は倒れていた。
駆け寄ろうとしたが、足が動かない。見れば消火器の破片が、左のふくろはぎに突き刺さっている。ナージャと戦った際の負傷と合わせれば、かなりの重傷だ。
それでも十路は匍匐前進で、必死に《真神》に近寄る。
【直接私たちが轢き殺してもいいんだけどね】
【このままでも死んじゃうんじゃない?】
【それもそうね】
無邪気で残酷な子供たちの声に構っていられない。
生存や勝利への執念だけではない。エマージェンシーブランケットも失われたため、このまま倒れていれば丸焼きにされてしまう。
とはいえ、この後の見込みなどない。
(どうする……!?)
榴弾は一発だけではない。予備を用意している。
しかし至近距離の直撃でも、《ズメイ・ゴリニチ》の防御を貫くことができなかった。
あと考えられる方法は、車体を下から爆破する。普通は地雷以外では不可能な攻撃だが、戦車の装甲の場合、車体底部は比較的薄い。車の形をした《使い魔》にも同じことが言えるか疑問だが、下部こそ電子機器が多いと思われる形状のため、試してみる価値はあるかもしれない。車高が高いため、戦車に比べれば実現性はある。
まとまるはずのない考えを強引にまとめ、絶望感と苦痛を誤魔化しながら、十路が《真神》に辿り着いたら。
静電気の嵐に負けぬ轟音で、離れた駐車場の隅に金属塊が落下し、戦場を一時停止させた。
【は?】
【え?】
遮蔽はせずともセンサー感度が低下するため、AIたちが気づくはずもない。気づいたとしても、自動発射の簡易迫撃砲や、ガウス加速器による榴弾砲と、同種の攻撃と認識したかもしれない。段違いの大きさは、大型のガスボンベかなにかを使ったと。
十路にとっては完全に想定外だった。《魔法使い》程度には到底無理な、未来予知できる超能力者でないと不可能な想定だろうが。
「ウソだろおおおおぉぉぉぉッッ!?」
霞む目で認識した瞬間、総毛立った。
アスファルトを砕いて変形しながら跳ね、静電気の火花を放って転がる物体は、人ほどもある爆弾――ダグラス・エアクラフト社が製造した、航空機搭載型500ポンド級爆弾Mk.82だった。
何者かはきっと警告のために、わざと不発にしたものを投下した。
その推測ができたのは、四枚羽を開いて空気抵抗で減速する、特徴的な航空爆弾の投下音が聞こえてきたため。
何者の仕業なのかも、全身の痛みも忘れ、十路は倒れた《真神》を引き起こす。
【ルスラン! まずい!】
【わかってる!】
遅れて事態を理解したらしく、さすがに《ズメイ・ゴリニチ》が慌てた声を上げた。車止めを強引に突破しようと、後方に衝突する限界の距離を下がった。
【痛っ!?】
しかし突如、左前輪が食い千切られた。その後に遅れて発砲音が轟く。曲がりなりにも装甲車ならば、タイヤもホイールも特殊なはずだが、シャフトが破損し易々と吹き飛んだ。
《神秘の雪》の影響外から、何者かが大口径火器で狙撃破壊した。
【ちょ……!】
正体不明の援護も、慌てる少女の声も、十路は無視する。《真神》に跨り全速力で離脱する。
強電磁波に触れ、上空で暴発することはなかった。レーザーやGPSを使わない、無誘導自由落下のはずだが、驚異的と呼んでいい正確な爆弾投下だった。
銃火器や爆発物を使えないはずの戦闘にも関わらず、今夜は幾度となく爆発が発生している。
その中でも一番の大爆発が、連続して発生した。




