040_1700 紫電の雪降る夜、学舎にて狩人たちはⅠ~マッドマックス/サンダードーム~
軍事目的によるものでなければ、少なくともこれから戦うのでなければ、光のイルミネーションに浸れるだろう。
だが、それは叶わない。だから十路は《真神》で、三号館――中等部校舎の廊下を駆け抜ける。
無差別に与えられたエネルギーに《マナ》が反応する幾多の光が、暗闇をかき消しているため、暗視装置がなくとも行動には困らない。
しかし同時に《使い魔》の金属部品に静電気が弾け、肌も刺激されることで、意思とは無関係に筋肉が収縮するのには辟易する。
(やりづら……!)
思い切った動きをする時はともかく、刺激で微妙な操作を誤るため、十路は顔をしかめる。AIであるカームが加味して機体制御しているのか、致命的な操作ミスに結びついていないのが幸いだった。
オートバイに乗ったまま、大胆に段差を飛び降りるくらいできる。
それに、《神秘の雪》で無線は使用不能のために、特殊部隊隊員たちは二、三人で班を作り、人海戦術で支援部員たちを追い詰めようとしている。相手も不利は理解しているだろうが、広大な敷地に建つ建物群をしらみ潰しに探るならば、他の方法などない。
集団で連携されればひとたまりもないが、各個撃破可能ならば、人数による戦力差は意味を成さない。
だから十路たちは戦える。三階の階段前にいた特殊部隊隊員を、頭上から強襲するくらいの余裕は充分にある。
空中で水平に寝かせた《真神》の中央底を、相手の頭部にぶつける――いわば飛び蹴りで窓に激突させる。もろとも外に落ちるかとも思う暴挙ではあるが、十路の狙い通りにアルミサッシは変形しながらも、なんとか人間二人と機械二台分の重量を受け止めた。
だから姿勢を立て直し、廊下に着地すると同時に、アクセルターンで後輪を振る。歪んだサッシと窓下の壁に体重を預ける敵の足元を払うと、頭から外に落下した。三階から落とせば戦闘用スーツは破損するだろうし、装着者も死ぬほどのダメージは受けないだろう。
そんな判断をする前に、十路は即座に後輪走行した。前輪を射線に割り込ませ、残るもう一人の兵士が放った矢を、あらぬ方向へ弾け飛ばす。
続いてそのまま間合いを詰める。同じく距離を詰め、弓を握ったまま突き出されようとした機械の腕を、前輪で押さえ込む。
「甘い」
そしてステップに立ち体重をかけ、反動で後輪を浮かせる。同時に前輪と相手の腕を起点にして、機体を横に振る。
方向転換で、後部をハンマーのようにぶつけた。普通の人間相手ならば一瞬であっても、腕一本でオートバイを支えられるはずないため、今でなければ不可能な芸当を行う。
(思ってた以上に反応が速い……)
相手に衝撃を与えつつ空中で一八〇度向きを変え、十路は後ろ向きに着地しながら、戦闘用スーツの性能を分析する。
パワーアシスト機械にありがちな動作遅れが見られない。センサーが動作の予兆を感知し、アクチュエータが装着者とほぼ同時に動作しているのだろう。
(しかも――)
車体にかかる逆方向のベクトルに耐え、タイヤがグリップを取り戻した瞬間、《真神》を駆って、再び後輪走行で相手の背中を強襲する。
(やっぱ固いな……!)
さすがに相手は一歩たたら踏んだ。しかし予想して力を入れていたか、転倒は耐えた。生身の人間ならばタイヤ痕を刻んで吹き飛ぶはずだが、最先端のリキッドアーマーと機械の動力を持つ兵士には有効ではない。
相手は背筋を伸ばし、振り向きざまのバックブローの予兆を見せたので、十路はむしろアクセルを入れる。背中にタイヤを這わせて上へ加速し、天井パネルを破壊しながら後方宙返りし、横殴りの打撃に空を切らせて間合いを開く。
これが彼本来の、陸上自衛隊非公式特殊隊員として訓練してきた戦い方だった。
「《使い魔》乗りを舐めるな」
タイヤとサスペンションの反動を使って、細かくホッピングしながら徐々に動く。オートバイでのサマーソルトキックに驚いたか、動きを止めた敵に、十路は不敵に笑ってみせる。
(厄介な相手だが……いくらでも遣り様はあるか)
まともに戦ってなどいられない。装備の問題だけでなく、敵は相対しているひとりだけでなく、別の場所で他の部員たちも戦っているはずだ。手っ取り早く片っ端から片付けて、彼女たちの援護をしなければならない。
だから十路は、ジリジリと近づいていた目的の物を手にする。
学校の廊下の壁に支持具で消火器が設置されていても、別段不思議には思われないだろう。だから日中に改造した大量の消火器は、用途別に色違いのテープを貼って、学校のあちこちに配置している。
改造消火器の底を相手に向け、左手一本で銃のように構え、右手でアクセルを捻る。
そして身構える相手に急接近しながら、十路はレバーを引く。消火器に可燃性ガスなど使うはずもないから、暴発事故が懸念されるこの状況でも問題ない。
ガス圧で一度分断して再接着した底部が吹き飛び、引き出されるようにしてワイヤーを編んだ網が広がる。いつかも十路が使った、お手製のネットランチャーだった。
想定していなかっただろう捕獲武器に、相手は構えを崩して腕を動かした。戦闘用スーツの腕力でも、さすがに力任せでワイヤーの網を引き千切ることは容易ではないらしい。もがけば装甲のパーツに引っ掛かり、余計に動きが制限される。
その脇を、十路はすり抜ける。
ネットに繋がるワイヤーを肩とハンドルバーにかけると、壮絶な力がかかり、つんのめった。だが十路も防弾チョッキとグローブを装着しているので、肉体に食い込むことはない。そのまま耐えてアクセルグリップを捻り続ける。
腰の浮いた相手を後ろから引っ張るのだから、拮抗は長続きしなかった。
「耐久試験だ!」
吼えた瞬間、相手が転倒し、《使い魔》のパワーで引きずった。
階段を降りると、後方からも鈍い音と振動が伝わってくる。たまに教室に飛び込んで、机を薙ぎ倒し、白煙を上げてバーンナウトしながらその場で回転すると、悲鳴らしきものが聞こえる。
そもそも現代日本では、確実に殺人かその未遂罪で逮捕される行為だ。しかし十路は無視して激走する。酷いと非難されるかもしれないが、殺しに来た特殊部隊兵相手に手加減してやる理由もない。
それに、やり過ぎくらいでないと無力化できない。戦闘用スーツの防御を貫くのは、容易なことでは不可能なのだから。
ただ、強電磁環境下の今は事情が異なる。電磁波対策に綻びが生じれば、即座に電気的破壊が起こる。小さなダメージでも与え続け、ほんの少しでも損傷を与えられれば、それでいい。
更に、リキッドアーマーは普段は柔らかいが、衝突時に硬化することで攻撃を防ぐ。なので壁との衝突、路面の摩擦でヤスリがけされるのは防ぐだろうが、装備の内部で装着者が揺すられるダメージまでは防げるはずない。
とどめに昇降口から外に飛び出て、校舎を大きく回りこむ。
修交館学院は、山の斜面をひな壇造成している。大抵の場所は安全柵が設置されているが、ない場所もある。
「そら――よっ!!」
終点直前でターンを決めて急停止し、そこから遠心力で兵士を投げ捨てた。




