040_1620 嵐の前には凪が来るⅤ~ザ・グラディエーター 復讐のコロシアム~
「!?」
坂道を登る先――学院から、地面を青が駆け抜ける。ナージャだけでなく、SUVもトレーラーもブレーキをかけたが、特殊部隊たちを容赦なく飲み込んだ。
しかし何事もなく通過し、地形に沿って坂下へと通過していった。
【なに、今の?】
「わたしにもなんだか……」
誰へ質問かわからぬまま少年に返し、ナージャは首を小さく振る。
部員の誰が使ったものか。総合生活支援部では、互いを詮索しない暗黙の了解がある。同じ組織に身を置く者同士ならばともかく、ただ親しいだけの相手に、そうそう《魔法使い》が手の内を見せるわけはない。だから彼らと共に生活したナージャも、支援部員たちがどのような《魔法》を使えるかは詳しくは知らない。
だが、すぐにわかった。こんな大規模に、無意味で非効率なことできるのは、コゼットしか考えられない。
まずは轟音と地響きが発生した。次いで立ち木を夜空に吹き飛ばし、盛大な土煙を巻き起こし、遠い地面が変形する。その変化は等間隔に起こり、巨大な柱が次々と立ち並ぶ。
そして地面が揺れた。地震大国・日本の者なら命の危機を覚える大きさではないが、ロシア出身者には充分に未知の脅威だ。とはいえ地震と異なることはすぐに理解できる。
揺れが長すぎる。同時に連続発破のように新たな土煙が全方位で巻き起こる。坂下の南側では柱を支えにして高い壁が作られ、坂上の北側では斜面に断崖絶壁が作られる。
学院を中心として丸ごと壁を作り、沈降しているのだ。
(無茶苦茶ですね……)
実質ひとつの《魔法》しか持たない南十星は論外。十路ならばもっと効率的な完全戦闘用の《魔法》がほとんどだろう。電磁力学制御と医術に傾向している樹里とも考えられない。必然的に多才なコゼットの仕業と考えるしかない。
そして実際、ナージャが推測した通りだった。
コゼットが時間をかけて綿密な地質調査を行い、土砂崩れなど起こさぬよう《パノポリスのゾシモフ》に記録したデータを参照し、地下の土砂を操作して壁を作ると同時に沈降させて。
言うなれば、円形闘技場を作り上げた。
『街への被害を考えたか……』
ヘルメットの無線から、源水の『こぼし』が聞こえた。
全く無駄なことだ。バッテリーの無駄遣いでしかない。これから行うのは対人戦闘であり、修交館学院は市街地から離れている。《神秘の雪》の被害も日本政府に秘密裏に容認されてることだ。
なのに少しでも強電磁波を弱めるため、市民の財産を守るために、支援部はこのような措置を行ったと想像する。特殊部隊たちの退路を断つ目的もあるだろう。
『Сойдя.(降車せよ)』
戦闘開始はまだでも、作戦そのものは開始されている。
だから源水は冷徹の声で、部隊に指示を出した。
△▼△▼△▼△▼
四方を壁を囲み、地面を沈降させたのだから、ライフラインは完全に切断されている。
やはり《神秘の雪》が広く報道されたが、近畿圏から逃げない・逃げられない人々の営みが、今夜も存在している。
常夜灯の消えた修交館学院は暗闇に包まれた。いつもより幾分か暗いが、それでも明るい神戸の夜空のお陰で、辛うじてなにかが見える程度でしかない。
「ねーねー。暗いからよくわかんないけど、なーんか坂あがってくる連中、ヘンなモン着てるっぽいよ」
校門から外の様子を見て来た南十星の報告に、《真神》に跨った十路は、見もせずその説明をする。
「パワードスーツ……というか、戦闘用スーツだろ」
「うへぇ、まだそんなの出てくるわけ? なんか《サモセク》に比べたら、量産型っぽかったけど」
「Tactical Assault Light Operator Suit(戦術的襲撃用軽装オペレータースーツ)。略称T.A.L.O.S.。アメリカ陸軍で開発中のはずの、特殊部隊用装備だ」
普段は柔らかいが、物体が高速衝突する際には硬化する、リキッドアーマーを装備。しかも身体能力を向上させる油圧動力を持ち、データリンク機能・暗視装置による装着者の支援機能を備え、負傷すれば小型のスポンジで傷を塞ぐ応急処置機能もある。
物によっては空を飛び、絶大的な破壊力を発揮する、フィクションのパワードスーツと比較すれば原始的に思えてしまう。しかし、軽装甲車両並の防御力を持つ人間と戦うこと考えれば、充分すぎるほど脅威になる。
「軽量化と電力が実用化のネックになってたらしいが、どうにかしてクリアしたみたいだな……しかも強電磁環境下でも動くよう、対策してるだろう。どこまでのものかわからんが、厄介なことに変わりない……」
ナージャが事前に情報を流していなければ、十路も平静ではいられなかったかもしれない。それに対する準備も一応は行ったので、今は不安は感じても冷静でいられる。
駐車場にいるのは、十路・南十星・樹里・コゼットの四人のみ。十路と樹里は既にそれぞれの《使い魔》に跨って、待つ。
やがて、徐行運転するSUVを先頭として、徒歩にて通常装備とは異なるシルエットを持つ一団が現われた。
校門を通過したところで、砂粒を踏んで《ズメイ・ゴリニチ》は完全停車した。それを遮蔽物とするように、一団も行進を停止する。その横に、一台だけのオートバイも停車する。
暗い上に、まだ五〇メートル近い距離があるが、分隊規模の兵士たちのシルエットはわかる。
鍛えられているだろう肉体は、一見黒い皮にも見える全身鎧でひと回り膨らんでいる。しかもこの先は役に立たなくなるだろうが、顔を覆う暗視装置のお陰で、昆虫めいている。
彼らが手にしている装備は特殊だった。ボウガンや狩猟用の複合弓を手にし、腰には手斧をぶらさげている。弓は《神秘の雪》により銃火器の使用を見合わせたからだろうが、全員が斧を装備しているのは、部隊の象徴のようなものだろう。
彼女はこの部隊をタポール――ロシア語で斧と呼んでいたのだから。
それを教えてくれた、《バーゲスト》に跨る、黒い戦闘服姿のナージャを見やる。
表面上は無表情を取り繕っているが、頬が震えているように思える、緊張と恐怖を我慢している面持ちだった。十路が見ていることにも気づかず、右腰に差した刀らしきものに触れ、懸命に抑えようとしている。
この戦闘でも裏切りがバレないよう、ナージャは支援部員と戦う必要がある。真相がバレる可能性があるため、感情が顔に表するのはまずいと思う。しかし注意することはできない。
『先制攻撃をしてくるかと思ったが、なかったか……』
スピーカーを通したバリトンボイスと共に、運転席の扉が開いた。
その方法は当然十路も考えた。相手のタイミングで《神秘の雪》を発動させて《魔法》なしで打ち破るよりも、先制攻撃を加えた方がどう考えても手っ取り早い。
だが、支援部の性質として好ましくないため、諦めた。
「なーんだ。おっちゃん、もう《サモセク》装着してんのか」
重い金属質の音を立てて出てきた鎧武者に、南十星がひとりごとを漏らす。
さすがに彼女も緊張しているのかと、十路は察する。軽口を叩いて誤魔化そうとしている。
「なんだそれ?」
「ガションガションってメカちっくに装着されるところ、ちょっと期待してたのにさ。変身シーンは特撮モンのお約束じゃん?」
「敵の目の前で戦闘準備なんて、手遅れだぞ。特殊部隊の現場指揮官がそんなことしてたら、無能って言い切れるわ」
だから十路は軽口に付き合い、他の部員たちを見やる。
《コジュタバワー》に跨る樹里は、緊張を浮かべた顔を縦に動かした。
それを受けて、いつも通り気だるげに装飾杖で肩を叩き、無理矢理リラックスしていた様子のコゼットに目で合図を送る。
「今更でしょうけど、一応は警告しておきますわ」
彼女は言葉を紡ぎながら、装飾杖で軽く地面を突く。
すると地面に《魔法回路》が複数描かれる。特殊部隊側の人員が身構えるが、それより早く腰の高さほどの石柱が生え、SUVを取り囲んだ。
「ここは学校の敷地で、関係者以外立ち入り禁止。物騒な方々の立ち入りは尚のことお断りしてますわよ」
【これで僕たちを止めたつもり?】
小馬鹿にするような少年の疑問には答えず、ひとまず仕事は終わったと、コゼットは装飾杖を片付けた空間制御コンテナを、紐を使って背負いながら下がる。
【学校を中心に壁を作って、総攻撃を仕掛けてくるかと思ったけど……それをしなかったのはなぜ?】
「俺たちに先制攻撃は許されていない。だけどそっちから手を出したなら、正当防衛って名目で存分に戦える」
話し相手を交代した十路は、なぜか心配の声にも思える女性に応じ、宣言する。
「修交館学院、総合生活支援部だ。今までの襲撃は適用が難しいが、今からここで戦うなら、内乱罪、騒乱罪諸々で現行犯逮捕するぞ」
【できると思ってるの?】
呆れる少女の声に、十路はふてぶてしく笑うだけに留める。
できるできないを考えれば、できないと結論付ける。
だが、だから、やるしかない。
『それにしても、我等が感知していなかった《使い魔》があるとはな……』
樹里が乗る青いオートバイを見やり、源水がこぼすのに、十路が答える。
「俺も今日初めて見て驚いた。まぁ部の備品じゃない、後輩の私物みたいなものらしいし、そっちも知らなくて無理ないと思うけどな」
嘘は言っていない。
正直な感想に誘われたように、鎧武者は視線を十路に、そして跨る銀のオートバイに移した。
『しかも、日本政府は敵となったか……』
【いいえ。鹵獲され、利用されているのですよ】
カームが白々しく言い放つ。AIの言葉を額面通り受け取るはずないだろうが、老兵はそれ以上はなにも言わない。
「乗れ!」
だから十路が先に叫んだ。それが前口上の終わりだと察知したため。
『Начать! (作戦開始)』
一拍遅れて源水が命令を放った。
南十星は《真神》に乗る十路の後ろに、コゼットは《コシュタタバー》を駆る樹里の後ろに、それぞれ飛び乗る。しっかり掴まっているか確認する暇もなく、二台の《使い魔》が飛び出す。
直後、既に兵士たちが弓に番えいた矢が放たれ、通過した。
△▼△▼△▼△▼
修交館学院の敷地は、なかなかに広い。
基本的に教育課程ごとに建物が分かれているため、普段ならば近づかない場所がほとんどだが、特別教室への移動や放課後の時間外活動ではそうも行かない。道も整備されているため、中にはキックスクーターやスケートボードを使う学生もいるくらいだ。
そんな場所なので、しかも今はほぼ無人あるため、オートバイ二台が並んで走っても困らない。
「始まった……!」
後方で《魔法》の青白い明かりが発生し、暗闇を押しのけた。同時に触覚で電波を感知し、静電気が弾けて肌を刺激する。
雪と呼ぶのは正確ではない。降り積もることなくホタルのような淡い光が無数に浮かび、規則性のない明滅を開始する。
しかし神秘。数学的には混沌の領域に突入する、人の手で作られてられた、正に。
「これが《神秘の雪》……!」
「こんなものじゃなくなるぞ! だから下手に《ズメイ・ゴリニチ》に近づくな! 電波で丸焼きにされるぞ!」
十路も初体験だが、想定できることを驚く樹里に注意する。
つばめの言葉通り、異能が関連した異常を感じないため安心したところに、カームが話しかけてきた。
【これより完全遮蔽します】
センサー類から電磁波が侵入して内部にまで影響を与えるため、これから《真神》は完全な電磁波対策として、外部に露出するセンサーをカットすることを伝えてくる。そのためこれからは、ジャイロセンサーのような内部センサーのみでしか動けず、目隠ししたような状態になるため、ほぼ普通のオートバイのようにしか動けない。
勝手を知るイクセスならともかく、敵であるはずのカーム相手では、連携にかなり不安なのだが、もう言っても仕方ない。
【あぁ……遮蔽する前に一言。堤十路、号令はかけないのですか?】
そんなことを考えていたところに、思い出したようにカームが問うため、十路の気がやや削がれた。
「は? 号令?」
【以前の戦闘で、仰っていたではないですか。きっと吹っ切るために、戦闘開始を口頭で宣言するのでしょう、主も似たようなことを言います】
「あぁ……あれか」
カームがなにを言ってるのか理解できた。しかし言われて言うのも妙な気がする。
「あれ、語呂が悪いだろ?」
【どうでもいいです。ただのスタートピストルなのですから】
会話が聞こえているだろう横を見ると、盾杖を引きずり、片手運転で併走する樹里が微笑を向けてきた。カームの言葉になにかしら同意したように。
だから十路は前を向き、息を吸い、改めて宣言する。
「――これより部活を開始する!」
【「了解!!」】
そして、彼らは別行動を開始し。
戦場に《雪》が激しく降り始めた。




