040_1610 嵐の前には凪が来るⅣ~喜劇 昨日の敵は今日も敵~
「――そんな風に俺たちは、できるだけ怪しまれないよう、昨日から準備を進めてたわけだ。理事長からメールが来て、《神秘の雪》から学校の設備を守るために、夜通しの作業で大変なことになったけどな」
盗聴防止のため、コゼットが《魔法》で周囲に雑音を発生させている中で、十路の説明が終了すると、男性人格を持つAIがほのかな安堵を漏らした。
【結局、《バーゲスト》はシステム破壊されていないのですか……】
「気になってたのはそこかよ……イクセス、お前のこと嫌ってるのに」
【彼女に嫌われているのは非常に残念ですが、覆せばいいのですから一興とも思えます。それに第一印象が最悪なほど、後々長所が際立つでしょう? ほら、不良が雨に濡れながら捨て犬を助ける理論です】
「印象が覆らずに、イクセスが無反動砲かます未来しか想像できない」
【望むところですよ……ククッ。あぁ、想像すると身震いしますね……】
矛盾してるとしか思えないサディスティックな笑いを漏らすカームに、オートバイの男女観など理解できない十路は、白い目を向けた。
(コイツ、変態な上に意味わからん……)
《使い魔》同士で戦闘することにでもなれば無視できないが、それまでは当人同士の問題だと口を挟まない。
【それにしても、無謀なだけでなく、愚かしい作戦ですね。ナージャ・クニッペルと殺さないように殺し合うとは……目的を見失っているのではないかと思えます】
しかもAIは、口調を改め総評までしてきたので、彼のプラスになるような内容は口にしないと決める。
十路も重々自覚している。
それに夕方、ナージャが『強行偵察』として変装して現れた時でも、情報の受け取りや、その後の戦闘など、怪しまれないよう動くのに泡を食った。
こんなものを作戦などと呼べるはずない。
けれども代替案がないほど、切羽詰まった状況なのだから、どうしようもない。始まっている作戦は、もう止めることも変えることもできない。
「それで、もう意味のない爆弾の情報を伝えるためだけに、お前は派遣されたのか?」
だから話題を変え、そもそものことをカームに確認をする。
【いいえ。総合生活支援部の援護のためです】
するとAIは、意外なことを言い出した。
【武装を解除された上に、私の機能で《魔法》を使うことは不可能のため、大した支援にはならないでしょうが、《神秘の雪》影響下では多少の戦力にはなるでしょう】
制限は受けるが、電磁波対策が施されている《使い魔》ならば、強電磁環境下でも稼働する。
更に《真神》は、十路が転入前の学校――陸上自衛隊育成機関で乗り慣れた、制式採用装備だ。マイナーチェンジがされている様子だが、操作に大きく影響する差は見受けられない。
そして障害物だらけの学校内で戦うのだから、今日初めて見たスーパースポーツタイプの《コシュタバワー》よりも、オフロードタイプの《真神》の本領になる。
十路が機馬戦を行うならば、多少どころではない戦力アップに繋がる。
しかし、素直に提案を呑める相手ではない。
「お前たちと俺たちは、前に敵として戦ったってことは、当然理解してるよな?」
【はい。ですが今回、我々が総合生活支援部を援護する、正当な理由が存在します】
「木次だな?」
【はい】
確認の疑問に、カームは明確な肯定をしたことに、十路は考える。
市ヶ谷たちが日本国政府所属の《魔法使い》だとすれば、《魔法使いの杖》なしで《魔法》が使える貴重な人間を、なんとか確保したいと考えるだろう。
しかし総合生活支援部は、ロシア特殊部隊との交戦を避けられない。その中で樹里の命が失われる可能性もある。
だからカームが援護のために派遣されたとしても、おかしな話ではない。だが。
「言い分は理解も納得もできますけど、正直申し上げて、胡散臭いですわね。貴方が肝心な時に裏切らない保障はないわけですし」
思い描いた危惧は、代わりにコゼットが口を挟んできた。
【絶対信用されないから止めた方がいいと、私も主に進言したのですが……】
人間であれば肩をすくめていそうな声で、カームもそれを否定しない。
「仮に一時的に協力関係を結んだとしても、部活終了直後に敵になる懸念が残りますし」
【少なくとも現状況下および作戦終了直後は、総合生活支援部との交戦を禁止されています。しかも木次樹里の具体的な対処について、現状上層部から命令を受けていません】
合成音声の追加説明に、コゼットは眉を寄せた。十路も疑問に思った。
彼らが命令を受けていないのに、ここに《真神》がいるということは。
【貴方方への支援は、主の独断です】
やはり嘘ではない保障はない。カームの口から語られても、信用できる内容ではない。
なんだかぞんざいな推測の方が、よほど信憑性ある言葉だった。
【それに、木次樹里の件は言い訳で、主の本心は違うところにあるでしょうし……】
黙っていた南十星が口を開き、興味なさそうな口調で、その『本心』についても問う。
「あのおにーさん、なしてナージャ姉にお熱なん?」
【触りだけ申し上げれば、ナージャ・クニッペルは、総合生活支援部の陣営に下るべきだと考えているようです】
「そこなんで?」
【主の個人的な事情ですので、私の口からは申し上げられません。ご想像にお任せします】
コゼットと南十星が視線を向けて、《真神》をどうするのかと訊ねてくる。
十路もどうしたものかと首筋をなでて考えていると、新たな人影が近づいてきた。
「記憶が飛んで覚えてないですけど、ご迷惑おかけしたみたいですみません……」
穴だらけだった学生服から、新品に着替えた樹里だった。
彼女を看ていたつばめと、野依崎が付き従っているが、足取りがふらついてはおらず、介助も必要としていない。
「う……」
樹里の接近に、南十星が恐怖を滲ませて後ずさりした。
無意識の行動であるだろうし、暴走する樹里の異様を見た後ならば、強く責めることはできない。彼女が自分の行動に気づく程度に、南十星の肩を軽く叩くに留め、十路は近づいて声をかける。
「大丈夫か?」
「はい……」
当人はそう言うが、返事はか細く、とても大丈夫とは思えない。顔色の悪さも明らかであるし、細身の体がひと回り小さくなったように感じる。
「直接栄養を摂取させたし、体調だけなら問題ないよ」
だからつばめが付き添うように一緒だと思ったが、看ていた彼女自身はそう言う。
《魔法》は普通、《魔法使いの杖》に内蔵した電池をエネルギー源として、電力を消費して使用する。
しかし樹里が《魔法使いの杖》なしで《魔法》を使うには、エネルギー源できるものなどないのだから、体が蓄えているカロリーを消費するしかない。
通常の生物機能とは異なる作用を、どうやって生み出しているのか不明だが、彼女が異能で大きな《魔法》を使うと、ブドウ糖液の注射や高カロリー製剤の輸液を必要とする。今回はつばめがその処置を行ったのだろう。
「だけなら、ですか……」
一層痩せて見えるのは十路の錯覚だとしても、樹里の顔色が悪いのは確かだ。
だとすれば肉体的なものではなく、精神的な理由によるものだろう。
樹里は視線を地面に落とし、十路の背後――南十星やコゼットの方を見ようとしない。しかも後ろめたさにしか見えない感情を顔に浮かべている。
秘密を――それも人智を越えたものを抱え、南十星たちにどう映ったか、反応を知るのが怖いのだろう。
「今更だし、仕方なかったんだろうけど、あまり暴走るなよ」
「はい……」
だから十路はしょぼくれた樹里に、意図的に平坦な声で、意図的に空気を読んでいない発言をする。
「カロリー消費でバスト縮むぞ」
「そういう理由ですか!?」
セクハラ発言を怒鳴るのでもなく、貧乳コンプレックスを抉られたのとも違う反応が返ってきたが、まぁいい。
大事なのは、彼女の秘密がばれたことなど大事の前の小事であり、大事な大事になるのはその後であると理解させること。
「理事長。木次の体、《神秘の雪》の影響を受けますか?」
こんな事態になったら関係ない。もう十路が隠れて知っている秘密ではない。樹里の異能を知っているであろうつばめに、不安材料を直接ぶつける。
「大丈夫だよ。電磁波なんかで暴走なんかしない」
「じゃあ木次、どうする? これから戦う気か?」
つばめの言葉を受けて、十路は問う。傍から聞けば無慈悲だろうが、言わないわけにはいかない。
南十星やコゼット同様、彼女も引かないだろう。
「戦います……無責任に投げ出すようなこと、したくありません」
そして予想通りに樹里は戦意を見せた。
「だったらヤケになるなよ。ナージャやなとせにも暴走を見られたことは、後で折り合いつけるとして、今は忘れろ。いいな?」
「はい……」
余計なことは考えさせない。体を動かさなければならない状況に叩き込めば、悲観的なことなど考えている暇などなくなる。
普通なら、こんな心理状態で戦わせるべきではない。余計なことを考えやすい今の方が、死ぬ確率が高くなる。
だから十路も幾分かは迷った。しかし結局、普通ではない選択をした。樹里も普通ではないのだから。
「あ~……そーいや、木次さんの装備が追加されるんですっけ。管理しなきゃならねーですから、データ寄越してくださいな」
十路の意を汲んだのか、それとも直接暴走する樹里を見てないからか。いつもの憂鬱そうな態度でコゼットが口を開いた。
「あ……コシュ、セキュリティ開放。データを渡して」
樹里が《コシュタバワー》に指示を出し、コゼットは空間制御コンテナから《パノポリスのゾシモフ》とコードを取り出し、《使い魔》と接続してデータ転送する。
「それと現物も出して」
そして《コシュタバワー》に搭載されたままの、青い空間制御コンテナが作動し、六角形構造体が飛び出した。直線構造体のため、少し歪んで傷ついているのが、初めて見た面々でもわかる。
「早速壊しました?」
「コシュが私を守るために、これで爆弾を防いで……」
「これから使うかもしれませんし、念のため修理しときますけど……しかしまた奇妙な物体ですわね?」
《魔法》で修理を施すコゼットと話す樹里に、十路も問う。ずっと気になっていたのだが、手を出さずに彼女が戻るのを待っていた。
「《コシュタバワー》の塗装が剥げてたけど、その時にコケたのか」
「銃撃防いだのもありますけど、コケました……」
「一応調子見ておきたいから、機体の設計図見せてくれないか?」
「あ、はい。普通に動いてますから、多分問題ないと思いますけど……コシュ、それもお願い」
《使い魔》はただの機械ではない。そして十路は《コシュタバワー》の主ではない。初対面で樹里と一緒にいたためか、体重を預ける程度は許しているようだが、不用意に機体に触れれば『噛まれる』かもしれないので、整備は控えていた。
樹里の指示に従い、《コシュタバワー》のディスプレイが切り替わり、図面データが表示される。
「……おい。なんだコレ」
一覧表示された図面をタップ&スワイプして眺め、十路は困惑と共に好意的ではない感想を漏らした。
複雑なフレーム、多種多様のアクチュエータ。オートバイを形作るには、部品ごとの図面が多すぎる。
しかも全体像を描いた三面図が、二種類ある。
「こんなバカを真面目にやる製作者がいるとはな……」
首筋をなでながら十路がこぼすと、呆れたような同意があった。
【やはりそう思いますか……】
「…………」
一瞬、誰の声か理解できなかった。スピーカーを通した音声だが、女性のものなので《真神》ではないだろう。
理解できかなかったのは十路だけではなかったらしい。部員の誰もが顔を見合わせて、つばめですら軽く驚きを浮かべて、一斉に声が聞こえた方向を見た。
声の主は、《コシュタバワー》だった。
時間もなかったため、この《使い魔》について詳しい話を聞いていない。それに樹里が昔乗っていた機体ならば、システムも旧式であって当然だと思っていたので、しゃべらなくても気にしていなかったのだが。
「木次、どういうことだ?」
「や、私にもサッパリ……」
説明を求めたが、樹里もまた困惑の顔で首を振り。
「だけど多分、お姉ちゃんの仕業ですよ……あぁ、そっか、だから甲子園球場に……」
しかし彼女は理解の体で頭を抱える。納得できる経緯は一応は存在しているらしい。
十路が説明を求めようとしたが、その前に粘性の高い動作で薄い笑みを造り、コゼットが振り返る。
「……堤さん。これは、切り札になりますわよ」
「…………そうか」
言葉が脳髄に浸透する。潤滑油となって歯車がかみ合い、思考が新たな方向に動力を伝える。
彼女の言う通りだった。十路たちでさえ、今の今まで知らなかった。
夕方、ナージャが使っていた事から見るに、どうにかして《バーゲスト》の詳細調査は回避し続け、システムが正常動作していることは知られていないのだろう。
だとすれば、この現状は、特殊部隊側ではまず間違いなく把握していない。
コゼットの言う通り、切り札のひとつに使える。
「元々どうしようか迷ってましたけど、俺はこの戦闘で《杖》を使いません」
誤解されている可能性もあるが、それを払拭し、この切り札を効果的に使うために、十路は明言する。
どうせ十路の《魔法使いの杖》――《八九式小銃・特殊作戦要員型》は、《神秘の雪》の中では、暴発の危険があるため使えない。再度《魔法》が使えるようになれば使用を考えていたが、放棄した。
「だから《ズメイ・ゴリニチ》の相手、頼みます」
あえて弱体化を選んだなら、小細工を用意した程度では、あのSUVの形をした戦車に勝てない。だから《魔法》を使えるようなった、他の部員に任せるしかない。
一緒に戦うことを容認した彼女たちに押し付けて、なんとかしてくれると信頼する。
「――来たであります」
わずかな固さを帯びたアルトボイスに振り返ると、ずっと黙っていた野依崎が、ヘッドホンディスプレイの単眼を覗いていた。
「ここへ至る坂道に仕掛けたカメラが、侵入者を捉えたであります。SUVタイプの乗用車一、トレーラートラック一、大型バイク一。トレーラーはともかく、《ズメイ・ゴリニチ》と《バーゲスト》は間違えようがないであります」
「お前と理事長は早く地下に隠れろ」
野依崎に頷き返し、十路は《コシュタバワー》の点検を諦め、樹里に振り返る。
「俺は《真神》を使う。木次は《コシュタバワー》を使ってくれ。どういう形で使えるかわからないが、この切り札はギリギリまで隠したい」
【私への搭乗はよろしいのですか? 戦闘データは持ち帰らせて頂きますよ】
「俺は陸自にいたんだ。隠したところで意味がない内容ばかりだろ」
カームの差し出口に、遠まわしに樹里のデータを持ち帰らせないことを伝え、十路は《真神》に跨る。体重を預けた際の反動に、普段の乗り心地と随分違うことに気づいたが、無視する。
【一応は貴方の操作に従うことにします】
「《バーゲスト》がどう行動するか、正直予想ができないから、その都度自分で判断してくれ」
カームと話しながら、《真神》の調子を確かめる十路を他所に、樹里も赤い追加収納ケースから長杖を取り出す。
「コシュ、《NEWS》換装。シールド装填。システムを長杖から盾杖に移行。MSAS追加」
【《Untouchable pelt》 plus. 《NEWS》 "Dueling shield" mode.(《触れざる獣皮》接続。《新式拡張型武器システム》デュエリングシールド・モード )】
返事と共に修理を受けて出しっぱなしになっていた追加装甲が、一時的に格納されて機械動作音を響かせる。
デュエリングシールドは、武器でもある異形の盾であるが、戦争の道具として使われたものではない。神の名の下に戦い、勝利者が正しいとされた、裁判決闘に使われた儀礼武器だ。
再度出現した装甲に、樹里が長い杖を近づけると、機械腕が駆動して、それが再現される。
樹里の《魔法使いの杖》は、先端にコネクタを持っている。しかしそこに接続されているのは太いケーブルだけで、追加装甲そのものは長杖の中央で、固定具が柄をくわえ込んで一体化していた。
更に六角形構造体そのものにも、部品が追加されている。ピンポン玉のようなものが詰まった、同じ形をした高さある透明ケースが表面に装着されている。
(今日は兵器の見本市か……?)
樹里がMSASと呼んだ追加部品の正体を見破った十路は、改めて今日という日の激動加減を振り返った。まさか一日で、試作段階のはずである兵器を、立て続けに見るとは思ってなかったと。
「さぁて……この術式使うの、初めてですけど……」
声にまた首を動かすと、コゼットがデータ受け取りに使った、革表紙の本から伸びるコードを接続した装飾杖を握り締めている。傍目には奇妙な状態ではあるが、《魔法使いの杖》は電子機器なので、こういうことも時折行う。
《神秘の雪》が発動されることを話し、十路が学校で戦う作戦を提案した時、彼女はその術式使用を提案した。あくまでも特殊部隊と支援部の戦いは暗闘に押さえ、可能な限り街を守るために。
内容は、彼女が得意とする物質操作――ざっくばらんに言えば大規模土木工事なのだが、規模が非常識すぎる。だから彼女は緊張を、真剣味という形で露にしていた。
「《久遠の英知の円形劇場/Amphitheatrum Sapientiae Aeternae》……」
コゼットは海を割った預言者のように装飾杖を掲げ、錬金術師ハインリヒ・クーンラートの著作を呟き。
「実行!」
石突きを地面に打ち付けた。




