040_1600 嵐の前には凪が来るⅢ~バック・トゥ・ザ・フューチャー~
「木次。急いで帰るぞ」
「ふぇ? どうしたんですか?」
昨夜、ナージャの体に爆弾が埋め込まれていることを推測した十路は、外出先から樹里と共にマンションに戻り。
『明日、近畿圏にて、《神秘の雪》と呼ばれる現象の発生が推測されます』
「ん?」
「ナージャ、いるか?」
「およ? 兄貴、コンビニ行くんじゃなかったん?」
個室が用意され、南十星に任せていたナージャのところに赴き。
樹里が《魔法》で詳しく彼女の体を調べた。
「これが核磁気共鳴撮影した、ナージャ先輩の体ですけど……」
「思いっきり爆弾らしきものが映ってるな……」
《マナ》の発光により描かれた立体画像――その心臓付近に人工物があるのを見つけ、十路は予想的中に唸った。
大きさから考えると、さしたる威力はないだろう。隠匿性においてはこの上ないが、自爆テロを起こして、総合生活支援部の面々を殺傷できるものではない。
しかし体内で爆発すれば、ナージャが木っ端微塵になるのは確実だった。
「あと、右耳にもインプラントがあります。人工内耳……じゃないと思いますけど」
「アンテナらしきものがあるし、無線機じゃないか? だから時々ナージャが電波を発信してたわけだ」
「でもナージャ先輩が発信してた電波は、今は感じませんし、常時発信じゃないってことです。それは?」
「電波式のワイヤレス給電ならどうだ? それならスイッチなし、交信相手の都合でオンオフにもできる。受信波に指向性があったから、俺たちが気づかなかったのかもしれない」
「あ、そっか……確かにそれなら……」
「無線機と爆弾、物理的に繋がってるってことは?」
「や、いくら細くても、リード線が映らないってことはないと思いますけど。それに《魔法》を使わず普通に手術してたら、耳から体までの配線なんて無理ですよ」
「独立してるのか……でも体内だぞ? 電波が届くか……?」
「近距離ならともかく、遠距離だと……」
図を眺めて樹里と共に推測を重ね合わせ、十路は考え、そして思い出した。
「肌が焼けるのも構わず、強力な電波で無理矢理届かせるのか」
「……そうなりますね」
新品のベッドから身を起こし、ナージャは諦めたように、しかし同時に安堵らしきものを浮かべて答えた。
以前、十路は風呂場で彼女の全裸を見てしまった。奇妙な日焼けをしたように、ところどころ軽度の火傷を起こした状態だった。
航空機のレーダーでも強力なものになれば、鳥を焼き殺し、敵兵器の電子機器を破壊することが可能になる。ナージャの場合はある程度、範囲を絞って照射されたものではないかと考えた。
「この爆弾は無線式で、毎日特定の信号を受けないとならないんですけど、それが肌を焼くほどの高出力電波なんです。まぁ、地獄ですよ……」
そしてナージャも肯定した。
「ナージャ。全部話せ。これからなにが起こる予定で、お前はなにを命じられたのか」
「…………」
「お前が源水にどれだけ義理立ててるのか知らない。だけど今のままじゃ、いずれ使い捨てにされて死ぬだけだと思うぞ」
「……そう、ですね」
静かに促すと、ナージャは語り始めた。
軍参謀本部情報総局の作戦は、三段階に用意されている。
総合生活支援部に一時的に捕獲され、対外情報局を解雇されたのは、作戦通り。
支援部への入部は不確定事項であったが、実際に相成ったことで、継続した内部からの情報収集と、作戦行動時には呼応した内部からの撹乱を担うことになった。
ただし想定されていたことだが、支援部員たちの警戒は強く、ナージャが撹乱するのは不可能と判断された。
そこで第二段階――特殊部隊らしい襲撃法と、第三段階――《神秘の雪》を使った《魔法使い》殺しにシフトしている。
その他には、単独で《魔法》を使える《使い魔》――《ズメイ・ゴリニチ》。
そして源水の専用装備、戦闘用強化外骨格《サモセク》の存在。
全体的な話になるため、個々の情報は簡単になってしまっていたが、彼女の思うままに語らせた。
一切口を挟むことなく話を聞き終えて、十路は確認した。
「……木次。理事長は?」
「今日はお酒飲みに行くってことですけど」
「だったら外泊を頼んでくれないか。これからなにが必要になるかわからないし、俺たちは監視されてるから、自由に動ける人間を確保しておきたい。理事長当人が動けなくても、あの人なら伝手があるだろ」
そして更に指示を加えた。普通の人間が聞けば、正気を疑うような内容を無造作に。
「それから、ナージャの腹から爆弾を取り出してくれ。《治癒術士》ならできるだろ」
「ふぇ!? 爆弾ですよ!? 大丈夫なんですか!?」
「外科手術で取り出す程度なら大丈夫なはずだ。体の中にあるんだし、少々の衝撃や振動で爆発するはずない。大きさから見て、機械的なシステムを組み込んでるはずないし、ナージャが言うように、無線式と時限式の複合起爆システムのはず」
『はず』ばかりの説明で、安心できるわけはないだろう。樹里の顔は強張ったままだった。
「そっちは頼むぞ。その間に俺は、別の用事を済ませてくる」
だが構わずに十路が腰を上げると、樹里が泣きそうな顔でスラックスにすがり付いた。
「堤先輩!? まさかですよ!? まさかですけど、爆弾から逃げようとしてませんよね!?」
「違うっての……信用できないなら、なとせ。俺の代わりに学校までひとっ走りしてくれ」
「ふぁぁ?」
そろそろ就寝時間のため、半分寝ていたらしい。ずっと静かだった南十星が、欠伸で返事した。爆弾その他のシリアスな話をしていたのに、全く緊張感がなかった。
「んにょ……あたし、なにすりゃいいワケ?」
「まずは部室に行って、イクセスに直接報告してくれ。ただしタブレットで文字を使うとかして、盗聴に気をつけてな」
「なしてイっちーに? てか、なに言やいいん?」
「アイツはナージャのことを信用してない。その上、ここに連れてくるわけにいかないし、部室に集合して話をするわけにもいかないから、連絡手段が限られる。これからどうなるかわからないけど、動いてもらうには話を通しておく必要がある。ひとまず『どういう連絡手段でも指示を聞け』って伝えてくれ」
「『まず』ってことは、まだなんかあんの?」
「それから、二号館の地下に行ってくれ。部長がいるはずだ。やっぱり相手に察知されないよう、ナージャの爆弾と今後の相談をしたいから、直接出向いて呼んで来てほしい。部長の《魔法》を活用して、監視に見つからないように」
「うぃ、りょーかい」
「あ、それから、集合場所はこの部屋以外な。この階の超小型基地局をいじって、わざと情報を外部に流す」
「こっちから情報漏えいすんの?」
「その方が相手の油断を誘える。いずれマンション全部に施すからな」
「てか、兄貴にそんなマネできんの?」
「そのくらいの情報工作なら前の学校で仕込まれた」
そして別行動を行い、南十星が学校に出向き。
「侵入者であります」
「あら? ナトセさん? あの子、普段なら寝てる時間でしょう?」
二号館地下で作業をしていた野依崎とコゼットが、監視カメラの映像で気づき。
説明を果たし、無事コゼット・野依崎・南十星の三人で、監視の目から逃れながらマンションに戻ると。
五階の、樹里とつばめの部屋で、リビングで腕組みして考え事をしていた十路と、ガタガタ震えながらソファの陰に隠れる樹里とナージャが出迎えた。
「部長、呼び出してすみません。なとせが説明したと思いますけど、これが問題のブツなんですけど」
樹里の《魔法》により摘出した拳ほどの爆弾を、十路が無造作に差し出すと、コゼットは顔をしかめた。LEDが点灯しているので、それがまだ起動しているのは、誰でも理解できるはずなのに。
「この程度の爆弾なら、とっとと処理しろっつーの……」
「処理前に見てわかる以上のこと知りたいんですよ」
コゼットは留学前にさんざん殺されかけた経験で見慣れている。十路は非公式特殊隊員としての経験で見慣れている。
爆弾を平然と触れる年長組二人に恐怖の目が向けられる中、コゼットは停止させないまま《魔法》で調べ、回路図を手書きして説明した。
「構造はお話にならないくらい単純ですけど、ちょっと特殊な仕様みたいですわね」
爆弾の構造は一目でわかった。粘土のような軍用可塑性爆弾に直接起爆装置が繋がれ、全体を透明樹脂で薄くコーティングされてるだけの、これ以上ないシンプルさだ。爆薬から信管を外せば、起爆することはないだろう。
十路が問題としていたのは、起爆装置の中身――爆発条件だった。
「起爆装置に手順が二種類インプットされてますわね。クニッペルさんが仰った通り、二四時間で起爆する時限式で、特定の信号を受信することでカウントがリセットされますの」
「逃走や任務放棄をさせないよう、信号発信源から二四時間以上離れられないようになってるってことか……もうひとつの手順は?」
「特定の信号を受信したらボン」
「なにかが原因でカウント停止したら、爆発するようには?」
「回路は一系統のみ。センサー類はありませんし、大丈夫ですわ。ただし熱や電気で破壊すれば、誤作動する可能性大だと思いますけど」
「逆を言えば、それさえ気をつければ、少々乱暴に壊しても大丈夫か……」
「まーたロクでもねーこと考えてますわね……」
青い瞳を半開きにするコゼットも、それ以上は言わない。他の面々は爆弾から距離を取り、邪魔せずに見守っていた。
自惚れでなければ、信頼してくれているのだろう。実戦における知識は部内で一番詳しいであろうから、できる人間が他にいない理由もあるだろう。これまでの、彼自身も正気を疑うムチャクチャな作戦を、ひとまずは成功で終わらせている理由も大きいだろう。
しかし十路は、説明を省くことが多い。大抵は時間がないためだが、意図的に隠して伝えることもある。
それでも彼女たちは指示通りに動いてくれるのだから、向けてくれる信頼に感謝することしかできない。
傍目には今回も同じと映るかもしれない。しかし実際には少し異なる。
必要な情報を得る以外は、そもそも誰かと相談などする気がなかった。傍若無人だとわかっているが、全て一人で責任を負うつもりで、十路は結論を出した。
「木次。こういう時、普通の高校生なら、どうするんだろうな?」
「や、普通の高校生なら、特殊部隊に狙われたり、体に爆弾を埋め込まれるなんて、ありえないと思いますけど……」
「それでも起こったら?」
「どうしようもないかと……」
こんな独りよがりな考えをすれば、また後で樹里に怒られる予感はした。しかしやる気ない態度で首筋を搔いて、未来と彼女の気持ちは考えないことにした。
「ナージャ」
十路は小さく息を吸い、今作戦のキーパーソンを相手にして切り出した。
「俺たちは対特殊部隊のために動かなきゃならない。その中でお前がどうするか、お前自身が決めろ」
「強要しないんですか?」
「俺がいま考えた作戦計画は、お前にとっては最低最悪だ。だから強要するつもりはない。あまり時間は与えられないけど、よく考えてから結論を出せ」
彼女の逃げ道を用意した。
「俺たちとお前は、組織図上は敵だったんだ。だからナージャが支援部に入部することになっても、簡単には信用できない。普通の学生生活を送るために入部したいなら、命掛けで俺たちを信用させろ」
けれども彼女が選べる道を狭めた。
彼女がいなければ、この戦いは絶望的になる。彼女がいても絶望的になる。
しかし選択の、成功の先は違う。
これからどうするか。この戦いに参加するのか。
普通の学生であろうと足掻くのか。兵士として安寧とした苦難を生きるのか。
この選択は、自分たちにとっても彼女にとっても、人生の分岐点になると、暗に言っておいた。
「……十路くんはわたしに、なにをさせるつもりなんですか?」
「大きく分けて三つだ」
警戒口調で問うナージャに、十路は指を三本立てて見せ、すぐさま人差し指以外を寝かせた。
「まずひとつ目。目論見がバレたことにでもして、源水たちと合流して、俺たちと徹底的に敵対しろ」
「二重スパイになって情報を流せってことですか?」
「いや、お前の立場を守るためだ。特に特殊部隊隊員の人数や装備、動きが読めないから、情報があるに越したことはないが、二重スパイがバレれば命はない。情報がないならないなりに俺たちは動くし、その辺りは臨機応変に判断してくれ」
正確に言うなら、行き当たりばったりだ。臨機応変とは、事前に入念な準備を行った上で、不測の事態でも最善を尽くすことを言う。
しかしこの状況では、準備ができない。冒頭だけが書かれた台本を渡し、アドリブで即興劇を行えと言ってるのと同じだ。ナージャも大変だろうが、その都度適切な受け答えをしなければならない十路たちにも、大きな負担になる。
それでも行うしかない。
「ふたつ目。最終的には、お前が源水を倒せ」
彼女が支援部の側につくならば、わかりやすい証になるが、あくまで希望でしかない。戦況次第なので、絶対条件にはできない。
だが中指を立てて、命令口調で伝えると、ナージャの顔色が変わった。
「わたしが師匠を殺す……」
自覚ないかもしれない呟きに、語気を強めて十路は否定した。
「逆だ。絶対に殺すな。殺さずに勝て」
「え?」
「俺たちは学生。これは部活動。誰かを殺す必要はないし、殺さなければならない立場でもない。これが支援部の、馬鹿げた偽善だ。入部する気ならお前も守れ」
それに、彼女に師匠を、『家族』を殺させるわけにはいかない。
「みっつ目。俺たちを信用しろ」
「?」
薬指を立てると、ナージャは更に意外だと顔を動かした。既に信頼しているからだろう。
きっと彼女はそうだった。スパイとして支援部に近づき、これからは明確に敵対する。権力者の道具として扱われる国家所属の《魔法使い》でありながら、兵士としては向いていない性格の彼女は、ずっと板ばさみになっていたに違いない。
「この作戦を実行するには、爆弾をこのままお前の体に戻さなければならない。しかも悟られないために、俺たちと本気で殺し合いをしなきゃならない。それでも信用できるか?」
だが、容赦はできなかった。十路は自らに非情を課し、再び立てた三本の指を突き出して、彼女に危険を強要した。
それにはナージャ本人ではなく、気性穏やかで最も一般人に近い感性の樹里が真っ先に反応した。
「や! ちょっと待ってください!? 爆弾をこのままですか!?」
「あぁ。爆発しないような小細工はなしだ。そんなことすれば、俺たちの思惑がバレる可能性がある」
「だけど最終的にどう解除するんですか!?」
「一番理想的なのは、敵に思惑を気づかれる前に、一撃で闇討ちすることなんだが……そうすれば後始末に困ることはない」
「先輩、それできる自信あります……?」
「特殊部隊。《魔法》を使う《使い魔》。戦闘用パワードスーツ着た《騎士》。そんな三重苦相手に『自信ある』って言えるほど、能天気でも馬鹿でもない」
「じゃあ……どこかでナージャ先輩と再合流して、隠れて私が爆弾処理するというのは、無理なんですよね?」
「戦闘中は難しいだろうな。しかも明日は《神秘の雪》で《魔法》が使えなくなる」
「ややややや! どうする気ですか!? ナージャ先輩爆死決定になっちゃいますよ!?」
策は当然考えた。樹里ではなく、ナージャを相手に続きを話した。
「体に埋め込まれたままでも、爆弾を無力化できる手段が、あるにはある」
「それは《魔法》ですか?」
「あぁ」
「…………」
ナージャが絶句したが、それ以上は説明する気なかった。
十路は自身の脳内に圧縮保存されている、この術式――《剣》が嫌いだからだ。
それに、それ以上は意図して伝えなかった。彼女を迎え入れるためには、見極めなければならないものがあるから。
そもそも詳しい説明は必要なかった。《魔法》を奪い去る《神秘の雪》を打ち破って、《魔法》を使えるようにならないと意味がない。それがどれだけ無謀な策か、ナージャに理解できないはずはない。
「そもそも特殊部隊と戦りあって、生き残れる保障はない。ナージャのことまでとなると、もっとどうなるかわからない。しかもうっかりミスすれば、俺がナージャを殺すかもしれないし、ナージャが俺を殺すかもしれない」
迷いの沈黙に構わず、更に十路は追い討ちをかけた。
「それでも乗るか? 嫌ならこのまま脱走して、誰も知らない場所で暮らす方がいい。爆弾外して連中と合流したら、良くても同じことが繰り返されるだろうし、悪ければ即刻処分されるぞ」
自己嫌悪した。こんな話を、いつも通りの平坦な口調で語れてしまう、自分自身に反吐が出そうだった。
不安を煽るだけ煽っておいて、更に脅して追い詰めて、選択肢をなくすようなことしか言えない。
「ナージャが『こっち側』を望むなら、全力で護る」
だからせめて罪悪感を誤魔化すために、言い添えた。
《魔法使い》などと呼ばれていても、その正体は、脳内に生体コンピュータを生まれながらに内蔵した、超最先端の科学技術を用いる特殊能力者でしかない。
その能力には限界があり、願いを何でも叶えてやれる不思議な存在などではない。
けれども、不幸な今を憂い、束縛からの解放に憧れるだけの、哀れな娘でいたくないのであれば。
「俺は、出来損ないでも《魔法使い》なんだからな」
願いを叶える『魔法使い』になると。
カボチャの馬車を貸し与え、盛大な舞踏会へと招き、シンデレラなどにはさせないと。
「…………………………………………」
長い沈黙があった。部屋の誰もが声を出さずに見守った。
唯一聞こえるのは、ナージャの荒い呼吸音だけ。緊張と不安に顔を真っ青にして、恐怖と苦悩で体を身震わせて、狼狽と恐慌を忙しなく漏らした。
「…………やります」
けれども、彼女は意思を示した。
「想像しただけで、泣きそうなくらい怖いですけど、やります……」
声は小さく震えていた。顔は引き攣らせていた。言葉通り紫色の瞳は潤んでいた。
それでも無理矢理にでも微笑んで、彼女ははっきりと同意した。
「戦いたくありません……わたしは兵士なんて向いてない『役立たず』なんですよ……でも、戦わずに済むようになるには……戦うしかないんですよね?」
それが総合生活支援部員に課せられるジレンマ。
戦いを忌避し、普通の学生でいるために、人間兵器として戦わなければならない。
その時、彼らは容赦なく戦う。
縄張りを荒らす狩人たちに逃げ惑い、大人しく仕留められるだけの獣ではない。
小さく頷きを返し、緊張感をほぐすように息を吸い、十路は他の部員たちの顔を見渡した。
「すみません。なんか俺一人で勝手に色々決めちゃいましたけど」
「なにを今更。しかも本当に悪いと思ってんなら、ちったぁ悪びれた顔しやがれっつーの」
呆れ顔で信頼を示し、すぐさま表情を引き締めて、コゼットは問うた。
「で? 具体的にどうしますのよ?」
「まず、ナージャが離反するのに、《バーゲスト》を同行させようと思います」
万一、作戦がばれたとしても、イクセスに頼れば逃げ伸びることが可能なはず。
孤軍ではなく、一人でも味方がいれば、精神的にも心強いだろう。
こうなれば直接の指示は出せないが、南十星が事前に話を通しているなら、どういう連絡手段でもイクセスは動いてくれるだろう。
まず、指示はナージャの携帯電話で撮影した動画で伝える。その上でデータを渡せば、詳細な作戦を伝えられるだろう。そのまま《バーゲスト》に乗ってナージャが離反すれば、こちらの意図がバレる危険は低くなる。
そしてナージャの携帯そのものは、盗聴器代わりに部室に残せば、離反の証明にもなるだろう。
考えを伝えると、異論はないが問題があると、コゼットが口を開いた。
「こっちの戦力を削るために《使い魔》を破壊するんじゃなくて、鹵獲して利用する理由が作れます?」
「ナージャの《魔法使いの杖》を緊急停止させた時の、再起動権限ですよ。《付与術式》の部長だけでなく、イクセスにも与えてるでしょう?」
「あぁ、なるほど……でも、これまでの部室でのやり取りは、向こうにも伝わっているでしょう? あのイクセスはクニッペルさんの入部に最初から反対してましたし、反抗的だった《使い魔》を大人しくさせて持ち出せたなんて、絶対に不信感を抱かれますわよ」
「そこは……」
十路は言い淀んで、視線を移した。ボンヤリ顔で推移を見守っていた、コンピュータ・システムに一番詳しい野依崎に問うた。
「なぁ。使用者登録とかAIの人格とか、《使い魔》の根幹システムを一部分だけ、ウィルスかなにかで破壊したって言い訳して通用するか?」
「相手次第でありますね。ミス・クニッペルは支援部に長期潜入してるでありますから、《バーゲスト》を調査して専用ウィルスを開発したと説明すれば…………なんとか一応の説得力はあると思うであります」
「一応ってのは、やっぱり部分破壊は都合よすぎるか?」
「是。システムの完全破壊ならまだしも、ロボット・ビークルとしては正常に機能する状態であると説明すれば、相当怪しまれるでありますよ。《使い魔》のコア・ユニットごと交換したと説明した方が、まだマシだと思うであります」
「だけどその設定だと、問題がな……」
「ミス・クニッペル専用のユニットを、どうやって費用を調達し、どうやって開発し、どうやって持ち込み、どうやって交換したか、ツッコミどころ満載でありますね。協調という名の監視をしている軍参謀本部情報総局側が、全く感知していないのは無理があると思うであります。しかも――」
「ナージャは《バーゲスト》と機能接続できない。突っ込まれたら言い訳のしようがない。だったら対外情報局で開発したウィルスとでも言い訳した方が、まだマシだろ」
「その方針を強行するなら、《バーゲスト》を調べさせないのは当然として、対外情報局に問い合わせできなくさせる必要があるでありますね」
「源水たちの通信手段をなんとかする……ってのは無理だな」
「だとすれば、対外情報局を混乱させるしかないであります」
「俺たちの関与が疑われず、かつ一日は情報が守れる程度に……って微妙なレベルでできるか? 本部ビルをぶっ潰せば早いだろうけど、そこまでやったら疑われる危険がある」
「時限式・自己消滅型ウィルスをサーバーに送り、起動と同時に停電やボヤ騒ぎを起こすというのは? それならデータを運用できなくても事故と思われ、自分たちの関与は疑われにくいと思うであります」
「頼めるか?」
「またモスクワまで往復でありますか……面倒であります」
「しかも、遅くとも明日の昼までには戻ってきて欲しい。全員が顔を合わせてるところを見せておけば、今夜の行動は気づかれにくくなると思うんだが、できるか?」
「こうなれば、やってやるでありますよ……ついでにモスクワ土産のリクエスト、受け付けるでありますよ」
「じゃあピロシキで」
「微妙に面倒なリクエストでありますね……」
打てば響く調子で話が進んだので、十路はついでで軽口を叩いただけなのだが、野依崎は翌朝、本当に本場のピロシキを買って戻った。
超音速巡航でもしない限り、時差を考えてもモスクワ入りは深夜になり、大抵の店は閉店しているはずだが。そしてやはり時差の関係上、開店を待っていては、間に合わなくなるはずなのに。
それはさておき、ひとまずナージャが離脱し、参謀本部情報総局の管轄に下る方針が、おおよそ定まったのだが。
「兄貴。あたしをナージャ姉と戦わせて」
南十星が真顔で付け加えた。
「監視があるだろうし、あたしたちと戦った上でイっちー奪って逃げたって方が、裏切りに説得力があると思うけど」
「確かにバレにくくなるとは思うが……」
理屈は通っているため、十路も反論はしなかった。だが彼女が言い出したのは、それだけの理由とは思えなかった。
「それに、あたしは半分しかナージャ姉を信用してない。だから本当に裏切った時、殺せるのか確かめておきたい」
そして予想した通り、普段の天真爛漫さを消し、南十星が瞳に冷たさを浮かべた。
「なとせ」
「ごめん。だけど、いくら兄貴に言われても、これは譲る気ないから」
名を呼んで窘めても、彼女は折れる気配を一切見せない。
道理ではある。ナージャの《魔法》は特殊すぎて、危険すぎる。
「……《魔法使いの杖》の遠隔停止ができる。仮にそれをクリアしてナージャが反抗しても、対処できるレベルだ。準備ができてるなら、俺や木次でも。部長だったら最初の一撃だけしのげれば、もっと上手くできるはず」
だが、対処は充分可能な範囲だと、十路は判断していた。
仮にナージャが時間使いで、無敵の防御を発揮するとしても、《魔法》による効果なのだ。
長時間の戦闘で、《魔法使いの杖》をバッテリー切れさせればいい。もっと手早く無力化させるなら、閉じ込めて窒息させる。殺すつもりならば、生き埋めにする。
しかも彼女の《魔法使いの杖》は、考えるだけでは使用できず、指で操作しなければならない仕様だ。ガンマンの早撃ちのように、実行前の瞬発力を競えるならば、ほぼ確実に勝利できる。
十路の知る限り、ナージャは最強の《魔法使い》と呼べるだろう。しかし無敵でも不死身でもない。
「じゃ、あたしのケジメってことで戦らせてよ」
南十星にとっては、勝ち負けの問題ではない。直接拳を交えなけばならない理由が、彼女の中には存在するらしい。
空想的理想主義者の兄と、現実主義者の妹が、視線をぶつける。睨み合いとまでは呼べないが、普通ならば兄妹で交わす感情ではない。
結局、十路が諦めて先に折れて、南十星と譲り合った。
「……途中で割って入って止めるからな」
「ん。全力で出す前に、むしろそうして」
第三者的には、裏切り者への対処と映る戦いとなる。途中で止めなければ、どちらか戦闘不能になるまで続けないと不自然な状況になることは、彼女も理解していた。
「あとナージャが盗聴できる仕掛けを作ったことにでもして、俺たちの生活音を流しておけば、今夜はいいだろう……明日の夜までに色々と作らなきゃいけないものもあるが……一番の問題は俺なんだよな。《バーゲスト》がないと機動力ゼロになるし、火力をおいそれ発揮できない……」
考えをまとめるため、ひとりごとを呟いて、十路は顔を上げた。
「どこかからバイクを借りれないか? この際、原付でもいいんだが」
オートバイを持ってる知り合いがいるなら誰でもいいが、主には樹里への質問として目を合わせた。
彼女の姉がオートバイに乗るような話を聞いた覚えがあるため、なにか借りれないか。そう訊いたのだが。
「や~、お姉ちゃんに言えば、すぐ持って来てもらえそうなのが、あるにはあるんですけど……」
彼女は気の進まない様子で、質問の意図とは異なることを言い出した。
「一応一〇〇〇ccクラスのスーパースポーツタイプ……に見えますけど、先輩、乗れます?」
「乗って動かすだけならできるだろうけど、なんだその『一応』とか『見える』とか、微妙な言葉は?」
「《コシュタバワー》っていうんですけど……昔、私が練習で乗ってた《使い魔》なんです……」




