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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と軍事学事情/ナージャ編
179/640

040_1510 嵐の前には凪が来るⅡ~ネバダ・ミステリー/静けさは危険な香り~

 ところ変わって修交館学院の、校門が見える駐車場の片隅で。


木次(きすき)がキレたのか……」


 学校に戻ってきた南十星(なとせ)の話を聞き終えて、十路(とおじ)は短髪頭をかきむしって(うめ)いた。

 樹里はボロボロの格好で気絶していた。そんな彼女をタンク部分に腹ばいで乗せて、南十星がAI制御に任せた《コシュタバワー》で戻ってきた理由を、ようやく納得した。

 ちなみに樹里は今、保健室に運ばれ、つばめと手伝いの野依崎に任せてある。


「それで、木次の姉貴が現われて、強引に気絶させた、と」

「うん。ゲイブルズ木次ユーアって名乗ってた」

「ゲイブルズ?」


 国際結婚を示すであろう、後輩の少女とは異なる苗字に、十路は眉をひそめる。

 聞き覚えがある――というより、《魔法使い(ソーサラー)》なら知っていて当然という姓だ。どうしても関係を考えてしまう。


「あと、《デュラハン》って呼ばれてた」

「心当たりないな……」


 たびたび話は聞くが、会ったことのない樹里の姉は、やはり《魔法使い(ソーサラー)》だったのかと得心する。

 更には通称の関連、普通は搭乗も許さない(マスター)以外の南十星を乗せていたことから、体重を預けている青い《使い魔(ファミリア)》の正式な(マスター)ではないかとも想像する。


「そいで、兄貴はじゅりちゃんの異能(アレ)、知ってたんだね?」

「知ってるって言っても、多分なとせと同程度だろう」


 妹の、わずかな警戒を含んだ視線に、十路は少しだけ嘘を混ぜる。

 南十星の話を聞く限り、樹里が暴走した場面を見ただけだろう。

 十路はそれよりほんの少しだけ、踏み込んだことを知っている。だが隠すべき事柄であろうから、誤魔化しておく。

 彼には、樹里を守る理由がある。強制や義務となっている様子はないが、恩義や希望や他の思惑で、可能な限り彼女を守りたいとは思っている。

 しかし過ぎるくらいに家族想いの南十星は、兄を守るためならば平然と命をかける。

 だから最悪、異質な樹里を排除しようとする南十星と、樹里を守ろうとする十路が、戦う未来がありうる。

 全てを明かして理解を求める方が、衝突の可能性を減らせるであろうとは思う。だが知らないことばかりの現状では、いたずらに混乱させるだけであろうから、語りを迷ってしまう。


「やはり木次さんは、《魔法使いの杖(アビスツール)》なしで《魔法》を使えたんですわね……」


 もっともコゼット・ドゥ=シャロンジェが、波打つ金髪に触れながら納得の口ぶりを開いたため、説明をする要もなくなったが。


「部長まで知ってたんですか?」

「木次さんの《魔法使いの杖(アビスツール)》はかなり重いから、《魔法》で身体能力を補助して振り回してると思いきや、術式(プログラム)の使用履歴が残ってねーですし……ヤバげですから確かめたことはねーですけど、まさかとは思ってましたわ」


 《付与術士(エンチャンター)》らしい着眼点だった。そして樹里の迂闊(うかつ)さを忘れていた。彼女にはとうの昔にバレていたことに、十路は額を押さえた。


「兄貴。これ訊いちゃいけないことだろうけどさ」


 総合生活支援部には、互いのことを詮索しない暗黙の了解がある。しかしこの件は別だと前置きし、南十星は険しい顔を作る。


「じゅりちゃんって、何者?」

「それは知らない。というか、本人も理解してないみたいだ」


 自分の正体を知りたいがために、この部活動に参加していると、いつか彼女は語っていた。

 だから今ここで十路たちが考えても詮ない。


「気になるのはわかるが、木次の異能(アレ)は考えるな」

「今からの事態で、けっこー大事だと思うけどさ? それともロコツに話そらしてウヤムヤにしようとしてるん?」

「そうじゃないが、切羽詰ってるのは木次の件じゃないだろ」


 本心を言い当てられ内心顔をしかめながらも、十路は事実を使って話を区切り、改めて二人の格好を確かめる。


「それより、部長たちも本気で戦う気ですか?」


 コゼットはパンツルックに着替え、Tシャツの上から部分鎧を装着していた。水溶き片栗粉を封入したパックをベスト状にしたものを着て、黒い硬質プラスティックに見える物体を重ね合わせた、上半身前面のみを覆う胸甲(キュイラス)だ。

 南十星のジャンパースカートは、上半身が膨らんでいた。防弾繊維を使った改造学生服の本領を発揮させるため、セラミックプレートと衝撃吸収材(トラウマパッド)を、裏地のポケットに入れている。

 そして総合生活支援部の身分を示す腕章をつけ、これからの戦闘では使えないのはずの《魔法使いの杖(アビスツール)》を手にしている。


 ちなみに十路も戦闘準備を済ませている。支援部員を示す腕章を左の二の腕に着け、戦闘装備(BDU)ベルトを腰に巻き、後ろに銃剣(バヨネット)を差しているのはいつも通り。今日は更に陸上自衛隊制式装備であるはずの防弾チョッキ三型を装備し、靴はタクティカルブーツに履き替え、肘と膝から下を保護するプロテクター、タクティカルグローブも装着している。

 これまでにない戦闘準備をしているが、それでも十路は心元ない。


「ナージャの言葉を信じるなら、相手は二四人……なとせが夕方いくらか減らしたみたいですけど、後方要員を含んだ数とは思えませんし、人数の差は覆りません」


 しかも、更に不安材料が増えた。


「ナージャは『クレタ島の守り神がある』とも言ってましたけど」

「ギリシャ神話のタロスですわね。島に近づく船を石で沈め、上陸した敵には体を熱して焼き殺す、鍛冶神ヘパイストスが作った青銅人形。タロース、タローンとも言いますけど」

「強電磁環境下でどこまで使えるのか不明ですけど、そんなものが配備されてるなら、俺たちの攻撃はほとんど無効化されます」


 読書家で博識なコゼットと共に、十路は冷たく重い金気を含んだ息を吐く。

 神話伝承の再現が行われるのではない。同名の長距離艦対空ミサイルが存在したが、ずっと前に退役している。

 だから符合が示す物はひとつしか考えられない。偶然か故意か名前を受け継ぐ兵器が存在する。アメリカ軍で研究開発中のものを示すが、他国でも研究開発されて当然の物であり、夕方の出来事を考えると警戒に値する。


「貴方がそう仰るから、校舎にはそれ用の罠を(ほどこ)して、堤さんが前に作ったっていうネットランチャーを追加で作りましたけど……」

「罠はどこにどう設置してます?」

「それなりの数を細工しましたから、わかりやすく床に線を書いてますわよ。なんかあるって敵にバレバレでしょうけど」

「自爆の方が恐ろしいですし、細かい場所なんて覚えてられませんし、仕方ないですか……」


 不安は尽きないが、その対策は一応している。壊れかけの石橋でも叩いてみたのだから、渡りきれるか砕けるか、実際に試してみるしかない。

 だからコゼットは、別の不安を口にした。


「相手の通常戦力だけでもシャレになってねーのに、《魔法》を封じる《ズメイ・ゴリニチ》は堤さんがなんとかするっつー予定ですけど……本気ですの? ほとんど特攻ですわよ?」

「大丈夫です。問題ありません」

「それ、死亡フラグじゃねーです?」

「…………」


 コゼットの指摘に十路は沈黙する。映画で周囲に止められて尚、危険行為に及ぶ登場人物は、大抵は大丈夫な結末を迎えない。そして敵兵器への特攻で全米が泣く。


「やたら威勢張るのも、死亡フラグっぽくね?」

「……………」


 南十星までも指摘する。

 一方的な展開に『見くびっていた』『本気を出さねばならんようだ』などと敵キャラが言い捨てると、一時は逆転するかもしれないが、最終的にはやられて終了というパターンが多い。


「あー……まぁ、俺は全力でフラグ折る気でいるけど、他に手段もないわけで」


 現実には物語の主人公のように、勝利と生存を約束された人物など存在しない。そもそも自分が主人公になれるタイプとも思っていない。

 首筋をなでて気まずさを誤魔化し、十路は話の軌道修正を図る。


「だから一応準備はしたけど、俺としては、なとせと部長は二号館地下に引きこもってて欲しい」

「避難したって、兄貴が負けた時点でダメじゃん? 核シェルターだって、《魔法》があれば意味ないっしょ」


 聞く耳を持つつもりはないらしい。頭の後ろで手を組んで、南十星も言い添える。いつものように(ほが)らかな、気負いない覚悟を決めた声で。


「イチレンタクショーなんだよ。方法がこれしかないんだったら、あたしたちも戦ってセイコーカクリツ上げるしかないじゃん」


 言い分はその通りなので、反論することもできない。


 コゼットに至っては、十路の胸倉を掴み上げ、瞳を細めた顔を近づけ、ほんのり紅茶の香りがする息を吹きかけた。


「ナメくさんなボケ」


 彼女が普段披露するパーフェクト・プリンセスからは、極地の言葉と共に。


「わたくしにだって、守りたいものくらいありますわ。それを人任せにするクソッタレにさせんじゃねーですわよ」


 誰かのためではなく、自分のために。それが結果、誰かのためになるならば。

 浅慮だ。愚かだ。無謀だ。利口な者の選択ではない。

 だが、ある時には大胆と呼び、ある時には勇敢と呼ぶ。


 反論材料は尽きた。こうなれば彼女たちは、絶対に退かない。家族である南十星はもとより、短いながらも濃密な時間を共にしたコゼットも、そういう人間であると知っている。

 殴り倒すくらいしないと、彼女たちを止められない。


「……部長って、いい女ですね」

「バーカ。ようやく気づくようじゃ、見る目なさすぎですわよ」


 半ば皮肉で言うと、胸倉を掴んでいた手が離された。代わりに人差し指で十路の額を押し、コゼットは歯を見せ不敵に笑う。

 すると南十星も袖を引っ張ってくる。


「ねね、兄貴。あたしは? 戦うあたしもいいオンナ?」

「お前はなにも考えていないアホの子にしか見えない」

「ひどっ! なにこの扱いの差!? ぶちょーがパツ金ブルーアイだから!? パイオツあるから!? それともやっぱ兄貴は年上好きだからか!」

「えっ……」


 南十星の言葉にコゼットの態度と姿勢が変わった。装飾杖を抱くように持ち変え、体ごと十路から目線をずらして(うつむ)き、しかしチラチラと上目遣いの視線を送る。

 つい先ほど『ボケ』『クソッタレ』などと吐き捨てた人物と思えない、純真乙女ポーズだった。


「堤さんって、その……年上属性、でしたの……?」

「自覚ないですけど。というか、部長のその意味不明な狼狽にツッコむべきですか?」


 そんな、一種なごやかな会話をしている場に、スピーカーを通した慇懃(いんぎん)な若い男の声が投げ込まれた。


【ここで割り込むのも気が引けるのですが、時間も限られているので、そろそろ宜しいでしょうか?】

「正直、お前は無視したいんだがな……」


 背後からの声に仕方なく十路が応じ、しかし振り向かないまま親指で示し、問う。


「なとせ。どうして《真神(アレ)》と一緒に帰ってきたんだ?」


 青いオートバイに並んで、市ヶ谷(いちがや)の《使い魔(ファミリア)》であるメタリックシルバーのオートバイが、背後に駐車されている。追加収納(パニア)ケースは搭載されていないが、後は以前見た通りの姿だった。


「理由はあたしも知らね」

【堤南十星に鹵獲(ろかく)されました】

「むしろついて来んなって蹴りつけたけど? 無人のバイクと一緒だと、あたしまで変な目で見られてたし」


 結局南十星は引き離すことは諦めて、交通違反でも幽霊オートバイと一緒は勘弁と、《コシュタバワー》に乗ったまま《真神》のハンドルに手を添えて、器用な運転に見せかけたようだが。

 支援部員たちの困惑と迷惑など知ったことでないと、AIカームは口調を変えずに言い放つ。


【こちらにも都合がありますので、鹵獲したことにしてください】

「どういう都合だ?」

市ヶ谷(マスター)からメッセージを預かっています。盗聴の危険性を考えて、直接の通信はご勘弁ください】


 そしてスピーカーから流れる声が、変換されても苦痛の色を帯びている、荒いものに変わった。


『堤十路……聞いてるな? 木次樹里に託そうとしたんだが、色々あって無理だったから、こういう形で伝える……』


 録音された音声なのだから仕方ないが、負傷してこの場に来れないのであろう市ヶ谷は、一方的に情報を伝えてくる。


『ナージャ・クニッペルが、対外情報局(SVR)を解雇されたのも、お前たち総合生活支援部に入部することになったのも、参謀本部情報総局(GRU)の作戦だってのは、理解してると思う……』


 仕方なく十路が振り返ると、《真神》のディスプレイには、口頭説明に付随する数々の情報が表示されていた。

 対外情報局(SVR)が正式に発行した、ナージャの解雇勧告。そして参謀本部情報総局(GRU)からの辞令。

 具体的な作戦命令書などは、存在しないのか入手できなかったのか。しかし二つの書類を見ただけでも、組織の枠を超えた作戦に、ナージャが関わっているのは推測できる。


『だが、ナージャ・クニッペルは利用されてる。《魔法使い(ソーサラー)》にはよくある事と言えばそれまでだが……アイツの場合、爆弾を体に埋め込まれていて、ダイレクトに命の危機に晒されて、仕方なく命令に従っている……』


 そして爆弾の写真が数枚と、埋め込み(インプラント)手術を行った際の、ナージャの診断書も表示される。きっと爆弾に関わるであろう、無線周波数帯を表す数字と、モールス信号のような二種類の符号も合わせて。


『このデータと、カームを使って、アイツを助けてやれ……』

【……というわけです】


 さして長くない話が終わると、市ヶ谷が名前を出したAIが締めくくり、黙った。反応を待っているのだろう。

 しかし支援部員たちは質問などせず、ただ呆れ顔を作った。銀色の《使い魔(ファミリア)》を見る目には、憐れみの色すら浮かんでいる。

 首筋をなでながら一応は言葉を選んだものの、そのままズバリを言うしかないと、十路は事実を語った。


「もう知ってるんだが……」

【なにをですか?】

「だから、ナージャの体に爆弾が埋め込まれてて、そのせいでアイツは行動が制限されてるのは知ってる」

【…………………………………………】


 長い沈黙があった。《使い魔(ファミリア)》といえど、理解するのに時間が必要だったらしい。


【つまり、私の(マスター)は、全く無駄なことをしていたと?】

「ありていに言えば」


 だから彼らは、二四時間以上前から行動を開始している。


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